おしのこ!   作:すさ

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ダイナミックお邪魔しましたわ

 こんこん、といやに優しく玄関の扉が叩かれた

 星野アイはそれに素早く反応して。玄関を見つめる

 

「出ないの? ママ」

 

 ルビーのそんな言葉に首を左右に振る。なんだか出てはいけない気がした

 がたがたがた、とドアノブが激しく動かされていた

 

「な、なに……? なんなの……?」

 

 星野アイはただ怯える娘を抱きドアノブを見つめていて

 ただ一度ばたん、という爆音があってからそれが妙に静かになった

 

 星野アイはルビーと見つめ合ってから玄関を見た

 ママ、ダメだよ。そんな言葉を無視して拳を握りしめて震わせた

 ドアチェーンはそのままに鍵を開ける。玄関の扉がやや重いことがわかった

 扉に体重を預けてこじ開けようとするとほんの少し開いていく。目を瞬かせた。包丁を片手に握った黒いパーカーを着た男が倒れていた。側には白い枕が転がっている。病院で使うような清潔な枕だ

 

「そのままで良いですわ。あーちゃん」

 

 閉めようとしたそんな時だった

 よいしょ、と声の主は男を拾い上げていた。もう二度と聞くことはないと思っていた声だった。病床で眠っていた眠り姫の声だった

 何度唇を落としても目を開かない人の声だった

 

「──取り逃がしてしまったので気にはなってましたが……間に合ってよかった」

 

 たまらず、ドアチェーンを外して扉を開ききった

 その姿は患者衣のままに立っていた。肩まで届く金髪に栗色の瞳。明らかに痩せてしまったその姿はしかし、儚げな美しさを纏っていて

 

「あら。そのままで良かったのですのに」

 

 クリソベリルはやや首をもたげると両手で男の衣服を引っ掴み、持ち上げていた

 

「クーちゃん……!」

 

 思わず駆け寄りそうになって。首を左右に振られる

 近寄ってはいけないのはわかっていても、近寄りたい気持ちの方が大きかった

 

「う、うぅん……」

 

 男は呻いてゆっくりと頭を起こしていた

 まだ息があったらしい

 

「そぉい!」

 

 べしゃあ、と両手でつかんだ男を地面に叩き付けていて。くす、と吹き出していた

 男は鼻から血を出して今度こそ倒れ伏していた

 

「マ、ママ! どう──く、クー姉さん!?」

 

 まあ、とクリソベリルは花開いたような笑みを向けて頬に手をやる

 うっ、と嗚咽して片手を口にして涙を溢した

 

「あーちゃん。あれを」

 

「うん……うん。わかった」

 

 星野アイはぱたぱたと部屋に戻っていく

 泣いてる顔を見せたくもなかったのもあった

 

「お怪我はありませんか、ルビーちゃん」

 

「うん……クー姉さんが来てくれたし」

 

 病院抜け出してきちゃいました、と困ったように笑っていて

 近寄ろうとしていたそんなルビーに対して首を横に振っていた

 

「はい、クーちゃん!」 

 

 星野アイはガムテを片手に戻ってきていた

 助かりますわ、とクリソベリルは頷いて。くるくる、と男の体を巻き始める

 

「クー姉さ、ん。ぅく、生きてる。生きたクー姉さんがぁ……!」

 

「うん……うん。そうだね」

 

 ルビーは星野アイに抱き付いていた

 涙で声が掠れていた

 

「よかった……よかったね。ルビー」

 

 くるくる、と器用に簀巻きにしていくそんな姿に星野アイは笑みと涙すら溢していて

 やっぱり左巻きなんだね、なんて思っていた

 

「まずは警察に連絡をしてくださいまし」

 

 手早く作業を終えると鋭くその目が細まった。栗色のその瞳がぼやけて見える

 それはもうしてる、と伝えると満足そうに頷いていた

 

 

 

 星野アイは結局MEM、有馬かな、ルビーの新生B小町に食べられる形となってアイドル卒業を発表した

 しかし、アイドル卒業してなお映画、ドラマ、バラエティー、ネット配信とどこでも顔を出しお茶の間の中心となっていた

 アクアとルビーとの共演も多く親子共演をはたしている。共演してしまえばルビーとそのあまりにも似てる顔を問い質されることもあるが、わたしより全然かわいいよーでスルーしそろそろ世間の方が察してきて逆に触れなくなってきていた

 

──あなたのアイドル! サインはB!

 

 ドーム会場で新生B小町の晴れ舞台とあってミヤコ、クリソベリル、星野アイと並んで座ってそれを見つめていた

 その熱狂は星野アイが抜けた今であっても変わらず存在していて。母はどこか、安心したそんな思いを抱いていた

 

「見る側ってとっても贅沢だよねー」

 

「そうですわねぇ」

 

 みんなステージに夢中だろうしと久しぶりにマスクを外して笑っていた

 クリソベリルはその隣でゆっくりと頷いていて

 

「華やかで輝いてて……夢中になっちゃうわけだよ」

 

 星野アイは曲に合わせて体を揺らしてステージを仰ぎ見る

 MEM、有馬かな、ルビーの歌って踊って笑顔でステージを照らすその姿は誰もが目で追ってしまうものに昇華していた

 

「あーちゃんも輝いてましたわよ?」

 

「まあね。ちゃんと食べられた甲斐があったよー」

 

 クリソベリルが思わず隣を見ると目を合わせてきた

 ふふ、と星野アイは笑みを浮かべる

 そんな時、目の端に息子が映ってしまったようで

 

「……アクア、気合い入ってるよね」

 

「ええ。確かにすごいですわね……」

 

 ルビー命という鉢巻きと法被を着て有馬かなこっち見てという団扇とMEM推しという団扇を腰に挿し三色のペンライトを振り回している。見てしまうとクリソベリルも擁護の言葉が思い付かなかった

 有馬かなやルビーはそんなアクアに気が付くとどこか穏やかに笑っていて。MEMはそんな二人を見て楽しそうに踊っていた

 躍りが佳境に迫る。ルビーのその笑顔は輝き母を見る度にウィンクしていて兄には一瞬悩んでから一度だけ投げキスしていた。負けじと有馬かなも笑みを見せながら、その指先を向ける。そんな二人に圧倒されながらMEMもなんとなく手を振ってしまい、アクアの情緒は乱れっぱなしだった

 

「良いなぁ……わたしもステージに戻りたいよー」

 

「流石に以前のようにとはいかないでしょうけれど……きっと戻れますわよ」

 

 そうかな、なんて目を向けて言ってくるのでクリソベリルは大きく頷いた

 これには確信めいたものを感じていた

 

──爆レスをあげる

 

 ハートを作って。愛してる、だなんて唇だけで言う

 親子ですわね。ルビーがするそんな行為に目を細めて懐かしんでいた

 

「あれもわたしの十八番だったんだけど。取られちゃったなぁ」

 

 そんなことを呟きながらもその目は細められ穏やかに笑っていて

 悔しいのは間違いないけれどそれ以上に何ともいえない温かな気持ちで溢れていた

 

「あなたの技術が世代を越えて伝わる、それって素敵なことだと思いませんこと?」

 

「そうやってまーた慰めてくれるんだぁ。冗談きかないんだからクーちゃんは」

 

 あはは、と可笑しそうに笑っていた

 そんな星野アイにクリソベリルもつられて笑ってしまって

 

「──ルビーも一人前になっちゃったなぁ」

 

「ふふっ、そのうちアクアくんとかルビーちゃんの子供に囲まれるかと思いますが」

 

 それはそうかもだけどねー、と星野アイはやや頷いてから覗き込むように栗色の瞳を見ていた

 

「……そこに、クーちゃんはいてくれるの?」

 

 きらきらと未だ輝く瞳をクリソベリルは見詰めた

 その瞳は歳を重ねた今でも色褪せることはない。そしてもう決して曇ることもないだろう

 

「それはこれから考えるとしますわね。あーちゃん」

 

 えぇ、なんて星野アイは大袈裟に仰け反る

 クリソベリルはいたずらな笑みを作っていた

 

「あーあ……わたし、クーちゃんの子供がみたいな。絶対かわいい子産めるんだから産んでよー?」

 

 求めるような眼差しをして甘えるような声を出していた。ぶつかり、重なった手が自然と絡まる

 とんでもない爆弾発言しますわね、と思わず呟いていた

 

「一時期なえヨンさんと良い感じだったように見えたけど。あれどうしたの?」

 

 自分から話を振っといて何だが星野アイはもやもやとした複雑な思いにかられる

 ちゃんとおめでとうって言えるかな、などと考えて微妙な顔を浮かべてもいた

 

「──彼ならばわたくしの全力パンチを腹に受け膝を付いておられました」

 

 クリソベリルはどこか遠くを見てから告げる

 えぇ、と星野アイは瞠目して引いたような笑みをしていた

 

「クーちゃん、やっぱりそれハードル高いよ。半力パンチにしてあげて?」

 

 笑みを含めながら冗談のように聞かせた

 それをいうのでしたら、と隣を見てからクリソベリルは続ける

 

「あーちゃんこそご結婚なさったら如何ですの? 正直まだまだいけますわよ」

 

「あちゃあ。やり返されちゃったぁ」

 

 にへら、と笑っていて。星野アイの口元は緩くなっていた

 そんなやり取りがいっそ心地が良かった

 

「なかなか……クーちゃんみたいな人、いないからね」

 

 顔を掻きほんのり頬を染めて告げていた

 ふふ、とクリソベリルは擽ったそうに微笑んでから口を開く

 

「いたらビックリですわ。連れてきて下さいまし」

 

「それはそうだね」

 

 そう答えてから星野アイはクリソベリルと顔を見合わせどちらともなく吹き出して間もなく笑い合ってしまった

 ずっとそう過ごしていた気がしていた

 

──あなたのアイドル! サインはB! Chu!

 

 演目が終わる。二人は固く絡まった手を示し合わせたように離してから拍手をした

 ミヤコもそれに続き大きく拍手をして、ルビーから再び投げキスを受けてアクアが三色のペンライトを叩きながら号泣していた

 よく頑張ったね、と母は目を潤ませる

 

「──わたくしたちの人生、まだまだ長いのですから。たくさんたくさん楽しいことを見つけましょうね」

 

「……そうだね。クーちゃん」

 

 拍手してる間、深く見つめ返す。そんな親友にクリソベリルはゆったりと目を細めるのだった

 愛してる。光の加減で割れて見えるその栗色の瞳に星野アイは今更気がついて笑みを溢した




これで完結になります。この作品を通して推しの子という作品がもっと好きになれた気がしました
長らく応援して頂き本当にありがとうございました
また機会がありましたらよろしくお願い致します
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