その日は映画“おつき様は恋させたい”の試写会見だった
無事映画も取り終えてよかった、とはクリソベリルも溢していて。ミヤコ、アクア、ルビー、クリソベリルといい位置で座っていた
「試写会参加なんて初めてですわぁ~!」
「よかったね。クーちゃん」
クリソベリルは手を組んで祈るようにする。その目は子供のようにきらきらとしていて
ルビーはそんな彼女を慈愛の眼差しで見つめていた
スクリーンの前には星野アイを含む主演者と監督の三人が集まっていた
「あれが主演の俳優か……!」
ぐぬぬ、とアクアはいっそ敵をみるような眼差しでそれを見ていて
ルビーはそんな兄を細目で見つめていた
「みなさま、こんにちは。本日はお日柄も良く“おつこい”に相応しい明るい会になったこと、素晴らしく思います。ご足労頂き本当に有り難うございました。今回、主演を演じさせて頂きました──」
かたいよーと星野アイは声をかけて笑みを見せた
相変わらずかっちかちだね、とルビーは溢す
「確か子供の頃からアイドルなさってる人たちの……?」
「うん。ソニックステージの人だね。アイドルってよりは俳優中心だからまた違うんだけど」
真面目な人だよ、とルビーは妙に詳しかった
はえー、と口を開けてしまう。クリソベリルはやはり口許が緩かった
「かたい、と言われてしまいましたので。これだけは言わせて頂きます。実は私はこの話を正直お断りしようと考えていました」
俳優はその言葉を吐いて目の光を無くす
これにはクリソベリルをして絶句していた
だってそうじゃないですか、と続いた
「今をときめく……で正しいのでしょうか。私には星野アイが翼が生えて見えます。大きくて白い二対の翼です。みんなが階段を登っていくなか彼女だけは悠々と頭上を羽ばたいていく。そこまでされてしまうといっそどこまで行ってしまうのだろう、どこに着地するのだろうと楽しみですらありました」
星野アイが目を見開いていた
アクアとルビーがなにかを察して手を繋いだ
「そんな星野アイとラブコメ? しかも主演で? 更にいうとあの“おつこい”の実写? 私の身には絶対に余る、と思ってしまいました。これは死んでしまう、と危機感すら覚えました」
わははは、とクリソベリルは笑っていた
アクアとルビーもこれには苦笑いを浮かべるしかなかったようで
「いや、勘違いしてしまうと困りますので訂正しておきたいのですがすごく光栄だとお話が来た瞬間はそう思いました。そう、思っていたのですが──一度冷静になってしまうと……滅茶苦茶悩んでしまって」
ふんふん、とクリソベリルは頷く
ミヤコが腕を組んだ
「でも同時にこうも思いました。自分が断ったらこの役は他の誰かに渡ってしまう。機会を不意にした上で信用を失ってしまいかねない。それらを看過できるのだろうか、と。答えはこの通りです」
俳優は今回主役のコスプレをしてきている。みんなが感心する中であははは、と星野アイだけが笑っていた
クリソベリルもそれに釣られて笑ってしまっていて
「はい。とにかく自分はとんでもなく幸運だったな、というお話でした。夢の時間をありがとうございました。演技は……まぁ、今私が持ってるすべてを使いましたとだけ。評価はお任せ致します」
俳優は最後に草臥れた笑顔を向けて一礼した
アクアは適当だがルビーとクリソベリルは大きく拍手をしていた
──自己評価
「あっ、そうか。自己評価……そうですね。走馬灯に出ると思われます」
監督に突っ込まれて俳優は再び深く礼をした
あはは、とルビーとクリソベリルは笑ってしまって。星野アイもおなかを抱えて笑っていた
「はい。おつき様は恋させたい、ヒロインおつき役の星野アイです。えっとえっと本日はお日柄もよく……?」
星野アイは明らかにいじった。いじられた俳優は虚空を見て宇宙を感じていた
あはは、と三人は笑う。ミヤコも組んでいた腕をといていた
「失敗しても支えあって。みんなフランクで楽しくて……あのわたし、こういったら何なんですけど珍しく自由でした。こんなこと言って失礼でしたら申し訳ないのですけど……なんというか特殊な現場だったなぁ、と」
星野アイはマイクを両手持ちにしてそんな風に答える
クリソベリルが神妙な顔をしていた。うんうん、とミヤコが頷いて食い入るように見つめていて
「わたしも現場比較することってないのですがここの現場は大好きでした。あっ、これ覚えておいてくださっても結構です。わたし、本当に嬉しかった。夢が叶った気分でした」
星野アイは真っ直ぐと客席を見た
その瞳は別にその時に誰を見ている訳でもなければ、誰を探してるわけでもなかった
「この現場が星野アイをより一層成長させてくれたのは間違いないことをここに告白します。本当にみなさん、ありがとうございました。お世話になりました」
星野アイは深く礼をして。素早く頭を上げる
「続いたらまた呼んでね!」
ウィンクしてそう締め括り。スピーチを終わらせた
三人と共に割れんばかりの拍手をクリソベリルは送った
そのあと監督の言葉があってから映画上映と相成った
星野アイの取り巻きとしてちらちら映るクリソベリルに酸素を持ってかれつつ、星野アイの真が入った演技に着いていく俳優に目を奪われつつ。物語の内容も原作があるだけにしっかりしていて。四人は上映会を堪能したのだった
「名作ですわ!」
クリソベリルの声は今回はやや自重していた
「ママがすごかったのはわかるけど……解釈一致してたなぁ、ひたすら。あの監督すごいな」
ルビーはポップコーンを含みながらそんなことを溢していて。笑みを向ける
ぐむむ、とアクアも唸っていたがやがて溜め息をはく
「……あんなの見せられたら認めるしかないじゃないか」
ぽつり、と溢していた。星野アイと俳優のその周りの脇役というかそれでも重要な役があと二人ほどいたのだけど。それらの演技も完璧であった
不安の種ですらあったクリソベリルもあれはあれで馴染んでいたし、クリソベリルと共演していた星野アイは他で見せたことがないような明らかな穏やかな笑みを浮かべていた
文句つけようがない。アクアは総合してそう答えていた
「アイがいってた通り人気が出ればまた続きが出るかもしれないわね」
「楽しみが増えましたわね! きっと大人気間違いなしですわ!」
そうね、とミヤコは笑みを浮かべていた
一行は席を立ってとりあえず家路に着くのだった
外で夕食は済ませて。星野アイと合流し車で帰っていく
ミヤコが運転して助手席にはクリソベリルが座り。星野アイ、ルビー、アクアと後部座席に座っていた
打ち上げがあったにしてはとても短くて。あっさりと解散してしまったようだった
「いやぁ、久しぶりに出しきったなぁ」
私服姿の星野アイは窓の外を見ていた
夜景がやたら眩しく感じる。充足感があった
「おつかれさま。アイ」
「終わってみれば結構楽しかったよ。ありがとーミヤコさん」
それならよかった、とミヤコは溢していて
この人には一生頭が上がらない、と星野アイは確信しているところがあった
「あーちゃんのおかわいらしいですことはもはやオリジナル越えてましたわ。漫画読む時、あーちゃん思い出してしまいそうで……どうしてくれますの!」
「ありがとね、クーちゃん」
なんでこの珍獣は檻から出たばっかりなのに今のわたしにぴったりとはまるような良い言葉を用意できるのだろう
星野アイの興味は尽きなかった
「母さんがスゴいのは当然として主演の役者もスゴかった。なんていったら良いか、まぁ言い方悪いけど丁度よかった感じ」
ああ、と星野アイは頷く
アクアのその感覚は正直鋭いとすら思っていた。やはり天才だうちの子は、とも思っていた
「あの人ね、わたしと面と向かった瞬間信じられないこと告白したの。クイズにしちゃおっかな」
へへ、と星野アイは顔をほころばせて。ええ、とアクアは仰け反る
ルビーは笑みを深めていて。どうやら答えらしきものに勘付いていそうだった
「俺がルールだ。合わせろ、と言ったとか?」
「ぶー。全ッ然違います。回答権がクーちゃんに移りました」
星野アイが唇をすぼめていて。うっかり見てしまったアクアは狼狽えた
わたしですの、とクリソベリルはよく通る声を上げた
「ええっと……あなたのファンですとか?」
「ぶー。でも、着眼点は悪くない。はい。アクアに移りました」
むむむ、とクリソベリルは唸った
えぇ、とアクアは言い淀んで星野アイはいたずらな笑みを浮かべる
簡単といえば簡単なんだけど、と思っていた
「センシティブかも」
ルビーからそんなヒントがもたらされた
えぇ? と、アクアは首を捻ってあっ、と思った
「パンツ見せてもらって──」
「ぶぶーーっ! はーいごめんねアクア。回答権がクーちゃんに移りました」
ええっ、とクリソベリルはたじろいだ
あなたは映画の内容そろそろ忘れてるよね。星野アイは親しみを込めてそう思った
「あの人ね、俺がルールなんて人じゃなくて。慎重な人だった。あなたのファンですなんて人じゃなくて。スーパーの特売日記憶してる人だった。パンツには……興味あったのかもだけど。でも常に感情を殺してたなぁ。それくらい一途だったんだね」
あぁー、とアクアも察したようで感嘆していた
「あっ。そこまで言われれば、わたくし……わかりましたわ。あの俳優さん、真剣にお付き合いしてる方がいらっしゃるのですわね!?」
「ピンポン、ピンポン! さっすがクーちゃん、やっぱり変なところ鋭いんだね~」
そんなそんな、と両手で顔を隠してクリソベリルは分かりやすく照れていた
その実ほとんど星野アイの誘導ではあるが、この場にそれを突っ込む人は存在しなかった
「なんの脈略もないし正直怖かったなぁ。どうしてそんなことしたんだろうね?」
「母さん相手だし簡単には食べられないぞっていう宣戦布告のつもりだったのかも」
アクアは顎に手を添えてそう溢していた
今となってはあの俳優が何を考えて星野アイにそんなことを告白したのかわからなくなってしまっている
気になるほどではないが勇気ある行動だというのは理解できたようで
「……なんで知ってたか聞いて良いかルビー?」
えぇ? とルビーはアクアに顔を向ける
むしろどうして知らなかったの、とすら言いたいようで
「ネットで軽く調べたらふつうに出てくるよ」
「なんてこった……! 俺滅茶苦茶あの人のファンになったかも。今!」
頭を抱えているアクアに対してあははは、と星野アイは愉快そうに笑っていた