対戦よろしくお願いします。
「好きなゲームはなんですか。」
所詮ゲームと侮る無かれ。
それはきっと誰かの思い出で、誰かの記憶。まるでドット絵みたいにポツリポツリと、されど集合した喜怒哀楽の塊。
ただの1と0の羅列が、誰かの人生を変えてきた。それがいい方向であろうと悪い方向であろうと。
でもどちらにしろ、人生を変えられた以上、その人はきっとゲームが大好きだ。
「楽しい」という原点のそれを、享受し続ける。こんな風に小難しい言葉で飾ろうが飾らまいが、言いたいことは同じ。
「ゲームって、最高に面白いよね」
/記憶の頁
「VRかあ…科学の力ってスゲー」
この世界のゲームの実態を最初に知った時の言葉はこれだった。今や世界で最も有名なゲームと言っても過言ではないかもしれない、とある国民的育成ゲームのお約束となった名言を添えて。
VRゲーム、というのは創作物においても現実においても常に開拓されていたものだ。2000年台からそういった概念が徐々に知れ渡り、ついにはVRゲームというジャンルが出来上がった。加えて、そのVRゲームの未来像を作り上げた2010年台に連載された作品、ソード・アート・オンラインを皮切りにその存在がより強く広く知れ渡った。しかし、誰もが鉄腕アトムやドラえもんのようにまだ未来の技術だと感じていた。
事実、現在できるVRゲームなど、普通にPS5でやるゲームの方が画質がいい。リアルさというものはそれを強みにしているVRゲームの勝てる部分だが、感覚的な操作や排泄問題など、技術的革新への壁が山積みだ。
それを、彼の今いる世界は既に解決していた。
だが、事態は一転する。
彼はVRを知った時はそんな反応をしたものの、その後一度たりともVRというジャンル、いや、ゲーム自体をしなくなった。
「この世界は地球であって地球じゃない」
前いた世界と凄く似た歴史を辿っているのは事実だ。だが、そんなことはどうでもいい。問題は、そのせいで自分の欲する、血肉となる「実物」がなかったことだった。
時に。セーブデータが消えた経験はあるだろうか。
体験してみればよく分かるが、自分が長い時間積み上げてきたそれがなくなった時の喪失感というのは恐ろしい。そしてその失ったものを取り戻すべくプレイヤーはもう一度起動を行う。
時に。カセットが壊れるか、デバイスが壊れるかして二度とそのゲームがプレイできなくなったことはあるだろうか。
悲しみより先に困惑が来るだろう。だが、寂しいのは事実ではあるものの、「できないなら」と、意外と簡単に立ち直れることもあるのは事実だ。それでもやっぱり、辛いだろう。
時に。
自分以外の全ての人間が、自分の好きだったゲームのタイトルや内容を知らず、プレイできていない状態だったことはあるだろうか?加えて、それが閉鎖的なものでなく、世界中のネットにも歴史にも本にも乗っておらず、自分しか覚えていてやることができなくなったことは?
「寂しいな」
自分しか知らないキャラクター。自分しか知らない武器。自分しか知らないスチル。自分しか知らないスキル。自分しか知らない、
そのゲームの面白さ。
多くの人が関わり、多くの人が感動し、多くの人が好きになってきた歴史と魂と熱意の集合。それらがないというのはどういう気分だろう。
「随分…」
「空っぽだなあ」
彼がゲームに恐ろしいまでの熱意を注ぎ続けてきたのも彼の意気消沈具合に影響している。だが、それ以前に彼は言う。
「あったものがないってだけで、こうも辛くなっちゃうなんてね」
彼がこの世界でゲームをできなくなってしまったのは、これにある。ゲームのタイトルやデバイス、プレイ映像を見るたび、脳裏に大量の「歴史と情熱」が過ぎ去るのだ。「そんなことを思い出して悲しくなるくらいなら、ゲームなんてもうしなくていいや」……こういった思考が、彼の情熱を最も簡単に消火してしまった。
「…ゼルダみたいだなあ」
一枚の広告が目に入ってしまい、彼はつい呟いてしまった。「シャングリラ・フロンティア」と書いてある、情熱と面白さの醸し出された巨大ポスター。その見た目とどこか感じるシンパシーから、「ゼルダ」のような印象を得た。
その感想は的外れではなく、まさしくシャングリラ・フロンティアというゲームはゲームの「アタリマエ」を見直すような、革命的ゲームだったのである。
「……はぁ」
瞬間、彼の脳裏に広大な大地と一人の青い服を着た剣士が現れては泡沫になって消えた。同時に、金髪の少女の姿と、青く光る剣も。
「………」
青年は寂しい目をした。この記憶も、この世界には残ってなどいない。時間というのは恐ろしく、いくつかのキャラクターは声を思い出せない。人は、人のことについて忘れる時、声、顔、思い出の順で思い出せなくなるそうだ。彼はすでに、「声」の段階に突入してしまっているようだ。
自分が彼らのことについて忘れることも、誰も彼らのことを知らないのも、全てが彼を傷つける。自身を構成する大部分を失うと、形を保てなくなるように、水を掴むように、彼はいつの間にか涙を流していた。それを反射的に拭い去り、なかったことにする。
「帰ろう……」
そう考えて踵を返した時、体勢が一気に崩れる。
「わ」
土の味がする。血がちょっと滲んでいるのがポイントだ。
彼は、もののみごとに転けた。転けた原因はなんだったのかと後ろを見ると、ゲームに関する雑誌だった。それで滑って転けたらしい。見出しには「新作ゲーム、シャングリラ・フロンティア特集!」と書かれている。華やかに彩られたソレは、彼の目を奪った。
「なんの当てつけ」
運命の徒にため息をつきながらもそれを拾う。捲ることはなかったが、なんの迷いかそれを彼は家に持って帰った。そしてそれを捨てようとした瞬間に、一瞬、興味を持った。
「……」
なんとなく適当なページを捲った。このゲームに対する世間の印象がまとまっているインタビューのようだった。
そこに乗っていたのは、間違いようのない「熱狂」。
ありとあらゆる人々の、議論と期待と疑念と喜び。
「このゲームは面白い」「これがあったら最高」「こんなことできるんじゃないか」「いつ買おうかな」「発売日が待ち遠しい」「神ゲー確定」
それは、たとえ世界が違っても変わることのない。
「情熱」。
「…っ」
脳裏に記憶が蘇る。それは、
とあるゲームに期待して、発売日を待っていた時のワクワク。
とあるゲームを始めてプレイした時の感覚。
とあるゲームをクリアした時の感覚。
とあるゲームで強い敵に出会った時の高揚感。
とあるゲームの強い敵を倒した時の達成感。
とあるゲームで目標を達成した時の報酬に対する喜び。
とあるゲームで運が良くて大喜びした感覚。
とあるゲームで運が悪くて負けた時の理不尽な感覚。
とあるゲームで負けて悔しい思いをした感覚。
とあるゲームで世界の真実に達した時。
全部、全部、全てにおいて、
「俺の…大切な思い出」
「貴方はなんのためににゲームをしますか?」
…こんな問いがされたら、今の彼はこう答えるだろう。
「悲しみも喜びも怒りも楽しさも、全部含めて、思い出を作るためだ」
「今では全部いい思い出」、その言葉がよく似合うほど、彼はゲームが好きなのだ。
「ああ…このゲーム、最っ高に、面白そうだな…」
つい言葉が出てしまった。今まで記憶が蘇るからと避けていた、どれほど思っても言わなかった言葉。「面白そう」、なんてすごくちょっとした理由で、人生はひっくり返るのだろう。だってゲームのソフトを買う時、その動機はどれも「面白そう」に由来するのだから。
次の瞬間、彼は「シャングリラ・フロンティア」の購入ページに飛んでいた。
「VRなんてジャンル、やったこともないけどきっと、面白いんだろうなあ」
いまだに眼には寂しさが浮かぶが、それでも、彼の目は情熱の色に燦然と輝いていた。
これは、ゲームが大好きな一人の青年が、自分しか知らない思い出と言う名の「宝物」を携えて、知らない世界のゲームに熱狂する話。
『リアル「 」』。そんなネット上の呼び名とともに、ゲームの世界に染まっていた人間がいた。「ノーゲーム・ノーライフ」というアニメから取られたその異名は、むしろ、作者側が彼或いは彼女を元にしたのではないかと言われるほどに、有名なプレイヤーだったという。出没ジャンルは基本問わない。チェスゲームやオセロゲームなどにはあまりいないらしいが、アクションゲームや対戦ゲームとなれば何かしら痕跡がある。
あるときはRTAで一位をとっていたり。あるときは対戦ゲームでシーズン最終一位を所有していたり。それでも、あまりに公式大会などには出現しないことから、まさしく「 」のような存在であったと言える。その技量はプロすら勝り、プロからも「あいつ何者だよ」という評価を受け取っていた。
非常に有名な一幕は、「RTA in Japan」、多くのRTAプレイヤーが数々のジャンルのゲームを生放送で実際にプレイし、それをみんなで楽しむ大会、通称RIJに、たった一度だけ出場したことがあった。それはなんと驚愕の、「RIJ公式直々の推薦」によるもの。公式側から当人のアカウントに「声なし顔出しなしでいいから出てくれ」という旨のメッセージが送られ、見事に承諾された形である。
プレイしたゲームは「スーパーマリオブラザーズ」。ゲームの顔と言ってもよく、誰もが知るそのゲーム。操作方法も非常に簡単でわかりやすいそれを、彼はプレイすることになった。何よりも話題となったのは、本番でのプレイである。解説は全く別の実況を行う人に全任せし、プレイのみを行った。そこで見せた驚愕のプレイ。
即ち、「TAS完全再現」である。
これがどれだけおかしいことか分かるだろうか。TASとは、機械の補助を受けることで行ういわゆる「半分チート」のRTAである。当然ながらRTAでは禁止されている。操作の全てが理論値であり、新しい短縮が見つかったりしない限り最大値と言って差し支えない。
彼は、それを完璧に再現した。事前に用意された手紙には、「あり得ないぐらい練習してきました」と書かれていたそうで、ありとあらゆるゲームの分野で一位を取ったソイツが「あり得ないくらい練習をしてきた」というのだから、こうなったのも自然な流れ…とは言えないが、ある種奇跡が起きたのは事実だった。
「完全再現」とは言っても、実際のタイムはTASによるタイムより0.6秒、即ち60フレームだけ遅れていたそうだ。というよりも、それによって本人のチート疑惑が晴れたのである。その人間味の残ったミスにより、誰もが人の手によって行われたことを信じざるを得なくなった。
本人も、後に「あれはもう二度と出来ないと思う、文字通り奇跡だった」と文面で語っていたそうな。
TAS完全再現は割と奇跡気味です。こんなこと連発してたら終わります。
…でも、マリオのRTAの世界最速記録ってTASと一秒しか変わらないんですよ。こわ。
今日のゲーム雑学
現在投稿されているシャンフロの小説を全て漫画化すると、「NARUTO」くらい長い。