「そういうわけで、関西弁の生粋の神奈川人、寿みなみちゃんと友達になりました。」
「どんな紹介の仕方だよ。」
「ははは、よろしゅう。」
ある程度授業を終え、初日、ということで放課後扱いになり、渋々、妹と海月を会わせる時間になった。もっとも肝心の海月は放課後になった途端、中学の同級生の鈴寝さんやらに連行されて教室外に連れ出されていたが。あとで行くからーと断末魔を上げて消えていったが、そのまま今日は帰ってこないでくれ。
「だから俺も会わせるつもりだったけど来ないかもしれねえ。」
今日できたグラドルの友達らしい寿さんを連れてきたルビーに、そう伝えると目元を潤ませ口を押さえた。おかしい、ルビーにはクラスメイトを連れてくるとしか連絡していないはずだが。
「お兄ちゃん…中学から友達いなくてとうとう友達ができたと思ったのに、それがまさかイマジナリーフレンドだったなんて。」
前言撤回、俺の名誉のために今すぐ帰ってきてくれ、海月。
「そもそも中学も友達がいなかったわけじゃねえし。俺が外に出て遊ぶ気がなかっただけで話す友達ぐらいいたし。今日だって海月以外にも男子と話し相手ぐらいしたから。そもそも男子は女子みたいにすぐに友達判定するんじゃなくて、何度もコミュニケーションとっていつのまにか友達になるやつだから。断じて俺がぼっちというわけじゃないから!」
「え、海月さんって女子なの。アクア、私以外に女子と話せたの?」
「本当にお前は俺を一体なんだと思ってるんだ。」
なんなら今目の前で寿さんと喋ってただろうが。
「えーでも残念。私もその海月さんと話してみたかったなぁ。お兄ちゃんと友達になれるぐらいだから変わった人なんだろうけど。」
「お前なあ。そもそも、まだ友達になったわけじゃ「あれ、もう私たち友達じゃないの?」…本当に来たのか。」
来て欲しかったのか、ほしくなかったのか、俺としても複雑だった彼女が校舎の陰から出て俺の隣に並んだ。
「ごめんねー遅れて。まさか同じ日に二度も遅刻するとは思わなかったけど。でも、もう男子でも友達認定してもいいぐらいには今日の授業で話したと思うけど?」
「まったくだ、遅刻グセは治した方がいいぞ。…待て、お前いつから聞いてた。」
「うーん、私がイマジナリーフレンドでアクアくんが生粋のボッチってところからかな。」
結構前から来てんじゃねえか。遅刻してんだからとっとと出てこい。
そう突っ込むとケラケラと笑いながら謝ってくる。その笑い声も、身振りも足取りも、笑顔も、俺たちにとっては劇薬だと知らずに。
「ほら、こいつが妹の瑠美衣。それであちらがその友達の寿みなみさん。」
「…。」
「よろしゅう。」
「やっぱり、二人とも芸能科なだけあって美人さんだね。確かにルビーさんは私に似てるかもだし、みなみさんもプロポーションが抜群だぁ。」
海月は相変わらずの調子だし、寿さんもそれに合わせて話している。だが、こういう時、食いつくはずのルビーの様子がおかしい。
目を見開いて、口元をわなつかせながら手を当てている。
まるで、見えるはずのないものが見えるかの様に。
「そういえば、まだお名前を聞いてへんねんけど、教えてもろてもいい?」
「おっと、ごめんごめん、私が自己紹介してなかったね。私は海月愛。好きなものとか「ママ?」」
海月が自分を名乗って前にも聞いた自己紹介をしようとした、その時、今まで沈黙を貫いていたルビーが口を開いた。弱々しく、でも、決して無視できない声で。
「ママ、ママなの?」
やっぱり、そうなるのか。
「えっと、ごめん、私、同い年の娘を持った覚えはないかなって…」
そう、冗談めかして否定しようとした海月の肩をルビーが掴む。
「私、私だよ⁉︎忘れちゃったの?私は、ママが、し「ルビー、落ち着け。」…!」
海月の肩を揺さぶり、決定的な言葉を吐く前に、ルビーを引き剥がし、抱きしめた。
ルビーの視線が、俺の胸で隠れる様に。海月に俺の表情も背中で見えない様に。
「でも、でも、お兄ちゃん!私たちだって!」
「わかってる、わかってるから。ひとまず落ち着け。」
声を押し殺して泣くルビーを胸元に押し付け、二人に後ろを向きながら、話しかける。
「悪い、ちょっと俺たちの問題だから、先帰っててもらえるか。埋め合わせは必ずする。」
「…うん、わかりました。ルビーちゃんをお任せします、アクアさん。」
「そうだね、無理に会わせてもらってごめん。先教室に戻ってるね。」
行こ、みなみさん。そんな声が聞こえて立ち去る音がした。
どのぐらい時間が経っただろうか。泣く声は聞こえなくなり、鼻を啜る音に変わった頃合いを見て、ルビーに話しかける。
「落ち着いたか。」
胸元で頷いたのを確認して抱擁していた両手を解いた。ルビーの目元は少し赤みがかっていたからハンカチを渡す。ある程度目元をそれで整えたあと最後にそれで鼻をかみやがった。おい。
「あの人が、お兄ちゃんの言ってた会わせたい人?」
声も少し枯れていたが、聞き取る分に影響はなかった。
「ああ、海月愛。俺と同じクラスのクラスメイトだ。」
「…あの人は、ママの、アイの転生「いや違う。」…。」
ルビーの疑問を、いや、俺たちの願いを食い気味に否定する。
「どうして。私たちって存在があるんだから、ママだって、神様に愛されてそういうことがあってもおかしくないじゃない!」
「それなら、年齢が合わない。」
日本の国籍にごまかしが入っていない限り、海月は俺たちと同じ15または16歳だ。それはつまり、俺たちをアイが産んだ年度に海月が産まれていることになる。それからアイが死ぬ4年間、少なくとも海月は海月として生きてきた期間があるのだ。
何より、俺が名乗った時も、ルビーの名前を教えた時も、言及したのはその名前の特異性だけで、俺たちがアイの子供ということに気づいた様子はなかった。
だからこそ、転生はありえない。そんな奇跡は三度も起きない。
今回、俺がルビーに海月を引き合わせた理由は二つある。
一つは、俺が感じたことをルビーも感じるかどうか。俺の視点ではそっくりに見える海月も、俺とは違う見方をしているかもしれないルビーなら、そうは思わないかもしれないからだ。幸か不幸か、俺たちの見解は一致してしまったみたいだが。
もう一つは、この発作を、俺、というストッパーがいる状態で起こすことだ。もし、どこかのタイミングで海月とルビーが会っていたら、きっと、今日と同じことが起きていただろう。それが俺のいないところで起こったら、取り乱したルビーがどこまで、何をいうか分からなかったからだ。事実、今日も俺が止めてなかったら、アイが俺たちの母親であることを言ってしまったかもしれない。
だから、今日、俺の目の前で引き合わせた。海月のお願いは、そのついでだ。
「でも、マナさんは、ママにそっくりだったよ?」
「世界には姿形がそっくりな人が三人いるもんだ。」
理屈を伝えても、納得できないことは存在する。理屈ではなく、感情がついていかないから。
「声も、容姿も、雰囲気も、全部、ママと同じだったよ?」
「ああ、そうだな。そういうこともあるさ。」
俺ですら、一瞬夢でも見ているのかと疑った。そんな奇跡が起こったのかと焦がれた。もし、初めて会った時、俺が呆然としていた時に、続けざまに話をしていたら、俺も何を言ってしまったか想像がつかない。それぐらいの衝撃で、学校生活のアイなんてテレビでしか見たことなかったけど、アイが俺たちを産まずに高校に通っていたら、こんな感じだったんだろうなと夢想するには十分な振る舞いだった。
俺ですらそうだったんだ。ルビーなら、アイのことをママと慕っていたこいつなら、その思いはひとしおだろう。
「…ねえ、ほんとに、ほんとにほんとで違うの?」
「ああ、絶対違う。海月は、そっくりなだけの別人だよ。」
そんなの、本当はわからない。俺たちが経験した転生や前世だって、現代科学で説明できないのだから。だから、憑依ともいうべき事象が起こっていないとは言い切れない。でも、
それを信じて、間違いだった時の失望が怖いから。
アイが、俺たちのことを忘れてしまったなんてこと、信じたくないから。
もし、アイが今この世界にいるなら、俺の為そうとする復讐が正しいのか分からなくなるから。
だから、俺は、マナとアイが別物だと、思い込むことにしたんだ。
空模様に翳りが見え出し、天気予報を見るともう少しで雨が降る様だった。
まだ立ち直れていないルビーを先に帰らせ、俺は荷物を取りに校舎に戻る。幸いにも、校舎にはまだ寿さんがいて、ルビーの荷物を持っててくれたから芸能科のクラスで物色、なんてことをする羽目にはならずに済んだ。
用事があるらしい寿さんと、F組の教室で分かれ俺の教室に向かう。雲で覆われた空には太陽が見えず、放課後になって時間が経ったいま、薄暗い廊下を進む人は俺しかいなかった。
教室にたどり着き、扉を開ける。教室にあかりはついておらず、クラスメイトは全員帰ったようだった。
「お疲れさま。ルビーちゃんは大丈夫だった?」
そんなもの、不要だと言わんばかりに、自分の机に座りながら妖しく微笑む彼女を除いて。
あれ、なんでこの子黒幕ムーブしてるの?