偽物の輝きは、本物には劣るから   作:りっくんちゃん

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6,おんなじところ

 学校が終わった頃には天高く登っていた太陽も曇り空に覆われ、気がつけば夕日が晴れ始めた雲の残る空を赤く照らし始めていた。

 

「…ありがとう。ごめんね、制服を汚しちゃって。」

 

 大人しく俺の腕に収まってた海月は、その腕を解き、くるりと回ってこちらを向く。目元は赤みがかっているが、その表情に先ほどまでの不安定さはない。

 

 あいも変わらず、その笑顔は俺にとって眩しかった。

 

「いいや、元々ルビーが汚してくれたからな、手間としては変わらないさ。」

 

「あはは、私がクリーニング代出すよ。」

 

「いや、いい…」

 

 そう言って断ろうとした俺に向かって海月は携帯を掲げて言葉を遮ってきた。その画面には、snsのバーコード。

 

「私がルビーちゃんを泣かした様なもんだし。それに、友達になってくれるんでしょ?それなら、貸し借りなしだよ。」

 

 これで金額とかを連絡しろ、とのことでともだち登録をした。それなら、メッセージを送る時に適当に誤魔化せばいいかと思っていたら、最初に来たメッセージに『クリーニング代』、と送られてくる。これを最後のトークにしたくなかったらちゃんと請求しろ、と言うことらしい。

 

「…わかったよ。今度請求する。」

 

「うん、良かった。じゃあ、改めてよろしく。」

 

 差し出された手を握り返す。その手は、俺の記憶にある大きさより随分小さかった。

 

「…そういえば、カラオケの方は大丈夫なのか。」

 

 ふと、放課後の前に交わしていた約束を思い出し、口にすると、微笑んでいた顔を急に焦らせ、手を離して携帯をいじり出した。

 

「まっずい。死ぬほどリンからメッセージ来てる…!」

 

 そういえば通知きってたー、と顔を真っ青にして、慌ただしく親指を数分動かしていた彼女だったが、しばらくして、悟った顔をしてスマホをポケットに仕舞い込んだ。

 

「どうにかなったのか。」

 

「あはは、どうにもなってないけど…まあ、今更焦ってもしょうがないし。夕ご飯から合流することで納得してもらった。」

 

 はて、まだカラオケをしてるなら今から合流しても良さそうなものだが。もうじき、カラオケもやめにするからキリのいい夕食で合流するつもりなのだろうか。

 

「アクアくん、もう一つだけ、聞きたいことがあるんだけど、いいかな。」

 

 俺に対して、まだ聞きたいことがあったのか。正直、今日これ以上海月と会話を続けるとしんどいんだが。まあ、それでもいいと俺が決めたことだし、最初になんでも聞けって言った俺が悪い。

 

「アクアくんって俳優さん?」

 

「…見てたのか。今日あま。」

 

 俺の家族ぐるみの話題かと思っていたら、予期せぬ方向に話題が飛んできた。

 さっき見たばっかだけどね〜、と嘯いているが、さほど話題にもなっていないあの作品をよく知ってるな。

 

「今日会った人が教えてくれたんだよ。アクアくんの演技が上手だったって。」

 

 まあ、そう言うこともあるか。この学校は、一応芸能人の多い特殊な空間だ。必然、業界人が多くなる以上、そう言ったマイナー作品にしっかり目を通す人がいてもおかしくない。

 

「実際、巧かった。演技も基本はしっかりしてて、付け焼き刃じゃなくてしっかり長い間練習してきたんだなって思える演技だったし。」

 

 褒められているのか、貶されているのかわからないが、そんな言葉をかけられると、少しくすぐったい気分になる。とはいえ、あれは演出側、裏方にずいぶん負担をかけためちゃくちゃやる演技だった。いい作品を作るため、有馬に本気を出させるためとはいえ、アドリブを挟んだり立ち位置をかえたり、あんなことを何度もやったら演出側に嫌われるだろう。

 

「アクアくんって、芸歴長いの?」

 

「まあ、最初に出た映画はかなり前のやつだな。」

 

 カントクに初めて出された映画以外にもほんのいくつか、映画に出たことがある。カントクのコネで入れてもらったものだったり、カントク自身の映画だったり。まあ、見るも無惨な結果になったから俺にとっては黒歴史扱いだが。

 

「え〜そうなんだ!ちょっと見てみたいかも、教えて!」

 

 会話の雲行きが怪しいとは思っていたが、案の定、その黒歴史をみせて、と言ってきた。

 

「断固拒否だ。」

 

「え〜お願い!この通り、後生だから。一生のお願いだから!」

 

「お前そう言って一生に何度もお願いするタイプだろ。」

 

 そう口では強がれるが、正直、その態度や振る舞いでお願いされると、俺としては非常に断りにくい。とはいえ、最初に出た映画は演技が割と上手くできているが、アイが出ている以上、教えられない。とりあえず決着はついたとはいえ、わざわざ気づかれるきっかけを与える必要はないからだ。

 

「…いくつかタイトルを教えるから、自分で探してくれ。流石に俺も実物は持ってない。」

 

「ホント⁉︎やった〜!」

 

 最初に出た映画はノミネート作品でもあるから調べればネットにもあるかもしれないが、他に俺が出た作品はほとんど跳ねなかったも同然の古い映画だ。ネットに転がってるとも思えないし、まあ、もし見られても黒歴史が暴かれるだけ。アイにつながる材料はない。

 メッセージで幾つかタイトルを送る。

 

「それにしても、なんでそんなものに興味があるんだ?」

 

「え?そりゃあ友達の黒歴史なんて格好のネタ、私が逃すと思う?」

 

 こいつ、なんて性格してやがる。頼み事を聞いて早速後悔した。すぐに送ったメッセージを取り消したが、スクショ撮ってまーす、なんて憎たらしい声が隣から聞こえてくる。絶対クリーニング代全額請求してやる。

 

「そういう海月こそ、なんかやってないのかよ。」

 

 ビジュアルに関しては間違いなく最高峰クラス。モデルやアイドルをやっていれば間違いなく売れているだろう。演技に関してはわからないが、少なくとも俺の演技をあんなふうに批評できる程度には理解している。そんな思いから出た疑問だったが、

 

「んー私?そりゃあオファーとかスカウトは死ぬほどきたけど、全部断っちゃったんだよね。モデルとかアイドル興味ないし。ドラマとか映画も見る方が好きなんだよね〜。」

 

 どうやら何もやっていないらしい。そう知って、ほっとした自分がいた。きっと、アイの二の舞になることを心のどこかで恐れたんだろう。

 

 そんなことを話していたら、海月の携帯から通知音が鳴り響いて俺たちの会話を遮った。

 

「あ、リンたちもカラオケ終わったみたいだからご飯行ってくるね。せっかくならアクアくんも来る?」

 

「いや、悪いけど遠慮しておく。ルビーの様子も心配だしな。」

 

 友達として紹介する、と言うお誘いを断る。海月のカラオケの約束を破らせた本人がいるとヘイトが俺に向かうだろう。それに一目見た限りでは、あのグループは俺の得意なタイプじゃない。なにより、今日は色々ありすぎて疲れたからな。

 

「そっか、ルビーちゃんに謝っておいて。じゃあ、また土日明けたらね。絶対お金請求してよ!」

 

「ああ、わかった。言われなくてもそうする。」

 

 そう言って、駆け足で教室を出ていく海月を見送る。こうして、高校生活、その激動の初日を俺は終えたのだった。

 

 

 

 

 

 友人との夕食を終え、一人帰路に着いた私は夜風を浴びながらのんびりと歩いていた。

 

 いやーアクアくんには悪いことをしちゃったな。リン、私がカラオケの約束すっぽかして相当おかんむりだったんだけど、私の泣き跡を見つけてブチギレてたし。ファンデで誤魔化したつもりだったんだけど、あの子ああいうところが目敏いんだよね。アクアくんは悪くないと言っておいたし、他の同級生は納得してくれてたけど、あの様子だとリンは怒ったままだろうな。

 

 まあ、いっか。アクアくんならそつなくこなすだろうし、私も適宜フォローすれば大丈夫でしょ。他の人たちとも友達になれて良かった。アクアくんの前で泣いちゃった時はどうしようかとおもったけど、結果的には友達で済んだし。

 

 ただ歩くだけだった足がスキップを刻んで目的地に向かう。時間は夜の七時で、春といえどすっかり暗くなった。だけど、花の金曜日だからか、周りの電灯が夜道を照らしてあたりは喧騒に包まれている。

 

 それにしても、と私は独りごちる。

 

 あの時、私はどうして泣いたのだろう。

 

 あの経験、あの感覚、さっきは確かに初めてだと思ったけど、どこか既視感を感じる。いったい、いつだったか、私の記憶が定かじゃないほど昔のことだったのだと思うけれど。

 正直、あれを放置するのは良くない。仮面に不具合が生じるのは初めてじゃないけれど、あそこまで顕著に私の手から離れて動き出すなんてことはなかった。このままじゃ私の日常生活にも影響が出かねないし、対策をしたい。

 問題は、そのきっかけも、原因も、方法もわからないことなんだけどね。

 

 そんなことを考えながら歩いていたら、目的地についていた。これが、それを打開するきっかけぐらいになれば助かるんだけど。

 

 高級オフィス街の一角にあるビルに勝手知ったる顔で入っていく。関係者以外立ち入れないドアにパスワードと鍵を打ち込んで扉を開けた。

 

「おはようございまーす。あれ、みなさんまだお仕事中だったんですね。センセイはいますか?」

 

 顔馴染みの事務員が何人かパソコンに向かって打ち込んでいる姿を見て挨拶をしておく。19時まで残業か、社会人は嫌だねぇ。短い方なのかもしれないけど。センセイの行方を聞くと今日の朝、私と会ってからすぐどこかに行ったそうだ。

 まあ、それなら今日は帰って来ないでしょ。別にいてもいなくても変わらないけど。

 

 事務員さんに会釈しながら奥の資料室に入る。パソコンを立ち上げ、電気をつける。すると、見えた景色はまるで図書館と見紛う様なびっしりと敷き詰められた棚、棚、棚。そこにはビデオテープから、ブルーレイまで古今東西あらゆる映像媒体が保管されている。

 

 私が知る限り、最も保存数の多い場所。それがこの資料室だ。新しいものはそれこそ今日あまから、古いものは一体いつのものかわからないものまで。尋常じゃない数が保管されている。

 これを全部見ている人、ここの従業員にいるのかは甚だ疑問だけど、うちのセンセイは見てそうだなあ。

 

 携帯の写真フォルダを立ち上げ、先程撮ったスクリーンショットに刻まれた名前を蔵書棚から探していく。

 

 アクアくんに教えてもらった彼の出演作品。そのどれもがかなりのマイナー作品だった。

 タイトルを正式名称で打ち込んだらなんとか出てくる程度。それも、ストリーミングサービスでは見れないものばかりで、アクアくんは完全にそれを確信して私に送ったのだろう。意地の悪いことだ。

 もちろん、ネットの大海を探したり、レンタルビデオサービスを使えば見つかるのかもしれないけど、私にとってはここから探した方が早い。

 

 アクアくんは私と同じ15、6歳。だから長くても15年前よりはあとだろう。それならこの棚のどこかに…あ、あった。

 

 私の身長よりはるかに高い背丈のある棚のうち、比較的取りやすい段にあったそのDVDを取り出す。うーん、パッケージを見ても見たことないなあ。主演の俳優さんも監督さんも知らないし。

 備え付きのパソコンにあるディスクプレイヤーに円盤をおき、再生する。時間は90分と比較的短い映画だけれど。

 

 流し見しながら展開を頭に入れる。まあ、良い言い方をすれば王道、悪い言い方をすれば意外性のない、普通のホラー映画だ。特段叩く点も見つからない。広告をしっかりしてればそれなりに売れたと思うけど。

 そんなことを考えながら見ていると、金髪で青色の目をした男の子が出てきた。あら、かわいい。これが子供の頃のアクアくんか。 

 

 状況に合った的確な演技、基礎を踏まえた立ち振る舞い、ストーリーに沿った表情。全体的によくできた、少なくとも小学生にしては出来すぎた十分な演技だ。彼のせいで作品のクオリティが落ちたとか、そう言うことは決してない、合格点どころか8割は取れているだろう。

 

 でも、120点じゃない。今より未熟だったからなのか、準備する時間がなかったのか。今日あまの時に感じたものを、この映像を見て確信した。

 

 アクアくんは、感情演技ができない。

 

 今日あまの役では、感情演技を使わないと割り切って出来る限りの俯瞰演技をして、足りない部分を演出技術で補った。だから、十分にすごい演技ができてたし有馬かなさんの前座を務められてた。でも、この映画のアクアくんはそう言った演出技術もないから、演技一本で勝負している。だからわかりやすい。

 彼は役に没入していないし、感情を乗せてない。器用に、うわべだけ貼り付けてキャラクターの真似をしているんだ。それはつまり、

 

 私と同じタイプの演技をしている、と言うことだろう。

 

 

 

 映画が終わり、エンドロールが流れきったあと、ディスクを取り出してパソコンの電源を落とす。ディスクをパッケージに入れ、元にあった場所に差し込み、一応、もういくつかアクアくんの出ていた作品を見ていこうか、考えていると、

 

 資料室の扉が外から開けられた。

 

「珍しいね、呼びつけたわけじゃなかったのにここにくるなんて。」

 

「あら、お疲れ様です、センセイ。帰ってくると思ってませんでした。」

 

 アクアくんの出演作品に手をかけていた指を下ろして先生の方へ向き直る。いつも事務所を開けたら数日帰って来ないのもザラだから今日は来ないと持ってたんだけど、なんともまあ、間が悪い。

 

「何を見てたんだい?」

 

 そう言ってさりげなく私の肩を掴んで背後に立つ。私からは見えないけれど、きっと目線は私が指をかけていた段にある。

 だから、私は再びその段にある一番有名な作品に指を伸ばして手に取った。

 

「久々に、これが見たくなったんです。誰かさんのせいで高校の入学式を体験できなかったので、こんな気分だったのかなぁって思って学園生活ものを見ようとしてました。」

 

「そうかい。でも、もう9時だ。それを見終わる頃には11時になる。君は未成年だから今日は諦めて帰った方がいい。」

 

 露骨に嫌味を言ったのにそれには全く反応しない。まあ、帰らせてくれるならそれはそれで好都合だけれど。

 

「そんなに長かったですっけ?それならやめときますね。」

 

 そう言って指を離して、扉に向かおうとした瞬間、手を掴まれ先生の顔の目の前に近づけられた。

 

「…センセイ、無駄に背が高いんですから、無理やりこの体勢は辛いんですけど。」

 

「そうかい、帰っていいよ。」

 

 しばらく見つめてから手を離された。掴まれた部分は少し赤くなり痕になってるけど、そんなことは気にならない。私の指先のほこりでも見られたかな。一応カモフラージュはしたけれど。

 

「では、お先に失礼します。お疲れ様でした。」

 

「ああ、おつかれ。」

 

 私がセンセイに誤魔化した理由は大したものはない。マイナーな作品を見てて、その理由を答えるのが面倒だったとか、恥ずかしかったとか、そんな理由だ。でも、それ以上に、アクアくんの存在を彼に知られたくなかったから、私と彼が友達になったことがバレない方がいいと思ったから、隠した。問題は、センセイ相手に隠し通せたかどうか。目敏いセンセイ相手だったから、私はそんな様子おくびにも出さなかったけど、柄にもなく緊張していた。

 

 だから、

 

「良かった。ちゃんと出会えたみたいだね。」

 

 資料室の扉が閉まる間際、先生が言った言葉を聞き取ることはできなかった。




 やっっと初日が終わった。プロットでは3話前ぐらい前に終わってる予定だったんですが訳わかんないぐらい後ろに押しましたね。
 
 本投稿日をもちまして短編から連載に変更します。ちょっと大きな試験が控えていたり、大会とかの関係で今週ほど連続して投稿することはできないかもしれませんが、気長に見守ってくれればな、と思います。

 感想、評価、何よりいっぱい読んでいただきありがとうございます。拙作でこんなに見てもらえるあたり、やっぱ推しの子って面白いよなぁ、と実感する限りです。筆者も周りの人に原作を勧めているのでぜひ、読破済みの方は布教しましょう。

 アニメもかなり面白い。一期はやはり重曹ちゃんがメインヒロインですね。めちゃくちゃ可愛いです。もう少しでアニメの範囲に追いついちゃうのでアニメ勢の方はお気をつけください。
 ご閲覧いただき、ありがとうございました。
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