ウマ娘 ~アンノウンソウル~ 作: しぐ
それは別世界の存在である名馬から名と魂を継承した少女達
彼女達には耳がある
彼女達には尾がある
そして彼女達には人を超えた脚がある
時に数奇で輝かしい運命を辿り行く神秘たる存在
だが光あるとこに影もある
決して語られる事も無く
誰の記憶に残る事も無く
勝利と栄光の裏側へと消え行く存在
輝けぬ定め待ち受ける彼女達の運命は
まだ誰にも分からない
『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』
通称トレセン学園。
毎年多くのウマ娘がレース走者として活躍することを目指し入学する栄光の入り口へ、ジェーンドゥもまた入学する日がやって来た。
幼い頃に見たクラシック三冠レースでの感激に触発され、自身もレースで活躍したいと夢見たあの日から今までの長く待ち遠しかった日々。
これから駆け抜けて行く未来への期待を胸に、割り当てられた教室へ向かう。
座席表で確認した窓際の席へ着くと、隣の席で談笑していたウマ娘が話しかけて来た。
「お隣さんこんにちは。フィリアスターと言います。今後ともよろしくお願いしますねえ」
「こちらこそよろしく!私はジェーンドゥです。気軽にジェーンって呼んでね!」
さっそくトレセンで初の友達が出来た。
学園の性質上、他の生徒はレースにおけるライバルとなりえる存在なので馴れ合いを嫌う者もいる。
ジェーンドゥの場合は、しのぎを削り合ってお互いを高める大切な存在と考えているので、出来る限り仲の良い関係は築きたい考えである。
「エンデフォートだ!お隣ついでにあたしもよろしくな!」
「サクトリーです。お互い良い刺激になれるよう頑張りましょう」
フィリアスターと談笑していた2人のウマ娘も自己紹介をしてくる。
どうやら3人は小学校からの付き合いらしく、一緒にトレセンへやって来たそうだ。
お互いに色々話すうちに、それぞれの目標の話となる。
「そうですねえ。私はクラシック三冠を目指したいですねえ」
「フィリアは王道まっしぐらか。ん-、あたしは常にフルスピードで走りたいから短距離が向いてるかもな」
「自分はティアラ路線に興味があります。母も親戚も皆そちらに挑んだそうなのでよく話を聞かせてもらいました」
意外にも三人はバラバラの路線を目指していた。
そうなると同じレースに出る可能性が高いのはフィリアスターという事になる。
「私もクラシック三冠が目標だから、フィリアさんとは何度も競い合うかもね」
「はい。その時はお手柔らかにお願いしますねえ」
「ちょうどいい、あたしらでこの世代は全路線制覇といこうじゃないか!」
「そう物事が上手くいくと良いのですが」
「なんだよトリ―、もうちょい乗ってこいよー」
サクトリーの両耳をつまんでちょっかいを出すエンデフォートと迷惑そうな表情をしつつとくに抵抗しないサクトリー。
まるで猫とそれに悪戯する子供みたいな光景を眺めて微笑む2人。
幸先の良い始まりの中で静かに闘志を燃やすジェーンドゥだった。
選抜レース。
年4回行われるこのレースはウマ娘の身体測定とアピールを兼ねた催しである。
走者としての身体が出来上がる『本格化』という現象は発生時期の個人差が大きく、早ければ中等部初年には迎えるが遅い子は高等部以降という例も珍しくない。
“学年”では先輩だが“走者”としては後輩になることが当たり前に起こりうる。
そのため選抜レースは本格化を迎えているかどうかを確認すると共に、走る姿をトレーナー達に披露してスカウトに繋げる役割となっている。
また走った距離と走っている時の様子などからウマ娘の適性を測ることで、トレーナーの目に留まった子は契約をし本格的にレースの世界へと歩み入る。
あくまで測定なので勝ち負けは重要ではないのだが、アピールという一面もある以上はなるべく良い結果を出したいために本格化を迎える前から無理をしてしまう子もいるという。
「クラシック三冠目指すなら、選抜はやっぱり中距離?」
「そうですねえ、今回はマイルで様子で見ようかと思います」
「え、そうなの?せっかくなら目標に合わせた距離にすればいいのに」
選抜レースは1日に何度もレースが行われるが、各開催毎に『距離に関わらず同じコースでの出走は1回のみ』という決まりがある。
そのためマイルで様子見して余裕がありそうなら中距離へ、などといった事は出来ない。*1
その場合は次回開催時まで間が空くことになる。
「本格化、ちゃんと迎えているか分からないから。無理してデビュー前に怪我したら困るからねえ」
「まぁ…そういうのもありか」
実際これまでにきっちりと距離やルールを定めたレース形式の走りはしたことがない。
少人数での模擬レースなら日常的に行っているが、2~3人程度のレースと実際のレースとは色々と勝手が違う。
いきなり長い距離に挑まず、身体を慣らすというのも選抜レースの活用法としてはありだろう。
「しっかり自分の走りを魅せて、スカウトされるように頑張ろうな!」
「出来れば皆が同時期にデビューしたいからねえ」
「理想的ですね。悔いのないよう今の自分にとっての最善を尽くしましょう」
それぞれが目標や考えに合わせたコースに出走する。
ジェーンドゥはクラシック三冠の初戦、皐月賞を見据え同じ距離設定の中距離2000mに挑戦する。
ゲート試験は問題なく通過したジェーンドゥだったが、本番に近い形でのゲート入りはまた違う感覚だ。
目の前の物言わぬ金属扉が放つ威圧感。
両隣のウマ娘から伝わる重々しい緊張感。
出遅れないように、他者よりコンマ1秒でも早く走り出すために。
全員が同様に正面を見据える。
(最初は無理に前へ出ず周りの様子を見る。先行が多ければ控えて脚をためる。皆が後方に下がるようなら呑まれないようにコース取りを考えて…)
緊張を解す意味もあってゲート内で思考を巡らせるジェーンドゥだったが、そのせいでゲートが開いた瞬間の反応が遅れてしまう。
(あ……しまった!)
レースにおいて貴重なコンマ1秒を喪失。
たかが1秒未満と馬鹿には出来ないもので、ウマ娘の平均速度である時速60kmで発生する差はかなり大きい。
(出遅れたとなると、一度後方から全体の展開を窺おう)
短距離なら様子見をしている余裕はないほど展開が早いため早々に前へ出るのが有利となりやすい。
だが長い距離のレースでは消費するスタミナの関係で後方脚質が有利であると一般的に言われている。
中には逃げ・先行で走りきるような“スタミナお化け”もいるのだが、自身のポテンシャルがまだ分からない内にそんな無茶をするわけにはいかない。
(みんなセオリー通りに内ラチ寄り。最終直線でのスパートを考えたらその前のコーナーまでにはある程度前にいないと厳しいかも。末脚に自身があるなら良かったんだけど)
担当トレーナーと契約する前のウマ娘は1人の教官の元で多数同時に指導を受ける。
ある程度実践的なトレーニングも受けられるが、個人の能力に合ったものではないし限られた時間の中でウマ娘1人が教官に直接教われる時間は更に少ない。
よほど運が良くなければ自身の適性や才能を理解するのは難しい。
多くの場合はトレーナーと契約した後に開花するという。
(今はスタミナをキープして、どこかの直線で外から追い抜こう。幸い逃げの子はいないから全体のペースは測りやすい)
第2コーナーを通過した頃になると全体の流れに変化が起きる。
ペース配分を間違えた数人が調整のため、あるいは単に疲労から徐々に垂れてくる。
相手が勝手に垂れてくれるのは自身の速度を変えずに追い抜けるチャンスである。
だがそのために自身のポジションを左右に移動する必要があった場合は利点ばかりではない。
同じ距離を真っ直ぐ走るのと左右に移動しながら走るのとでは、実質的に走らなければならない距離に違いが出るからだ。
垂れた相手に接触しない最低限ギリギリの動きでスタミナ消費や脚の負担を抑える計算を走りながら行うのは中々難しい。
(左に避けつつペースを上げれば良い位置に着けるかも)
前方を走るウマ娘が徐々に垂れ始めたのを確認したジェーンドゥはタイミングを計り、ペースを上げると同時に少し左へポジション移動をする。
その瞬間、先ほどまで感じなかった抵抗を全身に受けてしまう。
(忘れてた……スリップストリーム!)
自動車並みの速度で走るウマ娘はその間相応の空気抵抗を全身に受けることとなる。
そのため他のウマ娘のすぐ後ろに位置することで、本来かかる空気抵抗をなくすという作戦がある。
これがスリップストリームである。
空気抵抗が緩和することで負担が減り速度を出しやすくなるのだが、当然追い越そうとすればそれまでかかっていなかった負荷が急激に襲い掛かってくる。
こういった走者に必要な知識を学ぶ授業もトレセンにはあるのでトレーナー契約していなくても知っているし、自主的に調べて独学で学ぶようなこともある。
ただ全身を酷使しながら目まぐるしく変化する状況に合わせて様々な思考を巡らすのは容易ではない。
外から見ている分には何故そんな単純な見落としを、と思うことが起こりえる。
(思ったように……速度が……出ない!)
想定外の抵抗力をもろに受けた事で力加減が上手くいかず、フォームのばらつきが修正できない。
前を行くウマ娘よりわずかに速度が速いが追い抜くまでに時間がかかりすぎる。
そうこうしている内に先頭が最終コーナーへ差し掛かる。
コーナーを抜けたウマ娘は順次スパートに入り、後続との距離を離しにかかるのでもたついていられない。
(くっ……お願い、最後までもって私の脚!)
これ以上の遅れは致命的と判断したジェーンドゥはコーナーに入る前からスパートを開始する。
速度を上げた状態でコーナーに挑むのは遠心力の関係で外ラチへ重心が非常に大きくかかる。
当然脚への負荷やスタミナの消費も爆増してしまう。
これではゴールまで走りきるのでやっとだろう。
「く……あああぁぁぁ!!」
目指す方向へ行かせまいと、掛かる重圧を脚力で無理やり抑え込む。
ジェーンドゥ自身も気づいていない驚異的な末脚。
破滅的な勢いでコーナーを曲がり切り、先を行くライバル達を抜き去っていく。
全身から響き渡る悲鳴のような何かを意図的に無視し、ただひたすらに前へ脚を出す。
呼吸は乱れ、フォームも崩れ、全身の血液が沸騰する。
(あと……あとすこ…!)
ガクンと身体が沈む感覚。
ゴールまであと100mの地点で急に脚から力が抜ける。
前に出した脚が踏み切れない。
このまま無理に前へ進もうとすれば転倒は免れない。
ラストスパートのスピードで転倒などすれば最悪の場合……。
選抜レース中距離。
ジェーンドゥは6着だった。
無理なスパートでスタミナを使い切ったのか、ゴール直前に大きく失速。
辛うじて転倒はせずに済んだが、全身ボロボロにしてまで掴んだ結果としては…。
(はぁ……はぁ……)
ゴールを超えた先で立ち上がる力もなく、全身の倦怠感に耐えながら息を整えるのが精一杯だった。
あと少し、ほんの100m分届かなかった。
だが終わった勝負に“もしも”はなく、あるのは“次に活かす”のを考えること。
それが出来なければただ後悔するのみ。
あくまで選抜レースは本番ではないが、それでも負けたという事実が悔しい。
まだ自分のポテンシャルを完全には理解していないとはいえ、結果は結果として受け入れなければ本番に繋がらない。
中距離に挑むには足りない部分が多いならば、足りない部分を埋めるしかない。
ジェーンドゥは決意を込めて拳を握りしめた。
そんなジェーンドゥを眺める人がいた。
選抜レースを他のトレーナーより離れた場所から見ていた人。
彼はジェーンドゥが最終コーナー前から見せたスパートに何かを思い返していた。
(あのウマ娘のスパート。……まさか)
閲覧ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。