ウマ娘 ~アンノウンソウル~ 作: しぐ
選抜レースから数日。
既にトレーナーとの契約、仮契約を済ませ個別指導を受けているウマ娘もいる。
焦る気持ちもあるが相手が誰でも良いわけではない。
今後の選手人生を大きく左右するのだから。
「ジェーンはトレーナー見つかりそう?」
「今のところ特には……。選抜6着だったからなあ」
選抜レースでの不甲斐ない結果を思い返してアハハと自嘲気味に笑いつつ空元気を見せた。
「着順も大事かもしれないけど、走ってる時の様子も見てると思うよ?選抜はアピールの場でもあるって先生言ってたしねえ」
「全力で走る姿を見せつけたんなら、十分アピールになるだろ!」
「複数の候補を精査するのに時間もかかるでしょう。あるいはチームトレーナーにスカウトを受けるかもしれません」
多くのトレーナーはウマ娘と
1人の指導に集中する事でより効率的に実力を上げられるし、絆もより強固になる。
それとは別に、複数の契約を結びチームを形成するトレーナーもいる。
ウマ娘によっては指導を受けた上でチームメイトと共に切磋琢磨し合う方が性に合うし、トレーナーとしても多くの経験や実績を一度に積めるので考え方や方針次第となる。
チーム運営はトレーナー側の技量や知識がより多く必要となるので、ベテラントレーナーがほとんどである。
「チームねぇ。あたしは専属希望だな。タイマンの方が性に合う」
「トレーナーと決闘でもするの?」
「チームといえば」
思い出した、という風にサクトリーが話始める。
「チーム『アンタレス』のトレーナーが今年フリーになったと聞きます。近年新メンバーを入れなかったので引退の噂もありましたが……あるいは専属へ方針変更するのでしょうか」
「チーム運営していたならベテランだろうし、何処かの有名な一族出身ウマ娘を担当しそうだね」
有名な一族出身のウマ娘なら選抜レース前から注目され、レース後は引く手数多の中からウマ娘がトレーナーを選ぶなどという立場逆転した光景もあるそうだ。
また、それ以上に稀な例だがウマ娘からの逆スカウトもあるという。
「あたしは短距離希望だし、新人トレーナーでもいいかな。短距離路線は新人トレーナーが多いって聞くし」
「伝説級スプリンターと言われたウマ娘のトレーナーが担当初経験だった、なんて嘘みたいな実話があったねえ」
3人が盛り上がる傍で、ジェーンドゥは思考を巡らしていた。
(有力視されてる子はもう契約が済んでいるだろうし。ベテラントレーナーで残ってる人いるのかな)
トレセン学園はあくまでアスリートを目指す学校なので、長期間契約を結べなかった場合に強制退学もありうる。
もちろん学園側もそうならないようフォローはするので、よほど当人にやる気がないと見なされない限り退学までいくことはまずないが。
とはいえウマ娘もトレーナーも、有力候補は早めに埋まってしまうと考えればお互い悠長にしてられない。
(出来ればベテランの人と契約したいけど、逆スカウトする度胸はないなあ…)
トレーナーがいなければレースにも出られない。
かと言ってお飾り契約で勝てるような世界でもない。
誰もが順風満帆にはいかないなど今更の話だが、ベストが無理でもベターを得たい。
行動しなければならない。
機会はいつまでも待ってくれないのだから。
「あの、よかったら少し話を……」
そんなある日、ジェーンドゥは声を掛けられる。
見た感じの印象は若いことくらいしかない、これといって特徴のない影の薄そうな男性。
学園の敷地内で生徒に声をかける人物など教師を除けば原則トレーナーしかいない。
念願のスカウトが来たというわけだが、ジェーンドゥはあまり気が乗らなかった。
(この人は…新人か)
トレーナーは身分証明として学園内では専用のバッヂを付けている。
バッヂには勤務年数に応じた色のラインが入っており、それを見ればおおよその勤務年数が分かる。*1
今ジェーンドゥに声をかけたトレーナーのバッヂにあるのは白いライン、これは契約未経験を表している。
加えてあまり覇気を感じない自信なさげな様子。
とてもやっていけそうには見えない。
「えっと、新人トレーナーさんですよね?すみません……また機会があればということで……」
曖昧な言葉を一方的に告げ、返事を待たずに立ち去る。
後ろで何か言っている気もするが相手にするつもりはない。
トレーナーは結果が出せなくてもまた次のウマ娘で挑戦すればよいが、ウマ娘に次など無いのだ。
可能性を感じない相手に自分の選手生命は預けられない。
実績の糧になどなるつもりはない。
校内コースの一画では専属契約前のウマ娘で共同トレーニングを行っている。
ジェーンドゥもその1人。
選抜レースを除くとトレーナーの目に留まる機会は、日々のトレーニング風景がメインとなる。
なので共同とはいえ大事な時間だ。
「どう?タイムは」
「うーん、1回目と比べてコンマ2秒遅くなってるねえ」
「やっぱりだめか…」
ジェーンドゥは走りの悩みを解決出来ないでいた。
スパートがゴールまで続かない。
かといってスパート開始を遅らせれば相手を抜ききれない。
スタミナを温存するとタイムが悪くなる。
八方ふさがりな状況の改善にはやはり専門的な知識が必要だ。
「教科書通りのトレーニングじゃ限界か。どうすれば……」
夕日に照らされる時間になっても今までの各種データや図書館のトレーニング本などから書き出したノートを眺め解決策を探す。
だが自分の知識では糸口が見つからない。
学内コースの観覧席でうんうん悩んでいると、声を掛けられる。
「そのノート、少し見せてもらっても良いかな?」
顔を上げて声の主を見ると、40代程と思われる男性がいた。
ジェーンドゥはその人に見覚えがあった。
「もしかして…
サクトリーが話題に上げていた元チームトレーナー。
これまで何人ものG1ウマ娘を輩出し、URA最優秀ウマ娘も1人や2人ではない。
紛うことなきベテラントレーナーである。
「おっと、自己紹介の手間が省けたよ。選抜レースから何度か走りを見ていたから、悩みがあるなら力になろうと思ってね」
「選抜レースから……」
とたんに赤面するジェーンドゥ。
あの時の残念な結果を見られていた恥ずかしさと、それでもこうして声をかけてもらえた嬉しさが混合し焦ってしまう。
それを誤魔化す意味もあって手にしたノートを無言で渡すと、意味もなく乱れた髪を撫でつけて落ち着こうとする。
「なるほど。今自分にある課題をちゃんと見据えているね」
「でもなかなか解決しないので悩んでて……」
「そうだな。いくつか言えることはあるが、今ここですぐに解決出来ることでもない。もし君が良ければ専属契約をしないか?」
一瞬ジェーンドゥは相手の発言を理解できず反応出来なかった。
待ち望んでいた契約が、しかもベテラントレーナーの方からやって来た。
困惑した表情を浮かべるジェーンドゥを見て近部は怪訝な顔で尋ねる。
「すまない、既に契約していたかな?」
「い、いえ!驚いただけです。こちらこそ願ったり叶ったりといいますか……」
「それなら良かった。改めて、近部だ。よろしく頼む」
「ジェーンドゥです。ジェーンと呼んでください!」
自身の夢を預ける者とウマ娘の夢を背負う者。
未来を結んだ者同士、夕日が生み出す影の中で固く握手を交わすのであった。
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