ウマ娘 ~アンノウンソウル~ 作: しぐ
「ジェーンさん、専属契約が完了したそうですね」
「うん。去年までチームトレーナーやってた人だよ」
「この前トリ―が言ってた人だねえ」
どこから聞いたのかジェーンドゥの専属契約を話題に盛り上がるフィリアスター達。
友人のめでたい話をまるで自分のことのように称賛するフィリアスター達。
少し照れながら喜ぶジェーンドゥ。
「
「うーん、私に応えられるかな」
「ベテランってことだから、その人に合わせた指導してくれそうだねえ」
そんな風に話をしているうちにジェーンドゥはいつもより1人少ないことに気づく。
「そういえばフォート、まだ来てないみたいだね」
「走りこんでから来るって言ってたけどねえ…」
「そろそろ到着しなければ遅刻の可能性がありますね」
サクトリーがスマホを取り出しLANE*1でエンデフォートに連絡を取ろうとしたまさにその時、教室の扉が思い切り開け放たれ人影が飛び込んでくる。
「あっぶな!ギリギリセーフ!!……だよな?」
「おはようフォート。まだセーフだねえ」
「珍しいですね。時間には厳しい印象でしたが」
「んー、ちょいと張り切りすぎたわ」
息を切らしている様子から教室まで全力疾走してきたことが分かる。
本来本気で建物内を走るのは禁止されているのだが、生徒会に見つからなかっただろうか。
「まあそれはいいとしてだ。……ジェーン」
エンデフォートは自分の席には向かわず、ジェーンドゥの方へ近づく。
何やら含みのある目つきを向けられジェーンドゥは思わず怯んでしまう。
「え、何?」
「あたしも今年デビューだ。同じレースに出走するかは分からないが、その時は本気でやり合おう!」
「フォートもトレーナー見つかったんだ?」
「厳密にはまだ仮契約だがな。上手くやれそうだしそのまま本契約になるさ」
「なるほど。私たちもうかうかしていられませんね」
まさかのライバル宣言。
短距離路線を目指すと言っていたエンデフォートとクラシック三冠を目指すジェーンドゥでは勝負することがなさそうではあるが、共に切磋琢磨し合える関係はとても心強い。
「うん。同期としてお互いがんばろう!」
「おうさ!」
その意志を表すかのように強く交わされた握手。
それは教師がホームルーム開始を告げるまで結び続けられた。
放課後、ジェーンドゥは指導方針を決めるために脚質チェックを行っていた。
距離設定は選抜レースと同じ。
単独で何度か走り、1番向いていると思った作戦で並走1回。
何度かスパートの開始位置を変えてみたが、コーナー前からのロングスパートが最後まで続かない。
(やっぱり駄目だ。スタミナを重点的に鍛える必要あるな。そうなると……坂路訓練?)
そんな風に悩んでいるジェーンドゥを見ていた近部は
「思った通りか」
と何か答えに辿り着いていた。
選抜レースを見た時から浮かんでいた疑念が確信を得たのだった。
「ジェーン、少し話しがある」
「なんですか、トレーナー?」
タオルで汗を拭きながら息を整えていたジェーンドゥ。
いろいろ考え込んでいる所に声をかけられたためかキョトンとした表情を浮かべている。
「クラシック三冠が目標だったな」
「はい。幼い頃に見たレースが切っ掛けで、今でも憧れです!」
「……そうか」
少し照れ顔のジェーンドゥと対照的に、何やら渋い表情の近部。
不思議に感じたジェーンドゥはどう反応するべきか悩んでいると近部が口を開く。
「一休みしたらもう一度並走をする」
「分かりました。それじゃもう一度さっきの子に声をかけてきます」
「いや、既に知り合いのトレーナーに並走相手を頼んである」
何故わざわざ?とジェーンドゥは疑問に思う。
「新しい走法を試すとかですか?」
「距離設定を変える」
これまでは皐月賞を想定した2000mで走っていた。
変えるということは次の日本ダービーに合わせた2400mにするということだろうか。
だが近部の答えは違った。
「次は1400mで走ってくれ」
「1400m……それって」
「短距離だ」
意味が分からなかった。
クラシック三冠で一番距離が短い皐月賞が2000mである。
そこを目指すなら同様の距離か、あえてもっと長い距離で身体を慣らすのが順当ではないのか。
ここで短い距離を走る必要性が分からない。
短距離・マイル・中距離・長距離。
コースの距離を大きく四つに分けた表記だが、ウマ娘のレース界隈においてこれらは単なる分類ではない。
勝利することで栄冠を得られる最も格式高いG1レースだが、その多くは中長距離だ。
短距離・マイルにもG1はあるのだが、世間の注目はクラシック三冠と春秋シニア三冠に大きく偏っている。
そういった事情もあってか世間的に短距離・マイル、特にG1がかなり少ない短距離路線は軽く見られる傾向にある。
ウマ娘の中にも、注目を浴びにくい短距離路線には行きたくないという考えは一定数ある。
クラシック三冠を夢見るジェーンドゥにとっても、あまり考えたくない話だった。
「それともう1つ。タイミングは任せるが、必ずロングスパートで行ってくれ」
「ロングって、コーナー前からの?それだと最後まで続かないって分かってて……」
「走れば分かる。分からなければその時に説明しよう」
有無を言わせない力強い言葉。
ジェーンドゥはそれ以上何も言えなかった。
(なんで短距離なんて)
スタート地点に憂鬱な表情で挑むジェーンドゥだったが、走りに対して手を抜くつもりはない。
スタートと同時に速度を上げて前へ出る。
短距離では後方から全体を窺う猶予はないので、最初から前へ出るウマ娘が多い。
全体のペースを作った者が勝つとも言える。
(先にリードを取って温存出来れば……)
ウマ娘といえどスタミナは無限ではないので、短距離であっても終始全力で走りきるなど中々出来ることではない。
コースにもよるが、スパートは最終コーナー付近から開始するのがセオリーである。
ジェーンドゥもその通りの流れを目指すのだが…
「ふっ…!」
相手が仕掛けて来た。
最初のコーナーを曲がる際、内ラチ側に出来たわずかな隙間を潜り抜けるようにジェーンドゥを抜き去る。
その後ジェーンドゥの前方に陣取るようにコースを変え、抜き返す隙を与えない。
相手のコース上へ意図的に入るのは“斜行”というコース妨害をしたとみなされる反則行為。
だがそれは、追い抜いた後で相手の速度を上回っていれば成立しない。
(ギリギリ反則にならないテクニック。リスクはあるが得られるリードも大きい)
近部は感心する。
今回の並走相手にはあえてジェーンドゥより1年早くデビューしたウマ娘を選んだ。
既にクラシック期で猛者達と鎬を削っている先輩。
デビュー前の身で挑むのは無謀ともいえるが、近部の見立てが正しければ勝機はある。
後はジェーンドゥ自身が気づけるかどうかだ。
(無理に抜き返すのは体力の無駄。コーナー前まで今の距離を保つしかないか)
距離的にも心理的にも余裕がないが、挑発に乗って仕掛ければ相手の思う壺だ。
選抜レースの時は失念していたスリップストリームを活用し脚をためる。
今出来ること、スタミナを温存しつつリードを取られすぎないことに集中する。
(ロングで仕掛けるならそろそろ。後はタイミング。)
短距離なので最終コーナーはすぐに迫ってくる。
だが焦ってスパートを掛けても意味がない。
相手がコーナーに備えた動きをするその刹那、一瞬の隙をついて抜き去らなければいけない。
(いつもなら最後まで続かない距離だけど…もう行くしかない!)
痺れを切らしたジェーンドゥが仕掛けようとしたその瞬間、相手のコースがわずかに外側へ膨らむ。
瞬間的に一人分潜り抜けられる隙間が開いた。
(ここだっ!!)
そこを逃さず確実に相手を抜き去るジェーンドゥ。
相手は一瞬動揺したが、焦らず冷静にスパートをかける。
さすが実戦経験者なだけあって、想定外のことが起こってもきっちり対処する。
だがジェーンドゥは勢いそのままにコーナーを曲がり切り、最終直線でさらに加速する。
(このまま、ゴールまで!)
ゴール前100m地点、ロングスパート時に必ず失速するポイント。
だがこれまでと異なり脚に異変は起こらず、失速どころかスパート速度で駆け抜ける。
そしてそのまま……
「はぁ…はぁ……勝っ…た?」
選抜レース以後何度か行った並走でさえ一度も勝てなかったジェーンドゥ。
正式なレースではないが、初勝利を飾る。
「今までロングスパートで一度も走り切れなかったのに。何で今回は?」
「どうだ、実際に走ったら分かったんじゃないか?」
「………」
近部の言わんとすることは理解した。
実際に全身で経験したのだから嫌でも分かる。
だが、ジェーンドゥは“それ”を受け入れられない。
理解したくない。
無意識に握りしめた拳の震えが止まらない。
「トレーナー……私…」
「ジェーン、俺は君の夢を叶える力になりたい。だが選抜で君の走りを見た時からずっとそうじゃないかと思っていた。どうするか決めるのはこれからだが……まずは自分を知って欲しかった」
一言ひとことが鋭く突き刺さる。
近部の言う事は正しい。
正しいが故に、無意識に目を逸らしてきた事を直視させる言葉に耳を塞ぎたくなる。
「ジェーン、君の適性は紛うことなき」
スプリンターだ