ウマ娘 ~アンノウンソウル~ 作: しぐ
千葉県某所、中山競馬場。
ウマ娘にとって栄光あるクラシック三冠、その1番目『皐月賞』が今まさに行われている。
ウマ娘の本格化は個人差が大きく同じレースでも“既に仕上がっているウマ娘”もいれば“まだ途上であるウマ娘”もいる。
その傾向が特に強いクラシック期のG1レースは走る側にとっても、観る側にとっても多くのドラマが生み出される。
観客席でレースに釘付けとなっているウマ娘の少女もその1人。
『先頭に抜け出て全体のペースを作る者』
『前方をキープして後続から有利を取ろうとする者』
『後方で脚をためスパートに備える者』
『最後尾で全体の流れを観察しタイミングを計る者』
大きく分けて4つ、しかし実際は18人に18通りの走りがある。
限られた人数だけが、一生に一度しか挑めない勝負でただ一枠の勝利を狙うという厳しい世界。
そんな現実をまだ知らない少女は18の勇姿に目を輝かせている。
目前を駆け抜けるウマ娘達へ一生懸命応援しているとふと、後ろを振り向く。
そこにいたのはウマ娘の女性。
何か少女に話しかけているが言葉は聞こえず表情もはっきりしない。
そんな彼女に対して少女は嬉しそうに満面の笑みを向け──
外から聞こえる雀の鳴き声でジェーンドゥは目を覚ます。
いつもは目覚ましの時間まで目覚めることがないのだが、今日は珍しい。
天井を眺めつつぼんやりした思考の中、先ほどの夢を思い返す。
(……やっぱり、思い出せないか)
心に湧き上がる、少し沁みる感情を振り払うようにベッドから抜け出し着替える。
このまま二度寝するには危ない時間なので少し早い朝練に向かうことにした。
ルームメイトを起こさないようゆっくりとドアを閉めコースへ向かう。
日ノ出の白けた空の下、一通りの柔軟体操を終えて走り出す。
タイムを測るのではなく、あくまで長時間走り続けるのが目的なのでジョギング程度の速度を保つ。
走っている間、昨日近部に告げられた事が頭の中をこだまする。
スプリンター
ウマ娘の距離適性を表す言葉には“スプリンター”“マイラー”“ステイヤー”などいくつかあるが、スプリンターは1600m未満を得意とする区分だ。
皐月賞の2000mは訓練次第で走れないこともないが、その先に続く日本ダービーと菊花賞の距離は走りきることさえ難しい。
クラシック三冠を目指す身でありながら適性がスプリンターというのはそれだけショックが大きいこととなる。
『ジェーンの速度を落とさずコーナーを曲がりきるロングスパートは間違いなく武器になる。だが中距離以上ではゴールまで維持することが難しい』
『スタミナが足りないだけです。今後のトレーニングで重点的に鍛えれば…』
『選抜レース、ゴール前100m地点での減速。あれはスタミナ切れではない。脚に何か違和感があったんじゃないか?』
『それは……』
ベテランというだけあり、走りを一度見ただけで近部はジェーンドゥの適性や抱える問題を見抜いていた。
スタミナ切れならば全身の重さや倦怠感を感じつつ徐々に速度が下がって行く。
だがあの時起きたのは脚の脱力。
それまでスパートを支え続けた脚に突然力が入らなくなった。
痛みはなかったし、レース後も特に異常はなかったため怪我ではない。
『それでもトレーナー……私は……』
『それでもクラシック三冠に挑むのは変わらないか?』
『やっと、やっと夢に向けて歩き出せたんです!だから…』
適性外だと言われただけで簡単に諦められることではない。
単にレースで勝ちたいとか、気持ちよく走りたいだけならばいくらでも妥協出来た。
しかしジェーンドゥの目標はいずれも一生に一度しか挑めない大勝負。
挑んで負けたのならまだしも、出走すらしないなど考えられない。
もしトレーナーが諦めろと言うのならその時は、1つの決断をしなければならない。
しかし近部はそんなことを言わなかった。
『そうなると、通常よりきつめのトレーニングになる。限度を越えないようこまめに調整することになるから頻繁にメニューが変わるだろう。それでもいいか?』
『………え』
ジェーンドゥは驚くほかなかった。
てっきり夢を諦めるよう説得されるのではないかと思ったからだ。
『諦めなくていいんですか?』
『そうせざるを得ない時は考える。だが距離適性の延長は不可能ではない。その分色々と上乗せされるから他のウマ娘よりトレーニングがキツくなるけどな』
『トレーナー…。そんなこと、覚悟の上です』
デビュー戦含めたジュニア期は基本的に身体作りがメインとなる期間であり、周りと同じだけのトレーニングに加えて距離適性延長まで行うのはオーバーワークになりかねない。
ハンデを背負っている分、それ相応の負荷が追加されるのは致し方ない。
『ただこれだけは守って欲しい。無理をして脚が故障しては本末転倒だ。かなり慎重に調整する事になるから指示した以上のトレーニングは控えてくれ』
事前に決めた距離を軽く流し、余った時間でクールダウンのストレッチ。
予定より早く始めたことで時間をもて余す。
既に日の出は迎え雀の鳴き声がどこからともなく聞こえる風情ある時間。
他にも朝練をしているウマ娘が何人かおり、その中にエンデフォートもいた。
まだ仮契約だと言っていたが、まるでレースが近いかのような本気の走りをしている。
朝からこれで、日中の授業は体力が足りるのだろうか。
(デビュー戦で一緒になる可能性あるんだよね)
デビュー戦は短距離で出走するという話だった。
何を目指すにしても、デビュー戦で勝てなければずっと未勝利戦を走り続けるはめになってしまう。
そのためまだ適性が合っていない中距離ではなく、今の適性で勝てる距離に挑むことにしたのだ。
また皐月賞の出走条件を満たすためにジュニア期にもいくつか出走しなければならないのだが、ジュニア期のレースは短距離マイルが中心となっている。
どこかでエンデフォートとの対決になることだろう。
友達とは争えないなどと甘い考えをする訳ではないが、上手く言葉に出来ないモヤモヤした感情がジェーンドゥの中に広がりつつあった。
(今そんなこと考えても仕方ない。それよりもやらなきゃいけないいけないことが山ほどあるんだから)
シャワーで汗を流し朝食を食べるため、ジェーンドゥはその場を後にした。
今も胸の中で燻るこの感情が何なのか、それを知るのはまだ先の事となる。
上手い区切りが見つからなかったので、若干短くなりました。