ウマ娘 ~アンノウンソウル~   作: しぐ 

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赫灼

 デビュー戦(メイクデビュー)当日。

 ここを勝ち抜かなければどのような目標を掲げていようと出鼻を挫かれる。

 先に進めるのは1レースにつき9人中、一着を獲得したただ1人のみ。

 一般的にここで勝利、あるいは敗退後の未勝利戦で勝利し重賞に挑めるウマ娘は全体の3割程度と言われている。

 つまり重賞に出走出来る時点で十分なほど上澄みと言えるのだが、現実として人々の注目を浴びるのはG1で活躍した者ばかりとなる。

 G2やG3で人々の目を惹きつけたウマ娘もいるにはいるが、それは走りで魅了した稀な逸材(エンターテイナー)

 アスリートの強さとは異なる才能に恵まれたウマ娘だけである。

 

 

 

 出走前の地下バ道にてレース前最後の確認を行う。

 その間ジェーンドゥの表情は心配そうに曇っていた。

 

「予定通りコースは短距離。今のジェーンなら通常のスパートで十分勝てるだろう」

「ロングスパートは使わないって事ですか?」

「そうだな。一番の武器をあまり早くに披露するのも考え物だ。使わずに勝てるならそれでいい」

「でもトレーナー、同じレースの出走者には…」

 

 エンデフォート。

 ジェーンドゥのクラスメイトで短距離路線を目標とするウマ娘が勝負相手に含まれていた。

 常に全力で駆け抜けることを好むという彼女は短距離で有利な逃げ、それも大逃げで来るだろう。

 

「そう何度も彼女の走りを見たわけではないが、走りはまだ粗削りだ。単純に走るだけならかなりの好タイムが出せるだろうが、勝負の駆け引きまでは不十分と見える」

「でも最初から大きくリードされたら、ロングスパートでも追いつけなくなるかもしれないですよ」

「短距離ならそこまでのリードにはならないだろう。それに今回は逃げのウマ娘が他にもいる。競り合ったら自分のペースを維持できず共倒れになる可能性が高い」

 

 冷静に分析する近部の発言にジェーンドゥはあまりいい気がしない。

 これから挑む相手の話なのだから事実を事実として語るのは当たり前なのだが、まるで自分の友人を悪く言われているように感じてしまう。

 長年勝負の場を見てきた側とまだ始まったばかりの側ではそういった部分への意識は異なる。

 近部もそれは分かっているため、なるべく私見を入れずに見たままの情報を伝えているのだが考え得る可能性は伝えなければならない。

 勝負が終わってから『やはりそうだったか』などと後出しするわけにもいかないのだから。

 

「フォートにばかり気を向けず、自分の走りをしろってことですよね」

「結論としてはそうだ。結局のところ、相手がどうあろうと自分の走りを見失えば勝機はなくなる。今回はそういった勝負場の空気をも味わえるだろう。実戦からしか学べない事もある」

 

 先に続く道がある以上、相手がなんであれ踏み越えて行かなくてはならない。

 勝負は勝負であり、そこでの勝ち負けが人間関係に影響するようではやっていけない。

 ここで打ち負かしたからと言って今後の関係が悪くなるなどありえないし、エンデフォートがそんな薄情な性格ではないことも分かっている。

 それでも消えない、何かが心の内に突っかかる感覚。

 あるいはそれは今まで味わったことのないほどの緊張だろうか。

 

「今日までやれることはやって来たし、今後もやっていくんだ。デビュー戦はあくまで節目。気を抜きすぎるのも問題だが、気負いすぎて身体が固まっては元も子もない。今出来ることを全力でやろう」

「そんな簡単なことみたいに言われても…」

 

 まさに言うは易く行うは難し、レースで結果を出すのはあくまでもウマ娘。

 トレーナーがどれだけ死力を尽くしても、それは結果を出すための過程である。

 逆に言えばトレーナーのやってきた指導の良し悪しを世間に見せるのもまたウマ娘側であるという事だ。

 どちらの責任が大きい小さいというよう単純な話ではない。

 

「トレーナー、余計に緊張してきたかも」

「しょうがない、ちょっと目を閉じてくれるか」

 

 言われるまま目を閉じると、近部が後ろに回る気配を感じる。

 

「え、何?」

「耳を塞ぐから、そうしたら3回深呼吸するんだ。ゆっくり5秒数えながら吸って吐いてみろ」

 

 言うなり本当に両耳を塞がれる。

 周囲の音が聞こえなくなり、自分の身体を巡る血流の音だけが響く。

 言われた通り5秒かけて息を吸い、ゆっくりと吐いていく。

 一呼吸するたびに、緊張で荒っぽかった鼓動が収まっていき三度終わる頃には平常時と同じになった。

 

「少しは落ち着けたか?」

「……凄い、さっきまでと全然違う」

「今まで何人ものウマ娘を落ち着かせてきたお墨付きのリラックス法だ。今後も勝負前にやってみるといい」

「ありがとうトレーナー。それじゃあ行ってきます!」

 

 パドックへ向かうジェーンドゥの背中を見送る近部。

 これまで担当してきたウマ娘達と同じく、曇りのない姿。

 

(どのような道に行こうともジェーンは大丈夫だ。お互いを信頼出来たトレーナーとウマ娘はどんな壁も乗り越えられる。……そうだよな)

 

 その背中に誰か別の背中が重なって見えた近部だった。

 

 

 

 地下バ道にも響いて来ていた歓声は、パドックに出ると一層大きく聞こえてくる。

 一瞬その声圧に気圧されそうになるものの、気を引き締めなおし堂々と観客にその姿を見せる。

 1人ひとり順番にランウェイで自分をアピールする時間があるが、これと言ってポーズが思いつかず無難に手を振るジェーンドゥ。

 一方エンデフォートは気合全開で拳を掲げ雄叫びを上げる。

 歓声が一層盛り上がる様を見ているとエンデフォートが話しかけてくる。

 

「どうしたジェーン、面食らってるのか?」

「思ってたより歓声が凄くて…レースは何度か見に行ったことあるんだけどこっち側となると違うなって」

「そりゃあ相手に送る側と違って、皆の声が一斉に自分に向けられるからな!」

「でも緊張はしてないよ。さっきトレーナーに解してもらったから」

「いつでも行けるってことか。ははっ、望むところさ!」

 

 互いに熱い視線を交え士気を高め合う。

 他のウマ娘が緊張で強張っていたり、場の雰囲気に呑まれ怯えた表情や泣きそうな表情の中でこの2人だけは戦闘準備が完了していた。

 G1のような格式高いレースならば何が起こるか分からないが、メイクデビューでこの状況となれば出走前から勝者はどちらかに決められたも同然だろう。

 

 

 

『本日ターフも絶好の良バ場になりました。各ウマ娘の好走が期待できます』

 

 各自が順番にゲートへ入って行く。

 まだ場数を踏んでいないメイクデビューという事もあり、ゲートの閉鎖感に慣れていないウマ娘もいる。

 ジェーンドゥやエンデフォートは既に気にすることもなく早々にゲート入りし、ただ前方一点を見つめる。

 距離が短いコースなので出来るだけ早く前に着く、その為に出遅れなど許されない。

 気が急いてゲートに衝突したなんて話もあるくらい、スタートは神経を使う瞬間である。

 

『ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

 あと数秒でゲートが開く。

 緊張とは異なる感覚で鼓動が早まる。

 過集中状態のように体感時間が引き延ばされ、1秒が5秒にも10秒にも感じる。

 ほんのわずかでもゲートが動いたら、後は考えるより先に脚を前に出すのみ。

 そしてその時は来る。

 

『今スタートが切られました!各ウマ娘きれいなスタートを切りました』

 

 ゲートが開いた直後からエンデフォートがスパートと見間違うほどのスピードで一気に先頭へ着く。

 もう一人の逃げウマ娘がその少し後ろに控え、エンデフォートの出方を窺う。

 今ここで無理にエンデフォートを超そうとしても競り合いになりスタミナ消費が激しすぎる。

 スパートまでは一定の距離をキープするのだろう。

 一方のジェーンドゥは先行5人で出来たバ群の中央位置に着く。

 他のウマ娘の出方を見るため最初から前に行き過ぎず、かといって下がりすぎるとスパート時に前方を塞がれる事故が起こりうるのでこの位置が丁度いい。

 今回はスピード重視のストライド走法で攻めたて、トレーニングによってどの程度脚の強度が上がったかも確認する。

 中距離以上でロングスパートを使うつもりならば短距離でこの程度の負荷など余裕で乗り越えなければ無謀、いやまさに無望と言えよう。

 

(クッソ、スタートからピッタリ追ってきてるな。ずっと後ろに気配があってむず痒いっての)

 

 本格的なレースへの出走経験がないエンデフォートにとって、逃げ同士の駆け引きを挑まれたのは初めてだった。

 勝ち負けももちろんだが、何より気持ち良く走り切ることを重視するエンデフォートにとってこれは大きなメンタル攻撃となる。

 無意識の内に相手を引き離そうとスピードを上げてしまい、呼吸やペース配分が乱れてしまう。

 短期決戦と言えどその影響は後になればなるほど顕著に表れる。

 後続を無暗に引き離そうとただがむしゃらに走っているエンデフォートの安定していない歩幅が急速にスタミナと脚の体力を奪っていく。

 

(あんなに開いていた2人との差がじわじわ縮まっている)

 

 ジェーンドゥの位置からもはっきり分かるほどエンデフォートは垂れ始めリードを失っていく。

 ここまでずっと後ろに付いたもう一人の逃げウマ娘は追い越そうとするでもなく、一定の距離を保ちプレッシャーを与え続ける。

 だがエンデフォートはそんな状況で口元を緩め、ニヤリと笑って見せた。

 

(……⁉)

(意地でも追い越さないって言うんなら……)

 

 そして利き脚で芝を全力で踏み抜くと爆発的な加速でもって後続のウマ娘達を一気に置き去りにする。

 短距離1200m、その半分が過ぎ去った地点で早くもエンデフォートは勝負に出た。

 

(まだスパートには早いって後でトレーナーにどやされそうだけど)

 

 あの日の放課後を思い出す。

 校内コースでただひたすら走り続けるだけの自分をスカウトしてくれたトレーナー。

 小難しい話は分からないし、教わったテクニックとやらも走り出すと頭から吹き飛んでしまう。

 傍から見れば意味のないやり取りを続けるだけの2人だったが、その中でエンデフォートは一つだけ身に着けたことがある。

 

(あたしは自分が気持ちよく走る事が信条だ。でも今はそれと同じくらいトレーナーの為に勝ちたい。勝ってトゥインクルシリーズに進みたい。だから……)

 

 

 

「来れるもんなら付いて来てみろ」

 

 

 

 その眼は燃えるように赫かった

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