ウマ娘 ~アンノウンソウル~ 作: しぐ
『なんと!エンデフォートがコース半ばで急激に加速したぁ!まさか600mのロングスパートなのかあぁ!!』
ジェーンドゥからすれば面食らう事態である。
近部との打ち合わせでは今回はロングスパートは使わないという手筈だった。
まさか披露する前からエンデフォートにお株を奪われるなど想定出来ただろうか。
(どうする?私もスパートするか、フォートが途中で力尽きることを想定して抑えるか……)
悩む時間など精々数秒が限度。
決断が遅れれば遅れるほどにジェーンドゥの勝ち目は遠ざかる。
エンデフォートは逃げ同士の競り合いで、体力を想定以上に消耗しているはず。
そんな状態であの加速が最後まで続くだろうか。
同じ頃、近部もエンデフォートの無茶なスパートに考えを巡らせていた。
(強いて言うなら
ウマ娘には未だに解明されていない謎がいくつか存在する。
その中で特に研究が盛んながら糸口すら掴めていない現象。
定まった名称はなく、必殺技だの奥義だの固有だのと人それぞれで好き勝手に呼称されているが、研究者やレース関係者の間では共通した名が使われている。
その名は“領域”
歴史に名を残すウマ娘の大半が魅せた『目に写る奇跡』である。
ウマ娘の身体能力か精神的な何かが一定の領域を超えることで発現する、と言われているが稀に異なるきっかけで発現するウマ娘もいるという。
それは1つの事に徹底的に特化するというもの。
極まった才能や技術は時として奇跡と呼称される程の結果を生み出す。
エンデフォートのそれはまだ入り口に過ぎず、領域と呼ぶには拙いものだ。
本物の領域はウマ娘の周囲にオーラだったり異空間のような説明出来ない何かを錯視させるほどのエネルギーがある。
だが片鱗とはいえメイクデビューで発現したなどという話は聞いたことがない。
(一点特化の領域。本来の領域と違い、領域なしでは勝てないという必勝性はない。だが型に嵌まれば文字通り敵なし。さすがに想定出来なかった)
苦々しく表情を曇らせる近部だったが、一方でジェーンドゥは焦らず機会を図っていた。
経験を積んだ者ならば目の前であんなのを見せられては、怯んだり諦めたりすることもあるだろう。
だがこのメイクデビューにおいて、自身の敗北を確信してしまうデータなど無い。
その事が逆に、根拠のない可能性を支えてくれた。
(フォートが走りきれない、なんていう相手に依存した可能性だけが根拠だけど。そうなる事が前提なら……ここ!)
『おぉーっと!ジェーンドゥがここでスパート開始だ!エンデフォートに負けじと追いすがって行くぅ!!!』
最終コーナー手前、エンデフォートの気迫に呑まれ完全に垂れてしまった逃げウマ娘と内ラチの僅かな隙間を減速せず突き抜ける。
最終直線を半分過ぎた辺りで予想通り失速し始めたエンデフォートは、先程まで眼に宿していた赫いオーラもなくなり根性だけで辛うじて“走る動き”をしているに過ぎない。
そんなエンデフォートの背中、その向こう側を目指すジェーンドゥ。
残りの距離と2人の速度からではどちらが先着するか予想がつかない。
『さぁゴールへ最初に辿り着くのはエンデフォートか!ジェーンドゥか!エンデフォートが逃げ切るか、ジェーンドゥが差し切るかぁ!!』
レースにおいて一着と二着以下の価値は当然異なる。
だが二着や三着が無価値かと言えば、決してそんな事はない。
例え中々勝てなかったとしても、走ったレースの多くで掲示板入り*1していればそれは優れた走者と讃えられるに十分な結果だ。
そういう意味ではデビュー戦は最も過酷なレースかもしれない。
何故なら一着を取れなければ先に進めない、乱暴な言い方をすれば二着以下は無価値と言えてしまう唯一のレースだからだ。
(クッソ、もう脚の感覚がほとんどない。やっぱ無茶しすぎたか……。でも今のあたしに出来る走りはこれくらいしかないんだ。疲労なんて休めば治る。今出し切らないでいつ出すんだよ!!)
(模擬レースの時と違って脚には余裕があるけど、加速が足りない。せめてあと一歩分前に行ければ確実に勝てるのに!)
「「ぐぅぅぅあぁぁぁ!!!」」
目をつぶって前に進む事だけに集中するエンデフォートとしっかり前を見据えて走るジェーンドゥ。
その違いは影響したのか定かではない。
ただ純然たる結果として着順は決定された。
『先着はジェーンドゥ!メイクデビューを制しました!ジェーンドゥ、ゴール直前で差し切っての見事な勝利です!!二着はエンデフォート!三着は───』
ゴールラインを抜けた先。
力尽きたように仰向けに転がるエンデフォートと両膝をついて肩で息をするジェーンドゥ。
着順を表示する掲示板、その一番上には自分のゼッケン番号。
二着との差はハナ。
本当にギリギリの勝利だった。
呼吸を落ち着かせたジェーンドゥはエンデフォートに駆け寄る。
仰向けだが腕で目元を覆っているので表情は分からない。
「フォート……」
「………………」
まだ呼吸が荒く、声掛けに反応もない。
何と声をかけるべきか迷っていると、不意に口元を緩ませる。
「フフッ……ハハハ……アッハハハハハ!!」
「え、フォート?急にどうしたの?」
「いやー、負けた負けた!いけると思ったんだけどなぁ。あー……トレーナーとの話に全く無いことしちまった。後で何言われるか怖い怖い」
笑いながらいつもみたいに明るい雰囲気で話すエンデフォート。
だがジェーンドゥは表情が見えずとも、その言葉がわずかに震えているのを聞き逃さなかった。
「フォート……私は」
「何してんだよジェーン」
「え?」
「ジェーンを応援してくれた人達が向こうで待ってるんだぞ。早く行ってやりなよ。あたしはまだ立てそうにないからもう少し休んでるよ」
「………」
「………行きなよ。じゃないと、聞こえちまうだろ」
それ以上は何も言えず、ジェーンドゥは振り返り観客席の方へと歩いて行く。
響き渡る歓声は、それ以外の声をかき消してくれた。
控え室に戻ると既に近部が待っていた。
「良くやったな、ジェーン。まずは無事にスタートラインを越えた。これからの事も話したいが、まずは軽くお祝いといこう。帰りに何処で食事でもしようか?」
「ありがとうトレーナー。でも、その……」
「疲れて気が乗らないか?まぁそれなら後日でもいい。初めて公式戦を走ったから、休息も多目に必要だろう」
「……トレーナー。今日私は本当に勝って良かったの?」
近部は何も言わなかった。
ジェーンドゥの言葉が意図することは、近部の想像と通りだろう。
外から見ていた自分でさえ感じたエンデフォートの気迫。
走っている時はジェーンドゥも必死だったので気にならなかったが、こうしてレースから離れれば途端に思い出される。
あの気迫をあんな間近で受けたのだから、勝てたとしても怖気づくのは仕方ないことだ。
「私にはフォートが見せたような何か凄い力はない。今日勝てたのだって、フォートがあと一歩分失速するのが遅かったら……。だからこの先へ進んでより強いウマ娘達と競い合うべきなのはフォートの方だったはず。なのに」
「ジェーン。どのレースにも言えることだが、勝つべきウマ娘も負けるべきウマ娘もどこにも存在しない。いるとしたら、その時勝ったウマ娘が勝つべきウマ娘だったというだけだ」
近部は語る。
過去の事例として、勝ちを望まれなかったウマ娘が存在した。
あるレースで歴史上例の少ない大記録にリーチを掛けたウマ娘に期待がかけられる中、そのウマ娘に勝ったことで人々の反感を向けられてしまったのだ。
だが一部の人々はその勝ったウマ娘の勝利を喜んでいたし、何より記録を阻止されたウマ娘は自身を負かした事を拍手以て称えた。
また他の事例では、勝利は確実とされたウマ娘がレース中の大怪我で棄権したことで生涯唯一のG1勝利を果たしたウマ娘がいたという。
既に多数の活躍をしていた上で有望視されていたウマ娘の負傷にメディアはこぞって飛びつき、誰一人として勝利したウマ娘を話題にしなかった。
そのウマ娘はその後一度だけ出走し引退したそうだが、この件が影響したのか単に力を出し切って限界を悟ったのかは定かではない。
ただ、間違いなく言えるのはそのウマ娘の勝利を喜んだ人々が確かにいたということ。
「彼女達も表立って勝利を喜んだりはしなかったが、それは勝ったことを後悔したからじゃない。自分の勝利に誇りをもっている。それとな」
近部はジェーンの両肩に優しく手を置き、真っ直ぐに目を合わせる。
いきなりの事に肩をビクつかせてしまったが、ジェーンドゥはその真剣な表情から目を逸らせなかった。
「俺はジェーンの勝利が心の底から嬉しい。本当に良くやってくれた」
それによって今まで処理しきれなかった感情が雪解け水のように溢れ出る。
控え室でもう1人の号泣が響き渡った。
当作品では特に年代設定はしていません。
ウマ娘は様々な年代を元にした人物が同時代に存在する設定なので、発生する出来事の年代もこちらの世界とは異なると想定しております。