ウマ娘 ~アンノウンソウル~ 作: しぐ
デビュー戦の激闘を終えた後日。
教室でジェーンドゥはフィリアスター、サクトリーとデビュー戦での話をしていた。
「ジェーン、デビュー戦勝ったんだねえ。おめでとう。」
「ありがと。フィリアとトリーも勝ち進んだって聞いたけど」
「はい。無事に勝つことが出来ました。皆さんの応援と、トレーナーさんの的確な指導に感謝です」
「私もトレーナーさんの言う通りにダートで挑んだら勝てたよ。結構悩んだけど、これで良かったかもねえ」
選んだスタートラインは異なれど、この先3年間の競い合いへと進んだ。
悩んでいたフィリアスターも無事に自身の道を定められたようだ。
だがジェーンドゥには未だ煮え切らないモヤモヤしたものが残っていた。
「ジェーン、あんまり嬉しそうじゃないねえ。何かあった?」
「なんか、複雑な気持ちで。フォートだけ未勝利戦に進むことになったから」
「ジェーンさん、それはそれですよ。確かに全員勝ち進む事が理想ではありました。しかし勝負である以上そう簡単にはいきません」
サクトリーの言う事も確かだ。
普段仲の良い相手だからと言って、勝ちを譲るのはその人が積み重ねた努力の否定である。
みんな仲良く足並み揃えてなど、通用しないのが勝負事。
勝ちは勝ちである。
その勝ち負けもお互いを高め合う良い刺激とすれば良い。
「フォートはそういうの気にしないと思うけど、ジェーンが気にしすぎるのは却って悪いかもねえ」
「あー、うん。なるべく顔に出さないように努力するよ……」
そんな話をしている折、教室の扉が開きエンデフォートがやって来た。
「おーっす。ってまたあたしが最後かよ」
「あ……フォ、フォー……」
「フォート、またギリギリまで朝練やってたの?レースの後くらいは休んだ方が良いと思うけどねえ」
「身体を向上させるには、適度な休憩も必要ですよ」
「大丈夫大丈夫、無茶はしてないよ。そんな事したらそれこそトレーナーにどやされるって」
カラカラ笑うエンデフォートの様子はいつもと変わらないように見えた。
付き合いの長い2人と違い、ジェーンドゥは咄嗟にどう接して良いのか分からずオロオロしているとエンデフォートの方から話しかけてくる。
「どうしたージェーン、呆けた顔してっぞ。夜更かしでもして寝ぼけ気味か?」
「え、っと……そんなとこ」
「おいおい、大丈夫かよ?居眠りして補習受けるはめになったらその分練習時間減っちまうぞ」
「あはは……気をつけるよ」
ジェーンドゥが多少ぎこちないものの、やり取りに問題はなさそうだった。
心配そうに見守っていたフィリアスターは一安心する。
そんな空気を察したのかエンデフォートは一呼吸入れると3人に向かって声を張り上げる。
「3人共、デビュー戦を勝ち抜いたからと安心してはいられないぞ。あたしもさっさと未勝利戦を突破して追いつく!ボヤボヤしてたら追い抜いてハナ取りに行くから覚悟しな!逃げウマ娘甘く見るなよ?」
グッと握った拳を突きつけて不敵な笑みを向けてくる。
一歩先へ行った仲間達への宣戦布告といった所だろうか。
「ふっふっふ、望むところだねえフォート」
「抜き返すのは私の得手。いい度胸ですね」
「わ、私も……負けないっ!」
いつまでも悩んではいられない。
クラシック三冠を目指すにあたり、それまでにいくつかのレースへ出走しなければならないからだ。
その日のトレーニング前、ジェーンドゥと近部は今後について話し合いをしていた。
「セオリーに従うならばまずは何本かのレースで上位に入り、12月に開催されるG1レース“朝日杯フューチュリティステークス”に出走。結果次第で皐月賞トライアルにあたる“弥生賞”へ出走という形になる」
「トライアル、ですか」
「トライアルで掲示板入りすれば優先出走権が与えられる。得た全員が出走するとは限らないが、元々出走枠に限りがあるからな。獲得しておくに越したことはない。それに同じ条件のコースだから調整がどの程度出来ているかの確認にもなるだろう」
「それまでに中距離以上でロングスパートを走り切れるようにしないといけないですね」
ジェーンドゥが中距離以上でスパートしきれない理由はスタミナではなく脚の強度にある。
簡単には改善できない問題故に時間に追われるプレッシャーが大きい。
適性距離の延長はそれほど困難なことなのだ。
「前にも言ったが普段のトレーニングをこなした上で改善していくしかない。そうでないとそこまでのレースにすら勝てなくなってしまうからな。分かっていると思うが道は険しいぞ」
「自分で選んだ道です。覚悟はしています」
「まぁトレーニングプランを考える俺の責任も大きい。自分一人で背負おうとしないようにな。ウマ娘のメンタルを支えるのもトレーナーの役目だからな」
そして今後の出走予定とトレーニング方針について話し合う中で、ジェーンドゥはデビュー戦でエンデフォートが見せた走りについての話題になった。
「ジェーン、あれは不完全な物ではあったが領域という現象だ」
「領域……」
「聞いたことはあるだろう?歴代の名バ達が名バたりえる理由。完全な物であったなら同格の領域を使えなければ勝ち目は薄い」
あの時のエンデフォートが見せた圧倒的な凄み。
両の眼からテールライトのように伸びた赤い眼光が見えた、様な気がした光景。
あれで不完全だったというなら完成したらどれほどの戦慄を感じるのだろうか。
「私も、いつかそれを習得しなければならないんですか」
「ジェーンの場合は習得というより“昇華”かもしれないな」
「えーと、どういう意味ですか?」
「あのロングスパートだ。あれを今よりも研ぎ澄まして極みに到達出来れば、あるいはそれが領域となりえるかもしれない」
距離の問題さえ解決の目処が立っていないのだが、果たしてその様な極地に届くのだろうか。
「やることが増えましたね」
「良いんだ。いつでも高みを目指す気持ち、それは心の燃料となるからな」
「……はい!」
レース後に見せた悲しみの表情とは違い、やる気と希望に溢れた笑顔。
ジェーンドゥはこういう表情でこそだと、近部は微笑ましく思うのだった。
清々しい程の青空にゆったりと流れて行く雲。
そんな眠気を誘う風景を、エンデフォートは校内コースの脇で寝っ転がりながら眺めていた。
デビュー戦直後のあの瞬間と同じ体勢なのに感じるものは全く違う。
あの時は込み上げてくるモノを抑え込むのに必死で、眼前の風景なんて見ている余裕はなかった。
「あんまりじっくりと見たことなかったけど、空ってなんでこんなに青いんだろうな」
「空気中の微粒子によって散乱された太陽光の内、最も波長が短い青色が私たちの目に入るからよ」
エンデフォートの独り言に大真面目な解説が返ってくる。
声の聞こえた方向に顔を向けると、エンデフォートの担当である
資料を挟んだバインダー片手にあまり感情を窺えない表情を向ける様子は一見すると睨んでいるようにも見える。
だがエンデフォートは彼女の表情の意味を理解していた。
「トレーナー、そんな呆れた様子でどうしたんだ?」
「エンデフォート、あなたがデビュー戦後はもっと早くトレーニングをしたいと言うから急いで来たの。それなのにアップもしないで黄昏れているからよ」
「アップならもう終わったよ。今はクールダウン中」
「足りないと言うから50%増しにしたというのに。まだ余力がありそうね」
「難しいこと考えるのが苦手な分、身体動かすのは得意でね」
言い終わると同時に
「ところでトレーナー、ええっと……」
「デビュー戦のことならもういいと言いました。結果的に私が見抜けていなかった潜在能力を知れましたから」
レース後控室で、憔悴しきった様子のエンデフォートに奴可はただ一言『今日はもういいです』と言っただけで立ち去った。
てっきり出走前に大口叩いて負けたことを怒っていると思っていたため、意外な返答に驚いた。
「あの走りをしっかり形に出来れば、あなたは今期最強のスプリンターになれます。それを想定してトレーニング内容も少し調整してきました」
「なれるだろう、じゃなくて断定なのか?」
「おかしいですか?あなたにはそれが出来ると事実をそのまま言っているだけです」
「……へへっ。トレーナーって何考えてるのかよく分かんねえけど、あたしの事しっかり信じてくれるのな」
「当然でしょう。そうでなければあなたと専属契約をしていません」
「ほんと、よくそういう事さらりと言えるなぁ」
普段からキリっとした表情を崩さないため、他のトレーナーや学園内のウマ娘から相当厳しい人ではないかと誤解されがちである。
エンデフォートはそんな奴可トレーナーにスカウトされた時から特に怖気付くことなく素直に慕っている。
どちらかというと理論派な奴可と考えるより先に走る直情派なエンデフォートはミスマッチである、というのが周囲の見解であったがデビュー戦での一件で評価が変わりつつある。
「トレーナー、ジェーンはこの先もっと強くなって何度も競うことになると思う。だから」
「未勝利戦を早々に終えて同じ舞台に立ちたい、と?」
「へへっ、さすが。だから今後も改めて……よろしくお願いします」
手を差し伸べるエンデフォート。
少しの間ジッと眺めた後、握り返す奴可。
一見タイプの違う二人だがその絆は確かなものであった。
「エンデフォート、運動着が前後逆よ」
「え?…………あ」