ウマ娘 ~アンノウンソウル~ 作: しぐ
『最終コーナー前でジェーンドゥがぐんぐん上がって来たぁぁぁ!!!そのままハナを取れるのかぁぁぁ!!!』
デビューを果たしてからは12月に行われる朝日杯に向けて重賞を走っていく。
短距離では十分すぎるほど余裕のある走りだったため、マイルレースに挑んでいくジェーンドゥ。
ただレースへは勝ちに行くというよりも、適性延長の成果確認という意味合いが大きかった。
(デビュー戦からマイルレース3戦、いずれも掲示板内。脚の感じも問題ないし、朝日杯までは順調にいけそう。あとは距離調整が上手くいけば……)
予定通りならば最初のG1となる朝日杯。
ここでどう結果が出せるか、それでその後の路線が決まるだろう。
クラシック三冠を目指すならせめて3着、そこから弥生賞と行きたいところだ。
そういった事を考えていると、ふと観客の会話が耳に入ってくる。
「あのジェーンドゥってウマ娘、毎回上位に入ってて凄いよな」
「デビュー戦は短距離だったけど、その後はずっとマイルで走ってるからマイルが本場ってことかな」
歓声でざわついている場では観客同士の会話など普通はかき消されて聞こえないが、それはヒトの話。
ウマ娘の聴力はヒトのそれより優れており、一方向に集中したりすれば聞こえることもある。
「今後は期待のスプリンターって感じかな。今年の短距離かマイルの最優秀年度ウマ娘になったりしてな」
自分の知らない所で自分の話題が語られる。
今まで数えきれないウマ娘がレースの世界に挑戦して来たであろう中で、こんな風に話題にされる割合はどのくらいのものだろうか。
もちろんその話題が長く続く事もあれば、早々に消えることもある。
まだまだ調子に乗れるような段階ではない。
(………)
しかしジェーンドゥはそれとは違う思考を巡らせていた。
レース後、習慣となったロングスパート時の脚の調子を話し合う。
「今回初の1800mだったが、脚の具合はどうだった?」
「特に違和感はないです。あと200mくらい、問題ないと思います」
「確かに、傍から見ていてもそう思うんだがな」
未だに2000mでのロングスパートが最後まで続かない。
練習と本番では違うというのもあろうが、さすがに練習で成功の兆しすら見えないようでは本番で実行するのは難しい。
「もう少し手応えがあれば11月の京都JSで試せるんだがな」
「……ホープフルステークスでは駄目ですか?」
「G1レースに不確定な走りで挑むのは避けたい。さすがに試す相手としてはレベルが高すぎる」
ジュニア期と言えども、むしろジュニア期のG1だからこそ1年足らずで実力を付けた魑魅魍魎が跋扈する。
そんな所で未完成の走りを試すなどあまりにも相手が悪い。
それどころか変な顰蹙を買う可能性も無きにあらずだ。
「距離に対する脚の問題はまだ探って行くしかないか。ところで先行と差しの双方試したがどうだった?」
「スパート時の感覚で言えば、差しで脚を溜めた時の方が余裕があります。……でも前方が多い時は外からかわすしかないので負担が大きいです」
「出走者次第で臨機応変に対応、とするしかないな。引き続き両方のフォームを適度に切り替えられるようにしよう」
常に1つの走り方で勝てるほど単純な世界ではない。
中にはそういうウマ娘もいるが、それは
コースの形状や状態、天候、ライバル達の作戦などが違えばこちらが取るべき走りも変わる。
そのため、多くのウマ娘は2種の走りを出来るようにしている。
特に多いのは先行・差しの組み合わせでジェーンドゥもこれである。
中には全ての走りが可能などという自在脚質もいるそうだが。
「ひとまずトレーニングメニューの微調整をしておく。今日は休んで、明日の朝から移行しよう」
「……はい、今日もお疲れさまでした」
どこか覇気がない様にも見えるジェーンドゥ。
上の空と言うより何か考え事をしているような、心ここに非ずといった感じだ。
「少し出走間隔が厳しかったか?疲労が残るようなら朝日杯までの出走間隔を調整しようか」
「あ、いえ……そういう訳ではないです」
そういう訳ではない、つまり
レースに関することなら近部は相談に乗れる。
レース外、つまり学業や人間関係の問題だった場合でも話を聞く程度は出来る。
「何か気になる事でもあるのなら、話を聞く事は出来るぞ。頼りになるかは分からないが」
「………トレーナー」
助けを求めるような眼差し。
だがそれを言葉で上手く表現できない。
「焦らず、考えがまとまってからで良いぞ」
「……私は自分の目標と観てくれている人たちの期待、どっちに応えるべきなのかなって……そう考えてしまって」
先ほどの偶然耳にした会話について話すジェーンドゥ。
自身はクラシック三冠を目標とするが、世間からの期待はスプリンター路線なのかもしれないと。
そこまで聞いた近部はふと疑問を口にする。
「以前から気になっていたが、ジェーンは何故クラシック三冠を目指すんだ?」
「何故……ですか?」
それ自体は別段珍しくもない。
おおよそのウマ娘はクラシック三冠、あるいはティアラ三冠を目標に掲げている。
理由のほとんどは“代々伝わる意志”あるいは単に“名誉欲”といった所か。
数あるG1で最も注目を浴び、後代に語り継がれるレース、それが生涯一度しか挑めないクラシック期の三冠レース。
当然得られる注目や名誉はそれ相応の物となる。
「スプリンター路線での期待の声があるならそれに応える道もある。短距離マイルも年末の表彰はあるし、その路線で活躍したウマ娘だっている。それでも三冠路線に行くというなら、適性調整をしてまで目指すほどの理由があるんじゃないかと思ったんだ」
「………」
黙りこくってしまうジェーンドゥ。
表情から察するにただの名誉欲という訳ではなさそうであったが、容易に語れない理由があるように思えた。
「すまない、無理に聞き出すつもりはないんだ。ジェーンが話してくれる気になったらその時に聞かせてほしい」
「……ごめんなさい」
「謝ることはないさ。ジェーンにどんな考えがあってもやることは変わらない」
レースの世界ではウマ娘とトレーナーの一心同体さが必要となる。
だが必ずしも双方の全てが噛み合うとは限らない。
ウマ娘にはウマ娘の、トレーナーにはトレーナーの目標や夢……そしてその裏に事情がある。
全てを曝け出して支え合えることが理想なのは確かだが、踏み込みすぎて侵してはならない部分に触れてしまうことも望ましくない。
全てを明かさなければ信頼を築けないということはないのだから。
「うううううぅぅぅらあぁぁぁ!!!」
校内コースを一心不乱に駆けるエンデフォート。
デビュー戦で片鱗を掴んだスパート、あれをものにするために何度もなんどもスパート練習を繰り返す。
「エンデフォート、ただ速度を出そうとするだけでは駄目です。脚だけでなく全身の動き、踏み込む際の重心、他にも意識する部分が多々あります」
「ん~、走ってる最中にそんなあれもこれも考えてられないぞ」
「考えるのではなく、身体に染み付けて考えずにできるようにしなさい。そのために今は同じことを繰り返すのです」
「考えずに……なんかそれカッケーな!いよっし、確かスパート開始時は踏み出す脚の重心を……」
当人は自身を脳筋と称しているが、奴可トレーナーの指導を十分に理解し実行できている。
努力を人に見せないタイプなのか、単に地頭の良さに自覚がないだけなのか。
(走りに夢中になると思考が鈍る嫌いはありますが。逆に言えば、思考せず動かせるようになればそれが利点になる。私はトレーナーとしてそこに導く。あの子に合った方法を模索して)
それぞれの想いと私情、それらの関係性は様々。
絶対的正解はなくとも、避けるべき間違いを踏まなければいい。
スパート練習を繰り返すエンデフォートの走りは徐々にキレを増して行く。
コースを一望する観覧席の一画に佇む一人のウマ娘。
エンデフォートを遠目に眺めながら誰に言うでもなく呟く。
「あまり注目はしていなかったんだけどね。デビュー戦のあの走りから予想を超えて成長している」
その瞳に宿る光は怪しさに満ちていると同時に、どこか親しみも込められている。
「それにしても思いのほか窮屈だね、これは。どうせなら自分で走ってみたかったが……これでは致し方ない」
白衣を翻し、コースに背を向け立ち去る。
手帳を取り出しいくつか書きこんだ後に時間を確認し、少し眉をしかめる。
「やれやれ。制約が多いというのは嫌いではないが、行動に制限があるのは困りものだね。とはいえ収穫はあった」
「あのウマ娘は中々……ふぅン、実に興味深い」