転生した。
この世界に転生して最初に眼に入って来たものは、万物の全ての綻びであり世界の脆さを象徴し破綻させる事のできる程の狂気の世界だった。
死ぬ前に自分が何者であったのかが薄れてズタズタになっていく。
それはこの世界に来るまでにいた『 』の場所を通過した事かそれともあまりにもこの狂気の世界に触れすぎてしまった所為か。
視界に広がる死を凝縮した点が、母親の体に視える。
触れればそれだけであの場所へと送ってしまう事が本能から理解できる。
その線を軽くなぞり上げればそれだけで殺す事が可能と解る。
生まれた瞬間に発した声は決してこの世に生まれ落ちた事に対する歓喜の叫びではなくこの世に生まれ落ちた事を認識してしまったが故に発生する人間という生き物が抱く恐怖――『死』という事柄そのものに対する叫びに他ならなかった。
あれから数年が経った。
生まれてからの俺は、一切の行動を取ることが出来なかった。
加えて発狂しそうな程の死の世界に耐えかねて眼球に手で取りだそうとした事もあるが抉ろうとした左目が通常よりも霞んで弱視になった今も死の点や線は霞むことなく明確に視えている。
結果は徒労に終わり例えこの眼が外科的要因で取り除いたとしても死の世界は変わらずに見え続ける事が頭にちらつきこの死の世界だけの場所に一人取り残された時、間違いなく俺という存在は致命的な破綻を迎える事が目に見えていた。
それでも俺が今まで生きてこれたのは母親の存在だった。
俺の異常を認め、受け入れ、介護状態の俺を見捨てずに育ててくれたからこそ俺は今も生きている。
母は良く俺の眼を褒めた。
俺自身がこの眼の事を嫌っている事に気付いていたのだろう彼女は蒼色の瞳の中極彩色に虹彩の中で輝くこの眼を良く星や宝石に例えて褒めた。
抉ろうとしたり取り出そうとして弱視になった時なんて気が狂いそうな程俺に対して俺以上に慌て、悲しみ、怒り、心配した。
母は、精神病院に入院していた。
健常とは言い難かった。
家には父らしき人間がいたが、俺の異能を恐れてか親子として触れ合う事などなかった。
言葉すら交わした事はなかった。
母は俺の所為であそこにいるのか、それとも別の要因であそこにいるのか。
俺には一切分からなかった。
俺に分かるのは死だけだった。
「・・・こりゃ、参ったな」
――婦人科医であるゴローはそう呟くとスマホのロック画面の押しのアイドルを見つめて元気を分けて貰った。
自分が勤める病院には時たま普通の人間なら引くぐらい厄介な人間がやって来る。
それは婦人科医というある意味では人の生と死を多く見つめる事になる職業柄といってしまってもいいのかもしれないが彼の性根は極めて善性かつ医者として患者に居た向きに向き合うから惹かれてやってきてしまうからかもしれなかった。
ひらり、と。
手元にあったファイルが窓から吹いてきた風によって捲れる。
そこにはとある少年の母親である人間のカルテ――双子を妊娠しているという診断結果があった。
母親が精神病棟から急遽移されてやってきたこの病院で、俺は待ちぼうけていた。
父親らしき人間が泡を食った様に焦りながら医者に突っかかっている。
母を無理矢理に精神病院から出してきて一体何がしたいんだろうか?彼女は表向きは平気な様に見えても時折スイッチが入った様に暴れてしまう事があった。
どうやってこの病院に連れてきたのかは分からないが産婦人科というだけで複雑たる理由になるだろう。
――母は父以外の何者かに孕まされてしまった。
そういうことなのだろう。
母はスイッチが入った時は曖昧になっているのでまともな証言は取れなかった。
父は暗澹たる気分だろう、彼は時折譫言の様に母と一緒に居たいと呟き酒に溺れながら愚痴を零していたがもしかすれば母のいる所へと柵を乗り越えていけるかもしれなかった。
俺はどうせなら一緒の病室になってもらえば幸せになれるだろうかと相変わらずの死の渦巻いた世界でぼんやりと考えていた。
父は錯乱状態で一旦落ち着く様に医者から静止されるも今度は精神病院からも来ていたと思われる人間へと突っかかっている。
DNA検査を病院内の疑わしき人間を調査するとか何とか言っているが俺はただ全ての蚊帳の外にいるだけだった。
父は苛立ちを抑える事等出来ない様子だった、無理もないとは思う。彼は間違いなく不幸な人間に違いなかった。
父は俺を無視して病室を出て行く。訴えるとか殺してやるとかそんな言葉が頭の後ろで聞こえる。
その場に残されたのは婦人科医であるゴローと名乗った医者。
彼は俺の今後の立場や環境を心配している様子だった。
俺自身が、病人一歩手前――ともするとだれよりも病人――であることも起因したのだろう。
彼は俺を病院内へと留めおいた。
――そうして俺へ押しのアイドルをしつこい程に布教し始めた。
・・・余談だが俺は小学生である前に異常者なので何がいいのかよく分からないがテレビ等の媒体を通すと人の死は見えないので十分に興味は持った。
今までそういったデジタル的なものには触れてこなかったので今生で人の顔というものを改めて直視できたのはこのアイというアイドルだったので先生やこの病院内の人間、母親ともよく見ていた。
先生は何故か感激した様子でやはりアイドルセラピーは全世界へと広めるべきと鷹揚に頷いていた。
そうしていたある日、病院内で神木ヒカルと名乗る年上の中学生?ぐらいの人間に出会った。
彼は母のファンだったと語った。
母は昔女優であった事、事故が切っ掛けで演技が出来なくなった事。それが原因で曖昧となってしまった事。
彼は俺の眼を覗き込むと、何故かにっこりと笑い何事かを呟くと去っていった。
その後、俺は母の病室へと先生から貰ったDVDをテレビへと差し込もうとすると母の体に異常を視た。
母は何事もなさそうにしていたが、俺の眼には確実に視えていた死が消えていたのだ。
――そう、母親の胎の中にいた筈の双子の片割れの視えるべき死が消えていた。
もうちょい続きます