アレクサンダーはズボンを自分の手で洗う為、ついでに体も一度さっぱりしようとお風呂場へと足を踏み入れた。
「うっ…!」
瞬間風呂場に残っていた、先程まで二人で入っていたのだろう、ルーディアとエリオットの淫臭が鼻を刺激した。
クラクラとするその臭いに理性を破壊されつつ、設けられている窓を開く。
そして冷水を頭から浴びて冷静さを取り戻し、ズボンを洗い始めるのだった。
ごしごしごしごし…。
不意に頭に過る、なんで自分はこんな事をしてるんだろうという疑問。
だが答えは簡単だった、人妻に横恋慕して夫婦の営みを覗いたからである。
「はぁ…」
バシャーン!
再度頭から冷水を被る。
今まで女性なんて興味がなかった…と断言すると嘘になるが、アレクサンダーはそんな事より強くなる事、父のような英雄となる事に邁進していた。
それに北神の息子だった時も、北神となった時も、女性は彼方からやってきたし、どうしようもなく性欲が溜まれば娼館に行った。
そういう行為の相手として、普通に女性を自ら求めるという事はしていなかった。
そのツケがここにきて恥として現れたのだろうか。
英雄となった自分の隣にいるのに相応しいだろう、なんて勝手なイメージで思ってしまったバチだろうか。
「……はぁ~あ…」
深く深くため息を吐き、もう一度冷水を頭から被るのだった。
朝食を終えて、この後龍神配下の何人かで行う手合わせがある、という事なのでそれに着いていく事にしたアレクサンダーである。
しかし、その朝食を終えてわかった事がある。
彼女、ルーディアは元気がない相手や弱ってる相手を、甘やかす性質がある、と。
落ち込んだまま食事をちょびちょびととっていると、なんと額をこつん、と合わせてきたのだ。
その行為を目撃した妹達に床に座らされ、その自覚のない行動に説教を受けていたが、アレクサンダーはそれどころではなかった。
髪を掻き分けて額に触れる低めの体温の滑らかな指と、ふわりと香る色香に、アレクサンダーの心臓は高鳴り、バクバクと音を立てていた。
胸を抑えて目を見開くアレクサンダーを流石に不憫に思ったのか、昨日夜遅くに帰ってきてたという2人目の夫である、青髪の魔族ロキシー・M・グレイラットが、アレクサンダーの耳元に口を寄せた。
そうして告げられたのが、ルーディアの甘やかし癖である。
更には最近貞操観念が少しズレている事が発覚し、矯正中なのだという。
子供の頃はどちらかというとミリス教徒のようだったのですけどね…と苦笑しながら言われた言葉に、それはないだろう、と思ってしまったアレクサンダーだった。
兎に角、彼女は魔性の魅力を持つ、サキュバスのような女性であると強く意識する事となった。
「…それでもあわよくば一晩くらい…と思ってしまうのは未熟故なのでしょうか父さん…」
暫く会ってもいない何処にいるかもわからない父親に、思わず問い掛けてしまう。
答えは勿論ない。
アレクサンダーは自らの唯一の私物、簡素な皮鎧を身に付ける。
何時のまにやら丁寧に手入れされていたそれは、いっそ購入した時よりも綺麗だと思えた。
恐らくルーディアの妹メイドの仕事だったのだろうと思い、後で感謝を伝えようと思う。
「ふぅ、それでは行きますか」
小さく息を吐き、アレクサンダーは歩き出したのだった。
手合わせ場所はシャリーアの郊外にある一つの建物の近く。
この建物はオルステッドの拠点らしく、特に用がない時はこの建物で休んでいるそうだが、今は出掛けているらしい。
アレクサンダーは、ルーディアとエリオット、ロキシーと共にそこにたどり着いた。
それとほぼ同時に、建物の扉が開いた。
いないと聞いていたのに!と身構えるアレクサンダーだったが、そこから出てきたのは何処かルーデウスに似ている、けれどルーデウスよりも年を食ってるだろう茶髪の男だった。
『おかえりなさい…あれ、父様だけですか?』
「おう、ただいま。いやー…それがな、最近どうにもキナ臭くてな…」
「…もしかしてジンシン教か?」
「そっちにまで情報行ってたか。そうだ、アスラ貴族とジンシン教が無駄に相性良くてなぁ…それでいて無害有害の判断が難しいから、エンド傭兵団の手を借りてもなお手が足りねえ。そんで一度全面的にガサ入れしよう、って話になって…フィッツはそれの調整だな。ミリス教徒とは本当に相性悪くてなー…日夜喧嘩ばっかだぜ」
『アリエル様も王を目前に大変ですね…父様もお疲れ様です』
「ああ、そんで数日後にはガサ入れなんだが、お前達にも手伝って貰えないかと思ってな…ギレーヌは無理だし、エリナリーゼも子育てで一番大変な時期で無理だろうからな、頼むぜ」
「勿論です、その日は僕も大学休んでお手伝いしますよ。」
「ああ。そういう事なら手伝うさ」
「助かる。事前の調査で危険度が高いだろうと思われる所に送る事になるから、充分気を付けてくれ。…そんで」
つらつらと話をし、一段落したタイミングでその茶髪の男はアレクサンダーに視線を向けた。
「そちらさんは?」
『あ、父様、此方アレクサンダー・カールマン・ライバック様。北神三世です。アレク様、此方私の父で、パウロ・グレイラットと言います』
簡単にお互いを紹介された二人は、互いに左手を差し出し、握りあった。
「初めまして、ご紹介に預かりました、北神三世、アレクサンダーです。よろしくお願いします。娘さんにはお世話になりました」
「よろしく…へぇー…見た目、相当若いんだな。俺はパウロ。『天剣』なんて呼ばれてるぜ。よろしく頼む…そんで?ここにいるって事は、あんたも俺達に力を貸してくれるって事でいいのか?」
「えー…そうですね、ヒトガミとやらやルーデウスとやらを倒す、のは協力するつもりなのですが…その、ジンシン教とは?最近各地で始まった新興宗教という事しか知らないのですが…」
そう素直に言うと、茶髪の男…パウロはそこからか、と苦笑を浮かべた。
話を聞いたアレクサンダーは、なんとも身勝手な、と憤慨した。
好きに生きる事は結構な事ではあるが、失敗しそうになったら神頼みなどと…なんと都合の良い話か。
自分達は弱者であるから何をしても良い等と、通る訳がない。
何より、ルーディアが…当事者達は既に全員エリオットが切り捨てたとはいえ…酷い目に合わされたのだ。
アレクサンダーとしての答えは是だった。
「…わかりました、その作戦、僕もお手伝いします。そんな宗教…根絶やしです!」
「いや、弱者救済の一環として上手く行ってるとこもあるんだから、根絶やしにして良いって訳じゃねーよ…」
「む…そうですか…」
少し残念そうにしつつも、木剣をぶんぶんと振るうアレクサンダー。
そんな姿に、どうにも不安が拭えないなぁと思うエリオットだった。
『アレク様ぁ……』
甘い吐息がアレクサンダーの耳を擽る。
背後から首に回された腕。
いつもは体のラインがあまり出ない、ゆったりとした服やコートを好んで着ているルーディア。
にも関わらず、今は薄手で丈夫な、体にピッタリ張り付くインナーだけを身に纏い、その豊満な胸をアレクサンダーに押し付けている。
インナーは汗でしっとりと濡れ、押し付けられている体の形がよりよくわかる。
蕩けた瞳でアレクサンダーの横顔をじぃっと見詰めているルーディアの顔は赤く、息が荒い。
その全身から淫らな雰囲気を醸し出していた。
『はぁ…はぁ……あっつい…んんっ…』
椅子に座るアレクサンダーにもたれ掛かりながら、時折太ももを擦り合わせる。
そんなルーディアの動作一つ一つが、部屋に充満した甘い臭いとともに、アレクサンダーの理性を抉りとっていく。
窓のない部屋で、扉も外から閉められていて。
ご丁寧にベッドまであり、更にご丁寧に水や保存食まで置いている。
ここはジンシン教アスラ王国支部、通称『愛の巣』
一緒に行った相手と必ず結ばれるという噂のあった拠点。
『アレク様……ん…』
アレクサンダーの頬に手をあてて横に向かせ、その顔を覗き込む。
ルーディアは、正気の失った潤んだ瞳で戸惑うアレクサンダーを見つめ、顔を近付けていく。
そのルーディアの様子に、アレクサンダーの喉がゴクリと鳴った。