「ぼ、僕のした事なんて大した事では…むしろ自分の教育者としての才の無さに落胆していたくらいで」
「ルーディアのような天才児を指導していたのならば、仕方なかろう。余も出来が良い方ではなかったからな。それにまさか今もあのような、生徒が一つ失敗する毎に、気付かれないようにため息を吐く事を続けている訳でもあるまい」
「そ、そそそれは勿論です、その節は真に真に…」
「はははは、今魔法大学で教鞭を取っていると聞き、多少生徒達が気になっていたが、無用の心配だったようだな。良い良い、繰り返すが余は気にしておらん。結局余はあれから勉学や訓練を重ねても、上級魔術を習得するのが精々であったからな」
「え、おめでとうございます!パックス王子はあれだけ苦労していましたからね、めでたいです。僕も新しく魔術を覚え、特に等級が上がったものを覚えた時等ははしゃいで夜も眠れなくて…」
パアッと表情を明るくするロキシーに、パックスが苦笑を溢す。
「くく、くすぐったいな。そのように余の事で一喜一憂する者等お主だけよ。…父上や兄上にそんな素振りが少しでもあれば…余はここまでの事はせずに済んだのやもしれんな」
「それは…」
そう少し寂しそうに俯くパックス。
その手をベネディクトは薄い表情のまま、自らの手を重ねて握り締めた。
パックスはそれに気を取り直し、再度顔を上げる。
「……何故陛下は今回このような事を起こしたのですか? 」
ロキシーが今回気になっていた事はそれだった。
パックスにそこまでの事が出来る悪辣さ等ないとロキシーは思っていた。
魔術を上級まで修めたと聞いて、その性根は変わっていないと思っていたのに。
「ふむ…そうだな、それを説明するには、ロキシーがシーローンを出た後からの事を話さねばならんな。…少し長くなるぞ、楽にして聞いてくれ」
パックスは顔を苦虫を噛み潰したかのようにしかめ、ベネディクトを持ち上げた。
そのまま自分の膝に乗せると、その水色の髪に顔を埋め、言葉を紡ぎ出した。
「ロキシー、お主が出奔したのと入れ替わりのように、リーリャとアイシャがこの国に現れた。リーリャは気丈なもので、物怖じせずにアスラだ、ロキシーの関係者だと言ってしまい…お主を引き戻す為に人質にすべきだ、今からでも後を追うべきだ、と主張する勢力があった。それを余はわめき散らして妨害し、色々と親衛隊を使って少々悪どい事もし、どうにか彼女達を余の元へと確保する事が出来た。だが、それらの行動がどうにも兄上達や大臣達の癪に触ったようでな…余の親衛隊は一人ずつ引き剥がされていった。このままではいずれ余は暗殺されると思い…偶然市場で見つけた…何処と無くお主の面影を感じる魔族の少女の石像を、ダメ元で人形狂いという噂のあった兄上に売り付けたのだ」
そんなパックスの言葉にザノバが反応していたが、一番反応が顕著だったのはルーディアだった。
肩をビクンと大きく跳ね上げ、冷や汗をたらりと流した。
そのルーディアの珍しい様子に、ロキシーはいつも眠そうな半目をかっ開き、ルーディアを問い詰めるように見つめるのだった。
「…それによって交換条件として余の保護を頼もうと思えば、自らの唯一残った親衛隊をそのまま押し付けてきて…まぁ、それによって首取り王子として恐れられていた兄上との繋がりを邪推され、暗殺の危機から免れる事が出来たが…当時もしも余が襲われたとしても、兄上は気にも止めずその人形を愛でていたろうが…」
「そうでしょうなぁ…」
間髪入れずに肯定するザノバに、呆れたように鼻を鳴らす。
まぁそうだろうな、という諦めが表情からは見て取れた。
ベネディクトの頬を両手で包むように揉みながら、パックスは続ける。
「まぁ…それでもリーリャ達はアスラのスパイだだの、未だにロキシーの力を欲する輩どもが人質にするだの言い続けていてな。疎まれ続けた余の力では守る事も難しくなっていた頃…我が姉弟子達が来たという訳だ。更になんと兄上とも何時の間にか余よりも仲良くなっていてなぁ…あの時は驚いた。だが、それによってスムーズにリーリャとアイシャを解放する事が出来たが…いよいよもって余が邪魔となったのだろうな。お主達が旅立った後、余は王竜王国へと留学の形をとり…追放されたのだ」
そこまで話したパックスはボソボソと呟くと、中空に小さな水球を作り出し、一口でゴクリと飲み込んだ。
流れるような魔術行使に、かつての生徒の努力が見えて、ロキシーが感嘆の声をあげる。
「ふふ、上手くなったものだろう。余にしては上等だ」
パックスは再度ボソボソと呟くと、ベネディクトの前にも同じように水球を作り出してやる。
それに躊躇いなく口をつけ、半分程吸って飲み込んだのを確認すると、残りも自分の口に放り込んだ。
「ふぅっ、それで…そうだな、王竜王国に行ってからの話か。あそこでは余は更になんでもない存在へと成り下がっていた。権力等欠片もない。嘲笑われる日々だったが…結局はシーローンにいた頃とそう変わる事もなかった。故に余は腐らずに勉学を続けた。運動は…少しだけ、な。体質として太りやすくてな…体を支える筋力くらいはつけたが、そちらの才能はからっきしだった。だがまぁ、そんな日々に流石の余も疲れはじめてしまった。そこで出会ったのが、この我が最愛の運命の人、ベネディクトよ」
パックスはベネディクトの肩に顔を乗せて、両手を腹に回して抱き締めた。
仄かに頬を染めたベネディクトが、パックスを見つめる。
「庭でいつも一人で無表情でいるベネディクトとの逢瀬は楽しかった…いや、今思えば、ルーディア。お主が初恋で、それの面影を何処か追っていたのやもしれんな。おっと、すまない、ベネディクト。そう悲しい顔をしないでくれ。余にとってはお前が一番、お前以外にはいないんだ。…よしよし。それで、そんな余達をバカにする者達もいくらかいたのだ。出来損ない同士が傷の舐め合いを、だの、子供が出来ようものならば出来損ないが国に溢れてしまうだのと、聞くに耐えん低俗な言葉だ。そんな罵倒をもバネに余は努力を重ね、王竜王国で開催される…学問の…大会のようなものか、それでトップの成績を納める事が出来た」
パックスはそれを誇らしげに告げる。
努力から得た確かなその成果に、ロキシーも顔を綻ばせた。
「その余の成果が王竜王国の陛下に認められたのは嬉しかった…『人質も同然で他国に送られてきたにも関わらず、未来を諦めぬその姿勢、誠に天晴である』とな。褒美をと言われたが…余がその時欲するのはベネディクトのみ。それを欲すれば陛下は、『ベネディクトは十八王女。名ばかりの王女とはいえ、貴様にはそれ相応の立場が必要だ』と仰っていただけた。故にシーローン王国へと人質交換を求めたのだか…この国はもう腐りきっていたのだ」
パックスの雰囲気がそこで剣呑としたものへと変わる。
先程まで朗らかな雰囲気を纏っていたベネディクトも、悲しげに表情を歪ませ、パックスの胸に甘えるようにすり寄った。
そんないじらしいベネディクトの頭を撫でて、パックスは更に続ける。
「シーローン王国は交換を拒否し、それに激怒した陛下を…暗殺したのだ!シーローン王国の誰が指示したかはわからんが、このタイミングだ、我が国しかあるまい!」
そのパックスの怒号に一行は冷や汗を流した。
「余は主張した、命じたのは恐らく我が国の重鎮だ、と。陛下は余を認めて下さった、必ずや仇をとって見せると。その余の想いを汲んで下さった次の王候補であったステルヴィオ様は、余に黒竜騎士団の一部に加え、王竜王国最強の騎士まで貸し与えてくださった。それがこの隣の男『死神』ランドルフ・マリーアンだ」
眼帯をした軽装の男…その見た目の印象から骸骨を彷彿とさせる、七大列強五位『死神』ランドルフ。
ランドルフは軽く頭を下げると、自己紹介しようと思ったのか少し口を開いたが、パックスが話を続けようとしたのに気付き、慌てて口をつぐんでいた。
「王を喪い混乱してる最中、最大戦力を手放すその剛毅な判断に、余は必ずや結果を出すと意気込みシーローンへと帰国をした。そして上層部に話を聞いてみれば…言い訳、賄賂、命乞い… 見るに耐えなかった。だが、余が我慢ならなかったのは、密かに目を付けていた兵士の末路を目の当たりにした時だ。…ジェイドという農民あがりの将軍の、な」
更にその聞き覚えのある名前に、一行は反応しない事に精一杯だった。
兎に角平静を保ちその話を聞き続ける事しか出来なかった。
「ジェイドは父上に将軍として取り立てて貰ったから、と妹を父上に差し出していたが、本来は逆。ジェイドの妹を欲した父上が恩を売るために将軍に取り立てたのだ。だがそれもまた邪魔となったのだろう…なんて事のない任務で、あまりにも不自然にジェイドは死んでいた。奴の用兵の才は素晴らしいものだった。そんな才すら、腐りきった我が国は用済みとして切り捨てるのかと思った時…余の中で何かがキレたのだ。騎士達に命じ、腐りきった王族と大臣達を皆殺しにした。…余は後悔しておらん。民の努力を平気で踏みにじる王族等いらん!陛下の暗殺の犯人が明確にみつけられなかったのは痛恨ではあるが、それはこの国を建て直し、素晴らしい国とする事で仇討ちとしようと思っている」
そこまで話したパックスは、膝に乗せたベネディクトを横にどかし、椅子に両手をついた。
そして真剣な表情を浮かべ、一行をしっかりと見据えた。
「だからこそ!今北からの攻撃に屈する訳にはいかぬ!今は亡き王竜王国国王レオナルド様の為に!こんな余を信用し、騎士達を貸し与えてくれたステルヴィオ様の為に!権力に翻弄され命まで奪われたジェイドの為に!そして、我が最愛の妃ベネディクトとの明るい未来の為に!…どうか力を貸してくれ、頼む」
そう言って座ったまま、パックスは頭を深く下げた。
その真剣な様子に、一行は困ったように顔を見合わせた。
気まずい…それが正直な所であった。
なんせレオナルドもジェイドもオルステッドが処理した、と聞いていたが故に。
それでもこのままではどうにもならないが故に、一行はそれそれ言葉を返す。
『勿論です。任せてください!』
「立派になった貴方の先生として、恥じない働きを約束します」
「俺は一振の剣だ。好きに使ってくれ」
「余が生かされてきた意味を発揮する時です。存分にお使いくだされ」
皆の返答を聞いたパックスはゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。
「…感謝する。さて、では今日は休み、旅の疲れを癒してくれ。この後は晩餐会を開く予定だ。…実はランドルフは料理が得意でな、個性的だがなかなか美味いぞ。楽しみにしててくれ」
そんな穏やかなパックスの隣で、ランドルフが一礼をする。
こんな男が料理出来るのか等という疑問がわくが、一行は一先ず謁見の間を後にしたくて堪らなかった。
胃がキリキリと、ひどく痛んだ。
ちなみに前の世界ではジェイド将軍は原作通り甥を担ぎ上げてクーデターを起こし、パックスにトドメを刺した張本人となります。
けれど死に際のパックスからは「王国を頼む、お主になら任せられる」と託されています。
ヒトガミから「過去に女性に無体を働いた事もある奴だよ、正しい政治なんか出来るかな?」と思考誘導を受け、全てが終わった後「ま、子供の頃の話だけどね」とネタバラシをされました。
全てが呪いとなり、がんじがらめの後悔の人生を送りました。