『氷狼』ルーディア   作:如月SQ

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ミラクル

ジンジャーが倒れた後、意識がジンジャーに向けられた瞬間、同時にいくつかの出来事が起きた。

ルーディアとエリオットに対して別々の方向から向けられた強い殺気、ベネディクトへと放たれた害意のある攻撃、何かがあると判断してパックスの前へと躍り出るザノバ。

ルーディアとエリオットは殺気の感じた方向に視線を向けてしまう。

そこには既に誰いなく、何もなかった。

『氷狼』と『狂剣』の意識を一時的に反らした。

ベネディクトへの攻撃はランドルフが特に苦もなく弾いたものの、この場で最も弱い者を狙ったそれに警戒を強め、自らの体の影にベネディクトを隠した。

『死神』の動きを限定させた。

咄嗟の対応力の高い三人がそうして、その時だけ一時的に動けなくなった。

そのタイミングで事を成す。

 

 

 

 

 

広場から離れた建物の屋根、そこに腰掛けた鼠色のローブの男。

両手を広場へと向け、両目をそれぞれ別の色に変化させた。

両手にはそれぞれ筒のようなものが握られている。

その筒の中ではそれぞれ岩が生成され、高速回転を始めている。

視界から送られてくる情報から、鼠色のローブの男、ルーデウス・ノトス・グレイラットは二人の人物へと狙いを定める。

 

「……行け」

 

静かに呟かれたその言葉と共に、岩砲弾が凄まじいスピードで放たれた。

片方はパックス王、その前に飛び出したザノバへ。

もう片方はロキシーへ。

見事に直撃した。

 

「ほう…流石は怪力の神子…僕の岩砲弾が直撃して頭が吹き飛ばないとは。結界があったのもあるでしょうが…彼のミグルドも流石ですね、寸前で気付いたようで。ただ、運動能力が足りなかったようですね」

 

脇腹を貫かれたロキシーに、事態に気付くのが遅れたルーディアが夫が傷ついた姿に意識を向けてしまい、エリオットが倒れたザノバと呆然とするパックスの元へと駆け寄ろうとしている。

 

「が、遅い」

 

続いて既に用意していた二発目の岩砲弾、それがキュィンと風切り音をたてて射出され、結界魔術も、守る者も一時的にいないパックスへと放たれる。

見事に胸を撃ち抜き、大量に出血して倒れる姿を視認したルーデウスは笑みを浮かべ、両手に持つ筒を腰に取り付ける。

そして、違う色だった両の目が元のパウロと同じ色へと戻り、パチパチと瞬かせた。

 

「よし、と…後は彼女次第ですか。さー、ルーディアさん、このままじゃ、貴方の弟弟子死んじゃいますよ?」

 

にぃ、と楽しそうに笑みを浮かべたルーデウスは、そのまま屋根から身を投げ出した。

落下する中、パックスへと駆け寄り治療を始めるルーディアの姿が見えた。

 

「そうそう…それでいいんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ロキシー!』

 

「うっぐ…き、急所は外れてます…!僕は自分で…それより、陛下を!ルディ!早く!」

 

脇腹を抉られ、夥しい血が流れる。

それを手で抑え顔をしかめながらも、ロキシーは動揺するルーディアを叱咤する。

 

『っ…!わかりましたっ!』

 

ルーディアは顔を青くしつつも、倒れて身動ぎもしないパックスの元へと駆け寄っていった。

ロキシーは自らを癒しつつ、辺りの様子を伺う。

エリオットは正体不明の攻撃が飛んできたであろう方向を睨み付け、治療を行っているルーディアの前に立って警戒をしている。

ランドルフは声を張り上げ、周囲の騎士、黒竜騎士団に周囲の警戒を促している。

表情は苦悩と悔恨で歪みつつも、今にもパックスへと駆け寄りそうなベネディクトを押さえ込んでいる。

すると、黒竜騎士団の一人が、ロキシーの所へと近寄ってきた。

ロキシーの側でしゃがみこみ、口を開く。

 

「ロキシー殿、大丈夫ですか?自分も多少治癒魔術の心得がありますから、見せて貰えますか?」

 

「あ…ありがとうございます…出血は止めましたが、まだ痛みますね…」

 

「では、失礼して…」

 

どす

 

「うっぐぅっ!?」

 

既に傷は塞がった、白い脇腹を指し示すと、黒竜騎士団の一人は体近付け、体で隠すように患部を躊躇いなく、容赦なく殴り付けた。

ロキシーは突然の暴挙と激痛に目を見開く。

 

ぐりぃっ

 

そこを更に捻るように拳を押し込まれ、その激痛によってロキシーは意識を失う。

 

「む、大丈夫ですかロキシー殿!」

 

白々しくも慌てたような声をあげる騎士。

騎士は意識を失ったロキシーを慎重に寝かせ、血が滲み出した脇腹を時間をかけて治療するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『パックス…!しっかりして下さい…!』

 

治癒は完了した。

胸に空いた穴は見事に塞がり、失った血液も問題ない程には再生している筈だ。

治癒に協力してくれていた治癒術師もルーディアの治癒魔術の腕前に感心していたが…パックスの体の各所を触診すると、顔を暗くさせる。

 

「残念ですが…息も、鼓動も止まっていますね…もう、死んで―」

 

俯きながら首を振る治癒術師に対して、ルーディアは下唇を噛み締めた。

 

『……まだです』

 

思い返すのは自分の目の前で同じように胸に穴を開けられて、死んだトリスティーナの事。

自分の治癒魔術の腕が足りず、目の前でむざむざと死なせてしまった苦い記憶。

繰り返したくない、そう思っていたのに、また繰り返すのか…?

 

『まだです!まだパックスは死んでいません!』

 

ルーディアはパックスの胸に手を当てる。

動いていないのならば、無理矢理動かす!

前世の記憶から、一つの知識がもたらされる。

心臓マッサージ…自分の力でやればパックスの胸にまた穴が空くかもしれない。

 

『『魔手』…!』

 

でもこれならば…!

ルーディアは左の手のひらから魔力の手を生成する。

パックスの顔を気道が確保出来るように上を向かせ、右手の中で作り出した風、それを慎重にパックスの肺へと送り込む。

そして、ルーディアの作り出した魔手が、パックスの心臓を掴む。

触れてみればわかる、まだ死んでない、微かな、本当に微かな鼓動が感じられる。

死にたくないと、パックスも最後まで諦めていないのだ。

その鼓動に合わせ、適度な強さで心臓を刺激する。

強すぎてもいけない、弱すぎてもいけない。

心臓が無理矢理にでも動く事によって流れる血の量や勢い、含まれる魔力の動きによってそれを把握し、心臓を刺激し続ける。

肺には風を送り続け、けれどそれも負担にならないように気をつけて。

そんな鬼気迫るルーディアの様子を、治癒術師は全てを理解は出来ないまでも、自分が死んだと判断したパックスの体が、生きてる反応を始めている事に気付いてしまう。

戦慄の表情で見つめる自らを見つめる視線に気付く事なく、治療を続けるルーディアの額から汗がつぅと流れ、見開いた瞳から血の涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、パックスの体がビクンと震え、咳と共に口から血を吐き出した。

 

「ごぽっ!ごほっ、ごほっ!」

 

「…!陛下!」

 

口に残る血がまた喉を塞がないよう、治癒術師はパックスの上体を起こして、血を吐き出させる。

粘着質な血を吐き出したパックスは、ごほごほと苦しそうに咳を繰り返した。

 

「……!!!」

 

そんなパックスへの元へ、ランドルフを伴って近付いていたベネディクトがしゃがみこみ、頬に手をあてた。

まだ顔色が優れないものの、、パックスは瞳をうっすらと開いた。

 

「……む…ベネ…ディクト……?余は…どうなったたのだ…?」

 

「パックス……!!!」

 

ぶわりと涙を溢れさせたベネディクトは、パックスの首に手を回してぎゅうと抱き締めた。

何が起きたのかまだ理解出来ていない様子のパックスだったが、ベネディクトが泣いてる事、それだけはわかった。

パックスはベネディクトの背中に手を回し、自分からもベネディクトを抱き締めた。

 

『パックス…良かった……』

 

右目から流れた血を拭い、ルーディアは小さく一息ついた。

助ける事が出来て、本当に良かった…。

右目と頭が少し痛いものの、以前程ではない。

ルーディアはいち早くパックスの盾となり、そして身代わりとなって倒れたザノバに視線を向ける。

気絶はしているものの、胸はしっかりと上下に動きいている。

額からの血も止まっているように見えるが、治癒をしておこう。

ルーディアはそう考え、ザノバの治癒にも取りかかるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その光景を目の当たりにした民衆達は、先程のざわめきがなかったかのように静まりかえっていた。

パックス王の護衛達や本人が血を噴き出して倒れ、民衆は悲鳴をあげ、一部の者は逃げ出し、残った者達はざわざわと成り行きを見守っていた。

そして、信じられないものを見た。

治癒術師がパックス王の容態に首を振ったにも関わらず、あの白髪の女性は救ってしまった。

今、パックス王は王妃に抱き着かれ、微笑みを浮かべながらその頭を撫でている。

生きているのだ。

 

「奇跡だ…」

 

誰かが呟いた。

その言葉がもしそのまま広まれば、もしかするとルーディアは奇跡を起こしたとして、崇められたり、そんな事が起きたかもしれなかった。

けれど、そうはならない。

させない。

民衆の中、誰かがそれを塗り潰すように叫んだ。

 

「悪魔だ!!!」

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