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誤字修正しました、ご報告ありがとうございます。
ルーディアが日々ザノバとの人形作りに勤しみ始めてから数日後の事。
昼食を終えたルーディアが何気無く外を眺めた時、そこを通りすぎる怪しげな三人の姿があった。
三人共フードを深く被っていたのだが、その時丁度風が吹き、水色の特徴的な髪がチラリと見えたのだ。
それを視認したルーディアは側でテーブルに肘をつき、水をちびちびと飲んでいるエリオットの腕を軽く叩いた。
『あ、アレ!多分ベネディクト様です!三人並んでますし、きっとパックス達ですよ!』
「ん…!そうか漸く来たか」
そうしてエリオットを引き連れ表に出るて、駆け足でその三人組に近付いていった。
すぐにそのうちの一人、恐らくランドルフが気付き、振り返りながら此方を確認する。
警戒しながら振り返っていたものの、此方を認識すると
もう一人に耳打ちをするような動作をする。
それと同時に三人は立ち止まり、同時に後ろを振り向いた。
「おお…ルーディア、エリオット…無事だったか、良かった」
疲労の色濃く残った顔に、精一杯の喜色を浮かべて此方を見た。
そんなパックスの姿に痛ましい物を感じ、エリオットは口をへの字にして、宿屋へと誘導するルーディアを見守っていた。
まず、疲れが色濃く残るパックスとベネディクトを休ませる事にした。
積もる話はあるものの、心も体も疲れているだろう二人とそのままではろくな話は出来ないと判断したからだ。
パックスも確かに、と納得し、食事を取り、身を清め、まだ日は高かったが、二人で部屋へと入り…あっという間に眠りについていた。
ランドルフの顔色は、最初から良くないので傍目にはわからないものの、ルーディアが見た所、かなりの疲れが溜まっている事が伝わってきた。
パックスとベネディクトの護衛はするので休んで欲しい事を強く伝えると、困った顔をしつつも頷いてくれた。
「お言葉に甘えましょう…」
そう言って不気味に微笑んだランドルフも、部屋に入りゆっくりと休むのであった。
とはいえ流石の回復力で、夜中には起きてきて護衛へと戻ったランドルフだった。
一方、疲れはて果てていた二人、パックスとベネディクトは次の日、すっかりと日が登ってから目を覚ますのだった。
一夜明けて次の日、パックスとベネディクトが朝…昼食を終えた後、話し合いをする事となった。
ザノバの使用してしる部屋へとパックス、ベネディクト、ランドルフ、ザノバ、ルーディアが集まる。
ジンジャー、エリオット、ロキシーは流石に狭いので、外で見張りである。
パックスとベネディクトに向かい合い、ザノバとルーディアと共に椅子に座った。
大分顔色の良くなった二人に、ルーディアがまず口火を切る。
『ご無事で良かったです、パックス様、ベネディクト様。王竜王国首都に帰還される前に合流出来たのは幸いです。少々、耳に入れておいたほうがいい情報もありまして…』
「そちらもな。余達にはランドルフがいた故にあまり心配はしてはなかったが…流石に少し疲れたな」
身を隠しながら逃げるように移動するなど、パックスやベネディクトのような王族には無縁の行為だっただろう。
ここまでたどり着いた期間、移動速度から見て馬などの移動手段を使っていたのは明白ではあるが、それでもなお厳しい旅路だったのだろう。
ルーディアは不意に、エリオットと旅した日々を思い出し、懐かしそうに目を細めた。
ルイジェルドは今、どうしてるだろうか。
オルステッドの話ではビヘイリルの方にスペルド族の村があるとの事だったけれど、冥王ビタは既にいないし、出産の後一度会いに行こう。
その時にはノルンも連れて一緒に行こうか、良く懐いていたようだったし。
ルーディアがそんな事を考えている内に、ザノバが王竜王国の情勢を話し終える所だった。
「…と言う事でして、陛下を害した『泥沼』と余達に襲い掛かってきた黒鎧の集団、それらが王竜王国首都にて待ち伏せしてるのではないかと考え、それらをお伝えするべく、此方で待機していた次第です」
ザノバの話を聞いたパックスは、腕を組み、俯く。
「…とりあえず、余は既にシーローン王国から逃げ出してしまった身だ。陛下はよせ」
「む、では王子と」
「うむ。それで、そうだな…『泥沼』という者は余にも面識がある。黒竜騎士団を、ランドルフを貸し与えて貰える事になった時、気持ちは嬉しいがこの情勢でそこまでの戦力を手放すのは、と苦言を呈した時に紹介されたのが『泥沼』だった」
難しい表情のまま首を捻って続ける。
「非常に胡散臭い男だった。だが、同時に何か底知れぬ物も感じていた…奴が裏で糸を引いていたと言われれば、妙に納得してしまうな。しかし、改めて感謝するぞルーディア。お主がいなければ余は死んでいただろう…」
パックスの袖をベネディクトが掴む。
悲しげに眉を下げるその頭を、パックスが優しく撫でた。
『いえ、ですがそのせいでパックス王子が悪魔と称されて追放されてしまって…』
「命を救って貰った身で、お主に文句など言えん。用意していた治癒術師には手に終えなかったようだしな…そこまで余の面の皮は厚くなれんよ。しかし悪魔、か。そう言われても仕方ない事をしたと思っているし、どのような誹謗を受けようとやり遂げる覚悟はあったが…このような形で国を追われるとはな…」
パックスは肩を落とし、深くため息を吐いた。
その姿は数ヵ月前のやる気に満ち溢れた、覇気のある姿とは似ても似つかなかった。
「……だが、まずは王城に戻らねばな」
そういうパックスに、ザノバが眉を潜めた。
「…此方の話を聞いておられましたか?もしも奴達が、『泥沼』が中枢にまで入り込んでいれば、ランドルフ殿が離れた隙でもつかれ、王子は今度こそ殺されるかもしれないのですぞ?」
「そうは言ってもだな兄上。余には国へ戻り、報告と謝罪、そしてお借りした騎士団を直接返す義務があるのだ。王族として筋を通さねば、余は王竜王国に見放される。ひいては…ベネディクトの身すら危うくなるだろう」
「それは…わかりますが…」
何処か納得のいかない表情でザノバは俯いた。
その様子にパックスは小さく笑みを浮かべて続ける。
「兄上の心配もわかる。仮に『泥沼』がおらずとも、今回シーローンの統治を失敗した余の立場は、厳しい物となる。王竜王国は実力主義だ。そして今回のチャンスを物に出来なかった余に、もう一度チャンスがくるかは…わからない」
「ならば…」
「だが、それが失敗した責任を取るという事だ。余はそこからは逃げん。それに、何も全てが水泡に帰した訳ではない。まだ余がシーローン王国の王に戻れぬと決まった訳でもなかろう?この命尽きるまで足掻き続けるさ」
にぃ、と頬を吊り上げて笑みを浮かべ、パックスはベネディクトの手を取る。
「それに、もし余が駄目でも想いとは繋がっていく物なのだ。重荷を背負わす事になるが…シーローンを、我が故郷をあのような者達に滅茶苦茶にされたまま終わらせて欲しくはない」
それに対してベネディクトも小さく笑みを浮かべ、愛おしそうに自らの腹を撫でた。
その動作にザノバとルーディアは目を丸くする。
ベネディクトの腹はそう膨らんでいるようには見えないが、逃避行中か直前程に行為を行ったのだろうか。
ルーディアが注視すると、確かに魔力が二種見える…ような気もする。
『成る程…でしたらベネディクト様、一度詳しく視ても宜しいでしょうか?私はこれでも三児の母で、今も妊娠してる身です。この目も魔力眼ですから、何か異常があれば見つける事が出来ると思います』
そう言うルーディアに、今度はパックス達が驚いて目を見開く番であった。
「な、なんと…?そ、それはおめでとう…ま、まぁ良い機会だ、ベネディクトよ、折角だから視て貰うといい」
パックスの言葉にこくりと頷いたベネディクトは、ルーディアを見つめると少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて口を開いた。
「……はい…お願い…します……」
『お任せください。そうですね…私達の泊まっている部屋で視ましょう。お手を』
恭しく手を差し伸べるルーディアの手に自らの手を乗せ、ベネディクトはゆっくりと立ち上がった。
そこでランドルフはパックスへと視線を向けた。
気付いたパックスはこくりと頷き、ランドルフはその二人の後を付いて歩きだした。
「では私はルーディアさんが診察している間、部屋の外で見張っていましょう。ご安心下さい、覗きは致しませんから」
『わかりました、お願いします』
そう言って三人は並んで部屋を後にする。
開けた後に外の三人との会話が何言か聞こえたが、扉が閉じるのと同時に部屋には静寂が訪れた。
部屋には二人、パックスとザノバだけ。
パックスとザノバは視線を交わしあい、ザノバが口を開いた。
「…王子の考えはわかりました。では余も共に王竜王国へと赴き、力となりましょうぞ。もしくはシーローン王国にて何かを致しましょうか?」
「いや…兄上はもう良い。充分だ」
パックスは首を横に振る。
ザノバはそれに眉を寄せた。
「何故です?余はシーローン王国の神子…シーローンの為に生きて死ぬ、それが余の生きてきた理由の筈です」
「それなら追放された王ではなく、シーローン王国に残って外敵を排除するべきだ、国とは王ではなく民なのだから」
「それは…!しかし…!」
「良い、もういいのだ兄上。此度は呼んで力を借りてしまったが、兄上にはただ好きな事をして過ごして欲しいと余は思う」
「それでは余の使命が果たせませぬ」
「そんなもの、余が王となった時点で…いや、兄上と再会した時になくなっていたさ」
穏やかな笑みを浮かべるパックスに、ザノバが言葉に詰まる。
「勿論シーローンの王宮にいた時のまま、人形狂いの首取り王子のままであったならば、そのままシーローン王国の為に余ですら使い潰したかもしれん…だがな、再会した時兄上から確かに感じたのだ、余への情を…」
目を瞑り、胸に手を当てたパックスは言葉を続ける。
「それだけで余は嬉しかった、兄上の変化が。そして恥ずかしくなった、未だに偏見で見ていた自分が。人は変わる…兄上に訪れた変化は喜ばしい物だ。…このような国のいざこざにこれ以上巻き込まれる必要はない。充分、もう充分だ。庇ってくれた時、嬉しかったぞ」
目を開いたパックスの笑顔に、ザノバは下唇を噛み締める。
「余は…何も出来ておらん。戦で敵軍を壊滅させたのは師匠とロキシー殿…要人確保の時も殆どエリオット殿が切り伏せ、余は後を追って走っていただけ…庇った時とて、無様に気絶し、結局は師匠が救って…」
悔しそうに呟くザノバの肩に、パックスが優しく手を置く。
首を振り、そんな事ないと言うように。
「人には適材適所がある。兄上は確かに怪力の神子だ。常人とは比較にならん程の力と、耐久力を持っている。だが…兄上は戦いが好きではないだろう?」
その言葉にザノバは顔あげつつ、小さく頷いた。
確かにそうだ、過去いくつもあった争い、それによって失われただろう幾つもの芸術品。
それを思えば争いのなんと愚かな事だろうか…。
歴史を学ぶと同時に、ザノバは戦いに忌避感を持つようになっていた。
「充分だ、そんな身で余の為に全力で出来る事をしてくれた。余に情を持って出来る限りの事をしてくれた。命をかけ、庇ってくれた…それが余は嬉しかった。もう、兄上は好きに生きて良い…余はそう思う」
パックスはそう言うと、立ち上がり、ザノバから二歩程離れる。
そしてザノバに向き直ると、真剣な顔をして口を開いた。
「兄上…ザノバ・シーローンよ!」
「…はっ」
声を強めるパックスに対し、ザノバは椅子から立ち上がり、床にひざまずく。
「貴様からシーローン王族としての権利の一切を取り上げる。これからはただのザノバとして、生きるがいい!…これはシーローン王国国王…パックス・シーローンの最後の勅命である」
それにザノバは顔をあげて目を見開き、何かを言おうと口を開閉させる。
だが、言葉はなかなか出てこない。
パックスはただ黙ってそんなザノバを見つめていた。
暫しの沈黙が流れ、俯いたザノバは思う。
そもそも何故、自分はこうも必死にすがっていたのか。
シーローン王国の為、それを思うのであれば残るべきであった。
けれど今もシーローン王国の事など何も思っていない、使命感もない。
故郷故の懐かしさ、土地、景色の懐かしさしか感じぬそんな国の為に、命をかける程の感情はない。
ならば何故自分はパックスの前に飛び出したのか…。
考えた末に、一番感情が動いた答え…自分の中で最もすとんと納得出来てしまった答え。
それは、弟であるパックスに、死んで欲しくなかったから、という物だった。
ラノアで過ごした日々は、人形狂いであった自分に、確かな人間性を与えていたのだろう。
国へ帰り、立派な王となったパックスの姿に…そう、感動したのだ、人形に向ける感情とは違う、誇らしさを感じたのだ。
だからこそ、自分の生かされてきた意味、それをパックスの為に使う事が正しいのだと思ってしまった。
けれど…パックスはそれは違うと真っ向から否定してきた。
人として生きろと、パックスは言うのだ。
第三王子でもなく、怪力の神子でもない、ただのザノバとして。
その言葉の何と心地よい事か。
シャリーアで何度か感じた心の暖かさ、それを感じたザノバは自然と瞳から涙を溢れさせた。
これがきっと、愛と言うのだろう。
俯いたまま、ザノバは振り絞るように言葉を紡いだ。
「勅命……確かにお受け…致しました…ありがとう、ございます…!」
その言葉に、パックスは微笑を浮かべて小さく頷いた。
「兄上、これからはシーローンの事など気にせず、健やかに生きてくれ。弟としても、それを望んでいる。余達の関係はこれでほぼ断絶される事になるが、またいつか会おう。二人きりの兄弟として」
その言葉に、ザノバは涙と鼻水をダラダラと垂らしながら、立ち上がる。
そして感極まったかのように、パックスへと抱き着いた。
「うぉおおお!パックス!」
「うぐぶっ!…くはは、死ぬかと思ったが、随分と力加減が上手くなったな、兄上」
驚いた事に感情のままに抱き着いたように見えたザノバはしっかりと力加減をしていようで、抱き締められてるように見えるパックスの肋に、数本ヒビが入る程度に抑えられていた。
脂汗を流し、肩口がザノバの涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってるにも関わらず、パックスはザノバを引き離そうとはしなかった。
「うぉお!パックスよ、どうか元気で、ベネディクト様と幸せに暮らすのだぞ…!」
「勿論だ。兄上も、どうか元気で」
ザノバの言葉にパックスは頷きながら、その背中に手を回した。
産まれ落ちて数十年、今まで誰も兄弟だと思えなかった二人。
二人は漸くお互いを兄弟だと認め合えたのだ。
そんな二人、パックスとザノバだが、これから別々の道を行く事となる。
けれどこの時の事を、二人とも最後まで忘れる事はなかったという。
難産でした…