フィッツの不安、それはルーシーが茶色の髪を持って産まれた時から少しずつ、少しずつその心を浸食していた。
フィッツとルーディアはお互いに真っ白になった髪で、子供を作った。
にも関わらず二人の一人目の子供の髪は、元のルーディアと同じ茶髪だった。
ルーシーを抱き上げても拒否されなくなった頃、それは明確にフィッツの心に影を落としていた。
僕達二人の子供に、昔のルーディアと同じ茶髪が産まれたのならば、昔の僕と同じ緑髪が産まれる事も当然あるだろう、と。
そう思い至ってしまったフィッツは、密かにそれを悩み続けていた。
そんな時にルーディアの妊娠の発覚…もしかして、という考えが強くちらつき始めていた。
その思いはルーディアが臨月となった頃…子供の出産の為にとアリエルから休みを願い出た頃、ピークになってしまう。
思いを顔に出すことも口に出すこともなかったが、その不安は悪夢という形でフィッツを苛んでいた。
緑髪の子供が苦しむ夢、誰も助けてくれないそんな夢。
自分の過去なら良かった、でも夢ではその子供を助けてくれる光は現れない。
不安で不安で仕方なかった。
そもそも三人のうち誰の子供かわからなかったし、緑髪が産まれるかどうかすらわからなかった。
出産前のルーディアに大丈夫と言われて一度気持ちを入れ換えたものの…それでもやはり一抹の不安は頭の片隅に残っていた。
そして…産まれた子供は緑髪だった。
胸の中で膨れ上がる不安。
けど、ルーディアは出産直後で辛いにも関わらず、その赤子の緑髪を優しく撫でてくれた。
だから…ルーディアの言う通り抱こうと、気にしないようにしようと手を差し出した時。
その時に現れた闖入者に対して、話した内容に対して、殺意を持ってフィッツは杖を向けた。
「やめろフィッツ」
その杖の先をエリオットの手が覆い隠した。
眉間に皺を寄せ、アルマンフィを睨み付けていたフィッツは、放つ寸前であった風の刃を思わず霧散させ、エリオットを睨み付けた。
「……なんで…!」
「…アルマンフィ、今ルーディアは見ての通り出産直後だ。帰ってくれ…ペルギウス様には、容態が安定したら向かうと伝えて欲しい」
「……ふん、了承した」
アルマンフィは鼻を鳴らして、チラと視線をフィッツに向けた後、そのままこの場から消えていった。
突然の事に静寂が支配する部屋で、フィッツはアルマンフィがいた場所を睨み続けていたが、ふと視界の端で何かが落ちたような気がして、床を見下ろした。
ポチャリ、小さな血だまりに雫が落ちた。
エリオットの手の平から滴るそれに、フィッツは目を見開く。
「え、エリオット!ご、ごめん僕…!そんな、つもりじゃ…!」
「…気にすんな、掠り傷だ」
エリオットは出血し続ける手をロキシーへと差し出す。
すかさず治癒魔術を唱え始めたロキシーは、フィッツを見てコクリと頷いた。
「だからお前は、自分の子供を抱いてやれ」
既にルーディアの手から離れた赤子はおくるみに包まれ、アイシャの腕の中で小さく声をあげていた。
それを見たフィッツは、エリオットを傷つけてしまった気まずさを感じ、ふいっと視線を反らしてしまう。
けれど反らした先で、此方を優しい瞳で見つめるルーディアに気付いた。
全てを許すような、そんな優しい瞳に誘われ、緑髪の赤子、自分の子供に自然と顔を向けていた。
「フィッツ兄、はい」
赤子を差し出してくるアイシャに、小さく頭を下げたフィッツは、ゆっくりとその両手を差し出した。
アイシャはその差し出された両手が抱えられるように、優しく横たえた。
緑髪の赤子は目をぎゅうと瞑ったまま、声をあげる。
そんな様子に、懸命に声をあげる様子に、知らずフィッツの瞳から涙が溢れる。
もしかしたら、夢の通りこの子は苦労するのかもしれない。
それでも、出来るだけ皆で傍にいよう、この子にとっての光を得られるまで助けていこう。
どうかこの子に光あれと、フィッツは願った。
ルーディアの第四子はジークハルトと名付けられた。
どうか強く逞しく育って欲しいと、ルーディアの知る英雄の名前から捩ってつけられた名前だ。
呼び名はジーク。
ジークは実に普通の赤子だった。
よく飲み、よく寝て、よく出して、よく泣いた。
出産時いなかったノルンやパウロは、ベビーベッドで眠るジークをニコニコと様子を伺っていた。
特にパウロは顕著である。
子供が三人増えたと思えば孫が更に一人増えたのだ。
毎日が楽しく気分は最高で、常にニコニコしていた。
けれど…ペルギウスからの呼び出しがあった事を告げると、少し難しい顔をした。
「…なんでだ?何の用かは聞いてなかったのか?」
「あ、はい。アルマンフィは何も言わなかったので…」
「ふぅーん……成る程な」
パウロが唯一懸念するのは、オルステッドやペルギウスの話していたいずれ復活するとかいうラプラス。
緑髪の赤子というだけでラプラスとして処される可能性だ。
それがないと言えない限りは、安心は出来ない。
『デッドエンド』ひいてはオルステッドの目的として、復活したラプラスを討伐しなければならないとしても、それが家族となれば話は変わる。
「…ペルギウス様はそう短絡的な人じゃねえとは思うが…ま、念には念だ」
フィッツ達はその後オルステッドにジークハルトを見せ、確認をして貰う事にした。
変な真似をしたら切るとばかりに、背後と左右を剣王に囲まれながら、オルステッドは断言する。
「ラプラスの産まれる場所は未だ確定していないが、このタイミングでは決して復活しない。この赤子、ジークハルト・グレイラットはラプラスではない。ただの可愛い赤子だな」
そう言ってオルステッドは、出来るだけ穏やかに笑った。
フィッツはそれに安心しつつも、ペルギウスが危害を加えない確証にはならない、と思ってしまった。
その一抹の不安に顔を歪める。
それを察したパウロは口を開き、オルステッドへとひとつ提案した。
「…なら、ペルギウス様のとこ行く時、あんたも着いてきてくれないか?罷り間違ってペルギウス様が勘違いして、俺の可愛い孫殺されたら笑えねえからよ」
「……いいだろう」
傍目には朗らかなパウロの目の奥が、笑っていない事にオルステッドは気付き、大人しく許可を出した。
「そんでももしも、ペルギウス様がジークを害するってんなら…俺らは全力で抗うさ。安心しろ、フィッツ。家族は…誰一人取り零さねえよ」
そう言って肩を叩くパウロに、フィッツは泣きそうな顔で頷いた。
産後の状態が安定した、出産から十数日後の事。
ルーディア、フィッツ、エリオット、パウロ、ギレーヌの五人はもしもの為の戦闘準備を終えた。
大丈夫だと思いますけどね、とルーディアはジークハルトを腕に抱えながら首を軽く傾げた。
それにオルステッドを加えた一行は、ロキシーにギリギリまで見送られ、空中要塞へと足を踏み入れたのだった。
シルヴァリルに迎えられ、謁見の間へと案内される。
道中に会話はなく、こつこつとした足音だけが響く。
ただ前を向き黙々と歩く一行は、シルヴァリルが開け放った豪華の扉を前に一度息を吐く。
「お進みください」
シルヴァリルのその言葉と共に、一行は謁見の間へと入る。
玉座に座る甲龍王ペルギウスは、じろりと一行を見下ろす。
傍らには仮面をつけた使い魔達がズラリと並んでいた。
けれどよく見ると、その十二の使い魔達の数が違うという事に気付き、その顔をなんとなしに確認し始めた。
「……!?」
誰が最初に気付いたか、本来なら膝をつく場面。
そう言っていられない光景に、それぞれ驚愕を顔に張り付けながら、思わず自分の武器に手を伸ばしていた。
その行動に動き出したのが使い魔達。
自らの主を前にして膝をつくどころか戦闘態勢を取る無礼者達に、ペルギウスの使い魔達が殺気だつ。
だが、それすら気にならない。
使い魔達に並び、見覚えのある白い仮面をした少女と、鼠色のローブの男が立っていたのだから。
オルステッドすら目を見開き、驚愕の感情を露にしていた。
緊迫する雰囲気の中、鼠色のローブの男は此方を視認すると、ため息を吐くような動作をして口を開く。
「…やれやれ、ペルギウス様も…趣味の悪い人ですね」
ルーデウス・ノトス・グレイラットがそこにはいた。
困ったような笑みを浮かべて。