「む…!」
オルステッドが手刀で確かに貫いたと思ったそれは、いつの間にかルーデウスそっくりの石像となっていた。
よく見ると鼠色のマントだけが残り、まるで何かと入れ替わったような現象だった。
ルーディア達はこれを一度見たことがある。
目を離していないにも関わらず一瞬で逃げられた、覚えのある経験。
「オーベールが使ってた入れ替わりのマジックアイテムか!」
パウロは辺りを見回し、ルーデウスの姿を探す。
背後を振り返り、気づく。
謁見の間の扉、既にそこにルーデウスの姿があった。
「龍神となんてまともに戦ってられませんよ!では皆さんご機嫌よう!」
ローブの中から似たようなマントを脱ぎ去り、ルーデウスはペコリと一礼した。
どんな時でも無駄に精練された動きに苛立ちが募る。
「ちっ…逃がさん!」
舌打ちを一つ溢したオルステッドがその石像から手を引き抜き振り返った時、ルーデウスが此方に手を伸ばし、口を開いた。
「ふっ、破裂しろっ!」
その言葉と共に開いた穴から、不自然に大きく罅の入った石像を見て、オルステッドは表情を歪めた。
どの程度の威力かはわからないが、石像からルーディアへと、ひいてはジークへと破片が飛ぶ可能性が見えたからだ。
オルステッドはその間に立ち塞がり、マントを石像を隠すように広げ、身構えた。
ばかん
「……?」
数秒程そうしていたものの、石像にそれ以上動きはなく、ちょっとした音がしたくらいで破裂する事はなかった。
代わりにその石像は真っ二つとなり、その中から石板のようなものがその場に残されていた。
オルステッドは身構えるのをやめ、その石板に視線を落とす。
そして、それを見たオルステッドの額に青筋が走った。
あからさまに怒りだしたオルステッドの発するプレッシャーに、皆の身がすくむ。
「…逃がさんぞ…!ルーデウス・ノトス・グレイラット!」
珍しく怒気を溢れさせて駆け出すオルステッド。
謁見の間から飛び出したオルステッドの後を、パウロ、エリオット、ギレーヌの三人の剣王が追う。
「ペルギウス様!あいつは用済みなんだろ!?この空中要塞、多少汚れても構わねえな!?」
「くくくっ…良かろう。調度品が傷つかねば全て不問にしてやる」
言質をとったパウロは二人に振り返る。
オルステッドは一時的に冷静さを失っているようだからこそ、それを補助するように動くと決めて。
「よし、オルステッドが行ってない所を隈無く探すぞ!あいつの事だ、直ぐそこに隠れておちょくってくる可能性もある!」
「ああ!」
「わかった」
そう言って駆け出す三人は、あっという間に謁見の間から飛び出していった。
ルーディアはふとルーデウスの残した物が気になり、床に転がったその石板らしき物を覗き込んだ。
そう大きくもないもので、人間語で何か文章が荒く刻まれているようだった。
『ふむ…「なんちゃって、何も起こりませんよ ねぇどんな気持ち?ねぇ今どんな気持ち?」ですか……煽りますねあの人』
「ふっはっはっはっはっ!あのオルステッドが手玉に取られるか!」
ペルギウスの高笑いが謁見の間に響く。
それに対して心中で不愉快に思いつつも、ルーディアはそれを隠して、その石板を踏み砕いた。
『ペルギウス様、一つ確認したいのですが、ナナホシを手伝うのが私を呼び出した用件なんですよね?』
「くくく……あぁ、その通りだ。戦いも辞さぬような風貌で、オルステッドまで連れて来た故に何事かと思ったぞ。大方理由は…その赤子か」
笑いが収まらないようでニヤニヤと笑いつつ、ペルギウスはルーディアの抱く赤子に視線を向ける。
『ええ…この子が産まれた直後にアルマンフィが来ましたのでてっきり…』
「我がその子をラプラスだと判断した故に呼び出したと考えた…か。それに関しては我の落ち度か、謝罪しよう。最悪のタイミングであったようだな。だが安心せよ、アルマンフィを通じその子がラプラスでない事はとうに見抜いておる」
その言葉に、フィッツは今にも床にへたりこみそうに成る程の安心感と脱力感を覚えた。
自分の心配が杞憂だと知れて良かったと、大きく息を吐き出した。
ペルギウスは玉座から立ち上がり、此方へと向かいながら話を続ける。
「緑の髪の色合いはラプラスのものとは大きく違う。目の色も違う。魔力も大したことが無い。そして、あの忌々しき呪いもない…心の奥底が震えるような呪いもな」
『…良かった。オルステッド様からもお墨付きを頂いてましたが、ペルギウス様からもそう言って頂けたなら、安心です』
ルーディアがそう言って頭を下げた。
そこでペルギウスはルーディアの前で立ち止まり、両手を差し出した。
「どれ、その赤子、我にも抱かせてみよ」
ルーディアの後ろでフィッツが小さく息を飲んだ。
ちら、と後ろを振り返ったルーディアは小さく頷き、ペルギウスにジークを差し出した。
今まで多少騒がしかったろうに、泣かず、大人しくしていたジークは、ペルギウスに抱かれてもきょとんとその顔を見上げ続けるだけだった。
ペルギウスは受け取った赤子を芸術品を扱うように丁寧な手つきで揺らし、その顔をまじまじと見つめた。
「ふむ…緑の髪に、やや尖った耳。閃光のような目、だが優しい印象も受ける、良い子だな」
『ありがとうございます。ジークハルト、と言います』
ルーディアがそう告げると、ペルギウスが眉を寄せた。
「なんだ、フィッツ・グレイラットよ、貴様に男児が産まれれば我が名を付けるという話を忘れていたのか?」
「え…あっ!」
フィッツはその話を今思い出したようで、声をあげて冷や汗を流し、視線を反らした。
アリエルと共に何度も会う中で、そういう話があったのだが、あれこれ色々あったせいですっかり忘れていたのだ。
気まずそうに黙るフィッツに代わり、ルーディアが頭を下げる。
『申し訳ございません、ペルギウス様。失礼な事を…』
「いや、良い。しかし既に名があるか…まあ良い、約束は約束だ。『サラディン』の名を贈ろう。名乗るも名乗らんも自由だ、好きにするがいい」
ペルギウスはそう言うと、ジークをルーディアへと返し、踵を返した。
『「サラディン」の名、ありがたく頂戴いたします。良き名をありがとうございます』
「あ、えと、すみませんでした…ありがとうございます!」
ジークを抱き締めながら礼を返すルーディア。
それに合わせるように慌ててフィッツも頭を下げた。
ペルギウスは玉座に戻って座ると、頬杖をつく。
「さて…ではオルステッドらが戻るまで暇であろう、ナナホシの研究成果を先に研究室へ向かい、確認しておくと良い。我は奴等が戻ってきたら、そちらへと向かう。ナナホシ?良いな?」
「……あ、はい、ペルギウス様。失礼します…」
先程の衝撃が抜けていないのか、ナナホシは何処か上の空で返事をしていた。
ルーディアとフィッツは改めてペルギウスに礼をして、謁見の間を後にするのだった。
『【ナナホシ…先程のルーデウスの話…聞きましたか?】』
【ええ…彼も転生者ないしは転移者だったとはね…驚きね】
『【それもありますけど、ナナホシがトラックに轢かれそうになっていた事を…彼は知ってました。私達しか知らない事の筈です…】』
【…そうね、もしかしたらその時の私の友達の二人だったのかもしれない…いや、あの二人らしさは微塵も感じられないから違うと思いたいけれど…それより、私が気になるのはむしろ貴方よ、ルーディア】
『【……え?】』
【貴方、何も覚えていないの?あの時、あの場には四人しかいなかったわ。ルーデウスが私の友達の二人じゃないなら、彼はその場にいたもう一人の人間って事になるわ】
『【はい、そう、ですね?】』
【じゃあ、貴方は、誰なの?あとの二人、秋人なの?誠司なの?貴方の言い分、記憶だと二人のどっちかだとしても矛盾は残るけど…記憶が朧気らしいじゃない?多少の誤差は許容できるわ】
『【…………そう…言われても…】』
【ねえ、本当は秋人なの?誠司はトラックには轢かれなそうだったから、もしこっちにいるなら秋人だと思ってるの。ねぇ、ルーディア、貴方は、アキなの…?】
『【……わかりません。記憶がないので、何にも言えません…。でも、仮に私がそうだったとしても、私達…友達ですよね?変わりませんよね?】』
【……そう、ね。ごめんなさい、変な事言って。とりあえずは、最後まで実験に付き合って頂戴。この先が研究室よ、まずは今までの実験の資料も合わせて簡単に説明するわ】
『【はい、わかりました】』
「ねー、僕にもわかる言葉で話さない…?」
『ごめんフィッツ…世界平和について話してた』
「スケールおっきいね!」
そう話ながら先を行くフィッツとルーディア。
ルーディアを後ろからジッと見つめるナナホシ。
その瞳に、情欲の色がどろりと揺れた。
「ルーデウス・ノトス・グレイラット!」
「おっと、見つかりましたか」
空中要塞外縁部にてオルステッドはルーデウスを追い詰めた、そう思った。
現にルーデウスの背後は床もなく、既に雲海、逃げる事は出来ないと踏んでいた。
故に一旦立ち止まったオルステッドを、ルーデウスは嘲笑う。
「詰めが甘いですね、だからヒトガミなんかに翻弄されるんですよ」
「貴様!殺…!?」
一気に距離を詰めて貫けば終わり、そう思っていたのだが、へりに立っていたルーデウスは、オルステッドが一歩踏み出した瞬間、躊躇いなく雲海へと身を投げた。
「皆さんにお伝え下さい、次に会う時が雌雄を決す時ですよ、と」
「待て!」
ルーデウスは鼠色のローブをはためかせながら、頭から真っ逆さまに落ちていく。
あっという間に雲に包まれ見えなくなった姿に、オルステッドは顔を歪める。
結局むざむざと逃がしてしまった。
あそこまで躊躇いなく落ちる等、落下をどうにでも出来る証拠だろう。
明らかに今までのヒトガミの使徒とは一線を画す存在、知ってからずっと殺すために探し回っていたにも関わらず、まったく会えもしない存在。
それを閉鎖空間で目と鼻の先で対面したにも関わらず、捕えられなかった。
なんという失態か、なんと情けないのか。
「……次はないぞ」
次こそは本気だ、本気で殺しにかかる。
次はない、自分にそう言い聞かせた。
オルステッドは内心で呟き、ルーデウスの落ちた雲海をもう一度睨み付け、踵を返すのだった。