ナナホシの研究室で実験結果を確認していたルーディアとフィッツだったが、ペルギウスからの召喚、転移の授業を一緒に受けていたフィッツは兎も角、ルーディアにとってはちんぷんかんぷんだった。
ただ、ひとつわかったのはいよいよ生物での異世界転移実験に入るという事で、野菜や果物等での実験は終えているという事だった。
人より大きな岩等でも成功しているので、ルーディアやフィッツの懸念している転移災害は起こらないらしい。
「そこは慎重に考えたわ。転移災害起こして帰るなんて考えられないもの。決して起こさないわ」
そう決意の籠った目で此方を見るナナホシは、しっかりと断言してくれた。
ルーディアはそれに頷き、改めて協力を決意するのだった。
「とりあえず今日はネズミを送るつもりよ。今日はそれだけ…。ルーデウスも一回で魔力消費ヤバイって言っていたから、二日に一回くらいのペースでやってく事になるわ。そして、そこから取れたデータを調べて…また調整ね。ただ、そう時間がかかるものじゃないから…夜久々に泊まりに行ってもいいかしら?」
『勿論ですよ、ね、フィッツ。ナナホシ、最近忙しそうで家に来てませんでしたものね』
「勿論いいよ、ナナホシも頑張ってたみたいだね」
二人は顔を見合わせ、頷きあう。
その様子を見たナナホシは視線を手元の資料に移しながら、肯定を返す。
「ええ、そうね。最近睡眠時間削っちゃってるから、久し振りにお風呂に入ってゆっくりしたいの」
『まぁ、大丈夫ですか?』
「無理はしないようにしてるから大丈夫よ」
そんな話をしていると、研究室の扉がノックされた。
ナナホシがそれに気付き立ち上がりながら返事をする。
「はい?」
「失礼します。ペルギウス様及び皆様、異世界転移魔法陣のほうへ向かっております」
「はい、わかりました、今向かいます」
扉を開けて現れたのはシルヴァリルで、既に皆が戻って来ている事を告げるものだった。
この研究室からまた少し離れた所に件のものはある。
「ん、それじゃ行きましょうか」
ルーディアとフィッツも立ち上がり、歩きだすシルヴァリルの後を追った。
『そういえば、ルーデウスは捕える事が出来たんでしょうか…』
「いえ、逃げられたようです。龍神ともあろうお方が人間一人捕まえられないとは…」
くく、と小さな失笑が聞こえた。
常に礼儀正しく凛としているシルヴァリルではあるが、オルステッドはあまり好きではないようで、時折こういう面を見せる事がある。
それもきっとオルステッドの呪いがあっての事なのだろう…とルーディアは思っている。
故に勝手な話ではあるが、クリフにかなり期待をかけていた。
実際にクリフの呪いに対する研究は進んでいて、エリナリーゼは魔道具さえつけていれば性行為はしなくても大丈夫な程になっているらしい。
とはいえ関係なく性交渉は行っているので、その真偽は定かではない。
オルステッドの呪いも順調に兜さえ被っていればかなり恐怖を抑えられているようて、クリフも漸くまともに話せるようになった、と安堵の息を吐いていた。
ここからどれだけ抑えられるのかはわからないが、いずれはオルステッドが兜をせずとも色んな人と談笑出来るようになればいいな、とルーディアは思った。
異世界転移魔法陣のある部屋にたどり着いたルーディアとフィッツは、その最早魔法陣と呼んでいいのわからない程のその部屋にある存在の巨大さに圧倒された。
高さ1メートル、直径50メートル、いくつも積み重ねた石板で構成され、その上にはアーチ。
それら全てに緻密な文様が描かれてていて、その巨大で立体的な構造に目を見張った。
「うわぁ…資料読んだのと実際に見るじゃ全然違うね…細かく切り取ればわかるかもしれないけど、それを組み合わせて形にするのは…僕には到底考えられないよ…すごいね」
「ありがと」
『うん…本当にすごいです』
ルーディア達がたどり着いた時、既にペルギウスを初めとした全員の姿があった。
パウロ、エリオット、ギレーヌは此方の姿を見つけると近付いてきた。
オルステッドはペルギウスと話しているようだった。
ペルギウスは胸を張ってこの魔法陣を自慢しているようだ。
「どうだ、素晴らしい出来だろう、オルステッドよ」
ナナホシ、自らの弟子が作り上げたそれに、鼻高々といった所だろうか。
「ああ…素晴らしいな」
オルステッドのその静かな反応に、ペルギウスは少し眉を潜める。
じっくりと魔法陣を見つめるオルステッドに、ペルギウスは言葉を続ける。
「……見よ、あのアーチを。一見装置と繋がりがないように見えるが、あれは転移魔法陣の魔力の残滓を計測し、異世界転移に成功したか確かめる装置だ。どうだ?」
「転移魔法陣の種類によって変わる魔力の残滓を計測して判断するか…そんな事が出来るとはな…」
「…………なんだ貴様、これすら知っているのか。まったく、いつもいつも最初から全てを知っているような顔をしおって…。まったく、つまらん…」
実に面白くない顔をしたペルギウスはそう吐き捨てると、オルステッドから離れていく。
そんな姿にオルステッドはバツが悪そうな顔をしていた。
前回、ナナホシは帰る直前に失敗していた、つまりこの装置までは作り上げていたのだろう。
それに、ナナホシが何故失敗したのか、オルステッドは資料を読み込んだと言っていた。
つまりある意味、この中で最もこの装置に詳しい存在だ。
けれどペルギウスとしては違う、自分の弟子が世界で初めて素晴らしいものを作り上げた、という自負があったのだろう。
それを自慢してみれば、何処かおざなりな返答にペルギウスが不機嫌となるのも致し方無い。
『…不器用な人ですね…』
オルステッドなりに驚く演技をしていたようだったが、それが更にペルギウスの鼻についたようだ。
不機嫌そうに去っていくペルギウスの背中を見つめるオルステッドは、少し物悲しそうだった。
「ルーディア・グレイラットよ!位置につけ!実験を始めるぞ!」
定位置らしき場所についた、ペルギウスの多少不機嫌な声が部屋に響く。
下僕達もそれぞれ装置の周囲につき、準備万端のようだ。
『あ、はい、わかりました。フィッツ、ジークをお願いね』
「うん」
いつの間にか静かに寝入っていたジークを一撫でしてから、ルーディアはフィッツへと手渡し、指定された位置につくのだった。
『ふー…』
無事に実験を成功で終え、ルーディア達は空中要塞から戻ってきた。
次の実験は明後日…実際一度実験を終えたルーディアとしては尋常ではない魔力消費量に戦慄していた。
一日に二、三回も実験すれば魔力は枯渇するだろう。
二日に一回でも、しっかり回復しきるかはわからない。
故にジークの世話もある事だし、定期的に行っていた戦闘訓練の参加もなし、ゆっくりと過ごす事になる。
実験には主にギレーヌが同行する事となる。
エリオットには剣の聖地に、改めて繋がり作りを任せる事となった為だ。
パウロとフィッツはアスラで仕事しつつ、紛争地帯のジンシン教の蔓延をアレクと協力しつつ防ぎ、あわよくば繋がりを設けるよう動いて行く事になる。
ルーディアも実験が終われば、ルイジェルドに協力を求めに行くつもりでもある。
けれど。
「……ん?どうかした?」
今自分と湯船に浸かるナナホシが、その時にはいないかもしれない事に、少し寂しく思った。
『いえ、なんでもないですよ』
今ルーディアは義足も義手も外した状態で、ゆったりと湯船に浸かっていた。
ナナホシに手伝って貰いながら体を洗い終えて、のんびりとしながら温かさを感じていた。
目を瞑り、湯船の温かさを感じていると、浴槽に流れを感じた。
薄目を開けると、ナナホシが目前に近付いていた。
真剣な様子に、ルーディアは首を傾げる。
【……ねぇ】
『【どうしました?】』
【……貴方は、あっちに帰らないの?帰りたいとは、思わないの?】
『【それは…】』
それはルーディアも一切考えなかった訳ではない。
朧気とはいえあちらの世界が故郷であるという意識はあるし、平和で様々なサブカルチャーや美食に溢れていた記憶もある。
行きたくない訳ではない。
『【……いいえ、私はあちらでは死んだんですよ。こっちで新しく生を受けた以上…私の生きる場所は此方です】』
けれど、「帰る」という感覚はない。
結局の所ルーディアはもう、この世界で生きると、生き抜くと決めているのだ。
【そう…】
『【それに、子供ももう四人もいますし、此方で私はいくつもかけ替えの無い物を手に入れましたから…あ、だからと言ってナナホシの手伝いをなげやりにしたりしませんよ!全力で挑みます。安心してください、貴方は、帰るべきです】』
【……ええ、ありがとう。ルーディア】
そう言って微笑むナナホシに、ルーディアも嬉しそうに目を細める。
暫しゆったりとした時間が流れるなか、二人は見つめあってお風呂を楽しんでいた。
『【……そろそろあがりますか……】』
【そうね、逆上せちゃうわ】
ルーディアがそう言ったのを皮切りに、その体に手を貸しながら、二人で湯船から立ち上がる。
【ねぇ、今日は一緒に寝てもいいかしら…?】
ほんのりと頬を染めたナナホシの問いに、ルーディアは答える。
『【勿論ですよ、子供達を寝かし付けたら一緒に寝ましょう】』
そのルーディアの言葉に、ナナホシは嬉しそうに笑ったのだった。
深夜…ナナホシは安らかな寝息をたてるルーディアの寝顔を見つめながら、もしも帰れた時の事を思う。
こっちの数倍の時間でも流れてない限り、家族はいるだろうから、大丈夫だとは思いたい。
ただ、なんとなくそう時間は経っていないような気がするから、あまりその辺りは心配していなかった。
それよりも…秋人と誠司がいるかどうかのほうが心配だった。
ナナホシはじっとルーディアを見つめる。
ルーディアに秋人らしさがあるかと言われれば…あまりない。
けれどそもそも新たに生まれてあれだけ苦労して、変わらないほうがおかしい。
なら、ルーディアがアキでもおかしくないんじゃない?
時々ルーディアを見てドキドキするのも、アキを無意識に感じてしまっているからなんじゃないか?
つまり、帰っても秋人はいないんじゃないか、ナナホシはそう思っていた。
「…帰ってもアキがいないんじゃ…」
ナナホシは眠るルーディアの顔に、自らの顔を近付ける。
頬を撫で、ゆっくりと近付いていく。
親指でルーディアの唇を撫で、その柔らかさに自然と笑みを浮かべた。
そして。
チュ
小さく音がして、二人の唇が重なる。
触れるだけのキス、片方の意思を無視した、キス。
「……隣にいてくれるなら、ルーディアでも嬉しい…」
情欲に淀んだ瞳で、寝入るルーディアを見つめるナナホシ。
背徳感と罪悪感、それを感じながらもナナホシは笑みを浮かべていた。
「一緒に…あっちにきてくれないかな…」
そう呟いて、ナナホシはルーディアの背中に手をまわし、その身に抱き付く。
豊満な胸に顔を埋め、その柔らかな感触と、仄かに香る甘いミルクの香りに目を細める。
「ルーディア……」
ナナホシは歪んだ思いを抱き、ルーディアの名を呟きながら、その瞳を閉じる。
様々な感情がごちゃ混ぜになりながらも、それに安らぎを感じたナナホシは、そのまま眠りにつくのだった。
「やあ」