パウロの困惑
ミリス神聖国首都ミリシオンへと辿り着いたパウロ達は現在、転移魔法陣に用意して貰っていた馬車で冒険者区を進んでいた。
駆け出しからベテラン、人族だけではなく獣族に長耳族なんかも多い、雑多な人混み。
そこそこの期間ここを拠点にしていたからか、パウロの人混みや景色を眺める瞳は穏やかだった。
ルーディアとのやり取りを思い出すと気が沈んでしまうので、考えるのはこの時に共にいた仲間達、フィットア領捜索団の仲間達の事だ。
アスラでアリエルの騎士として働いているパウロが知り得る限り、フィットア領の復興はゆっくりとしか進んでいない。
けれど、時折知っている名前が報告書等に書かれていて、頑張っている事を伝えてくる。
「…たまにはフィットア領に顔を出しにでも行くか…他の皆もどうしてるか確認したいし、な」
そう呟いて、馬車のすぐ側を歩く冒険者に目を向けた。
冒険者はパウロの視線に気付いたのか顔を向け、そして驚きに目を見開いた。
その猿顔を認識したパウロは驚きに声をあげた。
「ギース!?」
「おぉ!パウロじゃねぇか!ゼニスに、リーリャも、久し振りだな!」
パウロとゼニスの元パーティメンバー、猿顔の魔族、ギースがそこにいた。
するりと馬車に乗り込んできたギースは、聞いてもいないのにつらつらとこれまでの事を話し始めた。
聞けばシャリーアで別れた後、迷宮攻略の品々を換金し莫大な金を手に入れたギースは、アスラのギャンブル街で文字通りすっからかんになったそうだ。
「はぁ…?あんだけのモンあって全部スッたとかお前、どういう使い方したらそうなんだよ?」
「へへへ…少し負けが込んで半分くらいになった所で、一発当てりゃその負けチャラに出来るギャンブルがあってな…それに残り全部突っ込んで…」
「負けた、か。はぁ、相変わらず肝心な所でバカだなお前は…どーせタルハンドの奴に泣きつきやがったんだろ?あいつも根が良いからな、俺と違って」
「自分で言うかよそういう事」
兎に角それでギースはタルハンドに助けて貰い、お互いスッカラカン。
物価の高いアスラで生きるには大変だという事で、南下。
どうにもキナ臭いシーローン王国や王竜王国をスルーして、ミリス神聖国へとやってきたらしい。
そしてタルハンドはどうやら何か思う所があったらしく、故郷へと帰ったらしい。
「あいつが自分から故郷に?『黒狼の牙』時代は考えられねぇな。ま、それは俺ら全員に言えるか」
「タルハンドにもなんか思う所あったんだろうぜ、南下してる時もたまになんか考えてるようだったからな。そんでタルハンドと別れた俺は冒険者稼業再開、ってこった。んで、お前達は何しにこんな所に来たんだよ?」
「ラトレイア家に呼ばれてな。ゼニスの治療の一環だ。てか、こんな所って、一応ゼニスの故郷だろうよ」
「ゼニスの故郷だからだろ。実家の事も聞いた事くらいはある。よくあんな家に助力求めたよなお前」
「あん時はなんだって頼ったぜ。俺の都合で自分勝手で一方的な別れ方したお前達にもな。改めて感謝してる」
「かっ!ケツが痒くなるぜ!おっと、そろそろ神聖区か、一旦止めてくれ、魔族の俺があんな区画に入ったら何されっかわかったもんじゃねぇ」
馬車が止まると同時にひらりと馬車から飛び降りたギースは、ひらひらと手を振る。
「ま、元気そうで何よりだ、まだ滞在すんだったらまた会おうぜ。じゃーな!」
「おお、あばよギース。ギャンブルは程々にしとけよ!」
「ギース様、お元気で」
「…………ギ……ス……」
全員で手を振り、去っていくギースを見送る。
そんな中、ゼニスが小さく、本当に小さく言葉を発していたが、二人はそれに気付かなかった。
ラトレイア家に辿り着いた三人は以前のように応接室に案内され、クレアの入室を待っていた。
以前同様ゼニスとパウロが並んで座り、背後にリーリャが立っている形だ。
そう時間は経たずにクレアは現れた。
多少白髪が増えたのと以前より目付きが険しいように感じる以外は変わらず、挨拶もそこそこに座っての話となる。
「手紙は読んだぜ。ゼニスに有効かもしれない治療法が見つかったんだって?」
パウロはそう切り出す。
手紙には簡潔に「ゼニスに有効かもしれない治療法を見つけました。都合をつけてゼニスを連れてきてください」とだけかかれていた。
すぐに本題を切り出され、クレアは少し迷うようにか視線を下に向けた。
「ええ…いくつもの文献や資料を探し、漸く見つけたたった一つの前例、です」
「前例…!そりゃ、随分期待が持てるじゃねぇか。話を聞かせてくれよクレアさん」
パウロはその言葉に、つい前のめりになってしまう。
ここ数年、ゼニスの治療法探しに躍起になっていた…とまでは言わない物の、時間があれば探してはいた。
それでもまったく前例のない事に、捜索は難航していたのだが。
流石はミリス神聖国、と言ったところだろうか。
「……なんでもその昔長耳族の女が、心身喪失状態で現れた事があると。そして…なんとも信じがたい話なのですが、複数の男と交わる事で心を取り戻した…との文献か残されていたのです」
パウロはその言葉に目を丸くした。
一瞬茶化されてるのか、冗談を言ってるのかと思い口元を吊り上げようとしたものの、クレアは至極真面目な表情で、ゼニスをじっと見つめていた。
「クレアさん……そいつは……」
「わかってます、俄には信じられない話でしょう。私も本気で信じてる訳ではありません…けれど、もしも手を尽くし、他に手段がないのであれば…私が泥を被るつもりで手配を」
「待った待った待った!落ち着いてくれ。アンタがゼニスを想ってくれているのは嬉しいが、その前に一つだけ確認させてくれ」
思い詰めた様子で言葉を紡ぐクレアに、パウロが待ったをかける。
「それ…200年くらい前の話だろ?」
パウロの問いに、クレアは驚きつつも、小さく頷いて肯定した。
それを確認して、パウロは続ける。
「その長耳族は知ってんだ。というか…ゼニスも知ってる。俺達が冒険者として活動してた頃、組んでた冒険者チームのメンバーの一人なんだ」
「それでは…」
「ああ、話はもう聞いてる。あいつの場合は心を取り戻したんじゃない、新しく心が出来た…って感じだと思う。心身喪失状態になった以前の事は、今でも思い出せないらしい」
「そう……ですか……」
クレアはふぅ、と息を吐き出す。
吐き気を催すような内容だったとはいえ、折角見つけた手掛かりだと思った情報の空振りに、肩を落とした。
その痛ましい様子にパウロは同情の視線を送った。
きっと彼女はずっと探してくれていたのだ、ゼニスの治療法を。
もしかすると自分よりも熱心に。
それに感謝の念を感じたパウロは、目を瞑り黙って頭を下げた。
そんな時だ。
「…………お…かあ…さま」
沈黙に包まれた部屋に、微かな、そんな声が聞こえた。
その声が響いた瞬間、その部屋にいる人物の視線が、同時にその声を発した人物へと向いた。
そう、ゼニスへと。
「……!ゼニス!」
「ゼニス…!貴方…!」
「……!」
ゼニスは確かにある程度自発的に行動を起こしたり、此方の言う通りにする事は出来ていた。
けれど言葉はうめき声、あ行をたまに口にする程度で、言葉を発する事はなかった。
しかし今、ゼニスは確かにおかあさま、と、クレアを呼んだ。
焦点はあっていないものの、クレアのほうを向き、微笑みを浮かべて。
「……わた…し……だ…じ……ぶ……よ」
健在な事を伝えようとしているのだろう、そんな様子のゼニスに、クレアは表情を歪めた。
今にも立ち上がり、すがり付きそうになるのをグッと堪え、クレアはパウロへと視線を向けた。
「あ、ああ…ゼニス……パウロ、さん、ゼニスはこんな、こんなに良くなっていたのですか…?」
「い、いや、言葉を話すのは初めてだ。俺もまさかここまでとは思ってなかったぜ…でも、良かった…良くなってるんだな…」
パウロは驚きつつも笑みを浮かべる。
原因はわからない、けれど、ゼニスの良い方向への変化に心から喜びを感じていた。
背後のリーリャや傍らのメイドが、思わずと言った様子で涙を流した。
暫しそのままゼニスを皆で見つめる最中、姿勢を整えたクレアが口を開く。
「……パウロさん、良くも悪くも変化があったのです、ゼニスは改めて医者に見せましょう。それと、ひとつ試したい事があります」
ゼニスから受けた衝撃から立ち直ったクレアは、顔を引き締め、パウロを見据える。
パウロは医者に改めて見せる事に賛同しつつ、クレアに先を促す。
チラ、とゼニスを、口元を少し動かしている様子のゼニスを見て、パウロに視線を戻してクレアは言葉を紡いだ。
「ゼニスを神子様…人の記憶を見る力を持つ神子様に見て貰います。もしかすると、ゼニスの治療の目処がたつかもしれません」
「………ディを…と…て………」
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