すっかり日がオレンジ色となった頃、森からアレクが現れた。
その背には猪…探索ついでに仕留めたのだろう。
アレクは私を視認するとその猪を担いだまま駆け寄ってきた。
「ルーディアさん!目を覚ましましたか」
『アレク、お疲れ様です。それは夕御飯でしょうか?』
「はい、ナナホシさんが暫く帰らないと言って譲らないので、探索ついでに確保してきました。…本当は直ぐにでもルーディアさんを家に帰して差し上げたいのですが…」
『シズカとは話しました。二週間滞在したら帰るそうです。アレクもそのつもりで…』
「成る程、流石ルーディアさんですね、もう説得なされましたか。僕のほうからも説得を試みましたが、流石に関わりの薄い僕では、このような暴挙に出る程強い彼女の思いを曲げる事は出来ませんでしたから」
力ずくでならどうにでも出来たろうに、シズカを尊重してくれたアレクには感謝しかない。
男子三日会わざれば…なんていうけれど、ドンドン成長していく。
…これまでがあまり成長していなかったのかも、と頭に過った考えは捨て置こう。
『迷惑をお掛けしたようで…アレクには苦労をかけますね…』
「いえ、この程度なんて事ないですよ。滞在中の食糧と安全の確保はお任せ下さい」
苦笑を浮かべて首を振るアレクに、私は軽く頭を下げた。
刃物を持っていないだろうアレクに、私が護身用に持ってる短剣を手渡す。
ついでに氷のブロックを作り出して、そこで捌いて貰う事に。
手際よくテキパキと猪を捌いていくアレクを、感心しながら見つめる。
『今日は猪バーベキューですね。少し獣臭いかもしれませんけど…明日からは香草でも探してみますか』
ね、と膝に頭を乗せて寝息を立てているシズカを撫でる。
片手間で海水から塩を作り出しながら。
まともに食糧もサバイバルグッズも持ってきていない、私の拉致は計画的犯行だったのに、その後の準備は行き当たりばったり…そんなチグハグさ。
ルーデウスの発言に戸惑って、ヒトガミの関与もあって、しかも故郷には帰れなかった。
シズカの精神状態が滅茶苦茶なのは、想像に難しくない。
むしろ、錯乱しなかっただけ立派だとすら思う。
そんなガタガタな状態で悩んで苦しんで出した結果が、私を拉致してでも二人きりになりたい、そう思ってしまったなら、私はそれに応えてあげたい。
それと…帰還の為ならなんでもしそうなシズカが、私を選んでくれた事…正直嬉しかった。
だから、そこまで想ってくれているシズカに報いる為に、私は彼女を愛し、その心を癒そう。
『シズカ…』
私に残された時間は…多分少ないから。
『いい森ですね』
「木漏れ日が気持ちいい…」
「海水浴は…ダメなのよね」
『ええ、海は海族の支配下なのもありますが、魔大陸近くなら魔物も多い筈です。ルイジェルドさんが言ってました』
「でも、だからこそかしら?綺麗ね…こんな海あっちじゃなかなか見れないわ…」
『……ん、問題なさそうな水ですね、川魚もいますし…ここでなら水遊びできそわぁああっ!』
「あははは!ルーディアがドジ踏むなんて珍しい!大丈夫?」
『笑うなんて、ひどい、ですよ!』
「ちょっ、引っ張らなっきゃぁああああ!」
「この果物…すっごいしぶいぃ…」
『こ、これは…見た目すっごく甘そうで美味しそうだったのに…』
「わぁ、この猪最初に食べたのとは別物ね!臭みが全然ないし、柔らかーい!」
『美味しいですねぇ…』
『ん、この川魚鮎に近いですね、もしかすると内臓も美味しく食べれるかも…』
「アレクサンダーさんなんて、頭から骨も残さずバリバリ食べてるわよ…私はちょっと無理かな」
『沢山シズカが釣ってくれたからですね。私は全然釣れませんでした。釣り、得意なんですね』
「ふふん、もっと褒めていいのよ?」
そして二週間…私達は島での生活を精一杯楽しんだ。
島を探検したり、海辺を散歩したり、島内の川で遊んだり。
果物を見つけて、想像以上のその渋さに顔をしかめたり、香草を見つけ、それを使用した猪のステーキに舌鼓をうったり、川で釣りをして、釣りたての川魚を塩焼きにしたり…。
シズカはその間ソーカス茶だけは欠かさず飲み続けていた。
この島に転移する前に、ちゃっかりと貰っていたらしい。
……楽しい日々だった。
段々と自然な笑顔を浮かべられるようになっていったシズカに、安堵する。
今日は帰る日、昼前には適当なアルマンフィを呼び出せる場所に転移する予定。
最後に島を見て回るとアレクを護衛に着けたシズカが飛び出すのを見送って、私はベッドから立ち上がった。
朝から…いや、少し前から体に違和感がある…原因も正直検討がついているけど。
何となく感じていたタイムリミット…それが来ただけの話。
体をふらつかせながら立ち上がるけれど、義手と義足の様子がおかしい。
『……魔力の制御が、出来ない』
まるで頭と体を繋いでいる所にモヤがかかっているように、体が思うように動かない。
強い眠気がある時に似てるかな…。
その影響は特に、魔力で制御している義手と義足に顕著に表れてる。
左腕の感覚が消失し…ごとり、と床に義手が落ちた。
それを呆然と見下ろすうちに、左足の感覚も消えた。
そのまま床に崩れ落ちてしまう。
『ははは……』
この状態は、いずれなるんだろうなと漠然と思っていた事。
気付いたのはいつだろうか…きっかけは…私が魔力結晶を産み出した時。
エリナリーゼの呪いの副産物の魔力結晶、それと同じものを私が産み出したとき、私の体質に仮説が出来た。
他人の呪いを引き受ける…そんな仮説。
母様が目を覚ましてから、私は母様をどうにかしたいと、そう願った。
その時、母様と何か見えないもので繋がった気がしてた。
理屈はわからないけれど、母様から何かを吸っているような、そんな感覚。
意識して見ればエリナリーゼとも繋がっていて、何かを吸っている。
二人ともなんともなさそうだったので後回しにしていたのだけど…エリナリーゼと同じ体質になった事で、ああ…吸っていたのは呪いなんだと、そう思った。
なら、母様から吸っているのも呪いなんだろうけれど…確証はなかった。
けれど、吸い取るようになってから私が変わった事がある。
人に限らず、心や感情が読める能力を得た事だ。
私の脳内に直接、伝えたいような言葉や思い浮かべてるものが伝わってくる、そんな力。
その力を主に赤ちゃんの世話やペットの世話、あとは人との円滑な交流に活用してた。
赤ちゃんの世話、それこそ泣く事やグズる理由なんかがすぐにわかって本当に役立ったけれど…そんな私と同じタイミングで母様が動く事、そんな事が多々あった。
つまり、母様も似たような力を持っている、そう仮定出来た。
シーローンの一件が終わった後ザノバとも繋がり、私の力が高まってザノバが人形を作れた時…私の力が呪いを吸う力だって事はほぼ断定出来た。
だから…いずれは母様から吸った呪いが私に溜まって…似たような症状が出る事、それはわかっていたんだ。
それでも、私は母様から呪いを吸う事はやめようとは思わなかった。
私の意思を覆うモヤは少しずつ厚く、多くなっていく。
きっとこれに全て覆われてしまえば、私は母様のように廃人となってしまうのだろう。
『でも、それで母様はやっと解放される…母様だって普通に生きたい筈。私が代わりになる事で母様が救えるなら…それで』
ふと、右手が震えている事に気付いてしまう。
違う、怖くなんてないよ、死ぬ訳じゃない。
ただ、皆と会話が出来なくなるだけ…きっと、ララや呪いが残る母様なら私の意思を聞ける。
…母様の意思を読む限りああなったら常に夢現…少しズレた世界を見てるからまともな会話には…ならない…けど…。
そこまで考えて、私の体はガタガタと震えだしてしまう。
『怖い』
怖くない、死ぬ訳じゃないんだよ。
『怖い、怖い、怖い』
皆と一緒なのは変わらないよ、皆私を見捨てる訳ないもの。
子供達が大きくなる姿もちゃんと見れるよ。
だから大丈夫、大丈夫…。
モヤが、視界を覆い始める。
辺りが白くなり始めて、体の感覚が消えていく。
『怖いよ、あんなの、死んでるようなものじゃない…』
そんな事ない、もしかしたらいつか治療法が見つかって私を正気に戻してくれるかもしれない。
そうしたら…。
家族と、また……。
『母様を助ける事も、シズカの為に時間を使ったのも後悔はないよ…でも、怖い。怖いよ…私これからどうなるの?家族の誰にも別れが言えない…これが私の最期なの…?嫌だよ…なんで、なんで私ばっかりこんな目にあうの…?』
床が、涙で濡れる。
体が、もう言うことを聞かない。
気付けば体は床に倒れていて、溢れる涙が床を濡らす。
体の感覚はもう殆どなくて、視界は淡く白く染まってる。
既に夢現のような感覚になってて、背筋に寒気が走る。
でも、その恐怖感すらモヤに包まれて消えていって、強い眠気を感じて、抗えずに目を閉じてしまう。
『みん、な。ごめん…』
しあわせだったな…。
でも、もっとみんなといたかったな…。
こどもたちを、もっとだきしめたかった…。
しずかがせきにんかんじちゃうな…。
ふいっつ、ろきしー、えりおっと……。
ごめんね……。
……さみしい……。
…………………………。