「ニャー。久し振りだニャア、大森林」
リニアは大森林に設置されていた転移魔法陣から、ドルディア族の村を目指していた。
ミリスにはエンド傭兵団の人員を向かわせ、相談役アイシャの書いた指南書を元に動くようにと頼んでおいた。
そうして自分は里帰り…ついでに獣族に協力をお願いしに向かう。
まぁ自分は族長の娘であるし、あっちにはプルセナもいるし…とリニアは気楽に考えていた。
「さっさと協力取りつけて、ミリスの拠点作成の手伝いに行くニャー」
だが、リニアを迎えたのは罵声だった。
やれ何を勝手な事を、聖獣様はどうしただの、その態度はなんだだの、リニアは途中から聞き取るのを諦めていた。
それでも堂々と村の中を闊歩するリニアに、若い男が距離を詰め立ち塞がる。
「止まれ!今は―」
「うっせーニャー。プルセナは何処にいるニャ?父ちゃんでもいいニャ」
そんな男の手を引き、バランス崩した所を足払いし、そのまま地面に叩きつけた。
そのまま顎をかするように蹴りつけられた事で、若い男は意識を失ってしまう。
リニアより頭二つは大きな男が、一瞬で倒された事に周りのドルディア族がしん、と静まりかえる。
リニアはそんな中でふん、とつまらなそうに鼻息を吐くと、記憶にある父親…ギュエスの家へと歩き続ける。
もう一度だけリニアを止めようと動いた若い男が、今度は顔面に拳をくらい殴り飛ばされた事で、リニアを止める者は誰も現れなくなった。
黙ってついてくる周りの輩が鬱陶しくなり、くるりと振り返ったリニアは口を開く。
「聖獣様に付き従って帰らなかった事に、後悔はニャいし間違ってるとも思ってニャいニャ。文句あるニャらかかってくるニャ」
それに対して何も言えず黙り込むそれらに、リニアは再度つまらなそうに鼻を鳴らし、そのままギュエスの家へ向かって歩きだしたのだった。
「おー、父ちゃんがやっぱ族長にニャってたのか。爺ちゃんはどうしたニャ?」
家の中で適当に座り込んだリニアは背中に背負っていた大きな袋を下ろし、記憶にあるより随分と貫禄の出ている自分の父親、ギュエスを眺める。
十数年経っているのだからそれも当然であり、ギュエスのほうも大きくなったな、とリニアを見つめていた。
「数年前に魔獣との闘いで大怪我を負ってな。引退して今は別の集落で暮らしている。しかし、帰ってくるにしても、何故聖獣様を連れていない?」
ギュエスが怪訝な表情を浮かべた事に、リニアは面倒くさそうに眉を寄せる。
「プルセナから聞いてニャいの?聖獣様は今、とあるお人の所で救世主を守りながらその家族を守っているニャ」
「むぅ…救世主が人族から産まれるとはな…しかも聖獣様を召喚し、産まれる前から守らせるなど…」
「救世主様が産まれる直前に、その母体まで狙われてたニャ。明らかに救世主様を狙っている奴がいるニャ。情けない事に、その時聖獣様がいなかったら、あちしとプルセナも多分生きてニャいか奴隷になってたニャ。それだけヤバイ相手だったのニャ」
「確かにプルセナからは聞いているが…にわかには信じがたいな…」
「はっ、娘の言うこと信じられニャいならそれでもいいニャ。どーせ聖獣様をどうしてもここに連れてきたいニャら、誰かをシャリーアに送るしかニャいニャ。当然あちしはやらニャいけどニャ。聖獣様の意思でもあるニャよ?あの家族を守る事は」
リニアはそこまで言うと、一つの箱を取り出す。
パカリと開けたそこには燻製肉が所狭しとつめこまれていて、ギュエスの背後に立っていた猫耳と犬耳の少女二人が思わず生唾を飲み込んだ。
「まー、父ちゃん、これはその家族からの差し入れニャ。有り難く受け取っとけニャ」
「…しかしな、伝承には聖獣様は生まれて100年後、世界を救う救世主を手助けする、とあるが、聖獣様が生まれてまだ20年だ。今産まれた人族の子が救世主とは思えん」
「ああ、言ってなかったかニャ?片方の親が魔族だからニャ。寿命は大丈夫だと思うニャ」
そのリニアの言葉に、ギュエスは成る程、と頷く。
「そうか、魔族という可能性もあったのか…」
そう呟き腕を組むギュエス。
一定の理解は示したようだったが、背後に並ぶ二人は納得出来ないとばかりに顔を歪めた。
「魔族が救世主なんてありえないニャ!」
「召喚魔術で呼び出したって言ってたから、きっと変な魔術で聖獣様が騙されてるんです!」
二人はミニトーナとテルセナ。
それぞれリニアとプルセナの妹、同じく族長候補になれるだろう立場の二人だ。
そして、かつてルーディアにザントポートで助けられた子供達である。
「あー?あちしの言う事が信じられニャいのかニャ?随分ナマ言うようにニャったじゃニャいか…トーナ、テルセナ」
目をカッと見開き、先程までの飄々とした態度を引っ込め、首を傾げたリニアは二人に目を合わせた。
その何の感情も感じられないリニアの表情に、二人は小さく悲鳴をあげて肩が跳ねた。
しかし、なおも納得が出来ないミニトーナは、恐怖を顔に張り付かせながらも、反論する。
「だ、だって、その親ってあの化け物じゃニャいか!あんニャのから救世主様が産まれるなんて信じられニャ、っが!」
次の瞬間、ミニトーナは首を捕まれ、壁に押し付けられていた。
「トーナ!」
「……ボスに、ルーディアに助けられた癖に随分な言い草じゃニャいか。ルーディアが助けてくれニャかったらどうニャってたか、わからない年じゃニャいよニャ?」
「だ、だって…!あんニャ人間離れしたのを見せられて…それに!若い戦士達もあの人に洪水に突き落とされたニャ!残酷ニャ…」
「それはその若い衆が、ルーディアを自分達の身勝手ニャ正義感で傷つけたからだニャ。自業自得ニャ。そんな事で恩人を罵るのかニャ?トーナ!何言ってるのか自分でわかってるのニャ?聖獣様を助け出したのもルーディアニャ。だけどそのせいで父ちゃんと出くわして捕まった…じゃあ聖獣様を助けてって言ったのは誰ニャ?」
ギリ、とトーナの首を掴む手に力がこもる。
「お前だよニャ?トーナ?よくそんニャ事が言えたもんだニャ!自分が恥ずかしくニャいのか!?自分の恩人を、獣族の恩人を罵って!勝手に妄想して悪者にして!あちしは話をボスから聞いた時、恥ずかしくて申し訳なくて泣きたくニャったニャ!でも時間経てば少しはこっちでマシになってるかと思えば、ガッカリだニャ!聖獣様の言葉はプルセナに預けた筈だよニャ!なんでまだボスが悪者のままニャのニャ!」
ミニトーナの瞳から涙がポロポロ零れ始める。
リニアの表情は、目線だけで人を殺せそうなほどに険しく歪んでいた。
ギュエスはその様子を顔を歪めて見ていて、止めるかどうか決めあぐねているようだった。
テルセナの目にも涙が浮かび、ミニトーナの首に指が食い込み始めた所で、リニアのその手に横から別の手がぽんと置かれた。
「そのへんにするの」
それは数年前に別れ、先に大森林へと帰還していたプルセナの姿だった。
戦士団と同じ格好をしたプルセナはあまり変わっていないように見えるものの、所々に傷が…いや、あれは最後にリニアと行った決闘の傷かもしれない。
ちなみにリニアにも傷跡がいくつかあるが、ほとんどはプルセナとの決闘の時についた傷だ。
「お、プルセナ、久し振りニャ。順調そうで良かったニャー」
リニアはプルセナに気付くと先程までの重い雰囲気を霧散させ、朗らかに笑って踵を返した。
「ッゴホッゴホッ…!」
解放されたミニトーナはその場に座り込み、苦しそうに咳き込んだ。
それをテルセナがしゃがみこみ、心配そうに見つめていた。
「ノーなの。前回の雨季でやらかしたから、ちょっと族長への道は遠退いたの」
プルセナは村に戻った後、ラノア魔法大学首席卒業という輝かしい経歴で戻った事を評価され、次期戦士長という立場に置かれた。
そこで人員の顔と匂い、そして仕事を覚え、ゆくゆくは族長に…という流れだったのだが、前回の雨季で一つ問題を起こしてしまっていた。
「ニャー?ニャにやらかしたのニャ?」
「朝からなんにも食べずに食糧庫の当直になっちまったの。相方も具合悪そうだったから帰して…つい魔が差して干し肉一個食べちゃったの」
「ニャー…それは…同情するニャ…せめて別の場所の当直なら…」
「素直に白状したし、治癒の為にこき使い過ぎた、という声もあったから牢屋で少し反省して貰うだけにするつもりだったんだがな…」
難しい顔をしたギュエスがそう口を挟むも、プルセナは首を横に振る。
「雨季の摘まみ食いは重罪なの、決まりなの。私の意思が弱かったの。許されはしたけど、戦士団のしたっぱから鍛え直しなの」
「随分律儀にニャったニャぁ…まぁ頑張るニャ。そしたら、頑張ってるプルセナにボスからプレゼントニャ!」
リニアはそう言うと先程の燻製肉が目一杯詰められたものとは違う、もう一つの箱をプルセナへと手渡す。
首を捻りながら蓋を開けたプルセナは、その光景に思わず涎をたらし、尻尾がぶんぶんと振られ始める。
「な、な、生ハムの木なの……」
プルセナの目がキラキラと光る。
一見生肉にすら見えるルビー色の肉と香しい香りに、プルセナは喜色満面の笑みを浮かべ、蓋を閉じた。
すりすりとその箱に頬擦りしながら、プルセナはリニアに告げる。
「ボスには心から感謝します、と伝えて欲しいの」
じゅるり、とプルセナは涎を拭った。
想像以上のおにくに、内心踊り出したい気持ちであった。
「あ、それで話が途中だったニャぁ。父ちゃんに伝えなきゃいけない話もあるしニャ」
リニアはプルセナとの再会を喜びつつも、自分の故郷の狭量さに少し辟易していた。
直接助けられたミニトーナですらあの有り様で、正直失望が強かった。
けれど…窓から見える村の様子にリニアはしみじみと、それでも故郷なんだ、と思う。
まぁ、いずれボスが、ルーディアがこの村を訪れた時があったとして、嫌な思いをしない程度には変わればいいなと適当にそう思っておいた。
元々この村にくる理由であった、獣族を仲間に引き込む事、それはあっさりと上手くいき、無事に協力を取り付ける事が出来た。
80年後のラプラスの復活…時期的にも恐らく聖獣様が救世主と共に世界を救う頃だろう、ならば獣族としてそれに協力は惜しまん、とギュエスは少し悩んだあとそう結論付けた。
仕事の話の後は軽く話をする。
リニアを怖がり遠巻きに見つめる二人を尻目に、会わなかった時間に起きた事を簡単に話していく。
「さて、そんじゃあちしはもう行くニャ」
やがてまた日が高い頃、リニアはそう言って立ち上がる。
それにギュエスは片眉をあげた。
「む、折角来たのだ、泊まって行ったらどうだ?」
ギュエスはそう言うが、リニアは首を振る。
「やめとくニャ。恩人を守ってる聖獣様を連れてこいとしか言わない身勝手な恩知らずしかいニャい今のこの村、嫌いニャ。父ちゃん、プルセナが族長にニャった時、穏便に引退出来るように、今のうちにニャんとかしてたほうがいいと思うニャ」
「ははは、何をそんな…」
ギュエスはそのリニアの忠告をプルセナを見ながら笑い飛ばそうとしたが、一瞬だけ見えたプルセナの冷たい瞳に、言葉に詰まった。
直ぐに眠たげな瞳に戻ったものの、一瞬だけ感じた圧は、ギュエスの背中に悪寒を走らせるのに充分だった。
「はは、は……」
「ま、なんかあったらミリシオンにくるニャ。一年くらいはいる予定だからニャー。それじゃ、精々元気でやるニャー」
空笑いのギュエスを気にせず、リニアは朗らかに笑って別れを告げた。
テルセナとミニトーナは震えながら抱き合ってリニアを見て、プルセナは口許に笑みを浮かべながら小さく手を降っていた。
同じように村を歩いていくリニアに、今度は突っかかる者は誰もいなかったが、遠巻きにひそひそと何かを言われているようだった。
昔からこんなだったのだろうか?
昔は自分が幼かったから気付かなかっただけだったのだろうか?
リニアは郷愁と嫌悪でぐちゃぐちゃになった内心で、自問自答を繰り返していた。
「……ま、プルセナに期待ニャ」
とはいえ今の自分に出来る事はない。
頭を切り替える。
今の自分はエンド傭兵団のミリス支部設営の責任者。
そう言い聞かせ、リニアは村をさっさと後にし、聖剣街道をミリスに向けて歩き出すのだった。
「…まさかボスがあんな事にニャるとは思わニャかったニャ……」
「可愛そうなボスなの……私に出来る事ならなんでもするの」
「それニャらやる事は決まってるニャ!あのニャ……」(こしょこしょこしょ
「……わかったの、やってやるの!」
「ボスの為ニャ。お互い頑張るニャー」