アイシャはため息を吐きながらエンド傭兵団のラノア支部からの帰路に着いていた。
姉がナナホシとアレクと共に姿を消して二週間…エンド傭兵団の捜索範囲ではその姿は見付からなかった。
まだ産まれてそう経っていないジークを放っていなくなるなんて、と憤りはある。
「けどどうせナナホシさんに情に訴えられて、断りきれずになんかに巻き込まれたんだと思うんだよねぇ…」
情に厚い…いや、甘過ぎる姉の事だから、ナナホシさんへの態度であの人の性癖をねじ曲げてるのにも気付かず、責任を取る形で受け入れて…ってのが容易く想像出来る。
ナナホシさん帰還に失敗してきっと弱ってただろうし、お姉ちゃんがそんな友人を見捨てられる訳ないもんね…。
「はぁー…傭兵団総動員してはいるけど見付からないよねぇ、連れてくなら絶対未開の地だし…」
ペルギウスならばある程度の予測はついているかもしれないが、彼は異世界転移魔法陣の見直しに躍起になっていて、録に話を聞いてくれなかったらしい。
「心配だなぁ…」
ルーディアの子供達も少しそわそわと、心配そうな雰囲気を醸し出してきたのがアイシャは気になっていた。
特にアルスの精神状態を心配していた。
と、もうすぐ家という所で、制服姿のノルンとばったりと出会った。
ロキシーは休みで家で子供達のお守りをしていたのだが、ノルンは生徒会という事もあり、休みの日も学校に行っているのだ。
「あ、アイシャ。ただいま、おかえり」
「ノルン姉もおかえり、ただいま。休みの日も生徒会お疲れ様ー」
ひらひらと手を降って労るアイシャに、ノルンは笑みを浮かべる。
「好きでやってる事だから。まぁ…正直大変だけどさ」
「今日はどんな事してたの?」
「あー、今日はねー…」
もうすぐ家の為に軽く雑談をしながら歩いていく。
穏やかで和やかな会話を交わしながら、ノルンは一歩先を歩き、間も無くたどり着いた玄関の前で、アルマとジローに手を振りながら扉を開く。
「で、やっぱ最後に転んじゃってさ」
「ノルン姉ドジ治らないねー」
「あはは…もうこれは私の個性…みたい、な……」
玄関を開けて前を向いたノルンがそこで固まり、言葉も尻すぼみになっていった。
「どしたの、ノルン…姉……」
そのノルンの様子を不思議に思いながら、アイシャも視線を前に向けた。
そこで、同じように固まってしまった。
2人の視線の先には、金髪の女性、ノルンとルーディアの実母ゼニスがすたすたと確かな足取りで歩いていくいた。
その表情は今までのように虚ろではなく、笑みを浮かべていた。
目元は何処か赤くなっていたものの、その様子は今までとはまったく違っていた。
「お、お母さん……?ただいま……」
ノルンはどうにかそう絞り出す。
その声で気付いたのかゼニスは二人のほうを見る。
パチリと瞬きをして、しっかりと此方を見るゼニス。
その視線がちゃんと自分達を捉えている事に気付いて、ノルンの目に涙が浮かぶ。
ゼニスはニコリと笑みを浮かべ、両手を大きく広げた。
「おかえりなさい、ノルン、アイシャ……おはよう」
「ッ……!」
ノルンは言葉もなく、その腕の中に飛び込んでいった。
ゼニスの胸にすがりつき、嗚咽を漏らすノルン。
ゼニスはその頭を右手で優しく撫で、慈しみ、見つめる。
一人玄関先に立ち尽くすアイシャは、少し迷う素振りを見せる。
頭に様々な事が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
メイドという立場、実母ではない、突然過ぎる、姉が今抱きついてる…。
まごつき、視線を忙しなく動かすアイシャの目と、ゼニスの穏やかに細められた目が合う。
「おいで」
「あっ……」
その言葉と同時に、アイシャの脳裏に過る、ゼニスに優しく抱えられた記憶。
慈しみの視線と、優しく撫でられる背中の感触。
気付けばアイシャは涙を流し、ゼニスへと駆け出していた。
「ゼニス様っ…!」
それをゼニスは優しく受け止め、胸に顔を埋めるアイシャの頭を左手で優しく撫でる。
並んで泣き続ける二人を優しく受け止め、泣き止むまで、ゼニスは二人を撫で続けていた。
その表情は、とても幸せそうだった。
物陰からリーリャが静かにそれを見つめ、その光景に笑みを浮かべながらも涙を流していた。
ノルンとアイシャはゼニスが目覚めた事で歓喜に包まれていた。
けれど、泣き止み、理由を問い掛けた時、曇ったゼニスの表情に、何かが起きてしまったのだと、二人は察してしまった。
そして、二人は姉と二週間振りに再会した。
以前の母親のような状態になってしまった、虚ろな表情を浮かべた姉と。
寂しそうな表情を浮かべた子供達に引っ付かれ、ジークを抱く姉の姿に、二人は先程とは違う涙が出てきそうだった。
見てられないとばかりに部屋を去ってしまったノルンを追いかける。
ノルンは少し歩いた廊下の壁に背中を預け、俯いていた。
アイシャはその隣に同じように壁にもたれかかり、心配そうにノルンのほうを見つめた。
「ノルン姉……」
「姉さんは、本当に馬鹿です…」
ぼそりとノルンは呟く。
「お母さんを助けても、自分が代わりになっちゃったら、意味ないじゃないですか…!四人も子供産んでるのに…!無責任です…!」
ノルンの声に力はなく、肩は震えている。
「姉さんのバカ…!なんでそう自分を省みないで突っ切っちゃうの…!その結果、周りの人がどう思うかなんて全く気にしないで、完全に置き去りにして……!」
その瞳からポロポロと涙が溢れる。
眉を寄せて、険しい表情で虚空を睨み付ける。
「それでも…それでも一番バカなのは私…!だって……だって!お母さんが目覚めて良かったって思っちゃってる…!自分の性根が浅ましい…恥ずかしい…!」
嗚咽を漏らし肩を揺らすノルンの隣に佇みながら、アイシャはその手を慰めるように握り、天を仰いだ。
「結局私、ここにきた時から何も変わってないっ……ごめんなさい、ごめんなさい姉さん……」
「……そんな事ないよ、ノルン姉は随分立派になったよ…だってそんな風に思えるようになってるじゃん。私が言うのも変かもしれないけど、それってすごい事だと思うよ?」
そのアイシャの言葉に、涙を袖で拭ったノルンは、きょとんとした顔をアイシャに向ける。
アイシャは天を仰いだまま、何処か不服そうに続けた。
「魔法大学に通って…特に生徒会に入ってから、ノルン姉は変わったよ。物事を良く見るようになって、意見の押し付けもしなくなって、でも不義理は嫌いって主張して…すごく、なんていうか、大人になった」
「……そう、かな」
「そうだよ。学校生活も楽しそうだし…正直魔法大学に入らなかったの少し惜しく思うくらいに、ノルン姉は魔法大学に入って良い方向に変わったと思うよ」
そこでアイシャはノルンと手を離し、ノルンの目の前の一歩分離れた所に体を動かした。
両手を広げて、話を続ける。
「この格好してメイドとしてこの家で働いてる事に後悔はまったくないよ。でも、ノルン姉の成長見てると、すこーしだけ羨ましくなる。ね、ノルン姉、こーんな出来の良い妹に羨ましがられてるんだよ?もう少し自分に自信持っていいんじゃない?」
そう悪戯っぽく告げるアイシャに、きょとんとしたままのノルンは、目に涙を浮かべながらも笑いを堪えきれずに小さく吹き出した。
「プッ…!あははは!それ、自分で言う?もー!」
お腹を、抱えて笑いだすノルンに、アイシャはふふん、と鼻を鳴らして得意そうに笑みを浮かべる。
「ま、むしろ私の方が昔っから変わってないよ。元々なんでも出来たしね!」
「んっふふふふ、そーかなー?」
自慢気ながら、何処か寂しそうなアイシャを、ノルンは笑いながらふわりと抱き締める。
「っわっ!」
「アイシャ、すっごく優しくなった。子育てしたから?傭兵団指揮するようになったから?私みたいに出来ない人間を見下す事なくなったもん。アイシャとお喋り出来るようになったの、結構嬉しかったんだよ?いつもいつも家事してくれて助かってるよ。ありがとう…。元々優秀だった妹の成長、姉として鼻が高いよ」
そう言ってぎゅうと抱き締めて、アイシャの頭を優しく撫で、背中に手を回しながら、頬ずりをする。
ノルンのその言葉と温もりに、アイシャの瞳がじわりと潤んだ。
「む、むー!ノルン姉の、癖に、生意気ぃ…そんなの、ズルイ…う、えぇええん…!」
今度はアイシャが堪らず泣き出してしまう。
ノルンの肩に顔を埋めて泣き始めるアイシャの背中をポンポンと叩きながら、ノルンもほろりと涙を流す。
数年前は考えられなかった、そんな姉妹のやり取り。
廊下の角から、部屋を飛び出した二人を心配して追いかけていたゼニスとリーリャが、その様子を伺っていた。
二人のその穏やかなやり取りを見て、ゼニスとリーリャも胸を撫で下ろしていた。
「私達に出来る事、あるかなぁ?」
「わかんない。でも、日常を維持する事、それが私の仕事だとは思ってるよ。ノルン姉も…色々考えるのは卒業してからでもいいんじゃない?」
「……むう、それもそうかな。レポートも結構良い感じだし…」
「レポート?あー、卒業にはなんか実績みたいなのがいるんだっけ?ノルン姉、どんなの書いたの?」
「え?んふふ、秘密。でも、いつか成果見したげるよ」
「気になるなー…ま、後のお楽しみかぁ。さーて、私もエンド傭兵団の運用マニュアル完成させないとね」
なんかかいてて気付いたら二人とも泣いてお互い慰めあってた。
あれ……?