ナナホシは一週間、空中要塞の自室で膝を抱えていた。
罪の意識に押し潰されそうだった。
ルーディアに引っ付いて涙を流す子供達の姿に、心が酷く痛んだ。
食事も取らず、膝を抱えた状態で、眠気がくればそのまま眠って。
この期に及んで見る夢はルーディアに慰めて貰う夢で。
目が覚めた時、夢の中で感じた温もりが消えていく中、自分の浅ましさにまた涙が流れた。
そんな日々を続けていた。
そんなある日、パチリとはっきりと目を開けたナナホシはがばりと起き上がった。
ナナホシはそのまま目覚めて直ぐに体を清め、シルヴァリルに簡単な朝食をお願いした。
用意された簡素なパンとサラダを食べ、不機嫌そうなペルギウスと謁見をするのだった。
玉座に座り、つまらなそうだったペルギウスは、ナナホシの顔を見るなり、面白そうに顔に笑みを浮かべた。
「ふん……失敗してから三週間…顔も出さず好き勝手やっていたと思えば…はっ。なんだ、そう悪い顔をしておらんな。もっと死ぬ寸前のような顔をしていると思っておったわ」
そうからかうように告げられるも、ナナホシは真剣な顔のまま頭を下げる。
「ご迷惑をお掛けしました」
「ふん、良い。我は賢き者が好きだ。賢い道を選ぼうとする貴様が嫌いではない。そんな貴様が、当初欲していた物以外が欲しくなった事で愚かな行いをしてしまった…実に見物であった。人は何かを心から欲した時、愚かになる。人の本質、その愚かさ…改めて感じさせて貰ったぞ」
悪趣味、と内心悪態をつくものの、ナナホシは顔色を変えずにペルギウスへと告げる。
「……楽しんでいただけたのでしたら、一つ、私のお願いを聞いて貰ってもいいでしょうか?」
「なんだ?面白い物を見せて貰った礼だ、可能な限り応えてやろう」
その言葉にナナホシは目を瞑って頭を下げ、言葉を告げた。
「今暫く、異世界転移装置の実験、改良を休止したいと思います」
「……む、それは諦めるという事か?」
ペルギウスの表情が歪む。
「いえ、休止、です。帰る事を諦めた訳ではありません。ただ今暫く…ルーディアの力になりたいんです」
「…つまり、暫くの間オルステッドに協力する、という事か?」
ペルギウスがあからさまに不快を感じている表情を浮かべた。
「ルーディアを助けたいんです」
そう言い放ち、ペルギウスの目を真っ直ぐに見つめるナナホシ。
そんな彼女の真剣な瞳と見つめあったペルギウスは、先に視線を反らした。
肩をすくめ、呆れたように言い放つ。
「ふん、好きにするがいい」
「ありがとうございます!ペルギウス様」
再度頭を深く下げ、踵を返すナナホシ。
その後ろ姿を眺めながら、頬杖をついた。
「……宜しいのですか?異世界転移魔法装置の改良、続けていたではありませんか」
「ふん、ルーディア・グレイラットが使い物にならない以上、どうせもう実験もまともに出来ん。ルーデウスに助力を乞うのも手だが…あの様子ではもう無理だろう」
諦観の入った言葉を呟き、ペルギウスは続ける。
「それよりも、この数年間帰る事だけを目的としてきたナナホシ…奴がその楔から解き放たれ、何を成すのか……興味が湧いた。好きにさせてみるのも一興だろう」
そう言って笑みを浮かべるペルギウスに、シルヴァリルは恭しく頭を下げると、音を絶てずに身を下げた。
自室に向かい、荷物を用意しているだろうナナホシに、ペルギウスは興味深い瞳を向けていた。
「ルーディアの未来、それを僕は見ることが出来ない」
「オルステッドがそれを阻害してるからね」
「あの家のあの獣が守る奴等に干渉するのも難しい」
「そのせいで動きがなかなか見れなかったんだけど…君は丁度良かった」
「君を見た未来の一つに、ルーディアの周囲が嘆き悲しむ姿がうっすらと見えていたからね」
「あ、君が帰れない理由がルーディアってのは出任せさ。でも君の帰還は何度やっても失敗するのは確かさ」
「なんで?知らないよ 知ってても君に教える義理はないね」
「ルーディアに何かが、あるタイミングで起きる事は知っていた。そのタイミングで未開の地にでもいればそのまま死なないものかと思ったけど…そう上手くは行かなかったね」
「あははっ、どんな気持ちだい?きっとルーディアは本来なら別れを言えたのさ、家族にね。君は知ってるだろう?ルーディアが家族を大事にしている事を」
「家族が苦しんでるのは君のせいさ。可哀想な家族だ、君のせいで二週間も会えず、再会した時は二度と話せない…可哀想にね!一体どの面下げて会いに行ったのさ!」
「あはははは!あはは……は?」
「なんだいその目は、面白くないね……ああ、面白くない、面白くな―」
うるさい!このクズ!
「私はこれでもサイレント・セブンスターとして各地に色々と繋がりがある。転移魔法陣の知識もあるから、整備や新たな設置も出来るわ。戦闘能力はないけど、身をある程度守る事くらいは出来る。だから貴方達に協力させて欲しいの」
「……成る程ね」
フィッツ宅を訪ねたナナホシは力説し、自分を売り込んだ。
応対したアイシャに少しだけ眉を動かされ、すれ違い子供達に少し悲しげな目で見られながら、応接室でフィッツとロキシー、二人と対面していた。
フィッツは話を聞くと小さく頷き、腕を組んで目を瞑った。
「転移だけじゃない、魔法陣全般の知識もあるから、色んなスクロールを書く事が出来るわ。魔術が使えない人にも使えるし、咄嗟に使えるから様々な場面で重宝すると思うわ。みんなある程度用途に応じてある程度持つようにすれば、かなり便利だと思うの。どうかしら?」
「……魔法陣ですか。僕も学び直しているので、それなら是非ともご教授願いたいで―」
目を輝かせたロキシーが少々気軽に受け入れようとしているのをフィッツがじろりと見つめた。
「ロキシー?」
「あ、はい、すみません…」
暴走気味だった事を素早く反省し、ロキシーは肩を落として俯いた。
魔術の事になると少しはりきってしまうのか美点でもあり欠点でもあるなぁ、とフィッツは内心で苦笑を溢した。
「ごほん。まぁ、ロキシーに流される訳じゃないけど、良いと思う。ナナホシの顔を見れば、適当に罪悪感から決めた訳じゃなさそうだし」
フィッツは微笑みを浮かべながらナナホシを見つめる。
「うん、ナナホシ。君を改めて仲間に受け入れるよ、後でオルステッド様にも話しておく」
そう言って右手を差し出される。
ナナホシはパチリと一度だけ瞬きをし、その手をしっかりと握り返した。
「ええ、お願い。それと…私の事はシズカでいいわ」
「ん…?ああ…そっか、そうだね、ナナホシ…いや、シズカも、もう僕達と同じ立場だもんね」
「同じ…ですか?」
頭の上にはてなマークを浮かべたロキシーが、怪訝な表情で首を捻る。
「ほら、ルーディアはシズカを受け入れた、つまりは二人は相思相愛…最低でも付き合ってるって事。…結婚しちゃっていいと思うけどね。これからは一緒に住む?」
フィッツの言葉にぽかん、と口を半開きで固まるロキシーを気にせず、頬を染めたシズカは小さく頷く。
「うん、フィッツが迷惑じゃなければ…」
「歓迎するよ。ルーディアもきっと喜んでくれる。アイシャちゃんにもちゃんと教えてあげないとね…あ、そうだ、二人はどっちが攻めなの?」
なんでもない事を聞くように問われた言葉に、シズカの顔が耳まで赤く染まる。
少し視線を巡らせて戸惑うシズカを純粋な瞳で見るフィッツに、恐る恐る口を開く。
「わ、私がルーディアを犯す感じで…シてたわ…」
顔を手で覆いながら答えるシズカに、フィッツは笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「こっち主導で動いてる時のルディは可愛いからね。わかるわかる」
未だに戸惑ってあわあわ言ってるロキシーを後目に、フィッツは顔を覆うシズカをじっと見つめる。
目標を見つけ、邁進しようと活力に溢れたその姿に、フィッツは密かに胸を撫で下ろした。
一週間前は頭に血が上りすぎて、流石にひどい対応をしてしまったと思っていたのだ。
とぼとぼとした足取りで帰路につく、覇気のない背中を見て、不安を感じていたが、この様子ならば大丈夫だとフィッツは感じていた。
シズカはそれから、基本的にはスクロールの作成を、時折呪いの事をクリフに相談に行ったり、ロキシーに転移、魔法陣の事を教えたり等、主にサポート方面で動く事になる。
昔に作ったパイプを使って資金も稼ぎ、それによってスクロールによる安全性も手に入れたエンド傭兵団の活動範囲も、じわじわと広がっていくのだった。
「これから一緒に住む事になる、ルーディアの四人目の夫、ナナホシ・シズカ改め、シズカ・ナナホシ・グレイラットです。改めて、宜しくお願いします」
「わぁ、やっぱり」
「姉が増えるのは流石に複雑で…いや、夫…?なら兄判定…?」
「どう呼べばいいですかね?シズカ母様でしょうか…」
「夫のつもりだがら…えと、黒パパって呼んでいいわよ!」
「黒パパ……?」
「黒パパ」
「あーぅ」
「えと、宜しくね。これから私は…ルーディアの為に、生きるわ」
ちょっと活動報告に本作が始まる前のルーディアの軌跡、原作との差異を簡単にはまとめてみました。