バキバキバキッ!
「なっ!ぐっうううう!」
ギースの腕を掴んだ筈のパウロの右手首が逆に掴まれ、ひどい音とともにその骨を砕かれた。
その凄まじい痛みにパウロも流石に顔を歪め、その顔に脂汗が滲む。
手を振りほどき離れようとするも、手は凄まじい力で掴まれたままで、両足もいつの間にかぬかるんだ沼に踝まで埋まってしまっていた。
その泥沼に、目の前で笑みを浮かべるギースの姿をした存在の正体に、思い至った。
「お前……!ルーデウスか!?」
未だにゴリゴリと手首の骨を念入りに砕かれ、砕けた骨が飛び出してるのと逆の左手で、手早く剣を抜き放つも、その手首もまた掴みとられてしまった。
「正解、ですよ」
バギバキバキ!
「がぁあああ!」
そのまま握り締められ、無事な手首すらも砕かれてしまう。
途端にブレるギースの姿。
そして、現れるのは茶髪の胡散臭い笑みを浮かべた男。
「はははっ。見事に引っ掛かりましたね。兄さん」
『泥沼』ルーデウス・ノトス・グレイラット。
「パウロさん!」
フィッツは風の刃を作り出してルーデウスの左右から襲わせる。
しかしルーデウスはそれを視線を向けもせず、中空に浮かばせた氷で容易く受け止めてしまう。
更にはそのままパウロの両腕を凍りつかせ始めた。
「兄さん、本当に強くなりましたね…気付いていますか?既に貴方の力量は神級に迫る程になっているんですよ。おまけに、戦いの中で成長する、アドリブで新たな技を生み出す…なんとも敵として相対するには不確定要素が多過ぎる…」
ペラペラと話している間もフィッツの魔術による攻撃は続くものの、ルーデウスは容易く防ぎ続ける。
視線はパウロにのみ向けているのに、一瞥すらしないのに。
圧倒的な力の差を感じて、フィッツは顔を悲痛に歪める。
「パウロ!」
エリナリーゼはフィッツの魔術が通用しないのを見るやいなや、駆け出そうと動き出す。
しかしそれも、エリナリーゼの足元から突如盛り上がり、土の壁が行く手を遮った。
思わず足を止めたエリナリーゼの四方をそのまま土の壁が取り囲んでしまった。
中から土壁を叩く音がするものの、ビクともしない。
共に行動していた二人がまったく通用しない様子に、パウロは歯噛みする。
「なんだ?俺が怖かったのかよ、ビビり野郎が!玉ついてんのか?」
「ふふふ、強がりの罵倒なんて聞こえませんよ」
既に体全体が氷で覆われてしまったパウロは、身動ぎひとつ出来ない。
手首の痛みも、氷の冷たさで麻痺して何も感じなくなってきていた。
非常にまずい自体にも関わらず、パウロにはルーデウスを睨み付ける以外何も出来ない。
ほぼ氷像と化したパウロを眺め、ルーデウスはにこり、と笑った。
「無防備に近付いてくれてありがとうございます。貴方をこうも容易く処理が出来て助かりました。それでは、さようなら兄さん」
やがて氷は顔まで覆いつくし、パウロはその動きを完全に止めた。
そして、パウロの足元の泥沼は広く、深くなっていき、その体はゆっくりと沼へと沈んでいく。
「最後に墓石です」
その上に、大きな岩が現れる。
凍りつかせたパウロは抵抗できず、その巨大な岩に押し込まれるように沼の中へと強制的に押し込まれていく。
頭が沼に飲み込まれる直前、その瞳がぎろりとルーデウスを睨みつけたように見えた。
その岩をじっと見つめるルーデウスは、コキ、と首を鳴らしていた。
「っ……くそっ!」
まだ死んだ訳じゃない、まだ助けられる!
フィッツはまずその岩をどかす為に、岩の下から氷の柱を発生させようと杖を向けた。
ゴウッ!
瞬間風の音が響き、目の前で、ザリと地面を踏み締める音がする。
「えっ…」
顔を上げれば、目の前にルーデウスの姿があった。
「衝撃波を使った高速移動術ですよ。参考にしてくださいね」
事も無げに言ってのけるルーデウスだが、本来人や障害物を凄まじい勢いで吹き飛ばす風魔術、それを移動に、しかもそう離れた距離ではない場所に高速で動く調整は簡単ではない。
思考に空白が産まれてしまったフィッツに対し、ルーデウスはガントレットをつけた右腕を振りかぶる。
「生きていればですけどね」
パキャァアン
フィッツの胸を貫こうと突き出された拳は、寸前で展開された氷によって受け止められたいた。
数枚砕かれながらどうにか受け止めた氷の盾に、ルーデウスがきょと、と驚いたような反応を見せた。
「ほう、素晴らしい。マジックアイテムですかね?いい物を持っているようですね」
ハッと気を取り直したフィッツは、直ぐ様ルーデウスの顔面に火球を放つ。
それを地面を蹴って離れて横に動く事でかわし、ルーデウスは感心したように頷いた。
それとほぼ同時にエリナリーゼを囲う土壁が崩れ、土まみれとなったエリナリーゼが姿を表す。
「くっ、パウロはどうなりましたの!」
「氷付けにされて、あの大岩の下に沈められてる…!」
示された大岩を一瞬見てから、エリナリーゼはルーデウスに視線を移す。
未だに飄々とした態度で、背負っていた大きな杖を左手で空に掲げ、ルーデウスは王都アルスを眺めていた。
「こちらを警戒もしないなんて…嘗めていますの!?」
「……ん?嘗めてますよ。だって、貴方にはこれ、止められないでしょう?」
そして、気付いた。
ルーデウスの持つ杖の青い魔石が光を放っている事を。
太陽が雲に隠れ、急速に辺りが薄暗くなっていく。
黒い雲が王都アルスに集まり、ゴロゴロゴロと音を鳴らす。
その規模は王都全体を包み込み……今から起きるであろう出来事にフィッツが顔を青くする。
「やめてくださいナナシさん!」
思わず昔の名を呼んで止めるものの、ちら、と一瞬視線を向けただけで、杖の放つ光は止まらない。
ルーデウスは両目をそれぞれ違う色に光らせ、そう懇願するフィッツを嘲笑う。
「あなたも魔術師ならば、力ずくで抵抗しなさい。ああ、雨よ!全てを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ!『豪雷積層雲』」
「っ……!」
フィッツは杖をその雲に向けて、風聖級魔術、鼬風を使う。
本来ならばそれで雲は散り散りとなる。
強い風を発生させるだけの鼬風は、天候系魔術に対して有効である為に。
しかし。
「!全然散らせない!?なんで!」
「術者の力量差、杖の優劣、色々あります。…鼬風程度では時間稼ぎが精々ですよ?さあ、どうしますか?」
黒い雲はフィッツの起こした風で一瞬散らばるものの、直ぐに集まってしまう。
フィッツは焦る。
自分は杖をルーディアに貰ってから変える事なく大事に使い続けてきた。
それに後悔はないけれど、今その選択のツケがフィッツにのし掛かっていた。
対してルーデウスが使うのは大きな青い魔石のついた杖、差は歴然だった。
そんな時、エリナリーゼの剣が煌めいた。
「はぁっ!」
気合いの声とともにルーデウスのこめかみ辺りを狙った刺突は、寸前で右手に摘ままれてしまう。
「まだっ!」
エリナリーゼはそのエストックから真空波を放つ。
しかしそれも摘ままれたまま姿勢を低くされて避けられ、そのまま引っ張られる事で姿勢を崩してしまう。
そして、その無防備な腹部に、ルーデウスの右手が突き出された。
咄嗟にエリナリーゼはバックラーで受けようと手を挟み込み、更には触れる寸前に氷の盾が出現。
勢いを弱め、バックラーでどうにか受け流す事に成功した。
「ほう…」
感心したように声を漏らすルーデウスに対し、エリナリーゼは再度攻撃を仕掛ける。
ステップを踏んで近接するエリナリーゼに対し、ルーデウスはあえてそのまま受けてたつ。
片手間で雨雲を操作し続けながら、何て事ないように対峙するルーデウスに、エリナリーゼは歯噛みする。
「これなら、どうですの!?」
近付いたエリナリーゼは、エストックを構え、バックラーをルーデウスの顔面に向けて突き出した。
視界を奪った、とエリナリーゼは判断し、そこから体を左手を基点にくるりと反転させる。
そこから改めて、再度ルーデウスへと刺突を放とうと構える。
顔も体も向けてない、認識されていない状態からの刺突の筈だった。
「あっぐぅっ!ひゅっ……」
しかし、放つ前にルーデウスの腕は伸び、エリナリーゼの首を掴んでしまった。
カラン
一気に気道を圧迫されたエリナリーゼは、あまりの苦しさにその手から武器を取り落としてしまう。
エリナリーゼは片手で軽々と持ち上げられ、既に顔を青くしている。
苦しさに涙を溢れさせながら、首を掴むルーデウスの腕を外そうと掴み、宙ぶらりんになった足で蹴りを繰り出すものの、ビクともしない。
「残念でしたね。さようなら」
ゴキャ
その宣告とともに、エリナリーゼの首は容易くへし折られた。
エリナリーゼの四肢から力が抜け、ぶらりと垂れ下がる。
「おばあちゃん!」
フィッツの悲痛な声が響くなか、ビク、ビクと震え、口から泡を吐き出すその体をルーデウスは乱雑に放り投げる。
眼を見開くフィッツは、なおも鼬風で雨雲を一時的に散らすのに精一杯だった。
フィッツは魔力を物凄い勢いで失っていく感覚に顔を眉をひそめ、ルーデウスを睨み付けた。
「なんで…」
「ん?」
「なんでこんな事するんですか…?アリエル様が王になって、僕達は平和に暮らしてたのに…なんで、こんなひどい事を…」
「……ヒトガミの願いですから。僕はこれでもヒトガミの使徒…使徒として役目を果たします」
瞬間、睨み付けるフィッツの眼前で、岩と氷が衝突して砕けた。
眼を見開くフィッツの頬を破片がかすり、血が垂れた。
視線を向ければ、ルーデウスの右手の周りにいくつも浮いた、回転する岩。
フィッツは顔色を青ざめさせた。
ルーデウスによって片手間で放たれる、尋常ではない威力の岩砲弾。
ザノバのマジックアイテムのお陰でどうにか防いでいたが、遂に腕輪の石が魔力を失ってしまった。
次の攻撃は防げない。
鼬風を止める訳にもいかない、そもそも魔力も残り少ない。
どうにもならなさに、やるせない思いが募る
魔力欠乏の感覚に足が震え、死の匂いに背筋に寒気が走る。
「くそ……ルディ……ごめん」
顔に飛来した岩砲弾が、フィッツのサングラスを砕き、鮮血が散った。