「ぐっ…何故貴方がここに…?」
頬の痛みに顔をしかめ、問いかけるルーデウスに対する返答は、断続的に襲い掛かる氷の礫だった。
「ちっ…」
舌打ち一つ、腕で強く地面を叩いて体を起こし、その礫をかわす。
なおも追って放たれる氷を、ルーデウスは地面から溶岩を隆起させる事によって防ぐ。
それでもなお、溶岩すら越えそうになっている氷を見てルーデウスは冷や汗を流す。
「はははっ…僕の岩砲弾を参考にしているようですね、いやはや、我ながら恐ろしい」
ルーデウスは氷の礫を警戒しつつ、様子を見る為に冷気で固まった溶岩の向こうを慎重に覗き込む。
しかし、既にその場には姿が見えなかった。
「……おや?」
少し辺りを見回すとその姿はすぐに見つかり、少し離れた所にしゃがみこんでいた。
疑問符を一瞬浮かべてしまったものの、ルーデウスは直ぐに気付く。
死に体の二人の姿がなくなっていた。
「……やられましたね」
すく、と立ち上がり、此方に改めて目を向けた彼女の視線に、背筋に寒気が走る。
強い殺意の感じるその視線に、ルーデウスは杖を強く握り締めた。
「はは、あははははは!面白い、何故ここにいるのかも、目覚めた理由も何もかもわかりませんが!」
パキパキと氷で覆われていく彼女の姿に、ルーデウスは杖を向けて宣言する。
「受けて立ちましょう。ルーディアさん」
フィッツとエリナリーゼの容態は酷いものだった。
二人とも死ぬ寸前、力無く目を開いたまま、光を失いかけていた。
白い仮面からその二人を見下ろし、ルーディアはそれぞれに手を向けた。
しゃがみこみ、治癒魔術を行使する。
抉れたフィッツの顔と、砕かれたエリナリーゼの首の骨はそれによって直ぐに治されていく。
死にかけた事で青を通り越して白かった二人の顔色は、少しずつ血色を取り戻していった。
「かっ…は、げほっ、ごぼっごほっ!」
「う、あ……なに、が…」
強く咳き込むエリナリーゼと、うめき声をあげるフィッツ。
二人は瞳に光を取り戻し、意識を目覚めさせた。
そのフィッツの元にしゃがみこんだルーディアは、倒れたままのフィッツの頬を優しく撫でる。
「……ル…ディ…?なん、で……ここ、に……」
まだ息も絶え絶えといった様子のフィッツに、ルーディアは小さく笑いかけた。
『後は、任せて。出来る事、お願い』
淡々とそれだけを伝えるとルーディアは体を起こしてフィッツ達に背を向けた。
そしてその体を、氷が覆っていく。
向こうでルーデウスが杖を構えたのが視界に入り、フィッツはまだまともに働かない頭で危ない、と感じたものの、それ以上にルーディアから感じる、向けられている訳でもない冷たい殺意に、言葉を発する事が出来なかった。
「っ……くっ……」
兎に角、今は自分とエリナリーゼが動けるようにしなければならない、とフィッツは思った。
このままでは折角のルーディアの助力も無駄になってしまう…。
既に情けない姿を見せてるが、これ以上はごめんだった。
地面を蹴り、ルーデウスへと向かっていくルーディアを認識しつつ、フィッツは視線を大岩へと向けた。
ギィンッ!ギィンッ!ギィンッ!
ルーデウスが後ろに下がりながら放つ岩砲弾、それらを容易く爪で弾きとばしながら、ルーディアは走る。
弾く度に氷と岩が飛び散り、まるで金属同士がぶつかるような音が響く。
すぅ、と上半身を反らしたそれに、ルーデウスはすかさず杖を地面に叩きつけた。
ルーディアの眼前が突然隆起した地面に覆われるが、ルーディアはそれを左手だけで薙いだ。
バゴォン!
轟音をたてて一瞬で破壊された土壁を見て、ルーデウスは咄嗟に眼前に水球を作り出す。
『ヴァアアアアォオオオオオン!!!』
咆哮が放たれ、目の前で散り散りになる水球。
過剰に振るわされた振動で水を散らされた事に気付く前に、ルーデウスの鼓膜が揺れた。
「やっ……ばっ!」
くらりと平衡感覚を失うルーデウス。
直ぐに地面を蹴って近接するルーディアに、土の槍と氷の槍を全方位に放つ事で対応しようとする。
バキンパキンボキボキ
しかしながら、鎧に触れるだけで砕け、足止めにもならない。
そして、すぐ近くで足音がした事に気付き、ルーデウスは即座に自分の腹に衝撃波を放つ。
「ぐっ!」
息を詰まらせながらも自らの魔術で吹き飛んだルーデウスは、どうにか一度態勢を整えようと、死に体であった二人に杖を向けた。
その瞬間、緑の眼光を光らせたルーディアが真横に現れ、ルーデウスは思わず呟く。
「あはは…一瞬で学びましたか…」
衝撃波を使った移動術、まるで場面が飛んだかのような光景に、ルーデウスは苦笑を浮かべた。
同時にその勢いのまま放たれた回し蹴りが、ルーデウスの腹部を捉えた。
「がはっ!」
寸前で張った土の盾も容易く破壊され、凄まじい衝撃を受けたルーデウスは、血を吐きながら吹き飛ばされる。
ルーディアはそれに追撃しようと更に足に力を込めた。
どぽん
その時、その足元が泥沼と化し、その足をふくらはぎ辺りまで飲み込んだ。
『……!』
態勢を崩したルーディアは、直ぐにその泥沼を凍らせて足を引き抜く。
瞬間、目と鼻の先で爆発が起きた。
至近距離で発生したその閃光と轟音に、ルーディアの動きが止まる。
それでも、とルーデウスの方へと向かおうと足を踏み出した時。
空が目映く光った。
ビシャァアアアアン!
目映い閃光に包まれ、凄まじい轟音が響いた。
雷光の直撃を受け、所々氷が溶け、煙がその身体から発生していた。
身体はピクリとも動かず、頭を俯かせている。
ぱか、と狼の形の口が開き、黒煙が吐き出された。
『が……』
「……まだ、生きてるみたいですね、げぽっ…ごほっ」
ルーデウスは口から粘着質な血の塊を吐き出し、杖をルーディアへと向ける。
その杖の先に岩が集まり、尖り、溝が出来、回転を始める。
「ですが、これで終わりです…回復しきる前に仕留めます」
回転速度が更に上がり、キィイイインと高い音を立て始めたその岩を、改めてルーディアへと狙いを定め。
「『岩砲弾』!」
そして放った。
ッイィン!
風切り音と共に、凄まじい速度でルーディアへと放たれる岩砲弾。
その時、ルーディアの手がピクリと動いた。
ドッ!ギャギャギャギャギャギャ!
ルーディアの頭を狙って放たれたそれは、その目の前で右手に握り締められ、止められていた。
未だに止まらない回転によって、その右手の纏う氷をバキバキと破壊してはいるが、進む勢いは完全に削がれてしまっていた。
「嘘でしょう……」
その光景に、流石にルーデウスも面食らい、呆然と呟いた。
やがて回転の止まった岩を、ルーディアは放り投げる。
氷も鎧も貫通し、手の平がズタズタで、摩擦熱で煙すらあがっている中、ルーディアはその手を振りかぶる。
そして背中に衝撃波を発生させ、一足飛びにルーデウスへと近接した。
右手を横に薙ぎながら、その手に氷の爪を生成させて。
「…!」
ルーデウスはそれに対し、咄嗟に二人の間に再度衝撃波を放った。
しかし、それは一手遅かった。
互いに吹き飛びながら、腹部から血を流すルーデウスと、右手の爪に血を滴らせるルーディア。
あの近接した一瞬で、腹部の表面を切り裂かれたルーデウスは、腹の激痛に顔をしかめた。
すぐに手で押さえてスクロールを取り出し、治癒を行ってこぼれ落ちそうな内臓を押し留める。
着地しながらルーディアへ足止めの泥沼を作り出し、濃霧を発生させた。
すぐにそれらに対応されている事を感じながら、ルーデウスは呟く。
「……ははは、まともに戦うには面倒な手合いに育ったと思ってましたが…予想以上ですね」
最初に仕留められていれば…と思わなくもないが、今更言っても仕方ない事。
死力を尽くせば殺せていた可能性もあるが、殺した所で命を落としてしまえばルーデウスにとって意味のない事だ。
「このままでは僕の目的も果たせません……仕方ないですね、奥の手を使いましょう」
あまり使いたい手ではないが、ルーデウスは必要だと判断して札を切る。
濃霧が晴れつつあるのを視認しながら、ルーデウスは魔力結晶を砕いた。
泥沼と濃霧を冷気で凍てつかせて対処し、身構えながらルーデウスの吹き飛んで行った方向を見据える。
ルーディアの身体は未だに雷光で痺れていて、動きに陰りがあり、思うように動かない。
ならば治癒を平行しつつ、戦闘を続ける。
奴にあまり時間を与えたくはない。
そう自分に言い聞かせて一歩踏み出す。
その時、異変に気付いた。
目の前に立つ人影が、明らかに巨大だ。
間違いなく、先程まで戦っていたルーデウスの人影ではなかった。
霧が晴れて現れたそれは、まるで岩で出来た人形。
3メートルはあるそれがいつの間にか佇んでいた。
それに対してルーディアは小さく言葉を紡ぐ。
『……闘神鎧……いや、違う、岩……?』
「ははは、まぁまぁ近いですよ」
その人形の上のほうからルーデウスの声がする。
見上げれば、その人形の顔部分から、言葉は発されているようだった。
「これは『魔導鎧』…僕の奥の手です」
どうやらルーデウスは目の前の人形、魔導鎧に乗り込むような形になっているらしい。
ギシリ、と鎧が鳴く。
『……』
ルーディアはそれに警戒心を高めていく。
ルーデウスの奥の手…間違いなくまともではない。
分厚い岩の鎧に守られたルーデウスには、生半可な攻撃は通らないだろう。
「さあ、仕切り直しです。改めて自己紹介とでもいきますか」
その鎧の右手をぐるりと取り囲むようについた筒、左手を覆う盾、非常に不穏だ。
「ヒトガミの使徒、『泥沼』のルーデウス・ノトス・グレイラット。いざ勝負です」
『……ルーディア』
ぼそりと呟いたそれに、ルーデウスが苦笑いで返した。
「あはは、つれないお方ですね。ま、始めましょうか」
ルーディアは改めて身構える。
そして、ルーデウスの乗り込む魔導鎧が、その力を発揮するべく動き出した。