「ぐっ…!」
ギィイイン!
エリオットは、ルイジェルドの鋭い突きをあえて剣の腹で真正面から受けて距離を離す。
「…む、させん」
だがそれに気付いたルイジェルドは直ぐ様距離を詰める。
本来は剣と槍、少し距離を開けて中距離から戦うほうがルイジェルドとしては有利だろう。
だが相手は一撃必殺の剣神流の剣王、勢いのついた剣閃を受けれる保証はない。
故に張り付く、槍を短く持ち、細かくフェイントをいれながら。
「ちっ…」
エリオットもそれをわかっている。
故に今は北神流の技とルイジェルドから教わった技術で戦ってはいるが、それではルイジェルドには敵わない。
研ぎ澄ませた刃ならば、それを振るわせなければ良い。
そんなルイジェルドの言葉が聞こえるようだった。
とはいえ、生傷こそ多少負ってはいるが、押し切られる事も恐らくはない。
ルイジェルドの一撃一撃もスピードを意識しているのだろう、そう重くはない。
膠着状態…だが、その膠着状態が問題だった。
エリオットの目から見ても、近くで戦っているギレーヌの分が悪すぎる。
幸いな事に他のスペルド族はルイジェルド程強くはなく、ギレーヌも本来ならば問題なく対応出来ただろう。
しかし、今は愛剣をギースの放った変な粘体に覆われ斬る事も出来ず、おまけに魔眼も封じられてしまっている。
となると予備に武器を持っていなかったギレーヌは素手しかないのだが、槍の集団に素手は流石に無謀だ。
仮に一人に近付けた所で、複数の槍に襲われるのがオチ。
更にはオルステッドを連れ去った黄金の鎧、もしもオルステッドが負けあの黄金の鎧が来れば、自分達は容易く敗北するだろう。
その焦りで、エリオットは思うように攻めに行けなかった。
ルイジェルド相手に迂闊に行けば一気に崩されて負けるのは自分……エリオットは歯噛みする。
「(あのオルステッドが負けるとは思えないが……くっそ…やっぱ強いなルイジェルドは……!見せろっつった癖に……!)」
内心突っ込みながらもエリオットは、自分の力を発揮させない立ち回りを続けるルイジェルドと斬り結び続ける。
チラ、と横目で見たギレーヌはどうにか数人のスペルド族をいなし続けてはいた。
だがやはり相手を倒すには至っていない。
時折蹴りを食らわすのに精一杯のようだ。
そんな時だ、不意に森のほうに動きが見えた。
ルイジェルドの槍撃をどうにか捌きながら、その様子を伺ったエリオットはギリ、と奥歯を噛み締めた。
更に十数人のスペルド族が、こちらに向かってきていたのだ。
「くそ、そりゃ…まだいるか……!」
視線を反らし、不意を突いたつもりのナイフの投擲もかわされ、お返しとばかりに向かってくる槍をどうにか受け流す。
エリオットは、顔を歪めて悪態をついた。
逃走……降伏まで頭にチラつきだす。
そこで遂に、四肢をついて走り回っていたギレーヌの足をスペルド族の槍がかすった。
「ぐぅっ!」
血を流し動きが少し鈍るギレーヌに、次々と槍が殺到する。
足を庇いながら主に腕の力だけで避け続けるギレーヌだったが、遂にはバランスを崩し、顔面から地面に倒れてこんでしまう。
エリオットも駆け寄る事は出来ず、スペルド族の援軍も近付いている。
「くそ……!」
悪態をつき、どうにか顔をあげると、何故かスペルド族はそれ以上攻撃してくる事はなかった。
こちらを、いや、ギレーヌの背後を見つめ怪訝な顔をしているようだった。
ギレーヌはこれは幸いと立ち上がると、痛む足に鞭をうち、更にスペルド族から距離を取る。
そして…その肩に手が置かれた。
「ギレーヌ……」
その声にギレーヌは目を見開き、バッと後ろを振り返った。
幼少期…ドルディアの村にいた頃、その時ぶりの再会だった。
「ギュエス……何故お前が……?」
ギレーヌの兄、ギュエス・デドルディアが優しげな笑みを浮かべてそこに立っていた。
その時の自分を厄介者扱いして見下す目とは明らかに違う瞳に、ギレーヌは少し戸惑う。
「我等ドルディアの汚名を灌ぐためだ」
言い切り肩から手を離したギュエスは、自身の得物を取り出してギレーヌの前に立つ。
そして後ろから更に二人、ギレーヌの横に並んだ。
「ニャー!とーちゃん張り切りすぎニャ!」
「誰も着いてきてないの…」
「お前、リニア……と」
ギレーヌが隣にきた姪と、それと同年代のように見えるアドルディアの娘を見る。
「プルセナなの。治療するから動かないで」
直ぐ様ギレーヌの血を流している足の治療に取りかかるプルセナ。
そうして続々とその後ろに集まりだすのは、ドルディアの戦士達。
「サイレントの予想通りニャ……連れてきて大正解ニャ」
「リニア!プルセナ!どうして、ここにっ!?」
エリオットの驚愕の声が響く。
「ニャー!まずはここを切り抜けてから話すニャ!相手がスペルド族とは思わなかったけどニャ!」
そう言ってそれぞれ得物を持ち、構え出すドルディアの戦士団と、それに対して身構えるスペルド族。
ギュエスはその中で更に一歩踏み出した。
「ルイジェルド殿!何故貴殿がエリオット殿と戦っている!我等はルーディア殿への恩義と贖罪の為に、その命を狙う輩と戦いに来た!それは、貴殿なのか!」
そのギュエスの問い掛けに、至近距離で牽制しあっていたエリオットとルイジェルドは、互いに目配せすると一歩下がる。
そしてルイジェルドはギュエスと向かい合った。
「……俺ではない。だが、今俺達は、我等スペルド族は、『泥沼』への恩義の為に戦う。我等を、死に瀕したスペルド族を救って貰ったのだ、戦わねばならん!」
そのルイジェルドの一喝に、多少の動揺が見えていたスペルド族達がお互いに目を交わしあい、その表情を引き締めた。
その様子に、ギュエスは思わず顔をしかめた。
「互いに恩義の為、ですか。心苦しい物ですな」
「そんな事は、往々にしてあるものだ」
「…貴方に対しても恩義があります。だが今は飲み込みましょう…」
互いに苦々しい表情を浮かべ、それでも闘志をその目に宿し、改めて身構える。
「ルイジェルドは俺が。他は頼むぞリニア」
「わかったニャ。任せるニャ」
「族長は自分なんだが…」
「俺はまだルーディアの事で、お前の事許してないからな!」
「だそうだニャ」
「……」
そう言われてしまえば、負い目のあるギュエスとしては黙るしかなかった。
その肩に、治療の終えたギレーヌの手が優しく置かれる。
「ギュエス、そう落ち込むな。それはそれとして、後で殴らせろ」
「お前もか……いや、その為に来たのだから、別に良いがな」
ふん、と鼻息を吐き出し、ギュエスは肩をすくめる。
「さあ、ドルディアの汚名を晴らすニャ!」
「スペルド族の名誉の為に!」
互いに臨戦態勢になる中、不意にギュエスがギレーヌのほうを振り向く。
首を傾げるギレーヌに対して、ギュエスは小さく笑みを浮かべて口を開いた。
「……結婚、おめでとう」
その言葉に、一瞬面食らうギレーヌだったが、柔らかい笑みを浮かべて、頷いた。
「ああ……ギュエス。後で話をしよう……色々と話したい事がある」
そう言って一瞬だけ微笑みあった兄妹は、次の瞬間には表情を引き締め、駆け出した。
ドルディアとスペルド族の、恩義の為の戦いが始まる。
「仕切り直しだ、ルイジェルド!行くぞ!」
「……ああ」
家族を引き連れて街中を、様子を伺いながら進むロキシー達だったが……やはり少し無理があった。
運悪く、アトーフェ親衛隊に見つかってしまい、追われる事となっていた。
しかしながら魔法大学はすぐそこ、一先ずそこまでは逃げる為に、ロキシーは足止めに全力を注いでいた。
「さあ、もう少しです!」
三つ子を器用に抱くリーリャとジークを抱きルーシーの手を引くゼニスを先頭に、アルマとジローを引っ張るノルンとアイシャが左右を固め、ララとクライブを乗せたレオとアルス、ファリアステアとジーナスが続く。
殿をロキシーが務め、どうにか足止めしつつ逃げていたが、親衛隊の集まる速度が思ったよりも早く、逃げ込むよりも追い付かれるほうが早そうだ。
ロキシーの脳裏に自分が囮になる事が過る。
ガシャガシャガシャ
しかしその時、進行方向からも鎧の音がして、追っ手に魔術を放っていたロキシーの背筋に寒気が走った。
「そんな…!」
今度こそ無理かもしれない、そう思った時、ロキシーの横を鎧が通りすぎていった。
青い、鎧が。
「……えっ?」
青?とロキシーが疑問に思うより前に、背後から声をかけられる。
「君が、ロキシー・M・グレイラット、だね」
ロキシーが思わず振り返ると、そこには豪華な青い鎧を身に付けた50代程の男が立っていた。
「お父さん!」
「えっ!ルディのお祖父様!」
頷きながら髭を撫で付けるゼニスの実父、カーライル・ラトレイア。
そうしている間にも、青い鎧は次々とアトーフェ親衛隊に躍りかかっていく。
明らかに困惑し、隊列の崩れる親衛隊を眺めながら、カーライルは口を開いた。
「そう、私はゼニスの父親として、孫や孫の配偶者、そしてひ孫達の顔を、部下を引き連れて会いに来た一般人、カーライル・ラトレイアだ」
明らかに完全武装しながら、いけしゃあしゃあと述べるカーライルは、鋭い目線を親衛隊達に向ける。
「そしてシャリーアに到着してみれば、過去ミリシオンの魔術塔を襲撃してきた輩達が、その家族を襲っているではないか。そんな不届き者達をミリス信徒として放ってはおけん。ラノア王国の管轄だが、この国で武力行使をさせていただく!責任は私が取ろう!」
そう宣言したカーライルも武器を構えて歩み出す。
言ってる事は明らかに建前だ、どうみても万全の戦闘準備をしてきている青い鎧の集団に、親衛隊達は何が一般人だ、と内心叫んでいた。
親衛隊としてもターゲットの家で、何人もの仲間がやられていたのを見ていた為に、本懐は遂げたいという思いがある。
故に対応して戦う、魔大陸最強の部隊であるという自負もある為に。
「ここは任せよ!お前達は早く避難を!」
「待ってお父さん!」
ゼニスの言葉に、カーライルは振り返らず、足を止める。
「……ありがとう。後でお茶しましょう!無事に帰って来て!」
カーライルはひとつ頷くと、そのままアトーフェ親衛隊へと向かって走り出した。
やがておおよそ十数人の青い鎧の騎士、ミリス教団の神殿騎士団がアトーフェ親衛隊との戦闘を始めていた。
「間に合った……はぁっ、ようだな…はぁっ」
そこで軽く息を切らしたクリフが現れた。
「クリフ先輩!上手くいったんですね!」
ノルンの言葉に、クリフは深く頷いた。
「ああ、ペルギウス様に協力を取り付ける事に成功し、ミリシオンで協力者を募った…ミリス教団としてはあれが限界だが…だが質は」
「神子様の為に!」
「神子様ー!」
「神子様のお願い…!」
「神子様ぁああああ!」
「黙って戦えんのか貴様達は!」
なんとも言えない掛け声をかけて戦う騎士に、カーライルの叱責が飛んだ。
形勢は互角、いや、多少神殿騎士団が押しているようだ。
一人一人の質は明らかにアトーフェ親衛隊のほうが高いが、それを連携で上手いこと崩しているようだった。
そんな中特に連携が巧みな連中が、事ある事に五月蝿かった。
皆の視線がすっ、とクリフに集中し、クリフは顔をしかめる。
「……質は、いいんだ…質は……。兎に角!皆、ペルギウス様が一時的に保護して下さるそうだ!ただ、ロキシー。君と娘は発言や城内を見て回る事を許さない…と言っていた」
その言葉にロキシーの顔が少し歪む。
しかし、わかってはいた事、すぐに元の表情に戻した。
「いえ、わかっています。ペルギウス様の深い情けに感謝致します。……ララにくらいは見せてあげたいですけれどね…」
ペルギウスの魔族嫌いは今に始まった事ではない、仕方ない事。
そうロキシーは納得していた。
「……すまないな。とりあえず、今の現状を移動しながら話す。ここシャリーアと、アスラの首都アスラ、そしてビヘイリルのヘイレルル、それぞれ何が起きているのか…何が起きるのか…」
クリフが話ながら先頭切って走り、それを皆で追っていく。
「……?」
そんな中で、一人の小さな影が足を止め、別の方向へと走り去って行ってしまった。
それに皆が気付くのは、空中要塞へと転移する直前だった。