魔導鎧を駆るルーデウスが動いた、そうルーディアが判断した時には、既に自分の目の前で、胴より太いその右腕が振りかぶられていた。
目を見開き、咄嗟に両腕をクロスして後ろに飛び退こうと地面を蹴った。
バキバキバキバキ!
『っ……!!!』
氷の鎧が一瞬で剥がされ、風が吹き出してルーディアの体を背後へと吹き飛ばす。
受けた腕は氷と風がクッションになったにも関わらず、骨にヒビが入ったようで、鋭い痛みがルーディアの両腕を襲った。
だが、ルーデウスはそこで終わらない。
右腕を取り囲む筒、そこに凄まじい魔力が収束していく。
「『ショットガン』」
その言葉にルーディアは痛と痺れの残る腕にむち打ち、頭と左胸を隠した。
直後、複数の筒から放たれた岩がルーディアへと殺到し、当たる直前に砕ける。
無数の礫となった岩が、ルーディアの身体中を強かに打ち付けた。
ドガガガガガガガ!
氷の鎧がバキバキと砕け、吸収しきれない衝撃が痛みとしてルーディアを襲う。
『ぐっ……!』
氷狼鎧が纏う風と岩の放たれた勢いにより、ルーディアは数メートル吹き飛ばされる。
身体中に鈍い痛みが走る中、体制を立て直しながら着地し、腕を治しながらルーデウスへと向き直った。
その先程とは比べ物にならない速さと、右腕の凶悪な仕組みに戦慄する間もなく、ルーデウスは即座に地面を蹴っていた。
一瞬でルーディアの左側へと移動し、驚いて顔を向けたルーディアの背を、左腕を覆う巨大な盾で殴打した。
キィン、と高い音が鳴り、ルーディアを覆う氷と風がかききえ、守るものの何もないその背中に、強い衝撃が走った。
バキ、バキバキバキ、ボギッ!
何かが折れていく音が鳴り、一際大きく太い物が折れる音が響く。
そして、腕がめり込んだルーディアの背中が、不自然な程に反った。
『がっ……』
ルーディアのつけた仮面の隙間から、夥しい量の血が溢れる。
そのまま殴り飛ばされたルーディアは、体に残るわずかな氷を完全に霧散させながら地面を転がる。
『あぐ、ぁ……』
背骨が砕けた痛みにのたうつ暇もなく、頭に影がさす。
本能のまま反射で地面を叩き、体を無理矢理動かし、頭を踏み潰そうと上げられた足を避けた。
ズンッ!
大質量がルーディアの頬を掠り、地面を揺らす。
同時に耐え難い痛みが腰に走るが、歯を食い縛りながら、氷で体を無理矢理起こし、時間稼ぎにルーデウスへと無数の氷の礫と衝撃波を放つ。
めりめりめきめきと腰から嫌な音をたてながら、体を氷で固定して治癒魔術を行う。
無理矢理にでも動けるようにしなければ、次の瞬間には命が潰えそうな暴虐に、距離を取るために地面を蹴ろうとした瞬間、眼前には岩が放たれていた。
バギャン!
再生し始めていた顔面の氷が放たれた岩で撃ち抜かれ、衝撃で頭が揺すられ、暫し目の前が真っ白になった。
それでも自動で急速に体には氷の鎧が纏われていく。
しかし。
キィン!
ルーデウスの左手の盾が触れた瞬間、その氷は霧散してしまった。
残るは血に塗れたルーディアの姿だけ。
体をふらつかせながら見上げるルーディアの前には、魔導鎧が佇んでいる。
『吸魔……石……』
ルーディアは今更になって気付く、左の盾には魔術を無効化する吸魔石が仕込んであり、氷狼鎧を無効化しているのだと。
アスラ王国の一件の時に、持っている、仕込んでいるとわかっていた。
故に魔導鎧に乗り込まれる前には魔術を放たなかったのだが……。
とはいえ今は、それ以前の問題。
そもそも鎧に攻撃が通らないのに、防御を無効化されてしまう。
最悪の相手だった。
「ご名答です。貴方のその鎧は厄介ですが、吸魔石で一時的に無効化出来るようですね。嬉しい誤算だ」
ガチャ、と右腕の筒がルーディアに向けられる。
そこに急速な魔力の高まりを見たルーディアは、手をその右腕に向けた。
『『乱魔』!』
「おや」
乱魔を放つとほぼ同時に飛び退き、ルーデウスの左手以外を一瞬で凍りつかせた。
それは一瞬動きを硬直させただけで終わるが、飛び退いたルーディアの体には再度氷が纏わり付く。
「そうやっていつまでも引くのであれば、搦め手を使いましょうか」
バチリと走ったルーデウスの魔力が次々と事象を引き起こす。
沼が発生し、濃霧が発生し、地面から氷と土の槍が飛び出し動きを阻害する。
少しでも鈍った動きには、咎めるように岩砲弾が放たれ、近接したルーデウスの左腕が振るわれる。
反撃に氷を放つも、全身が岩で出来た魔導鎧には軽く傷をつけるだけに終わる。
関節すら異常な丈夫さであり、歯が立たない。
飛び出す槍は避け、砕き、泥沼は凍らせ、飛び越え。
次々と飛び出す魔術に対処し続けるも、終わりは見えない。
ルーディアには、自身だけの力では勝てると思えなかった。
「はぁ……はぁ……」
更にはルーディアの息があがり始める。
一所に留まれば終わりな状況で、反撃までしていたルーディアの体力は尽き始めていた。
氷狼鎧を何度も砕かれ、何度も再展開していたので、魔力も心許ない。
それでも抗い続けていたルーディアだったが、ふとした時、限界を迎えた。
ずぼっ
『しまっ……!』
ルーディアの片足が泥沼に飲まれた。
濃霧を晴らしつつ戦っていたものの、発生した直後で視認が追い付いていなかったのだ。
泥沼自体は直ぐに対処したものの、今の状況でこれは明らかな隙だった。
霧の向こうから、盾がルーディアの体にこつん、と触れた。
パキィイン!
甲高い音と氷が砕ける音が響く。
そして、ルーディアの目の前には右腕を振りかぶった魔導鎧の姿。
辛うじて張った氷の壁も即座に破壊し、その筒に魔力が集う。
『『乱―』
「『ショットガン』」
乱魔は間に合わず、腕を突きだす勢いと同時に、ルーディアの眼前に無数の岩が放たれた。
「『剥奪剣界』!」
キキキキキキキキン!
その岩の全てが破裂する前に切り刻まれる。
「なっ……」
ルーデウスが思わず振り返ったそこには、泥だらけのパウロが構えを取っていた。
持つ武器は魔剣……切る対象が硬ければ硬い程切れ味を増す剣。
ルーデウスのその振り返る動きで、その左手の盾が真っ二つとなった。
ドスン、ドスン
重量感のある音を響かせながら、盾が地面に落ちる。
「ちっ!」
ルーデウスは直ぐ様自らを柔らかい、粘土質な土で覆う。
パウロの所持している魔剣の特徴は知っている、柔らかい物は切れないのだ。
魔導鎧にはいくつもの切り傷が刻まれたが、その土で覆われた途端にパウロの剣は通らなくなった。
「……ちっ」
今度はパウロが舌打ちする番だった。
パウロは先程ルーディアに回復されたフィッツの手により沼の中より救出されていた。
いくつかの生命保護系のマジックアイテムを全て消費し、ギリギリの所で治癒が間に合っていたのだ。
エリナリーゼの持つ魔力結晶すらほとんど消費しても、フィッツの魔力は枯渇し、地面に座り込んでいた。
それでも、パウロはまだまだ本調子ではない。
酸欠に凍傷、体の感覚はまだまともになく、剣を握れて振れているだけでも奇跡な中、奥義まで繰り出せているのは、彼がパウロで、父親だからだろう。
だが、今の状態のルーデウスに魔剣での攻撃は効かない、けれど持ち変える程の余裕もない。
パウロは剥奪剣界の構えを取りながら、ルーデウスを睨み付けた。
「鬱陶しいですね、死に損ないが」
瞬間、光が走った。
「ぐっ!」
小さな雷がパウロに直撃し、その動きが一瞬ビクリと止まる。
そこに、ルーデウスは、右腕を突き出し、筒から無数の岩砲弾を放とうとした。
『させないっ!』
そこを右腕に取り付いたルーディアが、その筒を殴り、破壊し始めた。
バキバキと壊されていく筒に、魔導鎧の中でルーデウスが顔をしかめた。
「余計な事を、しないでください!」
ルーデウスはそれに構わず岩砲弾を放つも、既にいくつも筒が壊されていて、放たれたのは僅か二発。
しかし、死に体のパウロにとっては致命となりえる一撃。
まだ痺れの残る体では避ける事も出来なかった。
「パウロ!」
バガンッ!
そこをエリナリーゼのバックラーが防いだ。
どうにか受け流すもバックラーは砕け、エリナリーゼの腕も容易くひしゃげた。
「あぁああ!」
もう一つの岩は自分自身が盾になる事で防ぎきる。
脇腹をえぐった岩はパウロから反れ、地面へとめり込んだ。
「っぐぅ!」
「エリナリーゼ……!すまんっ……!」
「おばあ、ちゃんっ……!」
体を震わせながらも、フィッツは倒れこんだエリナリーゼの元へと這って近付く。
なけなしの魔力を絞り出し、少しだけ回復した魔力をつぎ込み、どうにか止血だけ行う事に成功した。
そして、腕に張り付き筒を壊し終えたルーディアがルーデウスに振り落とされた瞬間、パウロのもうひとつの魔剣、『指折』が閃いた。
ズバンッ!
ドスンッ
「っ……!やりましたね!」
魔導鎧の左腕を見事に切り飛ばす事に成功した。
断面からは血が溢れるも、間も無くそれは止まる。
しかし、喜ぶ間も無く、間髪いれずにルーデウスの魔術が放たれる。
瞬間的に広がった炎が、三人に襲いかかった。
「おばあちゃん!」
フィッツは思わずエリナリーゼを覆い被さるように庇い……そんな二人をパウロが前に立ち、その炎を背中で受け止めた。
到達した炎は凄まじい熱量を持って、容赦なくパウロを焼いた。
「がっ……は…………ぐぅうう……!」
ジュゥウウウと肉の焼ける音と共に、パウロは苦痛のうめき声をあげ、顔面から地面に倒れこんだ。
黒く焦げた背中からは、白い煙が立ち上っている。
「パ、ウロさんっ……!」
フィッツには既に魔力はない。
けれどせめてと自分のマントをパウロに被せ、地面を掘り、その掘り出した土をパウロの背中に乗せていく。
そのただの土を乗せた時ですらしゅぅう、と音をたてていた事から、パウロの背中が相当な高温で焼かれてしまったと察する。
フィッツは必死に、少しでも助かるようにと土を被せ続けた。
一方で、自分の魔術の成果を見届けたルーデウスは、ルーディアへと向き直り、驚愕に目を見開いた。
ルーディアは既に目の前にいて、右腕を振りかぶっていたからだ。
その腕は、爪は魔導鎧の真正面に吸い込まれるように直撃した。
「なっ……そこは……!まさか見えてっ!?」
『……ここが、コア…!壊す……!』
めり込んだ爪は、ギギギと音をたてながら更に奥に進む。
その先にあるのは、魔導鎧の制御の核。
壊されてしまえば魔導鎧はまともに動かせなくなる。
それを魔力眼で見極めたルーディアは、そこを狙う隙を見計らっていたのだ。
「やらせませんっ!」
ルーディアへと残った右腕を向ける。
いや、既にほぼ距離はない、添える、と言っていい程に。
そこから岩砲弾が放たれ、ルーディアの腹を貫いた。
「ごぼっ……」
『あぁああああああ!!』
既に血塗れの仮面が更に赤く染まる。
吹き飛ばされないように左手でしっかりと魔導鎧を掴み、決して離れないと、ルーデウスを睨み付けた。
ルーディアは止まらず、その爪がガキリ、とコアに触れた。
「っ……やめなさい!」
そう言ってルーデウスが右腕を振り上げた。
バキィン!
同時に、そんな音が響き、魔導鎧の動きが止まる。
ルーディアの右の爪が、魔導鎧のコアである魔力結晶を破壊したのだ。
そこでルーディアは力尽きてしまったのか、爪を抜き、動きの止まった魔導鎧にもたれかかるように倒れこんだ。
腹から流れる血は、無意識にか止血だけはしているようだ。
けれども、肩で大きく呼吸している姿は、既に限界だった。
「……なんと、まさか魔導鎧を破壊されるとは……思いもよりませんでした」
しかし、戦いはまだ終わっていない。
ルーデウスは動かなくなった魔導鎧を放棄すると、アクアハーティアを右手に持ち、そこから飛び出す。
左腕は先程切られた事で、肘から先はなかった。
魔導鎧から飛び降り、ルーディアの傍らに着地し、言葉を紡ぐ。
それにまともに受け答えする余裕は、既にルーディアにはなかった。
「予想外がいくつか起きましたが……」
チャキ
『……』
ルーディアは視線だけをルーデウスに向け、睨み付けた。
しかしルーデウスはどこ吹く風といった様子で、杖をルーディアへと向ける。
杖の先端に魔力が集い、岩が集う。
「これで漸く僕の願いが叶う……さあ、今度こそ本当にお別れです……さようなら」