『氷狼』ルーディア   作:如月SQ

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『泥沼』の最期

「……はぁ!?お前何言ってやがる!都を滅茶苦茶にしやがった張本人が、寝言言ってんじゃねぇそ!……うっ、いってぇ……!」

 

その意味のわからない、筋の通らない言い分に、パウロは激昂する。

その拍子に痛みが振り返したのだろう、顔を歪めその場に膝をついた。

パウロのその様子に、アリエルの後ろに控えていた一人、イゾルテが慌てて側に駆け寄った。

 

「パウロさん!酷い火傷です……治癒師の元に行きましょう」

 

背中全体を覆う酷い火傷を見たイゾルテは、パウロの肩を担ぐ。

小さくくぐもった悲鳴をあげるパウロに、イゾルテは痛ましい物を見るように顔をしかめた。

 

「はっ、放っておきよ。あたしの指導を受けておきながらそんなにボロボロになって……後で鍛えなおしだよ」

 

「は、はは……わりぃな、イゾルテちゃん……レイダさんは手厳しい、な……」

 

軽口を叩いていたパウロだが、流石に限界を迎えたのだろう。

頭がガクンと下がり、意識を失ってしまった。

 

「パウロさん!しっかり!もう!お師匠様が意地悪言うから……」

 

「あたしのせいかい?まったく……アレックス!何を突っ立ってんだい!うちの嫁入り前の孫娘に、気絶した大の男を運ばせるつもりかい?」

 

「……今はシャンドルと名乗っています、水神様。では、ドーガ。怪我人を運ぶのを手伝ってさしあげなさい」

 

「……はい」

 

ドーガと呼ばれたガタイの良い騎士が、イゾルテからパウロを受けとる。

背中に触れないように肩にかつぎ、イゾルテを見て頷いた。

 

「ありがとうこざいます。あちらにフィッツさん達も居ますし、手助けに行きましょう……ルーディアさん!貴女も怪我しているのではないですか?手当てしますから、一緒に行きましょう?」

 

イゾルテがすぐ側にいるルーディアに声をかける。

 

『……いいえ、私は大丈夫、です。行って、下さい』

 

「そう……ですか?わかりました。ですが傷が痛んだら直ぐに来てくださいね?いざこざが終わったらお茶でもしましょう!」

 

『…………』

 

返事がない事に少し寂しそうな表情を浮かべながら、イゾルテは踵を返した。

色々な思いがあるのだろう……今倒れている者達は、敵も含めてルーディアさんと良くも悪くも関係が深い者達。

ほぼ部外者である自分には推し量れないものがある、イゾルテはそう自分を納得させた。

 

辿り着いた場で、イゾルテは早速とばかりにエリナリーゼを背負った。

ドーガはふらつくフィッツに手を貸し、心配そうに眉を寄せていた。

 

「皆さんボロボロです……ドーガ殿、行きましょう。早く治癒師に診て貰わなければいけません」

 

「……うす」

 

二人は視線を合わせて頷きあい、歩み始める。

 

「うっ……すみません……」

 

魔力欠乏で朦朧としているフィッツは、パウロと同じようにドーガの肩に担がれた。

申し訳なさそうに同僚へと謝るフィッツに、二人は表情を和らげた。

 

「フィッツ……頑張った。見れば、わかる。今は、休む」

 

「ええ、ドーガ殿の言う通りです。今は体を休めてください」

 

「っ……はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はは、兄さん、あんな体ではしゃぐから……やった僕が言う事ではありませんけどね」

 

「そうですね……死んで貰っては困ります。私の騎士ですから」

 

アリエルは、倒れるルーデウスの側に行く。

 

「ははは、それは、悪いことをしましたね……」

 

ピチャ

 

そのままルーデウスの血で汚れる事も厭わず、その血だまりの中で座り込んだ。

みるみる内に血を吸って赤く染まるドレスを気にする事なく、アリエルはその膝の上にルーデウスの頭を置く。

突然の膝枕に、ルーデウスは頬を吊り上げて笑った。

 

「……光栄、ですね……」

 

アリエルは既に血の気のない頬に手を当てた。

慈しむように頭を撫でるアリエルの手は、少しだけ震えていた。

 

その様子を眺めていたルーディアは、パウロに代わり再度問い掛ける。

 

『……何故、貴方は、それだけの力を持ち、アリエル様の、意に反する、事を……?』

 

その問いに、ルーデウスは目を瞑る。

しかし直ぐに目を開いて、ルーディアを見つめた。

 

「そうですね、昔話を、しましょうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔々……こことは違う世界で死んだ男がいました。

 

それは絶望と後悔に苛まれ命を失い……光の粒となった男は、何の力が働いたか知りませんが、光の濁流に流されたと思えば、とある赤子の中にいました。

 

その赤子は出産中で、産道こそ通りましたが、その身に宿るラプラス因子によってその魂を押し潰され、死にかけていました。

 

死ぬまで待てば、その体を自由に使えるのだと、男は本能的に理解していました。

 

しかし、死にかけの赤子を、折角産まれたにも拘らず、呼吸も出来ずに死ぬ赤子を哀れんだ男は、自らの魂を捧げました。

 

その赤子の魂と一時的に一つとなり、魂を押し潰すラプラス因子を、その身に余る膨大な魔力を半分奪い、潰れた魂を自らの魂で補って。

 

そうして、一つの体に相応しい魂が、別物と混ざりつつも一つの人間として形成され、赤子は息を吹き替えして泣き叫び、男だった物は不純物として、その体から弾き飛ばされました。

 

後はそのまま消え去るだけの、光の粒。

 

けれど、何の悪戯か、男はまたしても光の濁流に包まれ……。

 

気付けば、赤子がいた時代より過去で、ルーデウス・ノトス・グレイラットとして誕生していたのです。

 

そして、僕は、産まれた時から自分の欠陥に気付いていました。

 

哀れみ、悲しみ、そういう感情が僕から抜け落ちていたのです。

 

他人の痛みがわからず、他人の不幸を喜ぶ、産まれながらの欠落人間です。

 

おっと、同情はいりませんよ。

 

……だから、好きに生きて、何処か適当な所で野垂れ死にするつもりでした。

 

その間に僕の趣味で何人も不幸になるでしょうが……別にそこまでは気にする気はありませんでしたから。

 

だから死ぬ程胡散臭い排泄物のようなヒトガミの助言も、そのまま受け入れていました。

 

僕自身その助言で楽しみもしましたが、案の定、僕は破滅を迎えて、それをヒトガミに嘲笑されて……。

 

それでもどうでも良かったんです。

 

死にかけの中、何の反応も見せない僕を見てヒトガミがつまらなそうに消え、現実に戻った時でした。

 

僕はアリエル様に拾われ、命を救われていました。

 

その時、僕は誓ったのです。

 

救われた命、全てアリエル様に捧げる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げほ……だから僕は、ヒトガミと契約しました……ヒトガミの使徒として動く代わりに、アリエル様を見逃して、欲しいと。ヒトガミは、僕に色々な事をさせましたが、最終的には……ルーディア・グレイラットを始末すれば見逃すと、言ってました。ですが結局……始末しきれず、この有り様……ははは、なんとも情けない姿です」

 

空笑いを浮かべるルーデウスの顔からは、表情が抜け落ちていく。

そろそろ限界が来ているのだろう、アリエルがルーデウスの両頬を手のひらで包んだ。

その暖かさに、ルーデウスは目を細めた。

 

『……そんな約束、あのヒトガミが、守るとは思えない』

 

「そう、でしょうね。だからこそ僕は、貴女を殺せるタイミングがあっても、僕が死ぬ可能性が少しでもあれば逃げ出しました。アリエル様に何があっても、僕がひっくり返せるように」

 

『……なら、何故今は死にかけてる……?』

 

「もう死んでるみたいなものですよ。……そうですね、魔導鎧を破壊された時点で逃げても良かったですね。あはは、今後の参考にしましょう」

 

へらりとした軽い態度に仮面の奥で眉をひそめるも、あえて何も言わなかった。

そして、その理由が本当ならば、ルーディアには気になる事があった。

 

『……それなら何故最初に、あの炎に包まれた彼処で、私に、確実なトドメを差さなかった……?』

 

首を切るなり、頭を吹き飛ばすなり、なんでも出来ただろう。

実力を省みれば、ルイジェルドを恐れたとも思えない。

何よりルイジェルドが助けに来たのは、ルーデウスが去ってから暫くしてから。

純粋に何故なのかと、疑問に思っていた。

 

「……ふふ、答え合わせの時間はおしまいですよ。ほら、早くラノアかビヘイリルに向かったらどうです?ビヘイリルにはヒトガミの最大戦力が控えています……龍神様を一時的に無力化する術も授けました……無事だといいですね……?最終手段も控えてますから……精々気を付ける事です……」

 

『……ちっ』

 

そんな言葉にルーディアは舌打ちを言葉にして、ルーデウスの吐き出した魔力結晶に手を向けた。

出現したいくつかの氷の塊がその結晶を砕く。

やがて粉となったそれが、ルーディアの周りに円を描き始めた。

 

「ははは……勤勉ですね……習得が早い……」

 

あっという間に即席で魔法陣を完成させたルーディアは、声に力が無くなっているルーデウスに、視線を向ける。

冷たい視線のまま、最後に言葉を告げた。

 

『……信憑性なんてないけれど、もし本当に私が産まれる事が出来たのが貴方のおかげなら……一度だけ、感謝する……ありがとう……叔父さん』

 

「ははははは……」

 

ルーデウスの力ない笑い声が響いた。

 

やがて魔法陣は光を放ち、その光がルーディアを包み出す。

光に包まれていくルーディアに対し、ルーデウスが最後に声をかけた。

 

「……そうそう、貴女は貴女ですよ。全て貴女。余計な物が混じっていようと、貴女はパウロ・グレイラットとゼニス・グレイラットの実の娘、ルーディア・グレイラットですよ……」

 

その言葉に光に包まれていたルーディアは、ビクリと体を揺するとルーデウスを見つめ。

 

『…………』

 

そしてそのまま、何も言わずに光に包まれて消えていった。

 

「ははは……柄にもない事を言ってしまいましたね……」

 

「……ルーディアさん、不思議と笑っていたような気がします」

 

「そうですかね……?自分を何度も殺そうとした奴が、何を……と呆れていたかも、しれませんよ……」

 

「それはそうです。勝手な事ばかりして……」

 

「ははは……それも終わりですよ……」

 

苦笑を浮かべるアリエルに、ルーデウスは力無く返した。

 

ポツポツと雨が振りだす。

王都アルスを覆っていた雨雲はいつしか霧散し、その名残がこの丘に流れてきているようだ。

雨に濡れながらも、アリエルはそのままルーデウスの頬を撫で続けた。

 

「ふ、ふふふ……姪に、手を出し……兄に殴られ……雨の中死ぬ……因果ってものでしょうか……?面白い、ですね……」

 

「ナナシ……?」

 

段々とルーデウスの目が虚ろになり、焦点が合わなくなっていく。

既に言葉も掠れ始めていた。

その様子にアリエルは目を細め、笑みを作る。

 

「お疲れ様でした、ナナシ。貴方がした事は、許される事ではありません……けれど、私だけは……貴方を許してあげます。長きに渡り、私の為に……ありがとう、ルーデウス……」

 

そのまま、アリエルはルーデウスに自身の唇を重ねる。

ただ触れるだけのキス。

触れたルーデウスの唇は、冷たかった。

 

視界の端で、ずっと見ていたシャンドルがレイダに叩かれているのを見て、アリエルは顔をゆっくりと離す。

そして、満面の笑みを浮かべた。

 

「私に今出来る、精一杯のお礼です……私の初めてですよ?これから他に誰も手に入れる事が出来ない、世界で貴方しか持ってないものですよ」

 

「……ふふふ、良い、冥土の土産が出来ましたね……。ははは、はぁっ…………たくさん話して、疲れましたね……ああ、アリエル様、まだいますか……?ちょっと先に、休ませて、頂きますね……」

 

虚空を見つめるルーデウスに、アリエルは笑顔を浮かべたまま、その頬を撫でる。

 

「……ええ、ルーデウス。お疲れ様、でした。ゆっくりお休みなさい……」

 

「はい……おやすみ、なさい……ませ」

 

静かにルーデウスの目は閉じられ、息を吸ったルーデウスの胸が膨らむ。

そして、ゆっくりと吐き出された息と共に、ルーデウスの胸は萎み、その動きを止めた。

 

雨にうたれたままのアリエルは、ルーデウスの頬に手を添えて、その顔を覗き込み続けた。

ルーデウスの安らかな顔には、いくつもの雫が滴っていた。

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