スペルド族とドルディアの戦い。
それは種族の差という形で、戦い自体はスペルド族が有利に進んでいた。
あえて木々の間で戦う両者、どちらも視界外の相手を捕捉して戦えるものの、実際に第三の目で把握出来るスペルド族と、嗅覚によって大体の位置を把握するドルディアでは、ほんの少し相手を把握する早さに違いがある。
その有利を生かしスペルド族が優勢ではあった。
しかし、ドルディアにはヒーラーがいた。
倒れたドルディアも、プルセナの元へ運べばすぐに戦線復帰を果たす事が出来た。
しかも数自体はドルディアのほうが多く、完全なトドメを差す前に邪魔が入る上に、ヒーラーであるプルセナにはリニアが立ち塞がる。
よって、じわじわとスペルド族の戦士達には疲労が溜まり、まだ倒されてこそいないものの、離脱者が出るのは時間の問題であった。
そして。
「……よし、ギレーヌ伯母さん、やっと取れたニャ!」
「ありがとう、リニア。これで、本気でやれる!」
愛剣についてさた奇妙な粘体、それの除去を成功させたリニアの手によって、剣王ギレーヌが起動する。
「がぁあああああ!」
他のドルディアと切り結んでいたスペルド族の一人を、瞬く間に切り捨てたギレーヌに、一瞬場が止まる。
遂に出た同族の離脱者に、スペルド族の戦士達が息を飲んだ。
「次は誰だ?」
歯を剥き出しにして唸るギレーヌ。
戦闘能力を取り戻したギレーヌの参戦によって、スペルドとドルディア、その戦いの趨勢は決した。
一方で、ルイジェルドとエリオット、二人の戦いも決しようとしていた。
元よりルイジェルドがエリオットの力を発揮させないよう立ち回り、エリオットがそこから抜け出せなかったのが二人の戦いの膠着の原因だった。
それが仕切り直した事、後の事を考えなくてよくなった事、それによりエリオットの動きを、ルイジェルドが制しきれなくなってきていた。
「っぐぅ……!」
何よりエリオットは、わざと防がせている。
その時に剣を強く当てる事によって、ルイジェルドの手は痺れだしていた。
勿論ルイジェルドはその狙いには気付いていた、それでもそうせざるを得ない状況に追い込まれていたのだ。
もう数合もしないうちに、自分の握力が限界を迎えると感じ取ったルイジェルドは、最後の賭けに出る。
視線の誘導、それによって相手を動かす技術、エリオットにじっくりと教え込んだそれ、この戦いではあえて使わずにいたそれを使い、罠を張った。
「っ!」
踏み込ませる動きに、此方の事を知っているエリオットが動きを止める、そこを逆に狙った一突き。
それでもエリオットなら防ぐか避けるかするだろう、そこを狙うつもりの繋ぎの一撃。
ドスッ!
それをエリオットは避けずに、あえて左腕で受けた。
初めての有効打、だがルイジェルドはこれに薄ら寒い物を感じて直ぐに離れようとする。
しかし、踏み込んでいた足は既にエリオットに踏みしめられていた。
そして、動けず槍も抜けない中で、ピタリと首元に添えられた刃に、ルイジェルドは目を見開いた。
「……俺の勝ちだルイジェルド。大人しく投降しろ」
そのエリオットの甘いと言える提案に、ルイジェルドは目を細める。
「……甘いな。俺はお前達の敵だ。殺さなくていいのか?」
「お前を殺したら、ルーディアも、ノルンも悲しむだろ?……それに、俺も悲しい」
そのエリオットの言葉に、ルイジェルドは考えるように目を閉じる。
「頼むよルイジェルド、俺にアンタを、俺とルーディアの恩人を殺させないでくれ」
暫しの沈黙が流れる。
槍にエリオットの血が流れ、持つ手に血が触れた時、ルイジェルドは静かに口を開いた。
「……わかった。頼めた立場ではないが……スペルド族の身の安全を、どうか……頼む」
「任せろ」
槍を手放し、頭を下げるルイジェルドに、エリオットは短く答えた。
エリオットは直ぐ様腕から槍を抜き取ると、そのままその手に握った。
ルイジェルドは憑き物が落ちたような顔で、エリオットを見つめる。
「強くなったな、エリオット……」
そう言って、ルイジェルドはフッと優しげに笑った。
感慨深そうなその声色に、エリオットは少しだけ誇らしげに笑う。
「はは、旅してた時の師匠が良かったんだ」
「そうか。そうか…………」
ルイジェルドは息を吐きながら俯く。
そして、何かを振り切るように顔と両手をあげ、森のほうへと振り返った。
「俺は負けた!投降する!スペルド族の戦士達よ!俺達の負けだ!投降しろ!」
ルイジェルドの宣言がその場に響き渡る。
絶えず森のほうから響いていた戦闘音が、少しずつ収まっていく。
やがて森から無手のスペルド族と、そのスペルド族の槍を持ったドルディアが現れていく。
ゆっくりと、けれど続々とスペルド族が現れ始め、両手をあげたままのルイジェルドを見て、一様に表情を暗くさせていた。
やがてギュエスが最後まで抵抗していたスペルド族の一人を担いで現れ、戦いは終わりを迎える事となった。
ドルディア達は戦闘に参加したスペルド族達を縛り、非戦闘員のスペルド族達が臨時で築いたという村へと向かう事となった。
処遇は後に決めるとして、一先ずは彼らを確保し、保護し……避難する為に。
本当は全員でこの場から避難するべきだった。
けれど闘神鎧の存在、それがネックだった。
ギレーヌもエリオットも、負った傷はプルセナに治して貰い、万全だ。
だが、闘神鎧に敵うとは思えなかった。
オルステッドの説明だけでもとんでもない鎧だと言う事は伝わっていたが、一度見ただけでその凄まじさは理解させられていた。
仮に、ルイジェルドを含めた三人でも、数分持たせられるかすら怪しい。
それでも逃走は選べなかった。
何故ならば闘神鎧と共にいる筈のギースは、そのスペルド族の村の場所を知っているからだ。
ここに誰もいない場合、間違いなくそちらに向かうだろう。
「……すまないな」
ぼそりと呟かれたルイジェルドの言葉に、エリオットは首を振る。
「そもそもの狙いは俺達だ。結局いつかは戦わなきゃならねぇ……早いか遅いかの違いだろ。アレクとロキシーも異様に遅い。他の場所でも間違いなく何かが起こってる。ここで逃げる選択は取れねぇ……」
森のほう、オルステッドを連れて去っていった方向を睨み付け、エリオットは語る。
奴がヒトガミの手先である限り、狙いはオルステッドとその周囲であるのは間違いない。
なんらかの手段でオルステッドを無力化する算段があるからこれに踏みこんだ、エリオットはそう考えていた。
恐らくはなんらかの『泥沼』の策。楽観視は出来ない。
「ただ適当に払われただけで体が千切れそうだった。絶対にまともに受けるなよ?」
一度、その攻撃とも呼べないような一撃を貰っているギレーヌが、忠告する。
見ればわかる事ではあるが、攻撃のほとんどが必殺の威力を秘めているだろう。
勿論オルステッドがその策を打ち破り、闘神鎧を撃破している、それが最も良い未来であるが……。
遠く、森の奥、そこに黄金の光がチラリと映ったその瞬間、その微かな希望は打ち砕かれた。
三人の体が強張る中、闘神鎧は、不死魔王バーディガーディは、木々を薙ぎ倒しながら近付いてくる。
まず間違いなく戦いとなるだろう。
緊張感に生唾を飲み込み、 武器にそれぞれ手をかける三人な前に、漸くその姿は現れる。
黄金に煌めく鎧から放たれる圧力に、後退りしそうになる体を鼓舞し、三人はそれと相対した。
「おいおいおい、ルイジェルドの旦那?何してんだよ?」
その肩に乗るギースが、怪訝な表情で問いかけた。
「……戦いで、決闘で負けた。『泥沼』には恩はあるが……」
言い淀むルイジェルドに、ギースは納得したように頷いた。
「そうかい……戦士ってのはなんでこう……。まぁ、仕方ねえか。巻き込まれて死んじまうかもしれねぇが、そこは恨むなよ」
ギースは呆れを滲ませながら、そう告げる。
そこには多少の憐憫が滲んでいるように見えた。
「なんせこのお方は正真正銘の伝説……魔竜王ラプラスと相討ちになった、不死魔王……闘神バーディガーディだ。勝てる見込みがないなら、逃げたほうが賢明だぜ?旦那」
忠告に、ルイジェルドは黙って首を振る。
その反応にギースは呆れたように肩をすくめた。
けれど、それ以上忠告する事なく、睨み付けてくるギレーヌとエリオットを見やる。
常と違い、強い緊張を孕んだその視線に、ギースは頬を吊り上げた。
「勝つ見込みでもあんのかギレーヌ?」
「勝つしかない。お前達はいずれはルーディアを殺すのだろう?私の娘は殺させない……!」
唸り声をあげるギレーヌは、剣の柄に手をかけ、姿勢を深く沈める。
直ぐにでも飛び出せそうなギレーヌの隣で、エリオットも剣に手をかけた。
「死ににいくようなもんだぜエリオット?」
「ハッ。敵の心配か?それよりどさくさ紛れに、お前が死なねえか気にしたほうがいいんじゃねぇのか?」
「……そうかい、後悔すんなよ。バーディの旦那!頼むぜ」
ギースは闘神鎧をポンと叩くと、肩から飛び降りた。
それと同時に不気味な程微動だにしなかった闘神鎧が、動き始める。
その六本の腕を広げ、それぞれが拳を作り、振りかぶった。
三人が各々身構えたその瞬間。
パキィイイイイン!
闘神鎧が氷像と化した。
だが、動きが止まったのは一瞬の事、闘神鎧は直ぐに氷を砕き動き始める。
『離れて』
そんな声が聞こえ、三人は反射的にその場を離れた。
同時に闘神鎧に殺到する無数の氷の礫。
ガガガガガガガガガカ
轟音をたてて闘神鎧と衝突し続ける氷の礫は、表面の黄金の鎧を砕き続ける。
しかし、それだけ。
時折浅黒いバーディの肌が露出するものの、直ぐに闘神鎧が再生し、その身を守っていた。
だが、その無数の氷の礫の威力にその姿勢は崩され、思うように動けていなかった。
それらの魔法に、三人の、特にエリオットの表情が目に見えて歓喜に染まった。
「ルーディア!目を覚ましたのか!」
『……エリオット』
断続的に放たれる氷の礫の向こう、白い仮面に白い髪のルーディアが、手を伸ばして立っていた。
かつてをお思い出す仮面をつけた姿に、三人は不思議に思うも、それを問うより先に事態が動いた。
闘神鎧はその六本の腕を礫の盾にし、距離を詰め始めたのだ。
流石にそれをすれば闘神鎧といえど中身を守る事は出来ず、バーディの浅黒い腕が抉られる。
しかし、バーディは不死の魔王、その程度は負傷にも入らない。
少しずつ、確実に闘神鎧はルーディアに近付いていく。
それを見た三人はその足を止めようと、反射的にほぼ同時に駆け出した。
「ルーディア!」