「ここは……」
気付けば私は見た事のある場所にいた。
何度か来た事のある、見覚えのある空間。
もう来る事はないと思っていたのに……。
そう嘆きながら顔を上げると、案の定モザイクだらけのヒトガタの姿があった。
人神ヒトガミだ。
「もう来ないんじゃなかったのかい?」
ニヤ、と厭らしく嗤ったのがわかる、そんな声色だった。
「……どうして、私はここに」
「おや、覚えていないのですか?」
突然、ヒトガミ以外の声がして、私はそちらのほうを振り向いた。
そこには、私と強い因縁のある男、ルーデウス・ノトス・グレイラットが、軽薄な態度で此方を見つめていた。
「『泥沼』!なんでここに……!」
「……ふむ?本当に覚えていないのですか?」
「一体、なんの事を、うっ……!」
瞬間、私の頭に情報が叩き込まれていく。
私の記憶としては、意識がハッキリしていたのは一人、シズカと生活していたログハウスが最後だった。
そこからはずっと夢の中にいたような感覚で……。
何か、大変な事が起きてるのにどうにも出来なくて……。
『その体借りるよ』
そう、声が聞こえて、そして……。
私の頭に過ぎていく、自分ではない自分の記憶。
ラノア、アスラ、ビヘイリルでのそれぞれの戦った記憶。
それと……。
「『泥沼』……既に貴方は死んでる筈……何故」
ルーデウス・ノトス・グレイラットの死にかけの姿。
私ではない私と、父様達が力を合わせて打倒し、血だまりで力無く倒れていたその姿からは、くっきりと死相が見て取れていたのに……。
そう思って私はルーデウスへと問い掛ける。
「死んでるからここにいるんですよ」
ルーデウスは少し困ったように笑った。
「死んだ後、ヒトガミの使徒だった者達は、大概一度ここに来ます。その無様な最期をヒトガミが嘲笑う為にね。なのでまぁ、僕も嘲笑われに来たんですよ」
そうへらへらと笑うルーデウスに悲壮感は無く、その理解出来ない態度に私の眉間に皺が寄る。
「何をそんな呑気に……いや、そう。感情が欠落してる、だっけ」
「覚えていて下さいましたか、その通り。僕は悲壮感とは無縁です。おかげでこれまでも貴女の仰る通り、呑気に生きてこられましたよ。ま、それも終わりな訳ですが」
ははは、と笑いを漏らすルーデウスを、私は理解出来ない。
自分が死んだというのに……。
……それに、こいつの話を信じるなら……。
まあ、今はいい。
記憶を追って、今の状態を改めて確認するのが先だ。
そう、私はただボーッと体が勝手に動くのを眺めていたんだ。
それで……皆が闘神バーディガーディを倒して……私は……。
「闘神鎧に取り込まれたんだよ君は」
そこでヒトガミが口を挟む。
その雰囲気は楽しそうで……けれど、不思議と不機嫌そうでもあった。
そう、記憶の最後はアレクの剣から黄金が飛び出して、それを庇った所まで。
その後は、よくわからなかったのだけれど……そうか、あれは闘神鎧だったのか。
「どんな気分だい?闘神鎧を纏えば……君は死ぬまで解放される事はない。君は死ぬんだ、残念だったね」
「……」
……それは、本当だろう。オルステッド様も闘神鎧を纏えば死ぬまで外す事は出来ないと言っていた。
死……それが目の前にちらつき、背筋がざわめく。
けれど、ヒトガミにはなんらかの懸念がありそう。
やや苛立ってる……?いつになく感情的な気がする。
「じゃあ、それなら、私は……何故ここに……?まさか、もう死んでる……?」
「そ」
「いえ、貴女はまだ死んでいませんよ。ヒトガミがはしゃいでるようで、何処か落ち着きがないのはそれが理由ですよ」
「……ルーデウス、君、僕の話を遮らないでくれないかな」
「あははは、失敬失敬」
まるで数十年来の友達かのように気軽に接している二人というのは、なんとも奇妙な光景だった。
どちらも私にとっては害な存在だっただけに、どう反応していいか困る。
「……今、君は闘神鎧の支配下にいる。だけど、自分の意思で動いてもいる……なのに君はここにいる。おかしいんだよね」
「思えば、僕と戦っていた時も少し様子が変でした。先程の呆けた様子と言い、今日の貴女は本当に貴女だったんですか……?とヒトガミは聞きたいようですよ」
怪訝なヒトガミの様子に、ルーデウスが言葉を補足していく。
「貴女は貴女のお母さん、ゼニス・グレイラットの呪いを引き受け、その意識を閉ざした筈でした。ヒトガミの見た未来の一つは、そのままアトーフェさんに家族全員殺されていた、そんな未来でしたが……何処からか歪み始めたようですね」
「あのね、なんで全部言うかな……?」
「あはははは、僕が契約を果たせず死んだ時点で、僕が貴方に気を遣う理由はないですからね。せめて姪に知る限りの事を教えてあげますよ」
そう言って微笑むルーデウスに不気味な物を感じる。
確かに理由は聞いたけれど……もう一人の私は一応礼を言っていたけれど……やはり不気味だ。笑顔が本当に胡散臭いし。
そんな事より、今確信した。
そうかもしれないと思っていたけど、多分間違いない。
今、今日私の体を動かしていたのは……オルステッド様の語っていた、前の私だ。
ララやロキシーを見た時に、深く強い悲しみと後悔を感じた記憶。
家族への、何処か複雑な感情……。
何より……一瞬だけ感じたノルンへの、強い憎しみ。
そしてヒトガミが把握出来ない事、それらを踏まえて、そんな仮説を立てる事が出来た。
……とはいえそもそも、何故そんな私が、オルステッド様の前のループで死んだ私が、私の中にいて体を使っているのかはわからないけれど。
「まぁ、いいよ、君が闘神鎧から解放されないのは変わらない。君さえいなくなればどうとでもなる。今何故君の体が意思を持って動いているのか、この僕でもさっぱりわからないけれど……放っておくだけで、君は死ぬし……ふふっ」
突然ニヤニヤと笑いだしたヒトガミ……その姿に嫌な予感が募る。
「既に君の大事な家族を、その手にかけそうだよ?」
その言葉にハッとなる。
確かにあの私なら……やり兼ねない。
もし本当に私の仮説が正しいなら、あの私は一度家族を手にかけてるのだから……。
「なっ……!なら、早く戻らないとっ……!」
「どうやってさ?君に呪いがかかったままなのは変わらない、ここから去った所で……君には何も出来ない!ははは!ざまあないね、精々後悔して――」
「仕方ないですねぇ」
焦る私を嘲笑うヒトガミ……そんな中、ルーデウスが私の側に近付いてくる。
「な、なに……?」
胡散臭い笑みのまま近付いてくるルーデウスに、思わず身を引きながら問い掛けた。
「まぁまぁそう警戒せずに」
「何をするつもりだいルーデウス?君こそもう死んでいるんだ、余計な事をしないで貰いたいね」
私の態度もヒトガミの態度も何処吹く風。
ルーデウスは気にする事なく私に近付いてくる。
「いえね?このままではアリエル様の無事も怪しいですからね、アリエル様の事をお願い出来るなら……どうにか出来る切欠を差し上げましょう、ルーディアさん」
その言葉に、私は思わず目を見開く。
「ルーデウス!」
ヒトガミの声が響く。
それでも、私の視線はルーデウスに釘付けだった。
真偽はわからない、ルーデウスには何度も煮え湯を飲まされたし、実際に殺されかけた……。
でも……。
記憶の奥の奥、始まりの記憶。
私が……産まれる時、深い闇に沈んでいくだけだった私。
そんな私を掬い上げたのが……。
「どうでしょうか?」
彼なら。
彼の前世なら……。
どうせ、騙された所で死ぬのは変わらないのなら。
「……わかった。元々アリエル様にはフィッツと父様が仕えてる……これからも関係を悪くする気はない。貴方の代わりに、アリエル様を守り続けると約束する」
その私の言葉に、ヒトガミは不愉快そうに息を吐いて、ルーデウスは私の手をとった。
「交渉成立ですね」
途端に流れ込んでくる凄まじい魔力の奔流。
そして何故か、左目が酷く熱い……!
「そう緊張しなくていいですよ。貴女に借りてた物を、おまけをつけて返すだけです」
にこりと目を細めたルーデウスの右目が消えていく。
私の中に溢れる魔力は、不思議と体に馴染んで、私の体を駆け巡った。
でも熱い……!巡る魔力は暴れる事はないけれど、体が熱くなっていく。
そして、体の奥から溢れる体の熱さに困惑する暇もなく、私の意識は薄れていく。
「あ……!」
「元々貴女の物だったラプラス因子と魔力、その全てをお返しします。きっと……どうにかなりますよ。目覚めたら全力で魔力を放出してみる事ですね」
そう言って、ルーデウスは微笑む。
相も変わらず胡散臭い笑顔で……正直いまだに半信半疑だけど。
でも……。
「……ありがとう」
礼の、一つくらい言っても、バチは当たらないよね。
強張った顔だっただろうけれど、そのくらい信用ならないのだから仕方ない。
ルーデウスは気にする素振りもなく破顔し、ひらひらと手を振った。
「……ふふ、左目はおまけです。一時的なものになるとは思いますがね。応援、してますよ」
不愉快そうなヒトガミと、手を振るルーデウスの姿を最後に。
私は、その白い世界で、意識を失った。
二十数話ぶりの主人公