ピタ
ノルンに振り下ろされようとしていた剣、それが突如動きを止めた。
誰かが止めた訳でもなく、突然止まった剣に、ノルンが思わず兜の奥、仮面の向こうにいるはずの姉を見あげた。
「お姉……ちゃん……?」
『う……あぁああ……邪魔、ヲ……!』
カタカタカタカタ
剣が震える。
左手が振り下ろそうと力を込めているのを、右手が押さえ込んでいる。
右手は左手を振り払い、奪い取った剣を後ろへと放り投げた。
まるで一人遊びのような光景だったが、ノルンはそこに姉の自分を思う意思を感じて、涙ながらに喜色を浮かべた。
「お姉ちゃんっ!」
「う、あぁああああああ!!!」
ビシッ!
ノルンの呼び掛けと共に、闘神鎧の中心ににヒビが走った。
闘神鎧の中で凄まじい魔力が渦巻き、そのヒビは全身へと広がっていく。
ビシビシビシッ!
「ノルンに……!」
亀裂が大きくなり、内側から魔力が漏れ始める。
バキバキバキバキバキッ!
「私の家族に手を出すなぁあああああ!」
パッキャァアアン
甲高い音と共に、砕け散る黄金の鎧。
いくつもの破片が魔渦巻いていた魔力の圧による風によって、周囲に散らばる。
顔をしかめて腕で顔を守るノルンは、けれども薄目で前を見て確かに捉えた。
鎧の中から解放された姉の顔から白い仮面が外れ、そのま倒れそうになっているのを。
「お姉ちゃん!」
ノルンは思わず手を伸ばし、その崩れ落ちる姉を受け止めた。
自分の体全体で受け止め……受け止め切れずに尻餅をつく。
その体は冷えきっていて、あちこちボロボロで、顔色も悪かった。
けれど、抱き締めた時にトクン、と鼓動を感じてノルンは安堵の息を吐く。
「良かった、お姉ちゃん……生きてる……」
そう呟き、ぎゅっと姉を抱き締めるノルンの腕の中で、ルーディアの瞼がピクリと震えた。
「ぅ……ん……」
うめき声が……肉声が聞こえて、ノルンは目を見開いてルーディアを体から離した。
「え……お姉、ちゃん?」
ノルンは問いかけ……ルーディアはそれに応えるように、ゆっくりと瞼を開いていく。
右目だけを開いたルーディアは、その目を細めると、口を開く。
「ノルン……無事で、良かった」
姉の口から言葉が発せられた事に、ノルンは目を見開く。
今聞いた肉声は掠れていたけれど、それでも昔、微かな記憶が甦る。
自分がベッドに寝かせられている時に、かけられた声。
『ノルン、泣かないで、お姉ちゃんだよ』
髪色は父親と同じ茶色で、両目でしっかり自分を見つめていて、心配そうに顔を歪めていて……。
幼い姉の姿がありありと甦っていた。
「お姉ちゃん、声がっ……それに、意識も……!」
「うん……迷惑、かけた。ごめんね、ノルン……」
姉の肉声、廃人同然となっていた姉がしっかりと受け答えしてくれている事。
それでもそもそもが姉の自己犠牲精神だったり、無茶だったりが原因でもあって……様々な感情がない交ぜになったノルンははらりと涙を流した。
けれどそのままキリ、と表情を引き締め、姉をジト目で見つめた。
「色々と無茶し過ぎ!後で!色々と話があるから!」
「後でで良いの?」
そう言う姉は常の無表情ではなく、苦笑を浮かべていて。
ノルンの鼻の奥がつん、となり、また目に涙が浮かぶ。
「良い、良いよ!今は、お姉ちゃんも、皆無事でそれで―――」
カタッ
突然の不気味な物音にノルンの言葉は詰まる。
ルーディアは即座に振り返り、ノルンを背に庇うようにして、その物音がした方を見た。
そこには、先程までルーディアが着けていた白い仮面、それが宙に浮いていた。
「な、なに……あれ……」
その不気味さに、ノルンはルーディアにすがり付く。
服を掴み、その仮面を見つめる瞳は、不安げに揺れていた。
『……ユル……サナイ…………』
その仮面から温度のない言葉が聞こえてきた。
にも関わらず、感情は込められていないのに、濃厚な殺気が感じられた。
殺気は変わらずノルンへと向けられていて、ノルンの体が恐怖でカタカタと震え出す。
その仮面から感じる意思、それが先程まで自分の体を使っていた存在と同一であると、ルーディアは本能で感じていた。
パキパキパキパキ
そして、突如、仮面の周囲が凍り付いていく。
氷で何かが形作られていき、周囲の温度がみるみるうちに下がっていく。
「っ……何かまずい、一旦離れっ……!」
ルーディアはその場から逃れようとするものの、立ち上がろうとした時に膝を折ってしまう。
今日だけで体に受けたダメージが蓄積し、疲労も相まって立ち眩みを起こしてしまっていたのだ。
それでも、どうにか地面を這うようにして少しだけ仮面から距離を取ろうとする。
強い殺気を受けて、体を硬直させてしまっているノルンを庇いながら。
やがて、ルーディアの眼前には、一つの氷像が出来上がっていた。
仮面をした、女のような氷像。
そんな氷像に突然黄金の破片が張り付いた。
「なっ……まず……!」
ルーディアが周囲を見れば、砕けて吹き飛んだ黄金の破片が次々と集い始めていた。
まずい、そう思って何かしら邪魔をしようと手を伸ばしたルーディアを、白い仮面が見たような気がした。
ゾワッ
嫌な悪寒を感じたルーディアは、その予感のまま自分の目の前に氷の壁をいくつも作り出した。
そして。
バギャァン!
壁は一瞬で砕け散り、眼前に迫るのは氷の礫。
「くっ……!」
それを咄嗟に作り出した氷の小太刀でなんとか受け流した。
万全な状態ではなく、体勢も不安定だったせいで弾き返す事までは出来なかった。
その時間で、目の前の仮面には十分だった。
「……お姉ちゃん……まだ、終わってないの……?」
ノルンはカタカタと震えながら、ルーディアの背の服を掴む。
不安と恐怖に満ちた声色に、今すぐ安心させてあげたかった。
しかし、周囲に満ちる殺気は増していき、ルーディアすらも顔をしかめた。
その怒気と……悲しみと絶望に満ちた殺気に。
目の前で、狼のような頭部をした黄金の鎧が、此方を見据えていた。
人を取り込んでもいないのに、確かな意思を感じるその鎧の手に、先程放り投げた筈の王竜剣が握られた。
突如ふわりと浮かんだ剣は、その鎧の手にまるで吸い込まれているようだった。
準備万端な様子に対して、此方の仲間は全員戦闘不能か姿が見えない。
何より、生半可な戦力では焼け石に水だろう。
苦笑するも、それでもルーディアはノルンを背に庇い、小太刀を構える。
それは家族を見捨てる理由にはならないから。
『ノルン……ユル、サナイ……』
がらんどうの闘神鎧は呻く。
目的は……変わらずノルンのようで、視線がノルンへと釘付けだった。
「……ここは貴女のいた場所じゃない。ロキシーは生きてる、ララは産まれた。ノルンは何もしていない……!」
ギロリ、睨まれたような感触と共に、殺気が指向性を持ってルーディアを襲う。
「っ……!」
「ひっ……」
一瞬たじろぐも、背後のノルンの小さな悲鳴。
それだけでルーディアは即座に立ち直り、闘神鎧を睨み返す。
「貴女には同情するけど……私の家族に手を出すなら話は別」
チャキ
ルーディアは、氷の小太刀を構え直す。
家族を必ず守る、その一心で。
体が万全でない等、些細な事だ。
背に庇う妹を守る為ならば、姉である自分は、いくらでも戦える。
「家族は、私が守る。例え私だろうと、私の家族は傷つけさせない!」
『……ユルサナイ、ユルサナイユルサナイユルサナイ!』
目の前の闘神鎧は叫び、王竜剣を構える。
そのあり得たかもしれない在り方が信じられなくて、信じたくなくて。
『……ワタシはノルンヲ、ユルサナイ!』
闘神鎧は、空っぽの仮面は、言い放つ。
決して許してはいけないと、生かしてはおけないと、自分の妹への殺意を漲らせて。
前の世界のルーディアは、全てを失ったルーディアは、意思のみで暴走を続ける。
その余りにも悲しい、悲痛な姿……自分のあり得たかもしれない未来の姿。
ルーディアはその姿に顔をしかめた。
それでも今日……彼女が自分の代わりに戦ってくれた事を、ルーディアは覚えている。
だからこそ、闘神鎧に呑まれてしまった今の姿が悲しく……そして哀れだった。
「……なら、私は貴女を止めるだけ」
静かに呟いたルーディアは氷狼鎧を起動し、氷を纏っていく。
目の前の自分を止める為に、ルーディアは小太刀を握り直した。