『氷狼』ルーディア   作:如月SQ

170 / 176
ダブルターニングポイント

「……どうなってやがる?」

 

 戦闘音の響く地竜谷から離れた森の中、丁度その場所を見通せる地点。

 遠くを見る事が出来る道具を覗き込んで、現在の状態を確認したギースは思わず呟いた。

 

「元々バーディの旦那が負けるとは思ってなかったが、それでも保険として、取り返される事も視野に入れて王竜剣に闘神鎧の一部を仕込んでおいた……。

 北神三世を取り込めれば最上だったが、ターゲットのルーディアの嬢ちゃんでも悪くはなかったからな、順調だった筈だ」

 

 ギースは唸る、何故闘神鎧とルーディアが切り結んでいるのかが理解出来なかったからだ。

 少し目を離した隙に何が起こったというのか?

 自分はこれからどう動くべきなのか?

 ギースは道具を覗き込むのを止め、ポリポリと頭を掻いた。

 

「……こりゃ、叱咤されるかもしれねぇが、ヒトガミ様に一度お伺いでもたてて―――」

 

「ギース・ヌーカディアだな」

 

 突如背後で聞こえたその言葉に、殺気に、ギースは動きを止める。

 瞬時に巡る様々な思考、どうやればここから離脱出来るか。

 一瞬で考えに考えたギースは……手に持っていた道具を落として、天を仰いだ。

 諦め、それがギースの出した答えだった。

 

「はー……ツイて、ねぇな……」

 

ドシュッ!

 

 ギースが自嘲しながら呟き……その胸を背後から手刀が貫いた。

 

「ごふっ」

 

 血を吐くギースの体からその手は抜き取られ、下手人であるオルステッドは血を飛ばすように軽く手を振った。

 身体中が濡れ、マントもつけていない状態のオルステッドは険しい表情でギースを見下ろす。

 胸から血を流し、ピクリともしないギースを確認して、オルステッドは漸く視線を外して、前を見た。

 

「……あちらは、どうなっている」

 

 そう呟いて、オルステッドは駆け出す。

 自分の配下の者達の所へと。

 

 自分の油断、そう油断だ。

 自らに勝てる者どころか戦いとなる者もほとんどいないという、慢心。

 その隙を突かれ、闘神鎧によって捕らえられ、一方通行の転移魔法陣によって海のど真ん中に飛ばされてしまった。

 戻ってくるまでに多大な時間を要してしまった上に、甲龍王ペルギウスに借りを作ってしまった。

 それでいて配下となってくれていた者達が無事かもわからない。

 

ギリ……

 

 自身の不甲斐なさに思わず歯噛みする。

 未来を知っているというアドバンテージがあってもこれか、と自身に呆れてしまう。

 

「……後悔は、後だ」

 

 オルステッドの耳は、遠くから聞こえる剣戟の音を捉えていた。

 脳裏に過るのは、前の世界の惨劇。

 血だらけで狂ったように嗤う『彼女』の姿。

 オルステッドは走る足に更に力を込めて、スピードを早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っらぁあああああああ!!!」

 

 エリオットの剛剣が振るわれる。

 捨て身で放たれる『光の太刀』、そのまま全てを両断するかのような一振り。

 

ッキィン

 

 しかし、それは闘神鎧の肩鎧を僅かに削るだけに終わる。

 王竜剣の重力操作によってほんの少しだけ体がズレ、更には闘神鎧が身を屈める事で避けられていた。

 

 そして、全霊の一撃、それをやり過ごされ体勢の崩れたエリオットに対して、闘神鎧は左の爪を凪ぐ。

 鋭い爪がエリオットの胴に迫り……闘神鎧の兜の奥、妖しく光っていた眼光がその瞬間にフッと消えた。

 

ガギィイン!

 

「させない!」

 

 ルーディアがそこに体を挟み、小太刀で爪を受け流した。

 瞬間、闘神鎧の兜の奥で眼光が灯り、揺れた。

 

「うぉおおおおお!」

 

 体勢の崩れた闘神鎧に対して、背後からルイジェルドの槍が放たれる。

 全霊の一撃は胴部分の鎧を穿つも……闘神鎧は平然と振り返り、その剣を振り下ろした。

 ルイジェルドはそのわかりやすい剣を受け流し、次の攻撃に繋げようと槍を構え……。

 

「ルイジェルド!受けないで避けて!」

 

「むっ!」

 

 そんなルーディアの声が響いた瞬間その場から離脱した。

 そのまま振り下ろされ、剣は地面を穿つ。

 だが、次の瞬間には穿たれた地面ごと凍り付いていた。

 ルイジェルドはそれを見て顔をしかめ、改めて槍を構えなおした。

 

 そして、そこを体勢を立て直したエリオットが狙う。

 再び放たれようとする『光の太刀』。

 それが放たれる前に、闘神鎧はその場から離脱するのだった。

 兜の奥の眼光が、忌々しい物を見るようにルーディアを見つめ、細められた。

 

 一見なんとか戦いの体を成していると言えたが、それは薄氷の上の物だと、三人全員が理解していた。

 ルーディアの予見眼、エリオットの剛剣、ルイジェルドな巧みな槍さばき、それらによってギリギリ食らい付いているだけ。

 何処かで何か切っ掛けを見つけなければ、容易く崩壊してしまう。

 

「……別の俺がやり損ねた事だ、絶対に止める。

 それに、あんな姿がルーディアの末路だなんて認められねぇ」

 

「ああ……同感だ」

 

「……わかった、防御は任せて。私が全部止める。

 頭部分に魔力が特に渦巻いてる……兜を飛ばせれば、止まるかもしれない」

 

「了解!」

 

「わかった」

 

 それでも三人は諦めない。

 相対する鎧はがらんどうで、鎧を操る意思は何の関わりもない同じ名前なだけの他人。

 それでもそれが「ルーディア」で、ルーディアがそれを止めようと言うのならば。

 それだけで戦う理由となり得た。

 

「がぁあああああああああ!!!」

 

「はぁあああああ!」

 

 二人は同時に駆け出して、闘神鎧へと襲い掛かった。

 微かな勝機を手繰り寄せる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、ルーディアが見た未来。

 1秒先に自分も含めて全てが凍り付く未来を見て、それがあまりにも儚い物だったと、思い知らされる事となった。

 

「っ―――――!」

 

 ルーディアは咄嗟にエリオットとルイジェルドを衝撃波で吹き飛ばす。

 しかし、それすら読まれ、二人は重力操作によって縫い止められ。

 

『全て、凍り付ケ』

 

 猛烈な冷気によって、一瞬で三人の視界は白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一面氷の世界となった場所で、動くのは黄金の鎧のみ。

 

 エリオット、ルイジェルドの二人は武器を構えたまま完全に凍り付いていた。

 ルーディアだけは氷狼鎧が干渉して守ってくれたのか、芯から凍るような寒さを感じるに留まっていた。

 

「……ぅ……ぁ…………」

 

 うめき声をあげるルーディアは寒さに震え、真っ青な唇を震わせていた。

 

 その様子を視認した闘神鎧は、そこから視線を切ると、前を見据えた。

 

ずざっ

 

 足音を響かせ現れたのは、龍神オルステッド。

 体は濡れ、右腕は血塗れ、そんな姿だった。

 凄まじい早さで現れたオルステッドは、闘神鎧と相対するように向かい合った。

 その表情に困惑と驚愕を浮かべて。

 

「……何故」

 

 小さく呟かれた言葉に、やけに落ち着いた様子の闘神鎧が返す。

 

『お久し振り、ですね。オルステッド、様。

 私はずっと貴方を見ていましたけれど。今回は上手くいきそうで良かったですね?

 それでもダメそうだったから、つい手を出してしまいましたよ』

 

 嘲笑うように闘神鎧は語る。

 

「……バカな、お前は、ルーディア……なのか……?」

 

 信じられないとばかりにオルステッドは問いかける。

 困惑と……僅かな喜びの滲んだ言葉だった。

 

『どうでもいいでしょう?それより、貴方はまた約束破るんですね。

 家族、守ってくれるんじゃなかったんですか?』

 

 首を傾げる闘神鎧に対して、オルステッドは口をつぐんでしまう。

 

『私が動かなかったら、シャリーアの家にいた家族は皆死んでいましたよ?

 ……いつもそうだ、全てわかってるような顔をして。大事な事は何も言わないで……!

 だから私ハ!オルステッド様を信じキレなくテ……!』

 

 顔に手をあて、その爪がその兜の頬に一筋の傷を作り出す。

 闘神鎧は嘆く。

 取り返しのつかない事をした自分に絶望して。

 取り返しのつかない事を繰り返そうとした自分に絶望して。

 

『結局私ノ人生ニハ何ノ意味モナカッタ……。

 妬マシイ……ココノ私ガ……恨メシイ……!コノ世界ノ全テガ!』

 

 闘神鎧の眼光がぶれ、凄まじい冷気が放出される。

 濡れたままのオルステッドの銀色の髪が凍り付き、霜がおり始める。

 それを見据えたオルステッドは少しだけ顔を歪め……その手に刀を取り出した。

 

『ヴァアアアァァァオオオオォォオオオン!!!』

 

 咆哮を放ち、闘神鎧はオルステッドに向けて王竜剣を構える。

 ただの八つ当たりだとわかっていても、闘神鎧はもう、そうするしかなかった。

 

 オルステッドはその刀を鞘からゆっくりと引き抜き……そして呟いた。

 

「……せめて、引導を渡してやろう」

 

 オルステッドの表情には苦みが走り、痛みをこらえるかのように少しだけ顔を歪ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………ハはッ……結局、何も変わラナイんでスネ……』

 

 両手両足を切り飛ばされ、神刀を突きつけられている闘神鎧は、そう言って全てを嘲笑った。

 

 中はがらんどう、けれど遠くにパーツを弾かれたせいて、再生が間に合わない。

 眼前に突きつけられている刀、それが兜の中へとめり込めば、自分が消える。

 そう自覚した闘神鎧は。

 

『……』

 

 その眼光を消した。

 

「…………終わりだ」

 

 小さく呟いたオルステッドは、神刀を動かし始めた。

 そしてその切っ先が闘神鎧の兜に、触れた。

 

「待って、ください!」

 

 オルステッドの腕に飛び付き、刀を止めるルーディアの姿があった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。