戦いは終わった。
剣戟の音が聞こえなくなった事でパウロとノルンが様子を見にきて、森の奥からリニアとプルセナに担がれたギレーヌが現れ、地竜谷の底からアレクの王竜剣によってシャンドルが引き上げられた。
怪我の大小こそあれど、誰一人欠ける事なく、ヒトガミとの戦いは終わりを告げたのだった。
「……ふぅっ」
気が抜けたのか、息を吐いたルーディアの膝が砕けた。
その場に崩れ落ちそうになるルーディアを、エリオットが支える。
「おっと」
「ん……ごめん、エリオット」
「気にすんな」
エリオットはそう言うと、ルーディアを横抱きにする。
「はぁー。あんまり俺良いとこなかったな」
「くす……そんな事ない、格好良かったよ」
「そうか?ルーディアが言うなら、そうかもな」
ニッと笑ったエリオットは、ルーディアの額にキスを落とした。
「ルーディアが目を覚まして良かった。皆心配してるぞ?……帰ろう、皆のいるところに」
「……うん!」
優しい笑みを浮かべるエリオットを見つめて、ルーディアは頷く。
その瞳から一筋、涙が溢れた。
「……よぉ……パウロ……ギレーヌも、いるのか……」
森の中、血だまりに仰向けで倒れた猿顔の男、ギースは笑みを浮かべて二人を出迎えた。
その顔には死相が色濃く出ていて、既に体の一つも動かせないようだった。
パウロはその側にしゃがみこむと、その顔を覗き込んだ。
「よぉ、馬鹿野郎が」
「……死にかけに……厳しいじゃねえか……」
「馬鹿野郎だろ。折角ゼニスも目覚めて、これでちゃーんと黒狼の牙の同窓会出来るってのにムードメーカーがいねえ。
最悪の裏切りだぜ。まったく、この馬鹿猿顔がよ」
吐き捨てるパウロの肩にギレーヌの手が乗せられる。
その手に自らの手を重ねて、パウロは小さく息を吐いた。
「ギース……この戦いはあたし達の勝ちだ。だが、お前が敵になるとここまで厄介になるとは思わなかったぞ。
……また、お前と黒狼の牙の皆と、騒ぎたかった」
「ハハ……ギレーヌが、そんな殊勝な事……言うなんて、な。
パウロと……幸せにな……他の皆にも……よろしく、な」
ギースの言葉に、ギレーヌは目を瞑って俯いた。
かつての仲間に自分の子を抱いて貰いたい、そんな小さな願いの一つが叶わなくなる事に、やるせない思いだった。
パウロはギレーヌの肩を抱き、不愉快そうな顔を作って吐き捨てる。
「けっ!何がよろしくだよ、馬鹿野郎が。……お前は、強敵だったぜ、ギース。……あっちで首を長くして待ってやがれ」
「ああ……長い……土産話、期待、してるぜ……」
そう言って、ギースは空を見上げた。
その瞳には涙が浮かび、頬を伝う。
森の木々の間から青い空が見えて、ギースはニッと気持ちのいい笑みを浮かべた。
「へへ、仲間に看取って貰えるなんて、こんな俺にしちゃ悪くねぇ最期じゃねぇか。
……パウロ、ヒトガミの奴はまだ、諦めて、ねぇ……。
ルーディアの嬢ちゃんを、守って……やれ……よ……」
ふっ、と。
ギースから何かが抜け出ていった。
最期の涙の意味をパウロは全て理解出来た訳ではない。
けれど、何処か救われた思いで逝けたのなら。
それでいいんだとパウロは自分を納得させた。
笑みを浮かべ、見開いたままのギースの瞳をそっと閉じて、パウロは暫しその安らかな死に顔を眺めていた。
「……ちっ……満足そうな顔で死にやがって……大馬鹿野郎が……」
ギースの倒れる血だまりに、滴がポタ、ポタと落ちはじめた。
「……帰ろう、パウロ。ギースを、連れて……」
「ああ、雨降ってきたみたいだしな!急いで帰らねえと濡れちまうぜ!」
そう言ってパウロは空を見上げる。
木々の隙間から見える空は雲一つない青空が広がっていた。
それでも、パウロとギレーヌが立つ血だまりには、滴が落ち続けていた。
「ったく……ひでえ、雨だ。前が見えねえ……」
ルーディアはエリオットに抱えられたまま、一足先に家に帰ってきていた。
本来はまだまだ色々な後始末がある。
だがそれはアレク、シャンドル、リニアとプルセナを始めとした獣族、そしてノルンに任せる事となった。
任せて、と胸を叩くノルンの視線はチラチラとルイジェルドを見ていて、少し不純な動機もありそうではあるが……ルーディアは申し訳なさそうに、けれど安心してお願いするのだった。
そして、一度ケイオスブレイカーを中継し、そこでクリフ、ザノバ、そして涙をだくだくと流すシズカとの再会を果たしていた。
「目が覚めて何よりだ。まず……リーゼを助けてくれた事を感謝する。
だが、君も早く家族に無事を直接知らせてやるべきだ」
「うむ、その通りですぞ師匠!後始末は我々に任せ、ゆるりとお休みください!……見るからにボロボロですぞ。
氷狼鎧も置いて行ってくだされ。直しておきます故」
「ルーディアぁああ……よがっだぁ……ごめん、ごめんねぇえええ!」
二人にそう背を押され、ルーディアは帰路につく事となる。
シズカはルーディアに抱きつき、そしていつまでも泣き止まなかった。
その為役に立たないと判断され、三人はシャリーアへと、自分達の家へとたどり着いたのだった。
たどり着いた家の前ではルーディアの子供達とギレーヌの子供達がゼニスに見守られ、レオとアルマとジロー、動物達と触れあっていた。
家の中は騒がしく、窓から中を忙しなく動く青い鎧が見え隠れしていた。
けれど、ルーディアの視線は子供達に釘付けだった。
「アルス!」
ジークをあやしていたアルスがその声に気付いて振り返り……その瞳を見開いた。
「ルーシー!ララ!ジーク!」
振り向いたララは目をパチパチと瞬き、目を擦る。
不思議なものを見るようにルーディアを見つめていた。
そして、ルーシーは、即座にルーディアのもとへと駆け寄っていた。
「ママ……!ママだぁ……!」
ぶわ、とルーシーの瞳に涙が滲む。
涙を溢し、エリオットが横抱きをしていたままのルーディアを見上げ、その両手を伸ばしていた。
その様子にたまらず、ルーディアはエリオットの腕の中から降りる。
支えられながらどうにか片足でしゃがみこみ、ルーシーを抱き締めた。
「うん、うん……ママだよ……ごめんね……」
「うぇええええん!ママぁあああ!うあぁあああああん!」
大声で泣くルーシーは大粒の涙を流し、ルーディアにしがみつく。
わんわんと泣きわめくルーシーの背中を優しく撫で、ルーディアは微笑みを浮かべた。
「ルーシー……ごめんね……ただいま」
「お母、様……お母様っ……!」
じわ、とアルスの瞳にも涙が浮かぶ。
ルーディアの側にきて、はらはらと涙を流した。
腕の中のジークは不思議そうな顔で、アルスを見上げていた。
「アルス……お兄ちゃんとして、いっぱい頑張ってくれて、ありがとうね」
その頭を優しく撫で、アルスの頬を伝う涙を拭う。
肩を震わせ、しゃくりあげるアルスの姿はルーディアから見ても珍しく、だからこそ罪悪感が募る。
ルーディアの瞳にも涙が浮かんだ。
「ママ……おかえり」
ぴと。
ララは静かにルーディアに体を寄せた。
『ちゃんとママだよね?ママ元気になって良かった。寂しかった。ルーシー姉の後でいいからぎゅっとして欲しい』
そんな思いがララから伝わってくる。
優しいそんな思いが、ルーディアの心に強く響く。
こんな可愛い子達を失う寸前だった事、自然とルーディアの瞳からは涙が溢れた。
自分に寄り添う子供達の温もりを感じながら、ルーディアも、子供達も、泣きながら抱き合っていた。
「ありがとう……ありがとう、私……」
そこにシャロン、シャルルも混ざってきて、レオも身を寄せてきて。
もみくちゃになってバランスを崩し、地面を転がった。
それでも、ルーディアは幸せだった。
眉をハの字にしたシャーレが、自分の額に張り付いて来て……ルーディアは泣きながらも心底嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
『……ありがとう、ございます。オルステッド様』
「……もういいのか」
『はい。充分、もう充分です』
少し家から離れた場所で、オルステッドが黄金の鎧の兜を抱えてルーディア達を見ていた。
黄金の兜から発せられる声は静かで、落ち着いていた。
その眼光は眩しいものを見るように細められ、オルステッドの腕の中で静かにそれを眺めていた。
「そうか」
長くループを経験した中で、前回の人物が意識だけでもこの場にいるという事が、未だに信じられない。
しかし、確かにこの闘神鎧に宿っている意識は前回の、自分がトドメを刺したルーディア。
前回、約束を守れなかった詫びとして、多少の便宜は図る。
彼女がいいというのならば、そうしよう。
……この後彼女は――。
「オルステッド様」
踵を返したオルステッドに、声がかけられる。
思わず足を止めて視線を向けた先には、金髪の女性の姿……。
ゼニス・グレイラットがオルステッドを真っ直ぐ見つめていた。
黄金の兜の眼光がふっと消えた。
「ゼニス・グレイラットか……何の用だ」
オルステッドは手に抱える黄金の兜を抱え直し、視線を返した。
「ルディを、私達家族を守ってくれて、ありがとうございました」
深々と頭を下げるゼニスに、オルステッドはばつが悪そうに視線を反らした。
「俺は今回何も出来ていない。今回犠牲者が出なかった事に、俺は関与していない。俺よりも、家族を労ってやるべきだ」
「そう、ですか。わかりました」
ゼニスは頭を上げると、ニコリと笑い、オルステッドに近付いていく。
戸惑うオルステッドを気にする事なく、ゼニスはオルステッドが抱える兜をそっと触れた。
その顔に慈しみに溢れた笑みを浮かべて、優しく撫でる。
「ありがとう、ルディ。私達を守ってくれて」
『……!な、なんで……!?』
黄金の兜が思わず言葉を発する。
兜に眼光が灯り、戸惑うように揺れた。
「私はルディのお母さんよ?
どんなに姿が変わっても、娘の事は一目見ればわかるわ。
うちのルディの代わりに私達を守ってくれたのよね?
……ありがとう、ルディ。流石は私の、自慢の娘だわ!」
満面の笑みを浮かべたゼニスはもう一度兜全体を撫でて、一歩後ろに下がった。
ゆらゆらと揺れていた眼光が、ふっと消える。
カタリ、オルステッドの腕の中で黄金の兜が僅かに揺れた。
『……お母……様……どうか、お元気で……』
「ええ、勿論よ!さよなら、ルディ」
そう言ってひらひらと手をふるゼニスに、オルステッドは背を向けた。
「……ではな、ゼニス・グレイラットよ。またくる」
「はい、お待ちしております、オルステッド様」
恭しくそう告げて、ゼニスはそのまま手を振り続けた。
オルステッドの姿が見えなくなるまで、ずっと。
その表情は、最後まで満面の笑みだった。
「……良い親を持ったな」
『…………はい。自慢の、お母様、です』
その後、闘神鎧は地竜谷にて封印の礎となる。
バーディガーディ、アトーフェラトーフェ、そしてついでに親衛隊のムーア。
放置するにはリスクの大きな連中を纏めて封印する為に、媒介として闘神鎧が使用される事となっていた。
ペルギウス謹製の結界魔法陣、不死魔王二人を媒体にしたこの結界を打ち破る術はほぼない。
バーディガーディ、アトーフェラトーフェは体をそれぞれ分割されて封印され、その本体の封印されている場所。
そこでは静かに会話が交わされていた。
「素晴らしかったぞアレクは!お前にも見せてやりたかったな、我が孫がオレを撃ち破る瞬間を!」
自分が敗れた事を嬉々として語るアトーフェは、少女のような姿でわきわきと手を動かしていた。
「ふははは!アレクが姉上を王竜剣もなしに倒すとはな!
まさに英雄に相応しき逸話ではないか?いつか解放された時が楽しみである!」
バーディはその体のサイズをかなり小さくし、腕も二本のみ。
肘をたてた手に頭を乗せて、体を横にしていた。
『……陛下方はお元気そうですね』
そんな、封印されているとは思えない程に和やかな二人に、媒介となっている白い仮面のついた闘神鎧から声が響く。
それに対して二人はそう態度を変える事なく、闘神鎧のほうへと視線を向けた。
「む、そういえば貴様の名はなんと言うのだ?これから長い付き合いになるのだ、そのくらい知っていて損はあるまい。
それにしても闘神鎧に話せるような意思が宿るとはな!この世は何が起こるがわからぬものだな!ふははは!」
「おお、そうだ、名を名乗れ!なければオレがつけてやろうか?」
『……いえ、そう、ですね』
闘神鎧は少しだけ言葉を切り、少しだけ考え……直ぐに言葉を放つ。
『ジェーン……ジェーン・ドゥとお呼びください、両陛下』
「ジェーンか、これから宜しく頼むぞ」
「ジェーン?つまらん。ヨロイとかではダメか?」
「はぁー姉上には、ネーミングセンスという物がありませんな」
「なんだと貴様!」
『ふふふ』
まるでそこらの姉弟のようなやり取りに、ジェーンは笑いを溢した。
『ええ、これから宜しくお願い致します、両陛下』
次回最終回です。