それはラノア魔法大学にて入学式まであと一ヶ月程の時である。
第二王女守護術師『無言』のシルフィことフィッツは魔術の模擬戦を行う授業を受けていた。
基本的に怪我は治るし、周りに被害等行くこともない。
けれど絶対ではない為に、トラブルに備えて無詠唱魔術を使える自分は見守る事が多い。
そんな時、教頭に呼ばれた場所に行くと、フィッツはその場に崩れ落ちた。
『わ、どうしました?』
フィッツにとってまったく聞き覚えのない声が響く。
「い、いえ、ごめんなさい、少し躓いてしまって…」
未だに自分が受けた衝撃は抜けきらないが、フィッツはゆっくりと立ち上がった。
前にいる女性が幼い頃からずっと想っていたルーディアであると、フィッツは一目で理解した。
理解したからこそ理解したくなかった。
白い髪…自分も同じなのでそこはいい。
左目につけられた眼帯に、顔の左半分を覆うひどい火傷の跡、ヒラヒラと揺れる中身のない左袖、左右で音の違う足音…想像を絶する苦労が垣間見えるルーディアの姿。
更には無事な右の顔も表情が動かず、先程の声を発する時も口が動いてなかった事から、傍目以上にひどい状態なのだと察してしまう。
そして、そしてである。
「だーじ?」
『大丈夫ー?だそうですよ』
抱えてる子供である。
見たところまだまだ幼くて、何処かルーディアに似てて、けれど自分の知らない誰かを感じさせる赤毛に、許されるならばすぐに詰め寄りたいフィッツだったが、不意に思ったのだ。
(そもそも今僕女装してるじゃん)
女ものの服を着ているし(下着だけは男物を死守した)、軽く化粧もしているし、髪は長くしてる。
そんな状態で好きな子に話しかけたら…。
―――ほわんほわんほわん…―――
「ルディ!僕だよ!久しぶり!」
『え、フィッツ?なんで女装してんのキモ、私もう好きな人いて子供も出来てるから二度と話しかけんなよ』
「ふぁっきゅーばぶ」
「そんなぁああああ!」
―――ほわんほわんほわん…―――
ぶるりと体が震えたフィッツはとりあえず思った。
ここは、やり過ごそう…!と。
女性としての仮面を被りなおしたフィッツは、シルフィとして笑顔を浮かべた。
入試試験と銘打たれた模擬戦では、フィッツはルーディアに手も足も出なかった。
乱魔という聞いたことのない魔術で使おうとしてた魔術を妨害されてしまって、更には氷で出来た槍を眼前にビタ止め…。
ぐうの音も出ない明らかな敗北であった。
少し悔しく思いながらも、自分の想い人の凄さを再確認したフィッツであった。
『入学したらよろしくお願いしますね、シルフィ先輩。ほらバイバイは?』
「ばーい」
最後に親子らしいやり取りをされて顔がひきつりそうだったが、なんとか留まり、姿が見えなくなるまで笑顔で手を振り続けた。
そして見えなくなった瞬間に、そのまま後ろにビターンと倒れたのだった。
「まぁ、では新入生にフィッツの想い人がいるんですね!」
手を合わせ、嬉しそうにアリエルは言う。
アリエルとしては自分の都合に付き合わせ、捜索をほとんど出来なかった事を内心気にしていたので、それは朗報だった。
「子持ちか…まぁ相手が今いるかいないか次第じゃないか?噂だと『デッドエンド』の氷狼には男の影はないって聞くぞ」
ルークはルークで戦友であるフィッツの幸せを密かに願っている為、子供がいても諦める必要はない、と諭す。
「見るからにボロボロになってるから心配は心配だけど…女装したまま僕だよ、っていうのはやだなぁ…」
「まぁ…それはそうだろうな、男としてなぁ…」
二人は顔を見合せうんうんと頷く。
「フィッツが嫌だというなら私としては強要はしませんが…折角再会出来たんですし、早めにお話出来る機会は作ったほうがいいと思いますよ?時間が経つにつれて言いにくくなるものですし…」
「うっ…」
アリエルの正論に言葉を詰まらせるフィッツは、少し思い悩んだあと、こくりと頷いた。
「そう、だね。わかった。次会った時にタイミング見て話す事にするよ」
そうキリッとした顔で宣言するフィッツに、アリエルは嬉しそうに拍手していた。
しかし、ルークは何処か不安そうにしていた。