研究棟の三階、その最奥の三部屋をサイレントは拠点としている。
そこに案内されたルーディアは部屋をキョロキョロと見回していた。
散乱した紙や本、魔力結晶に魔石、まさに研究室といった雰囲気にルーディアは少しわくわくしていた。
「散らかってて悪いけれど」
『いえ、大丈夫です。こういう所初めてなので、ちょっとドキドキしますね』
「そう…」
サイレントはルーディアに椅子をすすめると、机に向かってなにかを書き始めた。
ルーディアは首を傾げてその様子を見守りつつ、足元の紙に書いてある魔方陣等を興味深げに眺めていた。
やがて書き物が終わったのか、一枚の紙を持ってサイレントはルーディアの前に立った。
「貴方に質問があるわ、出来れば正直に答えて欲しい」
仮面の隙間から見える瞳から強い意思を感じ、ルーディアは身を固くしてサイレントを見返した。
「これに見覚えあるかしら?」
一枚の紙を渡される。
ルーディアは最早懐かしいと思える文字がその紙に書かれていて、驚きに目を見開く。
戸惑いながら紙とサイレントを交互に見るルーディアに、サイレントは続ける。
【この言葉がわかる?】
『【わ、わかります】』
【やっぱり!貴方もそうなのね、オルステッドが貴方と私は同じみたいな事を言っていたから、そうだと思っていたのよ!】
サイレントは白い仮面を取り外し、喜色を浮かべながら言う。
そのサイレントの素顔に、ルーディアはあ、と小さく溢した。
【私の本当の名前はナナホシ・シズカ。日本人。気付いたらこのくだらない世界に放り出されていたトリッパーよ。同郷に会えて嬉しいわ】
サイレント…ナナホシはそう言って手を差し出してくる。
それをルーディアは握り返しつつ、自分の中で言葉を整理していた。
『【えと…私は貴方に見覚えがあります…車、トラックに轢かれそうになる前に…二人の男の子と言い争っていました、よね?】』
ルーディアの言葉に目を見開きナナホシは思わず掴みかかる。
【そう!そうよ!貴方は何を知っているの!?その紙に書かれた名前は知らないの!?彼らは何処!私はどうやったら帰れるの!】
『【お、落ち着いてください、私は】』
両肩に掴みかかるナナホシに、ルーディアは身を捩り落ち着かせようと声をかける。
【これが落ち着いてなんて…!】
その時、ナナホシの右手がルーディアの左肩からずれ、何もない袖を握った。
【あっ…】
ナナホシは急速に頭が冷めていくように感じ、バツが悪そうにルーディアから少し離れていった。
そんなナナホシを気にしないように、と首を振り、ルーディアは話を続ける。
『【私は、正直よく覚えていないのですが…多分そこでトラックに押し潰されて死んだんです】』
【え…】
『【気付いたら15年前…ブエナ村で赤ん坊として産まれていました。転生、というものだと思うので、貴方とは少し違うのだと思います。その、一緒にいた男の子達の事もわかりませんし、貴方に起きた現象も私にはさっぱりです。自分に起きた事どころか、前世の私の事すらちゃんとわかっていないのです】』
【前世の事がわかってない?】
『【ええ、なんとなく…一般常識と、男だったような気がするくらいですね】』
【男だった…?あ…】
ナナホシは何か思い当たる節があったのか、口元を手で押さえた。
『【あはは、気持ち悪いですかね、すみません…。それとも、もしかして本当はお知り合いでしたか?】』
【あ、いや…違う…なんでもないわ】
何か喉に詰まったようなナナホシだったが、ルーディアはひとまず伝えたい事を続ける。
『【あ、えと、それでですね、ただこれだけはわかるんです、前世の私は死ぬ寸前までずっと後悔していました。全てを。きっと、まともな人生ではなかったんだと思います。だから私はこれでもこの人生精一杯生きてきたつもりです】』
【…見れば、わかるわ】
『【そんな中で、前世の私が最後に見た子が目の前で困っているんです。前世の私は貴方達を助けようとしていたんだと思うんです。それなら私は、私のやり残した事をやり遂げたいです】』
【…まだ、何も言ってないわよ】
『【ふふ、困ってない子はああ取り乱しませんよ】』
ナナホシはほのかに顔を赤くして俯いた。
『【私に何が出来るかわかりませんが、貴方を私に助けさせてください】』
そういうルーディアに、ナナホシは俯いたまま、暫しの沈黙の時が流れる。
手を強く握り締め、ナナホシはゆっくりと口を開いた。
【…5年前の転移事件が私のせいで起きたと言っても?】
『【…え?】』
【私がこの世界に飛ばされたのは5年前、転移事件が起きた時よ。偶然だと思いたかったし、帰るためでもあったから私は召喚や転移を世界各地を回って学んだわ。けど学べば学ぶ程…あの転移事件は私が呼び出された反動で起きた、という答えが出てくる…ねえ、そんな私を助けるなんて言える?貴方の腕や足、その火傷、バラバラになった家族、消えた故郷、それが】
『【言えます】』
ナナホシは思わずルーディアの顔を見つめた。
『【あの事件、別に貴方の意思ではないでしょう?何も思わなかった訳ではないです、けど…貴方のせいじゃない。それに言ってましたよね?どうやったら帰れるの、と。故郷に帰れないのは貴方も一緒なのでしょう?その辛さはわかります…だからこそ、故郷があるなら帰してあげたいんです】』
じわ、と瞳に涙が滲んだナナホシは、乱暴に目を擦ると頭を深く下げた。
【お願いします、私は家族の所に、帰りたいんです、協力してください!】
それに対してルーディアは胸を叩きながら頷く。
『【勿論です、魔力が無ければ召喚や転移の勉強も捗らなかったでしょう?なんでも頼ってください】』
【…え、貴方魔力あるの?】
『【え?それを頼りにして頼んだんじゃないんですか?】』
二人は目を見合わせる。
【な、なんにせよ、ね、改めてお願いするわ、ルーディア、さん?】
誤魔化すように言うナナホシ。
『【呼び捨てでいいですよ、後輩ですから】』
【そう…ルーディア、これから宜しく】
ナナホシは改めてルーディアと握手をする。
その顔は笑顔で、何処か晴れ晴れとしていた。
『【ええ、ただ私の子供の世話もあるので、手伝って欲しい時は事前に言って貰えれば助かります】』
【え、子供いるの!?15歳で!?ちょっと!?】