ルーディアは一人、魔法大学が休みの日にシャリーアから出て、森の中を歩いていた。
理由は一つ、龍神オルステッドとコンタクトを取る為である。
ナナホシに協力する事を決め、実験の時の雑談の一つとしてオルステッドの事を相談していた。
ナナホシとしては世話になった人物であるし、不器用で言葉が足りず愛想もないし言葉も足りないが、悪い人ではないと思っている、と。
赤竜の下顎での事も少し、いやかなり言葉が足りていなかっただけで、根本的にはルーディアの身を案じていたのだと力説され。
そこまで言われ、何度かの交流の中ナナホシの善性を確信していたルーディアは、一度会ってみる事にしたのだった。
危険は確かにあるが、あの時オルステッドは容易くルーディア達を全滅させる事が出来る程の実力があった。
にも関わらず生かし、コンタクトを取る手段を渡してきた。
何より自分が彼に感じた穏やかさ。
それを一度信じてみよう、とルーディアは人差し指にはめた指輪を眺めながら思った。
それに、丁度今朝、夢にヒトガミが出てきた。
「龍神は本当にやばいよ?君の今ようやく手に入れた平穏が壊されてしまう」と一見真摯に見える態度で訴えてきた。
今までの胡散臭さを加味し、それが逆にルーディアの心を決めた。
とはいえ街中では呼べない為に、早朝からゆっくりと移動をしているという訳だ。
お昼くらいまで歩けばいいかな、とお弁当をいれた袋を背負い、移動していた時の事だった。
「おはようございまーす」
横合いから声をかけられた。
ルーディアは瞬時に仮面を被り、声のしたほうを油断なく振り返った。
そこには鼠色のローブにマフラー、背中に大きな杖を背負った人物が立っていた。
『…どなたですか?』
警戒しながらルーディアは問いかける。
「あ、どうも初めまして、僕はSランク冒険者『泥沼』と言います。貴方、『デッドエンド』の『氷狼』さんですよね?剣の聖地よりお手紙をお持ちしましたよ」
そんな警戒を気にせず、朗らかな態度で手に持つ手紙をひらひらとさせながら、泥沼と名乗った人物は一歩ルーディアへと踏み出した。
ルーディアはそんな態度より…その声に警戒し一歩離れた。
「…離れられてはお手紙渡せませんよ?」
『いえ、それより貴方、私と何処かで会いませんでしたか…?』
「新手のナンパですかー?こんなおじさんを捕まえて、今の子は進んでますねぇ、あははは」
『…』
ルーディアは左腕の生成と義足の補強をローブの下で始める。
「はは…完全に警戒されてますね…仕方ない。お手紙はほら、ここに置いておきますよ。本来ならサイン貰えないと依頼完了にならないんですけどねえ、こうなっては仕方ないですね」
泥沼は手にしていた手紙をしゃがみこんでそっと置くと、4歩5歩と離れた。
怪訝に思いつつも、もしかして、の希望を捨てれず、ルーディアはその手紙にゆっくり近付く。
近付くに連れて泥沼が離れていく事に少しだけ安堵し、けれど視線は反らさずに置かれた手紙を拾った。
『なんで…?』
手紙にふと視線を落としたルーディアは驚愕してしまう。
それは、かつて自分達がエリオットに向けて送った手紙に、乾ききった血痕がいくつも付着しているものだったからだ。
思考に空白が出来たその瞬間、トン、と胸が前から押されたような感覚がした。
前を向くと泥沼は離れたまま。
けれど何かを此方に向けているようで。
「隙ありでしたよ」
『なにをし』
ごぽっ
喉の奥から込み上げる嘔吐感に、体を曲げて口から思わず吐き出す。
同時に視界に入るのは自分の足元と真っ赤に染まった地面。
不意に先程トン、と押されたと思った胸の中心に手を触れてみると、何もなく、胸の中へと手が入り、ベチャリと手が血に染まった。
『…え?あれ…?』
胸の中心に空いた穴からドクドクと流れる自分の命。
氷の腕と足が霧散し、膝がガクンと折れる。
冷たい。
ルーディアの意識は急速に闇に包まれ、そのまま血の海に倒れこんだ。
『死にたくない』
ルーディアの最後の意思を読み取り、仮面はそれだけ発し、ベチャリと血の海に転がった。
――――――――
ちっ。
「おやー、引き留めは失敗したんですか?」
…君か、このままだと彼女はオルステッドと接触して、僕の干渉を受けなくなるね。
「それは困りましたねー、彼女をどうにかする予定がパーですか」
オルステッド…忌々しい奴め。
「話聞かないし怖いお人でしたよまったく」
むしろよく逃げ切れたね。
「そもそもわざと会ったんですよ、どのくらい通用するか見るために」
君もなかなかイカれてるね、あの龍神の殺すターゲットにされてるというのに。
「雪深かったですし、彼が最初は見に徹しやすいのは知ってましたからね。僕のようなイレギュラー相手は特に」
感想は?
「絶対無理ですね、僕には荷が重いです。彼の対策は別の人ですね」
そりゃ残念。
「さて、それじゃそろそろ行きますかね」
ん?次はどうするんだい?
「彼女に直接当たってみますよ、龍神様と接触する前にね」
…んー、あんまりいい未来は見えないなぁ。
「やる前からやる気無くすような事言うのやめて頂けます?」