『氷狼』ルーディア   作:如月SQ

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『氷狼』対『泥沼』

死んだ、と思った後再度意識が浮上した時に思った事は『死にたくない』だった。

生まれ変わったとわかって、前世が朧気にしか思い出せなくて、ただただ死に向かう瞬間だけが頭にこびりついてて。

ただただ『死にたくない、死にたくない』と泣き叫んでいた。

そこから漸く顔を出したのが『後悔』。

本気で生きていきたい、死ぬ時後悔したくない、そんな思いから体が動かせるようになってからは色んな事を試した。

魔法が使えた時は嬉しかった、剣術の才能がないとわかった時は悔しかった。

外が怖かった、ロキシーに連れてって貰った時世界が鮮やかに色付いていった。

フィッツという友達が出来て嬉しかった、こんな自分でも人の助けになれるんだと思えた。

父様に怒られた時は悲しかった、母様が抱き締めてくれた時心から安心した。

リーリャの自分への強い忠義に戸惑った、妹達が産まれて大変だったけど可愛かった。

家族ともフィッツとも引き離されて辛かった、エリオットに理不尽に殴られて初めて怒った。

10歳の誕生日を色んな人に心から祝って貰えて、『私』は生きてていいんだって思えたんだ。

 

 

 

だから転移の後目が覚めてからのどんな苦痛も耐えられた。

おぞましかった、人はここまで醜くなれるのかと思った。

前任者の結末を見せつけて、下品な顔で嗤う醜悪な塵芥。

諦めず脱出を試みる私の両腕と両脚をゆっくりと見せつけるように折って、痛みに叫べば嗤う。

声を出せば五月蝿いと叩き、声を抑えていれば声を出せと蹴り飛ばし。

食糧に乏しい魔大陸で性奴隷に与えられる物など塵どもの欲望だけ。

火に囲まれて我先に逃げ出す滓どもに見捨てられる等当然であったし、どうすれば逃げられるかだけ考えてた。

体が燃え始めて、無理かもしれないと思い始めて。

それでも死にたくなくて、帰りたいと思って、動かない体を叱咤して。

誰かがいるのに気づいた。

 

 

 

ゴキリ

 

 

 

「おっと」

 

急速に意識が浮上したルーディアは、自分を覗き込んでいた男の顔面に爪を突き立てたつもりだった。

が、それは男がいっそ不自然に体を反らした事でかわされてしまった。

血の海に転がる血塗れの仮面を手に取り、その場から身を低くして離れ、仮面を被った。

 

「凄まじいですね、本来貴方の治癒魔術は王級どころか聖級にすら到達してません。神がかった魔力操作だけで吹き飛んだ肺を再生するとは…」

 

げぼっ、ごぼぉ

 

仮面の隙間から夥しい吐血が流れるが、胸の傷は赤い氷で覆われ、出血は止まっている。

 

『思い出した…お前…盗賊の根城で私の首を折った男…』

 

ルーディアはその時ギリギリの死の際で無詠唱治癒に成功し、どうにか首の骨を治し、燃えながらも体を治し、辛うじて生存に成功した。

代償として限界以上に魔力を使った事で髪が白くなっていたが。

 

「おや、覚えてるんですね、あれは苦渋の決断でした、あの状態では助かる見込みはなかったですからね」

 

助けを求めたが、無視されトドメをさされそうになった絶望をバネに、文字通り死ぬ気で生きた。

 

『嘘つき…そんな考えの奴が、あんな満面の笑みでゆっくりと首を折る訳ない…』

 

そんな絶望を与えてきた相手が目の前にいる。

マフラーの上からでも泥沼の頬がにぃとつり上がったのがわかった。

 

「滅多にない機会ですからね。子供が僕の手の中で息絶える瞬間を感じてみたかったんですよ、まぁ生きてたみたいですけどね」

 

泥沼は雑談は終わりとばかりに、先程も構えていた何か、筒を此方に向ける。

ルーディアはその筒に急速に魔力が集まっている事に気付いて、高速回転する魔力が放たれた瞬間横っ飛びでそれを避けた。

瞬間ルーディアがいた地面が弾けとんだ。

 

「そう、これは『岩砲弾』を高速射出する魔道具ですよ、生身で受ければ先程のように吹き飛びます」

 

ルーディアは着地後すぐに泥沼に近接しようと踏み切ろうとしたが、その片足がドボンと足元に発生した沼に落ちた。

 

『無詠唱魔術…!けど魔力の発生は見えなかった…!?どうやって』

 

「魔力眼の良くない所ですね、結局見れる範囲は同じ、視界に入らないようにすれば見えてないのと一緒ですよ」

 

とんとん、と泥沼は地面を足で指し示しながら言う。

地面からルーディアの視界に入らないように大きく迂回して沼を発生させたのだ。

沼に片足を取られながらも、ルーディアは素早く仮面に氷の狼の口を生成し、上体を反らした。

 

『アォオオオオオオオン!!!』

 

大音量の咆哮魔術が放たれる。周囲の木がビリビリと震え、木の葉が舞う。

しかし泥沼は目の前に身の丈以上の水球を生成し、容易く防ぐ。

そのまま巨大な水の球体がルーディアに向けて放たれる。

まだ沼から足が抜けない為に、その水を凍らせ砕こうとした瞬間、水球を貫いてきた岩に目を見開く。

ギリギリ上体を反らして直撃だけは防いだが、バガン!と仮面を砕きながらルーディアの額を抉っていった。

 

「咆哮魔術は声にのせた魔力が届いて初めて効果があります、声とは音、音とは空気の振動。振動を巨大な水等で遮ってやれば声は届かず、意味はない」

 

額からの夥しい出血を凍らせて処置するが、脳を揺らされたせいで視界も定まらず、体が思うように動かない。

そしてそもそも血が足りない…ルーディアは自分の体が纏う氷以外の要因で寒さを感じている事に気付いてしまった。

 

「魔力眼は障害物すら関係なく魔力を見ることが出来る便利なものですが、完全に透視出来る訳ではない。魔力が渦巻く巨大な塊の真後ろ。そこを見通す事は難しかったでしょう?」

 

魔力が走り、もう片方の足も泥沼に捕らわれる。

体が動かない、血が足りなく、魔力が枯渇して傷も治しきれず、胸の奥が凄まじい痛みを訴えてくる。

泥沼は、筒を身動ぎしか出来ないルーディアに向けてゆっくり構えた。

 

「これにてチェックメイトでっ…!」

 

「っおらぁあ!」

 

唐突に目の前に煌めいた剣閃に、泥沼は構えをやめてその場から離れる。

真正面から切り裂かれた魔道具と言っていた筒がその場にボトリと落ちた。

 

「あーあーあー。こうならない為に細工していたのに、全部パーですか…」

 

泥沼は懐から十を軽く越える封筒を取り出し、放り投げた。

それら全てがルーディア達が剣の聖地へと送った便りである。

 

「…ごめんルーディア、遅くなった」

 

先程泥沼に剣閃を放った赤毛の青年が、ルーディアと泥沼の間に入り、剣を構えた。

 

「積もる話はある、謝りたい事もいくらでもあるけど…」

 

ギリ、と歯を食い縛り、肩を竦める泥沼をギロリと睨み付け、エリオットは吼える。

 

「まずはこの糞野郎を、斬り殺してからだぁあ!!!」

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