『えと…私魔術師ですけど…?』
「けど剣神流を学んでたんでしょ?一回くらい来ても罰は当たらないわ!」
『今は剣も使ってませんし…それに、子供が…』
「この機会にまたやってみましょうよ!子供も剣の聖地までの旅路なら大丈夫でしょ!むしろ剣の才能の有無を確かめられるかもしれないわよ!」
『そもそもエリオットと行くというのは…?』
「え?聞いてないの?エリオット修行再開するって言ってたわよ?」
その場の視線がエリオットに向く。
「いや、この後言うつもりで」
「何人か一緒に移動するなら一人が子供見てれば充分でしょ?なら貴方達もいけると思うの!」
『うーん…確か往復で3ヶ月くらい…ですか』
「あの…別にまた黙っていなくなったりするつもりはなくて…」
しどろもどろなエリオットに、ルーディアはピシャリと言い放つ。
『ああ、疑ってる訳でもそれに怒ってる訳でもないですよエリオット。ただちょっと黙っててください』
「はい」
やっぱ怒ってる、とエリオットは小さく呟いた。
「ワン!」
「ほら、おっきなワンちゃんも任せとけって!」
『いや、何言ってるかなんてわからないでしょう…そもそも何故そんなに剣の聖地に連れていきたがってるのですか?』
「いや、私があっさり負けちゃったし、エリオットもなんかここで立場低いし、剣神流は本当はもっとすごいのよ!って見せたくて」
『すごいのはわかってますよ、光の太刀は私には防げませんからね、出させないように立ち回ってただけです』
「それを私相手に出来る剣士がどれだけいるかって話なんだけどねぇ…ま、家族旅行と思って。どう?泊まる場所とかは保証するわよ?」
『んー…まぁ、前向きに考えて…』
「良かった!それじゃ馬車の手配しておくから、明日の朝にね!」
『明日!?というか行くとは』
「四人よね!防寒着は途中でいくらでも買えるけどお気に入りなのがあったら持っていくといいわ!剣の聖地にはあんまないし!それじゃあね!」
そう言って此方の話を聞かずに止める間もなくダッシュで去っていったニナ。
暫し沈黙が流れるが、ルーディアは肩を落として全てを諦めた。
『仕方ないですね…後でレオを連れて魔法大学行ってきます…4ヶ月くらいを目安にして行きましょうか。フィッツ、帰ってきたら結婚の宴開きましょうね』
「うん、そうだね…にしてもすごいパワフルな、嵐のような子だったね」
『そうですね…本当に』
しみじみとルーディアは頷いた。
「明日というのは急だが、まぁ剣士を志すなら一度は行くべき場所だ。過酷な土地だが一般人がいないという訳でもない、アルスも大丈夫だろう。勿論あたしに出来る事ならなんでもするから、いくらでも頼ってくれ」
ギレーヌが胸を叩いて強く宣言する。
それにルーディアは頼もしそうに頷いた。
『ありがとうございます、ギレーヌ』
「えと、それでルーディア、その」
『ふふ、そんな萎縮しないでください。そもそもあの時駆けつけてくれなければ私の命はなかったんですから、感謝してるんですよ?エリオットが、今の自分に納得出来てないのも知ってます。修行で会えなくなるのは寂しくなりますが…強くなって私を守ってくれるんですよね?』
エリオットの目には、かつて幼少期に自分に向けて蠱惑的な笑みで約束してくれたルーディアの姿がありありと映っていた。
「ルーディア!」
感極まったようにルーディアに腕を広げて駆け寄ってくるエリオット。
『おっと』
それをルーディアは躊躇なく氷付けにした。
『お預けです、それではエリオットまた明日』
そう言ってエリオットの頬にキスを落としてから、皆を引き連れてルーディアは家に入っていった。
「…それ生殺しって言うんだぜルーディア…」
首から下を凍らせられたエリオットは、一人庭で寂しく呟いた。
その後ナナホシとお風呂に入り、ナナホシを送るついでにレオの首輪を用意したり、魔法大学にレオをアルスのお守りとしてお願いしたい旨を伝えたり、4ヶ月程旅行にいくと伝えたり、ばったり合ったリニアが「せーじゅーさま!?」と驚いたり、事情を聞いたプルセナが「…一応手紙送っておくの」と言う一幕等があり。
出発の朝。
見送りにフィッツが来ていた。
「流石にずっとアリエル様から離れる訳にも行かないから僕は行けないけど、気を付けてね」
『うん、フィッツも体には気をつけて』
二人はそう言って軽く抱き合い、直ぐに離れた。
そして手を振るフィッツに皆で振り返しながら、一行は剣の聖地へ出発したのだった。
面子は剣王ギレーヌ、剣聖ニナ、エリオット。
ルーディアにその息子アルス、そしてペット件守護魔獣のレオである。
天気のいい移動時間の時、レオはよくアルスを乗せて馬車の横を歩き、アルスが昼寝の時は馬車からそこそこ離れた所を警戒しながら見張っていたりと、まだこれからではあるが、安心出来る働きぶりであった。
そんなレオを皆可愛がったし、エリオットも可愛がったが、力加減を一度間違えてしまった時があった。
きゅーんきゅーんと悲しげに鳴くレオに、肩を落とすエリオット。
そこで話し掛けたのはなんとアルスだった。
「おとしゃま、レオ、やーしくしゅる」
「そう、だな…ごめんなレオ」
エリオットは今度こそゆっくりと優しく撫で、レオも一度ビクリとしたがその手を受け入れ、ペロリと舐めた。
平穏な旅が続くなか、不意にルーディアは気になっていた事をニナに聞いてみた。
『最初、なんでエリオットを返せ!みたいな事言ったんです?』
ニナは周囲を見回し、今はアルスを乗せたレオと、それを見守るエリオットが少し離れた所にいるのを確認し、口を開いた。
「まぁルーディアさんなら気付いてるか…私エリオットに好意を持ってて、それとなくアピールしてるけど、ルーディアさんに首ったけだから全然手応えなくて…」
『ええ、まあなんとなくエリオットへの好意は…』
「ただ本題はそこじゃなくて、ギレーヌさんが来た時に『ルーディアの為にエリオットのバカは連れ帰る!』って宣言して邪魔する剣士を漏れなく全員平手打ちしてエリオットの首根っこ掴んで去っていったのよ」
『…全員…?』
「私の父の剣神も含めて、剣帝や剣王、剣聖のほとんど全員。まぁその出来事と私のエリオットへの好意の色眼鏡もあって、貴方のせいでエリオットが連れてかれた!って思っちゃって…改めて迷惑かけちゃってごめんね」
『…わぉ…ギレーヌすごいですね』
「…ん、呼んだか?うとうとしていた」
『いえ、なんでもないです』
剣の聖地ではそれを『母猫の癇癪』として笑い話にしているらしい。