「ルーディア」
落ちた仮面を拾ったエリオットはそう声をかけてルーディアに手渡していた。
その仮面を受け取ったルーディアは、そのまますっぽりと顔を隠すようにつけた。
『ア、ア。ありがとうございますエリオット。すみません、この火傷で喉もやられていまして、この仮面がなければ声が出せないのです』
どういう原理なのかはわからないが、あの仮面が今はルーディアの声を担っている、らしい。
いや、と気の抜けた返事しか出来ない俺に、ルーディアは静かに問いかけてくる。
『先程は省いた話、したほうがいいですかね?』
「何で省いて…いや、なんでもない…頼む…」
『わかりました。エリオット?』
「ルーディアに任せる」
『ありがとうございます』
ルーディアには未だに嗚咽を漏らすシェラに抱き着いている。
にも関わらず変わらず淡々としていて、けれど優しくシェラの背中をポンポンと叩いていて。
そのチグハグさに頭がどうにかなりそうだった。
『魔大陸に飛ばされた私達は、そこを根城にする盗賊団に囚われていました』
そこまで聞けば大体がわかってしまう。
フィットア領から飛ばされた人の何人かが体験してしまった、奴隷扱い、慰みもの…。
俺の家族だけはこんな目にあって欲しくないなと身勝手にも思っていたそんな体験が、自分の娘の口から発されていた。
『ある時、詳細はわかりませんが根城が火事になりました。盗賊達は直ぐ様逃げていきましたが、逃げ出す間もなく私達は火に囲まれてしまいました。魔大陸は過酷な土地ですから、ほぼ食料など貰えなかったのでまともに動けなかったのです。まぁその時、私達は何度か隙を見て逃げ出そうとしたせいで、両手両足の骨を折られていて歩く事すらまともに出来ませんでしたけどね』
想像以上に壮絶な内容に俺は何も口を挟めなかった。
そんな俺を尻目にルーディアは未だに鼻を鳴らすシェラの背中をポンポン叩くと、離れるように身動ぎする。
心配そうにルーディアを見つめたシェラだったが、最後に強く抱き締めてからゆっくりと離れ、そのまま俺からはヴェラの影に隠れて見づらい位置に移動した。
『そこで私は手酷く左半身を焼かれましてね』
そう言ってルーディアは徐にローブの前をはだけさせ、左腕があるべき場所をさらけ出した。
ローブの中は半袖がひらりと揺れただけで、その先には何もなかったのだ。
『腕はこの通り。左脚も義足です。』
脚を動かしたのか、カシャンと軽い音が鳴った。
そのままルーディアはローブのフードにも手を掛ける。
外され露になったのは、一部だけが茶色くなっている白い短髪だった。
『そして…そうですね、逆に意識がはっきりしてしまった私は、死に物狂いで氷魔術を使って、命だけはギリギリ繋ぎ止めていました。髪はその後遺症らしいですね。そしてそこを偶然通りかかった魔族…先程話した恩人のルイジェルドさんに助けて貰ったんです』
髪は…ゼニスが色んな髪型をしてみたいと言っていて、ルディもそれに応じてあげたいと、それにフィッツに綺麗だと褒められたからと、いつも丁寧に手入れをしてた。
それに、腕も、脚も…もうあの頃のように元気に走り回れないのか。
ブエナ村を笑顔で駆け回る幼い姿が頭を過る。
いや、何よりそんな間一髪で娘の命を救ってくれた恩人に、俺は何て。
『顔の筋肉が動かなかったり声が出ないのは、重度の火傷を負いながら氷で無理に冷やしたり、無意識に治癒魔術を使ったりしたせいで変に治ってしまったからです。左眼は視力がかなり低下してしまったせいで、左右のバランスだったりぼやけたりで後に不覚をとってしまったからですね』
ああ、今にも吐きそうだ、酔いなんて最早さめてるのに。
娘が受けたあんまりな仕打ちに、そんな娘に向けた俺の心無い仕打ちに、怒りと罪悪感と悲しみで、俺の眼からは気付けば涙が流れていた。
シェラが耐えきれないとばかりに走り去って行くのが視界の端に映った。
『…父様、すみませんでした』
そんな今にも何かが破裂しそうな状態の中、ルーディアが何故か頭を下げてきた。
意味がわからず何も返せないでいると静かに言葉を続けてきた。
『父様と母様に貰ったこの体を、こんな醜い姿にしてしまいました。私は…親不孝者です』
一番苦しかったのはルディだろうに、そんな事を言う娘に掛ける言葉は見つからなかった。
詰まって難しい表情でいる俺を尻目に、ルーディアは更に俺の理解の範疇をこえた発言を続ける。
『先程も言った通り私達はフィットア領に向かいます。親不孝物なりに捜索を続けますから、またどこかでお会いしましょう』
「は、いや、ルディお前そんな状態で旅を続ける気なのか!?」
『勿論です。それに父様を疑っている訳ではありませんが、私も自分の目で確かめて…』
あまりにも信じられない発言に俺は思わず立ち上がり、ルディに詰め寄った。
「ダメだダメだ!魔大陸からここまでとてつもない苦労をしたのはわかった!俺が何も知らないで好き勝手言ってしまったのも謝る!けどもういいじゃないか!折角出会えたんだ、これからは俺が、俺達が守る。みっともない姿を何度も見せちまったが、俺を信じてくれルディ」
『…………』
そう言いながらルディの肩に手を置いて顔を見つめる。
俯いて沈黙したままのルディに罪悪感が募るが、こんな状態の娘を送り出せる親がいるか?
こんな駄目な父親だが、少しでも父親らしい事をさせてくれ。
そう思っていると、横でエリオットが血相を変えているのが目に入った。
「っ…!ダメだ離れてくれ!」
「またお前か、これは家族の話なんだ、引っ込んでて…」
「よせルーディア!」
猛烈な殺気と冷気に瞬時に体は勝手に反応し、全力で後ろに下がった。
眼前を凄まじい勢いで通りすぎる何かを見た俺は、そのまま二歩三歩と下がる。
左側から振り下ろされたそれは、俺の頬に一筋の傷を残し、そのままテーブルに向けて吸い込まれていた。
バキャァ
テーブルが凄まじい勢いで砕け散っているのが見え、酒場に悲鳴が響き渡った。
それをなしたであろう何か、は氷で出来た爪、そして腕。
…それはルーディアの左肩から伸びていた。
ゆらりと幽鬼のように立ち上がったルーディアの足元が、パキパキと音をたてて凍り始める。
『触るナ』
明らかに様子のおかしいルーディアだが、此方に向ける殺気は本物だ。
油断すれば次の瞬間には首が飛んでもおかしくない。
目の前から猛烈な冷気が発されているというのに、冷や汗がたらりとたれた。
ああ、くそ、これも俺のせいかよ…畜生。
自分のバカさに呆れながらも死ぬわけにはいかない、家族の為にルディの為に。
『私ニ触るナぁあああアアあ!』
瞬く間に距離を詰め、俺に対して躊躇いなく氷の爪を振りかぶるルーディアに、俺はふと魔大陸からの情報の一つを思い出していた。
新たな冒険者チーム『デッドエンド』そこに氷を自在に操り、前線で爪をふるって戦う纏め役がいると。
通称、『デッドエンドの番犬』またの名を『氷狼』。
凄まじい殺気に怯みそうになるが、振り下ろされる爪に対応する為に、剣を鞘ごと外して構えた。