ルーディアの習慣の一つに朝の散歩がある。
片足義足である為に、無理のない範囲ではあるが、体を温めながら行うそれは競歩に近い。
そんな散歩に、今は同行者がいる。
ギレーヌとレオである。
たまに早起きしたアルスがレオの背中に乗ることもある。
ちなみに朝に弱いフィッツは未だに夢の中である。
「ルーディア、水神との修行はどうなんだ?」
『修行なんて大層な物じゃないですよ、ただ基礎の水神流を教えていただいてるだけです。…それが水神直々なのは、光栄で畏れ多い事で間違いないですが。ただ…そろそろ動くのが大変な頃になってきたので、一度中断ですね』
「そうか…しかしわかってはいたが残念だな、ルーディアが水神流に取られてしまった…」
『変な言い方しますねぇ…』
ルーディアは安定期に何度か水神流の基礎の基礎をレイダから教わっていた。
水神流を志す剣士がいれば血涙を流すだろうとんでもない光景である。
ただルーディア自身も驚いた事に水神流は実に手に馴染んだ。
剣神流の型をする時の違和感等がまったくなく、スムーズに行えた。
精々問題なのは自分の気持ちくらいだろうか。
――父様。私、習うの剣神流がいい。
――そうかぁ?ルディは女の子なんだし、攻めより守り重視の水神流のほうが良くないか?
――父様の剣神流の技、カッコ良かった。私も使ってみたい。
――可愛い事言ってくれるなぁ、よしわかった、任せろ!
『…憧れは憧れですよ、ギレーヌから習ってもダメだったなら、私と剣神流は縁がなかったんですよ』
一抹の寂しさと在りし日の憧憬を抱きながら、帰路についた。
『今日はナナホシの所に研究を手伝いに行って、それからは出産まで学校は休むと伝えに言って回ります。終わったら図書館にでもいますね』
「うん、わかった。僕もアリエル様に伝えておくよ」
魔法大学前でルーディアと女装をやめたフィッツは話をしていた。
フィッツが女装をやめた事、男だと明言した事で、フィッツによる女子寮土下座事件や、シルフィファンクラブ同士の抗争等の問題が起こったが、今は一先ず平和を取り戻していた。
女装をやめて髪を短くしたフィッツは、にこりと笑って、手を振る。
「それじゃルディ、また後で」
『はい、また後で』
ルーディアも手を振り返し、二人はそれそれ歩き出して行った。
『【研究の進み具合はどうですか?】』
【まぁまぁね…まだまだ目処は立たないけど、進んでいる実感はあるわ。それにしても…その歳で二人目…?父親も違うっていうし、異世界恐るべしだわ】
『【幼馴染みがすごく熱烈で…避妊もしてないですから。する気もなかったですけど】』
【ああはいはい、ご馳走さま…】
呆れたように息を吐くナナホシだが、手は止まらず魔法陣をかき続ける。
【とりあえず今かいてるのにまで魔力込めて貰えれば暫く大丈夫…かしらね、あとはまた復帰してきたらお願いするわ】
『【わかりました】』
ルーディアは目の前に何枚か積まれているスクロールに順々に魔力を込めていく。
【…そういえば貴方ずっと敬語よね?前世含めたら私よりずっと年上でしょうし、別にわざわざ使わなくてもいいのよ?】
『【そう…ですか?じゃあ、そうしてみますね】』
そんな会話をしているうちに、ナナホシの手が止まった。
書き上げたものをじぃっと見つめ間違いがないかを確かめて、ルーディアへと手渡した。
【よし…と、それじゃこれもお願い】
『【わかった】』
【んー!はぁ。それで?出産はいつ頃になりそうなの?その後少し落ち着いたら披露宴もするんでしょ?】
ナナホシは大きく伸びをしながらルーディアに問いかける。
『【そう。…産まれるのはあと三ヶ月前後。もう少ししたら歩くのも大変になる。披露宴はその一月後の予定】』
【…ねえ、魔力込めるの辛くない?】
『【…?全然大丈夫。魔力量には自信ある】』
【な、なんか怒ってる…?】
『【…怒ってませんよ。…ほら、私の素の喋り方でこの感情の乗りにくい魔道具の声だと、すごく冷たい印象になってしまうでしょう?だから少しでも柔らかく、と丁寧な言葉を心掛けてるんですよ】』
【そ、そう、良かった…】
ほっ、と胸に手を当てて安堵のため息を吐いたナナホシ。
【素の言葉遣いすごいクールなのね…悪いんだけど、やっぱり敬語使ってて…お願いします】
『【ふふ、わかりました。それで今日はお風呂に入りにきますか?】』
【そう、ね…今日もお邪魔しようかしら…フィッツ君には申し訳ないけれど】
『【そろそろ安定期も終わりですから丁度いいですよ】』
【…?】
『【それでは、私もそろそろ行きますね、研究頑張ってください。また後程】』
頭に疑問符を浮かべてルーディアを見送るナナホシだったが、ふとそれの意味に気付いてしまい、誰もいない研究室で赤面していた。
ナナホシの研究室を出たルーディアは順々に特別生の所に挨拶に向かう。
また暫く休むが、いつでも家には来て大丈夫だと伝えた。
「わかった、リーゼがかなり君達を気にしていたから、歓迎してやってくれ」
『クリフ先輩はいらっしゃらないのですか?』
「ザノバと共同でやってる研究がかなり難しい所に入ってね…是非とも成功させたい研究だから、そっちに力をいれてるんだ」
『そうなんですか…』
「子供を産んだことも取り出した事もあるので、頼って貰って構いませんのよ」
『はい、頼もしいです』
「母子ともに何事もなく、出産を終えられるように祈っているよ」
「ルディ、お待たせ」
用事を終えて図書館で読書をしていたルーディアの所にフィッツがやってきた。
気付けばもう放課後、読みふけってしまったようだった。
「それじゃ、帰ろっか、僕達の家に」
『はい』
ルーディアは読んでいた『転移の迷宮探索記』を元の場所に戻し、フィッツと並んで帰路につく。
女装をやめてからやたらと凛々しくなった幼馴染みを頼もしく思いながら、ルーディアは大学を後にした。