それは出産から一ヶ月程経った頃の事。
レイダ・リィアはギレーヌを引き連れて剣の聖地へと戻る事になった。
産後の様子を見て大丈夫だと判断し、リハビリと称して軽い稽古を何度か行い、ルーディアに水神流上級の認可を授けて。
ルーディアは最初戸惑ったが、水神流を使う上でかなり手応えを感じていた為に、何処かストンと受け入れてしまった。
レイダは「もし更に本格的に水神流を学ぶ気があるならアスラ王国の道場の門戸を叩きな、たっぷりしごいてやるよ」と言い残した。
ルーディアはレイダが旅立つ寸前に改めて聞いた、何故魔術師である自分にここまで世話を焼いてくれたのか、と。
「龍神オルステッドに狙われてる嬢ちゃんが気になったのもあるけど…あたしが使う流派の才能を持ってるのに、魔術師なのが勿体ないと思ったのがひとつ。迷走してるあんたに、ちょいと戦い方を教えてやりたかったのがふたつ目。みっつ目は…やはりただのお節介さね。精々元気でやりな」
ぶっきらぼうな優しさの感じられるその言葉に、ルーディアは心から感謝し、頭を下げてレイダを見送ったのだった。
確かに戦い方が迷走していたルーディアだが、自分の手に馴染む水神流は、新たな指針としてこの先必ず活かせるだろう、と思えた。
いつかちゃんと門戸を叩くのも悪くないな、と思いながら、レイダを乗せた馬車が見えなくなるまで見送ったのだった。
突然人が減って寂しく感じると思いきや、知り合いの見舞いを始め、エリナリーゼがよく来て家事等を手伝ってくれたりで毎日賑やかであった。
このままもう少し落ち着いたら披露宴を…という事を考えてい時に、それは届いた。
パウロ・グレイラットからの手紙だ。
手紙は端的に言えばこう書かれていた。
妹達を頼む、と。
衝動的に破かなかったのが奇跡だと、ルーディアは自分でも驚いた。
勿論ただただ無責任に丸投げであったならそうしていただろうが、手紙からでも各所から感じられる自分への謝意に、絆された…と言っていいだろう。
ただ許せるかというと、そう言えないのがルーディアの本音であった。
あの時のパウロとのやり取りは、未だにジクジクと心の奥でルーディアを苛んでいる。
あの失望の瞳を思い出すだけで記憶が刺激され…もしかしたら前世の記憶だろうか…心の奥底から震えてしまう。
その後申し訳なさそうなパウロ相手に暴れた事自体は悪かったと思ってはいるものの、許せる程ではない。
アイシャはいい、シーローン王国で会った時も特別問題のある子ではなかったし、悪くない関係を築けたと思う。
あえて言うなれば幼さに比例せず大人過ぎる、と思ったくらいだろうか。
問題はノルン。
ルーディアは楔のように突き刺さっている言葉を、どうにも消化しきれていない。
ドルディアの村でこんな所にいたくないと、先を急ぎたくて無理矢理洪水を凍らせて村を出た時、ルーディアが助けた獣族の子供が呟いた言葉である「化け物」。
実の妹だと気付いて手を止めたルーディアに対して、まったく気付かず親の仇を見る目で「化け物」と言われた事、どうしても心に引っ掛かりを覚えてしまう。
そして…オルステッドから教えられた、今とは違う未来で起きた悲劇の原因…。
ロキシーとそういう関係になる…正直今は憧れが強く自分からそう思えてる訳ではないけれど、少しロキシーからアプローチがあれば受け入れてしまいそうな気はしている。
だからそこまで現実味のない話ではなく…ロキシーとクリフが死に、ルーディアが子を望めなくなる。
それの原因となったノルンに、どう対応すればいいのかわからなかった。
手紙にはかなり金は持たせているから、学校や住むところの紹介だけでも頼むとはかかれていたが…。
やがて悩むルーディアは、未来を知るオルステッドを呼び出す事にした。
「…俺個人としてはノルン・グレイラットには生きていて貰いたい…と思っている
『それは…どうしてか聞いても…?』
「今までのループでノルン・グレイラットがヒトガミの使途になった事はない。特段戦闘力が高かったり何か偉業をなしたりする人物ではないからだ。だが、ノルン・グレイラットはいずれ子を産む。その産まれた子に俺は大層世話になった…出来れば生を授けてやりたい、と思うくらいにはな」
そう語るオルステッドの瞳には憧憬が感じられた。
『恩人、ですか…』
「そうだ。前回のノルン・グレイラットがああも歪んだのは恐らくヒトガミが干渉したからだ。守護魔獣でその干渉を防げば使途となる事は防げる筈だ」
『…それは、一緒に住めと言うこと…ですか?』
「そうなるな、日頃から顔を合わせ、守護魔獣に守る範囲であると認識させておいたほうが良かろう」
その結論にルーディアは何も言えずに頷いた。
『……わかり、ました…』
意気消沈するルーディアに理由がわからず眉をひそめるオルステッド。
不愉快にさせてしまったか、とルーディアが慌てて話を変える。
『そ、そう言えばベガリット大陸には、母様の捜索には助力しなくてもいいのでしょうか、その、前は『泥沼』とエリナリーゼさんが向かったんですよね?私個人としては手紙には心配するなとかかれては居ましたが、何かしら助けに行きたいと思っています」
「む、そうだな…以前説明したと思うが、転移魔法陣を使えば迷宮都市ラパンへここから一月半程で辿り着く」
『えっ』
「…どうした」
『…そんな短くなるんですか…?聞いてませんよ…?二年の旅路が大幅短縮、としか』
「む…?そうだったか?」
『もう…そんなに短い旅路なら私行きますよ、流石に産後でまだ鈍っているので少し鍛え直したり、披露宴をする予定もあるのですぐにとはいきませんが…転移魔法陣使って問題起きたりしませんよね?』
「今まで問題が起きたことはないな。使った後の隠蔽と、使用した者への口止めを徹底すれば大丈夫だろう」
『わかりました…ではいずれベガリット大陸には直接救援に向かいたいと思います』
「ああ、俺も暫くこの辺りを離れる。『泥沼』は既にこの辺りにはいないようだからな…先に『冥王』ビタを天大陸へ探しに行く」
オルステッドはこれで話は終わりとばかりに歩きだす。
「ルーディア・グレイラット、健闘を祈る。二年後にまた会おう」
そう言い残して、オルステッドは去っていった。
二年後…オルステッドの配下としての活動が始まる。
先を思うと不安に押し潰されそうになるが、まだ先の事だ。
それよりも目先の事を、と思うが…同時に先程の会話を思い出してルーディアは肩を落とした。
『…この先大丈夫かな…』
兎に角不安だった。