リーリャの話によるとパウロが左目に怪我を負ったものの、皆無事に、ゼニスもまだ目覚めてはいないながら生きて救出に成功したとの事だ。
ゼニスは転移迷宮に囚われていて、最初は攻略の糸口を掴めず苦戦したものの、『泥沼』が購入した本に、転移迷宮攻略にかなり重要な情報がかかれていて、それを参考に攻略出来たという話であった。
『っ…『泥沼』はまだここにいるんですか!?』
「あ、いえ、本を購入した際に相当吹っ掛けられたらしく、迷宮攻略の分け前を受け取ると、護衛を引き受けると行って直ぐ様旅立ってしまわれました。とても活躍していらっしゃったそうですよ」
『そう、ですか。彼に何かされませんでしたか?』
「…?いえ、実直な仕事振りだったと聞いています。旦那様はどうにも嫌っていらっしゃいましたが、誰にでも丁寧なお方でしたよ」
ルーディアはオルステッドの話していた情報と違う現状に暫し悩む。
しかしゼニスに、母に会いたいという思いに、暫しその違和感に蓋をした。
『とりあえず、来てしまったものは仕方ないです、皆様の所に案内して貰えますか?』
「勿論でございます。では此方へ」
リーリャはペコリと頭を下げると荷物を抱え直し、先導して歩き始めたのだった。
辿り着いた先、宿屋に着いた先で待っていたのは、達成感を滲ませ、笑みを浮かべて話をしていたパウロ達の姿だった。
パウロ、タルハンド、ロキシーの三人は物音に気付いてか、ほぼ同時に此方を向いた。
「おおリーリャ帰った…か?」
パウロは笑っていた顔から表情が抜け、瞳を見開いて固まってしまった。
「皆様、ルーディア様とギレーヌ・デドルディア様、エリナリーゼ・ドラゴンロード様をお連れ致しました」
そう言って頭を下げるリーリャを尻目に、タルハンドがフン、と鼻を鳴らした。
「まったく遅いんじゃ。ゼニスは儂らで救いだしてしまったぞ。まぁいいタイミングじゃ、今日はその祝いをする予定でな。お前達も飲んでいくといい」
そう言うタルハンドの言動は荒っぽいものの、一仕事終えた男の誇らしげな雰囲気が漂っていた。
「ま、折角遠路遥々やってきたというのに、そういう言い方するんですのね」
エリナリーゼがズンズンとタルハンドとパウロの元へと歩み寄っていく。
昔馴染みの彼らだ、それにギレーヌも加わりたそうにそわそわし始め、辛抱堪らないとばかり話に花を咲かせ始めた。
それとすれ違うように、ロキシーがルーディアに歩み寄ってきた。
ルーディアの記憶と変わらないその姿に、昔は見下ろされていたのになぁと瞳を細めた。
「ルディ…なんですか?」
『…はい、ロキシー先生。お久し振りです』
「っ…やはり声も…貴方の状態は僕の故郷で聞きました、ひどい怪我を負った子だったと…よく、よく生き伸びました…!」
ぶわり、と涙を流しロキシーはルーディアを抱き締めて…。
「ご、ごめんなさい、格好がつかないので、しゃがんで貰えますか…?」
抱き締めようとしたのだが、ルーディアのお腹に抱き付く形になる事に気付いてしゃがむように要求するロキシー。
そんな先生に和んだルーディアは言われるがままにしゃがみこみ、頭を包み込むように抱き締めて貰った。
「ああ、なんて可哀想なルディ…でも本当に生きてて良かったです…。痛みはないんですか?綺麗な顔も火傷で…ひりひりしませんか?」
『先生、もう火傷負ったのも6年も前の話ですよ』
「あ、ああ、そうですよねすみません。でも本当に、生きて再会出来て良かったです…ゼニスさんの救出も成功したので、ルディに胸を張って会えるという話をしていたのですよ」
ロキシーはそう言いながら、ゆっくりと体を離した。
『そんな事しなくても、初めから先生は私の自慢の先生ですよ』
「ありがとうございます、ルディ…本当に会えて嬉しいです。大きく…なりましたね」
そう言いながらチラリと胸に視線がいくのはロキシーも男の子なんだなぁ、としみじみ感じていたルーディアだった。
再会の喜びもそこそこに、ルーディアはひとまず今はまだ目覚めないという、ゼニスの顔を見に行く事にした。
ギレーヌとエリナリーゼは後で見に行くらしい。
なので、まずは一人でゼニスが寝ているという部屋に、ロキシーに案内して貰って入る事にした。
そこには以前出会ったヴェラとシェラがいて、此方に気付いて会釈をしてきた。
ルーディアも会釈を返し、二人の前のベッドに眠るゼニスに視線を向けた。
静かに息をして、安らかに眠ってるように見えるゼニス…。
オルステッドの話が真実であるなら、ゼニスはもし目が覚めても心が…。
そんな事が頭に過るが、首を振ってその考えを振り払う。
オルステッドの話ではそもそもこのタイミングではゼニスは救出出来ていなかった、時間が変わったのだから、ゼニスの状態も変わるかもしれない。
そんな小さな希望を胸に灯し、ルーディアはゼニスの頬に手を添えた。
『母様…生きてて、良かった…』
撫でた頬は暖かく、指先の感触がゼニスが今生きている事をルーディアに教えてくれていた。
ぽとりと涙を一筋流すと、ルーディアは立ち上がり、二人に再度会釈をしてその部屋を立ち去って行った。
戻った食堂にはギースも戻ってきており、先程はなかった様々な酒瓶が並んでいる。
酒を買いに行っていたのだろう、とわかるそんな様子だった。
そしてそんな瓶を開けて、彼らの宴は既に始まってしまっているようだった。
ルーディアとしては、まだパウロを許している訳でも父親と呼び直せる気分でもない。
あの時パウロが少し酔っていた事もあって、酒を飲むパウロに余りいい印象はないものの、昔の仲間との再会もあるし念願のゼニスの救出、それに成功したのだ、今日くらいは。
「っぷはー、そこでこう!俺の剣がヒュドラの首を断ち切ってなぁ!」
「泥沼がすかさず焼いたんじゃ。昔っからじゃが魔術師としては尊敬しか出来んわい」
「ソロで魔術師やってるだけはあるよな本当に」
『泥沼』の話をしているようだが、流石にこの場で水を差すことは憚られたのか、ギレーヌとエリナリーゼは難しい顔をするだけに留めているようだった。
つまみを食べなから迷宮での武勇伝を語る三人に、元同じパーティの二人はとても馴染んでいるように見えた。
そういえばエリナリーゼは、ルーディアのようにパウロに、思う所があったと言っていた気がするが…。
「まぁ、お疲れ様でしたわパウロ。わたくし達の手を煩わせなかった事は褒めてさしあげますわ」
そう言いながらパウロに酌をしているエリナリーゼ。
「お、わりぃな、いや、来て貰えただけで有難いぜ。なんせ帰り道が楽になるからな!ゼニスが目覚めりゃ凱旋だ!」
二人に蟠りは感じられない。
仲直りしたのだろう、楽しそうにしている。
少し複雑な思いで彼らを横目に足を進める。
「ルーディア様も飲みますか?」
すると近寄ってきたリーリャがそう問い掛けてくる。
酒を飲む気分ではなかったルーディアは、首を振って酒精のないものをお願いした。
畏まりました、とペコリと頭を下げるリーリャを尻目に、楽しそうなパウロ達と少し距離をあけた場所に座り込んだ。
「ルディ…隣、いいですか?」
するとそこにロキシーが酒のはいったコップを持ってやってきた。
『勿論ですよ』
ルーディアは快く受け入れ、ロキシーは左隣にポスリと座った。
やがてリーリャが果実ジュースをルーディアに手渡したタイミングで、ロキシーが自分の持つコップを掲げた。
「再会に」
『はい、再会に』
チン、と軽くコップを打ち付けあい、ルーディアは果実ジュースを一口飲んだ。
宴が続くなか、途中からなんとも言えない違和感をルーディアは感じ出す。
リーリャが、パウロの腰にしがみついている。
見る限り給仕に徹していたし、酒を飲む様子もなかったにも関わらず、普段はしないような行動をとっている。
「んー…もっと構ってください」
それにパウロも気にしていない様子で酒をあおり続けていて、エリナリーゼとギレーヌが遠目からでもわかる程に動揺しているように見えた。
更にはそれにギースとタルハンドも疑問を覚えていないように見える。
そして、ルーディアの隣に座るロキシーもにも、違和感が表れる。
なんだか妙に距離が近く、ボディタッチが多い。
今も肩に手を回しながら酒をあおっている。
『…先生…?酔ってますか?』
「はい?いえ、ルディはいつもあまりお酒飲まないと思いましてね、たまには一緒に酔っぱらいましょうよ?」
そして、何処かズレた話をするのだ。
パウロも、リーリャも、タルハンドも、ギースも、後から参加してきたヴェラとシェラも。
違和感は強くなるものの、どうしたらいいのかわからない。
微笑んで此方に酒をグラスを突き出すロキシーに、ルーディアは困惑してしまう。
『…?たまにも何も、私と先生は久し振りで…?』
そこまで言いかけた時、ロキシーの薄い青い右の瞳が一瞬、白目も含めて深い青い色に染まったように見えた。
見間違えか光の加減か、目を擦って再度ロキシーの瞳を覗ことした時、ルーディアに声がかけられる。
「なあルディ、お前今幸せか?」