「ぐうっ!」
鞘に入ったままの剣を横にして振り下ろされた氷の爪を止める。
何処からこんな力が出てるのか、鞘に手をあてて両手で防いでるにも関わらず、気を抜くと押し込まれる…!
「パウロ団長!」
「手ぇ出すな!親子喧嘩みたいなもんだ!」
とはいえ格好つけたところでそう余裕がある訳じゃないがな!
「ルーディア!やめろ!」
横からエリオットが無手でルーディアに飛び込む。
無謀だ、そう思いつつもこのままでは埒があかないのも確か、俺は俺でそれに対するルーディアの動きに注視する。
次の瞬間に起きた変化は仮面に氷が張り付き、獣のようなまさに狼のような形になって少し体を反らした事だ。
それで力が少し抜けたのを見計らい押し返そうとした次の瞬間。
『アォオオオオオオン!!!』
至近距離でその咆哮を浴びた俺は一瞬頭が真っ白になり、剣を落とし、頭がふらついて膝をついてしまう。
同様に動きの止まったエリオットが身を翻して一回転したルーディアの右の蹴りを受けて吹き飛ばされたのが微かに見えた。
そもそも義足でどうやって…見ればルーディアの左足は氷で覆われていた、なんでもありか。
確か、声に魔力を乗せるドルディア族の秘伝の魔術か、頭がふらついて体がまともに動かん。
こちらの様子を伺っていた団員達も大なり小なり影響を受けてまともに動けそうにないな…。
『サワルナ、私に触るなぁ!』
叫んだままに振り上げられた爪を見上げる。
嗚呼、くそ、せめて死ななきゃいいがな…。
どうにもならなさを自覚して、せめて急所にだけは当たらないようにと少しだけでも、と身動ぎをしていた。
「やめてぇええええ!」
横から小さな影が俺とルディの間に入り込んだ。
俺とゼニスの第二子、ルディの妹のノルンだ、たがなんで今!
「あ、ぶねぇノルン…!逃げろ!」
「おとうさんをいじめないでよ!」
ノルンを認識したルーディアの動きがピタリと止まった。
二人は姉妹だが、こんな再会をさせたくなんざなかった、何よりノルンが危ない!
少しだけ動くようになった体でノルンに覆い被さる。
ノルンは瞳に涙を溢れさせながら、精一杯にルーディアを睨み付けて叫んだ。
叫んでしまった。
「この、バケモノ!」
仮面はしていたし更には氷にも覆われていたにも関わらず、この瞬間のルーディアは目を見開いて泣きそうになっていたと、そう思った。
爪を振り上げたままで止まっていたルーディアは首を小さく横にふった。
殺気は霧散し、ふらふらと後ろに下がっていくと同時に仮面を覆う氷が消え、氷の爪が消え、左足の義足を覆っていた氷が消えていく。
カシャンと左足の義足が鳴り、体勢を少し崩したルーディアは右手を仮面に押し付けて震えていた。
『バケ、バケモ、ちが、私、俺は、いじめ、違う私は変わって、何もあ、あぁああああ、父様、わ、私がノル、ノルン、私のいも、わた、私、が、もう、やだあぁああああああああああああああああ!!!』
ルーディアの絶叫が酒場に響き渡った。
その姿は…最悪な事に何度か見覚えのある姿で。
慰みものになった人達が、不意にその時の事を思い出して精神的に不安定になった時の錯乱具合とよく似ていた。
そんな彼女達の姿を見せていなかったノルンは、突然の豹変に怖がり、俺の服を掴んで涙を溢した。
『なんで、なんでなんで私が、私ばっかり、もうやだ、やだぁああああああああ!母様、母様!助けて!助けてよ!あぁああああああああああああああ!!!』
「ルーディア!」
身体を丸めさせて叫び続けるルーディアを、エリオットが抱きついて支えた。
俺の身体はまだまったく言うことをきかないってのになんで…。
そう思ってよくみると、エリオットの身体はまだ小刻みに震えていた。
『え、エリオット、エリオット、私、私は』
「大丈夫、大丈夫だルーディア、俺がいる、どうなろうと俺はずっとお前の味方だ。大丈夫」
『エリ、オット…』
ただ気合いで根性で立ち上がり、ルーディアを抱き止めたあいつに、小僧だのガキだの…何度思ったかわからないが自分の狭量さが嫌になる。
そうやってルーディアを抱き締め、落ち着けるように頭を撫でるエリオット。
やがてルーディアは意識を失ったのか腕からは力が抜け、くたりとエリオットに体を委ねたようだった。
「…ルーディアは見ての通りまだ不安定です。先日も、いや…とりあえず落ち着かせる為に今日はここで失礼します、ご迷惑をおかけしました。後程…弁償に」
「い、や、いい、それはこっちで」
「…そうですか、お言葉に甘えます」
まだ体に麻痺が残る俺にはそんな事しか言えなかった。
エリオットはそう言ってルーディアを抱えると愛おしそうに仮面に額を押し付け、此方を見た。
「…あんた、父親失格だよ…後の事はルーディアに判断させるけど…個人的にはあんたに二度と会って欲しくないね…」
蔑んだ瞳で俺を見るエリオットの瞳には、ハッキリとした失望の色が見えた。
何も言えない俺に踵を返すと、酒場から出ていこうと足を進める。
「俺達が泊まっている宿は『夜明けの光亭』です、それだけは伝えておきます」
振り返らずそれだけ伝えると、エリオットは酒場を出ていった。
まだ俺は動けない。
腕の中のノルンが泣きながら「おとうさん、よかった」と笑っている。
少し離れた所にいた団員が動けるようになったからか駆け寄ってくる。
体は言うこと聞かないだけで、シェラにはられた頬以外はまったく痛くもなかった。
だが心は、今にも張り裂けそうだった。
今はこの場をおさめなければいけない…体が動くようになればそうしよう…。
だが、それまでは…。
ノルンの肩口に額を預け、声を出さないように自分の情けなさとルーディアの境遇に静かに涙を流した。