『氷狼』ルーディア   作:如月SQ

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甘く幸せな夢、『冥王』ビタ

『幸せ、ですよ勿論。フィッツは私を愛して結婚してくれましたし、親愛なる友達も出来ました。ギレーヌにもエリナリーゼさんにも沢山世話になりましたし、更には母様も生きてました。まだまだ先行きは不透明かもしれませんが、私は今間違いなく幸せですよ』

 

「そうかそうか、だがなぁ、こうも思わないか?もっと幸せになる未来があったんじゃないか、とか」

 

そう思わない人間などいないだろう。

しかし、そんな台詞を今のパウロから聞かされるとは思わなかった。

眉をひそめるルーディアに、パウロはゆらりと近付いてくる。

 

「おいパウロ、お前どうした?お前達もだ、なにか変だぞ」

 

そんなパウロの前に、ギレーヌが立ちはだかる。

憮然とした顔で腕を組み、周りを見渡して。

だが、誰も彼もがにんまりとした笑みを浮かべたままで、何の反応もない。

 

「一体どうしたんですの?先程から変な事ばかり!タルハンド、貴方の口から故郷に帰るだなんて…!」

 

「何を驚いとる?儂の帰りを待つ人がおるんじゃ、帰るのは当然じゃろ」

 

髭を撫でながら平然と答えるタルハンドにエリナリーゼがくってかかる。

 

「それが…っ…!何をするんですの!?」

 

そんなエリナリーゼに左右からヴェラとシェラが動きを止めるかのように腕にしがみついた。

突然の行動に振り払う事が出来ず二人の顔を交互に見る。

 

「ああ、貴方も嫌なこといっぱいありましたよね」

 

「大丈夫です、私達と…夢を見ましょう…」

 

恍惚な表情でそう言うシェラは、エリナリーゼに唇を重ねた。

 

「んむぅ!?」

 

ヴェラがエリナリーゼを背後から完全に抑え込み、身動きが取れない。

そんな時シェラの喉が下から大きく盛り上がり、そのまま口のほうへ何かがせりあがっていった。

 

「お、おやめながぼっ!?」

 

身を捩って抵抗していたエリナリーゼの口が一瞬解放されたものの、シェラの口から出てきた青い粘体が口を塞ぐ。

それはまるで生きているかのようにエリナリーゼの口から喉へと入り込んでいき、エリナリーゼはビクンビクンと体を震わせると、白目を剥いてその場に倒れこんだ。

 

『なっ…!?エリナリーゼさん!』

 

危ない、と咄嗟に魔術を使おうと右手を向けようとした瞬間、不意に左脇腹に衝撃と激痛を感じて魔術が霧散してしまう。

 

『ぐうっ!?先生!?』

 

見れば左脇腹にロキシーが小さなナイフを突き刺し、グリグリと手を動かしていた。

予想だにしない方向からのあまりの激痛にルーディアの顔が歪む。

 

「ルディ…僕を受け入れてください…」

 

恍惚とした表情のまま言うロキシーの瞳は、先程一瞬見えたように深い青に染まっていた。

 

「ルーディア!貴様ぁっ!」

 

ギレーヌが一足飛びに近接し、ロキシーの襟首を掴むとそのまま地面と平行にぶん投げた。

 

「ル…」

 

バキャリ!

 

ロキシーはそのままテーブルに激突して粉砕して仰向けに倒れこんだ。

 

「ルーディアしっかりしろ!早く治せ!」

 

ギレーヌはルーディアを背中に隠すようにして周りを見渡す。

誰も彼もが恍惚な表情でゆらゆらと此方に向かってくる。

ルーディアは激痛に顔を歪ませながら、先程頭に過った事を思い返す。

エリナリーゼの中に入り込んでいった青い粘体…先程のロキシーの瞳と同じ色だった。

人に入り込む粘体…オルステッドの話で、ひとつだけ思い当たるものがあった。

 

『『冥王』ビタ…!』

 

オルステッドの未来の話では、大分先にスペルド族の村で相対したという相手だ。

その言葉にパウロが反応し、口が開かれた。

 

「おや、知ってましたか、流石は龍神の下についただけはあるという事ですね」

 

顔も声もパウロで、表情も恍惚としたままなのにも関わらず、淡々と話し始める様子に、ギレーヌが気味悪そうに顔を歪めた。

 

「初めまして、その通り。私は『冥王』ビタ。ヒトガミ様の為にルーディア・グレイラット、貴方を処理させていただきます」

 

明確な敵対宣言に、ルーディアは状況の悪さに歯噛みした。

 

『彼らに、何をしたんですか…!』

 

「ただ夢を見て貰っているだけですよ、記憶を読み取り、あり得た可能性の中から、幸せな夢を。…貴方も可哀想な人ですね…そんな状態にも関わらずヒトガミ様に狙われるとは…せめて甘い夢の中で力尽きなさい」

 

その言葉とともに動きを止めていた彼らが動き始める。

それどころか倒れんでいた筈のロキシーとエリナリーゼまでもが、ゆらゆらと向かってくる。

 

『っ…!』

 

「ルーディア!何故会話中にさっさと治さなかった!」

 

『魔力が…上手く練れません…!』

 

ギレーヌが一瞬振り返ると、ルーディアの顔色は真っ青で、傷の痛みだけ…という訳ではないようだった。

 

「毒、か…!ルーディア!とりあえず逃げろ!こいつらはあたしが止めとく、どうにか体を治せ!」

 

『で、ですが』

 

「さっさと行けぇ!」

 

ギレーヌはルーディアの襟首を掴むと、宿の出口へと放り投げた。

ひらりと無意識に受け身を取ったルーディアは、一瞬だけ迷うようにギレーヌを見返すと、ギリ、と歯を噛み締めてよろよろと駆け出した。

既に外は夜、ルーディアは夜の迷宮都市ラパンを脇腹を押さえながら駆けていく。

それを見送ったギレーヌは鞘をつけたままの剣を構え、向き直った。

 

「ここは、通さんぞ…!」

 

そう言って睨み付けるギレーヌに、冥王ビタの手駒達が襲いかかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

ルーディアは夜の砂漠を必死に逃げていた。

まずは傷を癒さなければ話にもならない。

荒い息を吐きながら傷を癒そうとするものの、まだ魔力が上手く纏まってくれない。

 

『早くしなければ、ギレーヌも…!』

 

焦りながら砂漠を進むルーディアの耳に不意に風切り音がした。

痛みで反応が遅れ、右足の太腿に激痛が走り、そのまま前に倒れこんだ。

 

『痛っ!』

 

「ルディ、逃げるなんてひでぇじゃねぇか」

 

振り返ると、離れた所で何かを投擲したような格好のパウロが此方を見ていた。

見ればルーディアの足には短剣が深々と突き刺さっている。

ルーディアはその現状に改めてゾワリと背筋に寒気が走った。

 

『ギレーヌは…!?どうしたんですか!』

 

「あー、あいつも今じゃ夢の中だよ。抵抗が激しかったから大変だったがな」

 

そして、何よりもパウロが自分の体を躊躇いなく傷つけた事が、今更ながらにショックだった。

ルーディアは少しでも離れようと右手で必死にもがく。

パウロはニヤリと笑うと右手に愛用の剣を持ちながら、ルーディアと距離を詰めていく。

 

「ルディ、お前は頑張ったよ、後は一緒に夢を見よう。そんで一家勢揃いでハッピーエンドだ」

 

ざり、とルーディアの目の前で足を止めたパウロ。

 

『…そんなの、ハッピーエンドじゃない…!』

 

精一杯睨み付けるルーディア、どうにか魔術を放とうとするものの、やはり途中で霧散してしまって形にならない。

パウロはその抵抗を鼻で笑うと、左手をルーディアに伸ばした。

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