迫りくる左手にルーディアは思わず目を瞑った。
その時、ブン、と風切り音がしたと思えば頬に何かが付着したような感触がした。
恐る恐る目を開くと、パウロが右手の剣で自分の左手首を切り落としていた所だった。
思わず頬に手を当てると、ピチャリと音がして指が赤色に染まった。
『え…』
パウロの左腕の断面から血が溢れ、砂漠を血に染める。
落とされた左手首はルーディアのすぐ近くに転がっていた。
『な、なにが…』
「よ、よぉ…ルディ…情けねえとこ、見せたな…」
よろよろと後ろに下がったパウロは脂汗を滲ませながら、ニヒルに笑った。
『正気に戻ったのですか…?』
「ああ…どうにかな。ブッ」
パウロは足元に何かを吐き出した。
それは血にまみれたいくつもの白い破片だった。
『歯を、噛み砕いて…』
「あー。痛みで無理矢理な…口もいてえし腕もいてえ。腹の奥でビタが暴れてやがって今にもっぐ…ねむっちまいそうだ」
そう言いながらも更にルーディアから離れていくパウロ。
「いいか…俺達はビタの幻術による支配の影響下にいる…皆夢と現の間に漂ってるような、そんな状態にされてる…それぞれにはビタの分体がっぶっ…んぐ、取り付いてやがって、今じゃほぼ自在に操られちまう…」
腹の奥でビタが暴れているのか、時折体を震わせ苦しそうにしながら、話を続ける。
「他の奴らをどうしたって無駄だ、仮に誰かを殺して灰にするまで焼いても分体の一つがなくなるだけ、何もっ変わらねぇ。だが、俺の中にいるのは冥王ビタの本体だ!」
『…まさか』
ルーディアはパウロが何を言いたいのか、薄々理解してしまっていた。
今もパウロの左腕からは血が流れ、顔色はどんどん悪くなっている。
「俺がビタを道連れに死ぬ。優しいお前には、どんなに嫌いな俺でも、殺すなんて事は出来ねぇだろ?…っぐぶっ…俺が自分で始末をつける。その後の死体の処理を頼む」
『っ…そ、そんな…』
言葉を失うルーディアの瞳に涙が浮かぶ。
ルーディアの瞳には、腹の奥で暴れるビタの魔力が集っている箇所が見えていた。
きっとそれがビタの核…それを打ち砕く事が出切れば…と必死に魔力を制しようとするものの、未だに形になる事はなかった。
無力感と絶望感に体から血の気が引く。
「…ルディ、お前が産まれた時は本当に嬉しくてな…最初グッタリして泣かなかった時は…本当に怖かったよ…小さい頃から良い子なお前に…逆に色々教えられたよなぁ…うぶっがはっ!んっぐ」
パウロが血とともに青い粘液を少量吐き出す。
喉が下から盛り上がろうとしたのを、無理矢理嚥下して腹を殴った。
少量の青い粘体が動こうとした所に剣を突き刺し、砂の中に埋もれさせる。
「はぁ、はぁ、ダメ親父の最後の言葉くらい許しやがれ…はぁ、はぁ、フィッツ君の時に話聞かなかったのは、本当に悪かった…はぁ…10歳の誕生日も…はぁ、祝いにいけなかったし…はぁ、15歳もか…ははは、本当に俺はダメだなぁ…」
笑いながらも瞳には涙が浮かぶ。
ルーディアはポロポロと涙を流しながら、首を振る。
『そんな、そんな今際の際みたいな事っ…!』
「ああ…ミリシオンで…あんな事言っちまって…はぁ、本当に、ごめんなぁ…お前の苦労も知らないで…こんなに頑張ってきたのになぁ…おまけにノルンとアイシャを…はぁ、はぁ…任せちまって悪い…ぐ…言い訳になるが…その時にはもうビタの影響を受けちまっててな…正気な時間に…はぁ、ああするしか…丁度ルイジェルドの旦那がいたのは…僥倖だった…はぁ…仲良くは…はは、出来てる訳ねぇよな…ノルンにも、ルディにも悪かった、な…」
パウロは右手に握る剣の切っ先を自分の胸に向ける。
その動きにルーディアの瞳が見開かれる。
ルーディアは確かにパウロに思う所がある。
けれど死んで欲しいとは思わないし、こんな形で終わる事等望んでいなかった。
「これは…俺への報いだ…はぁ、気にすんなよ、子の為に惜しむ命なんてねえ!…後処理は、頼んだぞ…油断、すんなよ」
『や、やだっ!父様!やめてぇっ!』
ルーディアの悲痛な声とともに剣はパウロの胸を貫き、背中に切っ先が突き出た。
瞳を見開き涙を流すルーディアと視線の合ったパウロはごぷりと血を吐き、にぃ、と笑った。
「はは…こんな俺を、最後に父って呼んでくれんのか…ありがとうな…どうか、ルーディア…幸せ、に…」
そう最後に呟いてどさりとパウロは膝を折った。
そしてそのまま、剣から手を離さずに膝をついたまま座り込んだ。
やがてパウロは何度か体を震わせ、俯いて動かなくなった。
『あ、あぁあああああ!…父様、父様ぁっ…!』
ルーディアは震える体に鞭をうち、立ち上がってパウロへと駆け出す。
だが数歩踏み出した所で足をもつれさせ、砂に倒れこんでしまう。
『っぐ…父様…っ!』
震える手をついて体を起こそうとしたその時、目の前に迫るそれに目を見開き、ルーディアの動きが止まってしまう。
青い粘体が目の前でルーディアを待ち構えていたのだった。
「自決するのは予想外でした。ですがこれで終わりです。貴方にかけるのは決して解けぬ幻術となるでしょう。さようならルーディア・グレイラット。良い夢を」
そんな言葉とともに顔へと急速に伸びるビタに対して、ルーディアに避ける術はなかった。
しかしビタはルーディアに辿り着く事は出来なかった。
横から差し出された掌に遮られて。
「バカな…『龍神』オルステッド…天大陸に向かっていた筈では…」
そこには銀髪の男、オルステッドが掌でビタを受け止めていた。
「これが核だな…死ね」
「ああ…終わり、ですか残念でっ」
オルステッドはビタの言葉を待つ事なく、掌の核を握り潰した。
ブチュリと音がして先程までぷるぷると形を保っていた青い粘体がパシャリと砂漠へと吸い込まれていった。
『お、オルステッド様…』
「すまない、俺の警戒不足だ…間に合ったようで良かった」
ルーディアは倒れこんだまま、指をパウロへと向ける。
『と、父様を、父様を助けて…』
自ら胸を剣で貫いたパウロを視界におさめたオルステッドが、感心したように息を吐く。
「ほう…パウロ・グレイラット…自決か…ビタの支配に抗うとはな、見事だ」
オルステッドはパウロの胸に突き刺さる剣を流れるように抜き、すかさず仰向けに体を横たえさせ、手を翳して治療を始めた。
迷宮で怪我をしたと言っていた左目の傷痕も、先程切り落とした左腕も、貫いた胸もみるみるうちに治っていく。
光が収まると同時にパウロの胸がゆっくりと膨らんだのを見て、ルーディアの目から涙が溢れた。
『っ…!父様ぁっ…!』
すぅ、すぅ、と穏やかに呼吸をするパウロの胸に思わずすがりつく。
暖かいその体に安堵の思いが溢れる。
『良かった…良かった…父様、良かったぁ…ああああ…』
ルーディアはパウロの胸に顔を埋め、涙をボロボロと流し、嗚咽を漏らした。
その様子を辺りを警戒しつつ、オルステッドが見守っていた。
ちなみにアンケート結果でもし地獄が一番多かった場合、オルステッドはまだ来ないで、再度操られ襲いかかってくるパウロの無音の太刀を流で返し首をはね、なおもビタの手で操られるパウロの体を凍らせて粉々にし、それでもなお逃げ延びたビタに憑依され幻術にかかった所で、オルステッドに助けられる展開でした。
ついでに見せられる幻術はブエナ村で家族皆でルディは五体満足で平和に暮らす日々です。