「…無茶苦茶だ、そんな治療聞いた事もない」
幾分か顔色の良くなったクリフが首を振る。
『当然です、聞いた事もない状態を治すんですから』
「理屈だけは通っているがな…原因が体内の粘体生物の死骸で、体内にへばりついてほぼ一体化してるから通常の治療では治せず…治した側から腐っていく…ならばそれを体内で切り離せばいい。…そんな発想突飛すぎる!」
『毒に侵された部位を切り離すなんて事は誰でもやっている事です。それを体内でやるだけ…場所は私とギレーヌで把握出来るので、私は二人の体内で魔力を操作し、その部位を切り離します。そしてそこをクリフ先輩に治して貰います。…それで二人を救える筈です』
自信を持って言い切るルーディアに、クリフは二の句を繋げなかった。
何より、そもそも自分では解決策を見つけられなかった無力感故にに、それ以上反論出来なかった。
クリフは腕を組んで暫し悩むが、エリナリーゼが肩にそっと手を乗せてきたタイミングで小さく頷いた。
「…わかった。僕も全力で補助する。指示をくれ」
直ぐにそれは始まった。
ルーディアの考えの元行われるそれは、前世でいう『外科手術』である。
体を切り裂いて開く事こそないが、これだけ衰弱した二人には明らかに強い負担となるだろう。
ベッドに仰向けで寝かせ、ルーディアは上から、ギレーヌは横から見て、分体の正しい位置を探る事となる。
事前にロキシーやプルセナ、治癒が使える者達に全力で治癒をかけて貰い、クリフには万全の状態で備えて貰う。
魔力を使いきった面々には休んで貰い、不測の事態に備えて貰う事にした。
手術の補助としてリーリャとエリナリーゼに着いて貰い、パウロを初めとした面々には子供達やゼニスの世話をお願いした。
パウロは泣きそうな顔で頼むと頭を下げていた。
『…終わったら、ルーシーを甘やかしてあげないと』
手術前にルーシーを寝かそうとした時、寂しそうにグズっていた事を思い出す。
『アルスも後で褒めてあげないと…』
もっといいこにするから、アイシャねぇをたすけて、と涙目で訴えているアルスの姿を思い出す。
アルスも必死に自分の出来る事をやっていた。
覚悟は万全だ、必ず成功させて家族皆で笑顔の明日を迎える、と意気込む。
『では、始めます』
ギレーヌ、リーリャ、クリフ、エリナリーゼの顔を見渡す。
全員が力強く頷いたのを確認し、まずはアイシャに向き直った。
『ビタの分体の位置は二人ともほとんど同じ、胃の上部にへばりついている状態です。私が魔力をそこまで通します…』
掌から小さな腕を作り出すイメージ。
『まずはただの魔力で…魔力が強すぎるとアイシャの肉体に傷をつけてしまう可能性があります。私とギレーヌのどちらかが治癒と言ったら治癒魔術をお願いします』
「…わかった」
『仮称…魔手…アイシャに入ります』
仮につけた名の掌から生える魔力の手、魔手をアイシャのお腹部分に触れさせる。
そこからゆっくりと慎重に魔手を体に埋め始めた。
『っ…これっで、切除完了!』
二時間程だろうか、アイシャの中の分体の切り離しに成功した。
胃の中に多少の出血はあるだろうが、分体がべしゃりと胃の中に広がり、魔力が急速に失われていく様子が見えた。
「~!シャインヒーリング!」
同時に唱えられたクリフの治癒魔術がアイシャを癒す。
みるみるうちに良くなっていく顔色に、リーリャの瞳に涙が浮かぶ。
正常な反応を取り戻した体による拒否反応か、胃の中の分体がせりあがってきているのに気付く。
リーリャはすぐにアイシャの体を起こし、吐きやすい体勢にして顔の前に用意していたバケツを置いて背中をさすった。
「おぶっおぇえぇぇぇ…っぷ…げぇえ…」
ドス黒く変色した粘体と血の混じった物を吐き出すアイシャ。
その様子にクリフが顔をしかめる。
「…こんなものが入っていたのか…」
吐くのを終えたアイシャをギレーヌと共に前後左右から確認する。
そして、ビタの分体が残ってないことを確信した二人は、小さくガッツポーズをした。
『…よしっ、体内にも残ってません…!成功です!』
「ああ…アイシャ、良く頑張りました…」
リーリャはアイシャをぎゅうと抱き締めた。
ほろほろと涙を流し、安心したように息を吐いた。
『…よし…次はノルンです。コツは掴みました、すぐやりましょう』
ルーディアは今の感覚を忘れないうちに、ノルンの施術へと移る。
ちり、と眼の奥が痛んだが、ルーディアはあえて無視をした。
「ルーディア、鼻血が…やはり無理をしているのだろう!治癒を…」
『…今半分切除してる所です、こんな所で止められません。クリフ先輩の治癒はノルンの為に取っておいて下さい…』
「っぐ…見てるだけのあたしが限界に近いぞ…!ルーディア、大丈夫なのか…!?」
『もう少し、もう少しなんです。絶対に、絶対に助ける』
見開かれたルーディアの瞳が瞬きもせずに、ノルンの中の分体の形を捉え続ける。
集中して酷使し続けた右目が凄まじい激痛を訴えているが、ここでやめる選択肢だけはなかった。
必ず助ける、その想いと覚悟だけでルーディアは施術を続けていた。
そして。
『これで…終わり…!治癒を!』
「~!シャインヒーリング!」
ノルンの体が癒されていったのを最後に視認し、ルーディアの中で何かが切れた。
同時に目の前が真っ暗になり、意識も闇に閉ざされていった。
そのまま前のめりに倒れこんだルーディアの右目からは、血の涙が流れていた。
「う…ううん…」
ベッドに寝ていたノルンは目を覚まし、目を擦る。
そして同時に違和感に気付いた。
ここ一ヶ月苛まれていた苦しみがない。
「えっ!」
上半身をがばりと起き上がらせ、痛みも苦しみもない事に体をペタペタと触り、逆に違和感を感じてしまう。
そして遅れながらじわじわと喜びが溢れて、瞳に涙が浮かぶ。
「な、治ったんだ…く、クリフ先輩かな…お礼、言わないと」
『目、覚ました?』
「ピェッ!」
突如聞こえた、三ヶ月前怖くて仕方なかった声が聞こえて、変な悲鳴をあげてしまう。
声のしたほうを見ると、自分の姉、ルーディアがベッドの横で椅子に座って此方を見ていた。
「あっ、あのあのえっとえっと…!」
ノルンはわたわたとしつつも、恐る恐るルーディアの顔をしっかりと見つめた。
倒れる直前にクリフに言われた顔をちゃんと見ていない、と言われた事を思い出したからだ。
そしてすぐに違和感に気付いた、ルーディアの視線が此方を見ていないのだ。
まるで何も見えていないかのように。
「…ね、姉さん…?」
手をルーディアの目の前で振ってみても無反応な状態に、ノルンは確信する。
「目が…見えてないんですか…?」
そう問い掛けると、ルーディアは何も見えていない目を細める。
『…うん。ちょっと無理しちゃって』
「じゃあ、じゃあ、やっぱり」
ノルンはギュウと自分にかけてあった布団を握り締める。
ぶわわ、と瞳に涙が浮かんだ。
「私達を助けてくれたのはお姉ちゃんだったんだ…!」
『な…覚えてるの…?』
「なんとなく、ずっと辛かった中でお腹がぼわってあったかくなって…ぼやけた視界でお姉ちゃんが見えたの。でも、お姉ちゃん、目から血を流して倒れちゃって…!」
涙を溢れさせたノルンが、ずび、と鼻をすする。
「なんで私の為にそんな無理したの!?私お姉ちゃんにずっとひどい態度とってて…!アイシャみたいに出来も良くないし、周りをひがんでばっかで!お姉ちゃんにそこまでして貰う資格なんかないのに!」
『…うん、ノルンの言葉で傷つかなかった訳じゃない…でも、私はお姉ちゃんだから。貴方のお姉ちゃんだって思えたから。だから全力で、無理してでも助けた』
ルーディアは意識が朦朧としていた時のノルンに貰った瓶を取り出す。
「それ…!」
『気持ち、嬉しかった。ありがとうノルン』
「う、うわぁああああああん!」
ノルンは堪らず、ルーディアに抱きついた。
「ごめんなさい!ごめんなさいお姉ちゃん!ひどい事いっぱい言って!ごめんなさい!助けてくれてありがとう…!わあぁあああああん!」
ルーディアにしがみつき、わんわんと大声で泣き叫ぶノルン。
その背中をルーディアはポンポンと叩いてあやしてあげていた。
「んん…ノルン姉…うるさい…」
するとその泣き声で起きてしまったのか、アイシャが目を擦り上体をひょい、と起こした。
そしてそのままアイシャは一瞬固まったと思うと、ノルンと同じように体をペタペタと触りだした。
「アイシャ…!お姉ちゃんが助けてくれたんだよ…!」
涙を流しながら笑顔を浮かべるノルン。
それに視線を向け、体が治った現状を漸く認識したのか、アイシャのきょとんとした顔がきゅ、と中心に寄った。
「うえぇえええん!苦しかったよぉ!辛かったよぉ!お姉ちゃんありがとう…ありがとうぅえぇええええん!」
アイシャ涙を流しながらルーディアに抱き付いた。
背中に張り付き、泣き叫ぶ。
ぐすぐすびーびーと前後から泣かれているが、ルーディアは不思議と悪い気はしなかった。
『ああ…二人とも、助かって良かった…』
そうポツリと呟き、二人の体の温もりを感じる。
その言葉に、また二人の泣き声は大きくなっていった。
最初手術描写を詳細にかいてたけど、誰得だよって事でほとんど削りました。