朝、朝食を終えたクリフ以外の一行は、早速とばかりにラトレイア家へと向かう。
朝に向かうと伝えてあるので大丈夫だろうというパウロの談だ。
「話は基本的に俺が進めるが、最初に自己紹介だけは頼む」
「分かりましたパウロさん」
『わかりました父様』
「クレア様に私が色々言われるかもしれませんが、お気になさらないで下さいね」
「なぁに、一番わかりやすい矛先の俺がいるから大丈夫だろ。一応確認すっけどギレーヌはゼニスの護衛って立場を維持してくれ」
「わかった」
「んじゃ…行くか」
ラトレイア家につき、まず十数人の使用人達が出迎えた。
左右に並び、執事の礼と共に一糸乱れぬ綺麗な礼を披露した。
そして彼ら彼女らの視線が懐かしそうにゼニスに向かい…ゼニスの様子に少しだけ空気がヒリついた。
すぐに清廉な空気を取り戻したのは流石は熟練の使用人達、なのだろう。
執事等はまったく取り乱した様子もなく、大奥様がお待ちです、と屋敷の中へと先導していった。
案内された先は応接室、向かい合ってソファーが置かれ、メイドが待機している。
執事が大奥様をお呼び致します、と退室し、座って待つことにする。
一番端にゼニスを座らせ、後ろにリーリャとギレーヌを立たせる。
その隣にパウロが座り、ルーディア、フィッツと順々に座っていった。
『フィッツ意外とこういう場慣れてる…?』
「うん?ああ、まあね、アリエル様と一緒にいると自然にね。礼儀作法を教えてくれた人は、まだまだって言ってたけど」
『多分一番狼狽えてるの私。表情動いたらすごい情けない顔してるよ』
よく見ると手がそわそわと落ち着きなく動いている。
「大丈夫だよ、僕がいるから」
その手をぎゅっと握りしめ、フィッツは笑顔を浮かべた。
フィッツのその様子と手の温もりに、少しルーディアは気が楽になるのだった。
暫しの時間が流れ、部屋の扉が開く。
執事に先導され、入ってきた白髪が混じり始めた金髪の初老の女性、クレア・ラトレイアが此方を睥睨した。
「クレアさん、久し振りだ。あんたの援助のお陰で家族全員を助けられた、感謝する」
立ち上がり、深々と頭を下げるパウロ。
その姿をちらと見て、クレアはふんと鼻を鳴らす。
「遠路遥々ご苦労様でした。まずはその苦労だけは労いましょう」
含みのある言葉に、パウロが苦笑いをする。
「しかしゼニス、何を貴方は座ったままでいるのです。貴方の夫が挨拶をしているでしょう。礼儀すら忘れましたか?まったく…母の言葉に従わないから…」
ゼニスに鋭い視線を向けながらそうクレアは言うが、ゼニスは焦点の合わない目で少し首を傾げただけだった。
「…ゼニス?」
その様子に不審に思ったのか、眉間に皺を寄せた。
「すまんクレアさん、ゼニスは助けだせたんだが…この通り心を失っちまった。先に告げなかったのは悪かった、直接言うべきだと思ってな」
パウロの言葉に目を少しだけ開き驚いた様子を見せたものの、努めて冷静に、成る程、と頷いた。
「…その治療の為に我がラトレイア家を頼った、という訳ですか。賢明な判断です。直ぐに我が家と繋がりのある優秀な医者に見せましょう」
先程の執事を呼びつけ、医者を呼ぼうとするクレアに、パウロが待ったをかける。
「あ、いや、そうじゃなくてな」
「…?なんです、その状態の妻を見捨てるというのですか?確かに私は貴方を下賤な冒険者に身をやつし、ゼニスを妻と迎えながらも使用人に手を出した見下げた男だと思っています。しかし、その行動力には目を見張る物があると一定の敬意を払ってきたつもりでしたが…」
だんだんとパウロを睨み付ける瞳が吊り上がっていくクレアに、パウロが焦ったように口を開いた。
「あーあー、すまんすまん、取り敢えずそれを否定したい訳じゃない…てか俺達にはゼニスの容態はお手上げだったから、ミリス神聖国で診て貰えるなら渡りに船だ、それはいいんだが…今回主に頼みたい事はゼニスの事じゃないんだ」
その言葉にクレアは眉をひそめる。
パウロはフィッツとルーディアに視線を向けると小さく頷いた。
フィッツは頷いて立ち上がり、1テンポ遅れてルーディアもすくりと立ち上がった。
「初めまして、この度パウロ・グレイラットとゼニス・グレイラットの娘、此方のルーディア・グレイラットを嫁に迎えました、フィッツ・グレイラットと申します。アスラ王国第二王女、アリエル・アネモイ・アスラ様の守護術師を勤めさせて頂いております。まだまだ若輩の身ですが、どうかよろしくお願い致します」
『ルーディア・グレイラットです』
頭を下げて自己紹介をするフィッツに、追随するようにルーディアも頭を下げる。
クレアは話だけは聞いていた。
パウロがボロボロの娘を罵り、父娘の縁を切られた、と。
だがそこから酒を極力控え、初めのように精力的に動くようになったパウロに少しだけ評価をあげていた。
そしてその切っ掛けになったであろうゼニスの娘、自分にとっての孫にあたる人物は、聞いてはいたものの、酷い姿であった。
フィッツの礼に合わせ、クレアは腹の辺りで手を重ね、静かに頭を下げる。
「御丁寧に。私の名はクレア・ラトレイア。神殿騎士団、カーライル・ラトレイア伯爵の妻です。…成る程、娘と復縁したのですね。それならば頼みとは彼女の治療ですか?王級の治癒術師の紹介を?」
顔の左側を覆う火傷、眼帯をした左目、焦点のあわない右目、パウロとも娘とも似つかない老人のような白髪。
口ではなく首元から発される声に、揺れる中身のない左袖、左足も義足であると聞いている。
じろじろと見てしまった事に内心反省しつつ、クレアはパウロに視線を戻した。
「いいや、それでもない。…ルーディアが魔石病に罹っちまった。あんたの、ラトレイア家の力でどうにかならないか?」
その言葉に流石のクレアも動きが止まる。
驚愕に目を開き、ルーディアを見つめた。
「この通りだ、どうか頼む。あんたが援助してくれた分にすら足りるかどうかわからんが、金になる物も持ってきている。足りないというなら必ず用意する。頼む、娘を助けてくれ」
そんなクレアを尻目に、パウロは床に膝をつき、そのまま頭を擦り付けた。
「っ…!」
「……」
思わずリーリャが顔を歪めるが、声は辛うじて出なかった。
クレアは何かを考えるように眉間に皺を寄せ、目を細めていた。
そこで、ふらりとゼニスが立ち上がった。
「奥様…!」
ゼニスはゆらりと揺れながらパウロの横につくとしゃがみこみ、頭の上に手を置いた。
そしてクレアのほうをぼうっとした瞳で見詰めたのだ。
「…ゼニス」
驚いたように頭を下げたまま、パウロは信じられない思いでゼニスを見た。
その様子を見たクレアは、ふぅ、と一度息を吐いた。
「頭をあげなさい、当主がそう簡単に頭を下げるものではありません。…そして申し訳ありません、その件は私の裁量では断言しかねます」
「…そうか」
床に手をついたまま、顔を少しだけあげたパウロは悔しそうに俯いた、
「ですが、ラトレイア家としては、全面的に協力する事は約束しましょう」
その言葉にバッと顔をあげるとパウロは笑顔浮かべて、もう一度頭を下げた。
「そうか、そうか!いや、それだけ聞ければ充分だ、ありがとうクレアさん!恩に着る!」
パウロはすくりと立ち上がると、ゼニスをひょいと抱えて、ソファーへと戻る。
ありがとうなゼニス、と頭を一撫でし、ソファーに座らせ、また自らも座り込んだ。
そんなパウロの調子の良い様子に眉を動かしたが、何も言わずに首を振った。
「…あまり楽観視しない事です。一先ず」
クレアがぽんと一つ手をたたく。
同時に扉が開き、メイドがカートを引いて現れる。
「お茶としましょう。詳しいお話をお聞かせ下さい」